第6話 キリクとラァズ

キリク・カレカは、デスゾルカの同級生である。


赤毛に色黒で、いかにもやんちゃそうな顔つきをしている。


前述のとおり、生家は武器屋。


しかし彼自身は物心ついた時から囲まれていた、


様々な形状のどの武器にも特段興味はなく、


気の進まぬ店の手伝いをしては小遣いを貯め、


魔法に関する本を買って読んでいた。


店は黄色通りに面しており、観光客向けに


刃を引いて地名等を入れた商品も扱い


それなりに繁盛していた。


父・ドレクは客商売を営んでいながらやや無愛想な人物で、


彼の言動に接してきたからかキリクは幼い頃から口が悪かった。


一方、母・ソーナは物静かな女性であり、


変わった雰囲気の持ち主であったが、


それが何に起因しているのかは


息子のキリクにもわからない。


ただ、成長してゆくにつれ


自分は母親似だと感じることが増えた。


自分では気づかなくとも、まとう空気も


母に近いのだろうとも。


「親父、おれ明日ちょっと帰り遅くなる」


いつもの癖で、年齢の割に


髪の薄い父の頭頂部に目をやりながら


キリクが声をかける。


ドレクは商品の整理をしていて、後ろ姿だった。


「どこ行くんだ」


「決めてない」


「早く帰れよ」


「だから遅くなるんだって」


「できるだけ早くってことだろうが」


「あいよ」


倉庫にいたドレクとは、それで話が済んだ。


「お袋、おれ明日ちょっと遅くなる」


ソーナも、洗い物をしていて後ろ姿である。


キリクが言うと、少しこちらに顔を向けた。


「…何をするの?」


「決めてない」


「危ないことはやめなさいね」


「うん」


「…」


「…」


台所にいたソーナともそれで話は済んだが、父と違い


母には自分が何をしようとしているのか


見抜かれているのではないかと思う時がある。


それも、キリクが母に似ているからなのだろうか。





デスゾルカ、キリクと同級生の


アストレン・ラァズは騎士の名門に生まれた。


それゆえか、どこか品があった。


暗い金髪を持つ、線の細い少年だった。


父・イオニカはアスティアの騎士団(黄の騎士団と呼ばれる)の


副団長を務める豪傑。


家柄もあってか厳格で、ラァズにも厳しく接していた。


息子を立派な騎士にしたいという想いもあったようだが、


ラァズはあまり身体が丈夫な方でなく、


それゆえに母・カリエラはやや過保護なところがあり、


おっとりとした少年に成長していた。


それでも、彼は父の背中を見ている。


厳しく、そして強い父への畏れと憧れ。


そのどちらもが、常にラァズの胸中を大きく占めていたのである。


「父上、あのー…」


「どうした、ラァズ」


仕事柄屋敷にいることの少ないイオニカだが、今日は帰りが早かった。


まだ初老という年齢にも達していないが、


いかめしい顔立ちと大柄な身体、


重々しい立ち居振る舞いと話し方のためかとにかく貫禄がある。


本人の意思とは関係なく威圧感があった。


ラァズは怒られるかもしれないという不安を抱きつつ


おずおずと父に話しかけた。


「明日は帰るのが遅くなりそうなんですが…」


「鍛錬か」


「た、鍛錬?え、ええ、まあそう言えなくもないかな…」


厳しいとはいえ、父はやたらと干渉するわけではない。


それ以上は何も言わなかった。


ほっとしたのも束の間、彼を違った緊張が襲う。


ラァズにとっては、実は母の方が対応に困る相手だった。


「母上、明日は帰るのが遅…」


「いけません」


「え?」


「学校が終わったらすぐに帰りなさいと言っているのにいつもいつも遊んできて!


 身体を壊したらどうするの」


「いや~…」


「お友達をここへお連れすればいいでしょう」


「…」


デスゾルカもキリクも、以前一度遊びに来たことがある。


父と母が出迎え、皆で過ごした。


二人とも、二度と行きたくないと言っていた。


「わかりました」


「な、何ですか、母上」


「私も行きます」


「どこへですか…え?ついて来るということですか?」


「そうです!」


「やめてください!向こう三年はあいつらに馬鹿にされます!」


「そんなこと、あなたの身体が悪くなることに比べれば


 何でもありません!」


「そりゃ母上はそうでしょうけども、


 どちらにしても被害に遭うのは僕でしょう、それだと!


 身体より立場が悪くなります!」


その後、ラァズはカリエラの説得に一時間を要した。

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