第3話 レビ家

エルトフィア大陸東部に位置するアスティア王国。


その王都アルトリアの中央を貫くように伸びる


大通りの先には王城と、遥か向こうに天高くから


流れ落ちる巨大な滝が見える。


視線を上に巡らせると滝口付近は雲に覆われ、


全貌を目にすることはできない。


アラネスの滝という名のその瀑布は、


アルトリアの北にそびえるクァドーン台地から


降り注ぐ膨大な量の水であるが、


あまりの落差ゆえに大地までは到達せず途中で霧となる。


大陸の端に立つクァドーン台地は雲に隠れるほどの標高があり、


断崖絶壁と海に阻まれ現在でも未踏の地であった。


そうした神秘性と、雲に届く絶壁に滝という明媚な眺めもあって


アルトリアを訪れる観光客たちの目当ての一つでもあった。


そんな旅人と住民ともどもが多く行き交う大通りは


アスティアのシンボルカラーにちなんで


黄色通りとして皆に親しまれ、


露店も多く日夜賑わいが途絶えることがない。


一本裏に入れば住居や店がひしめいており、


王都のもうひとつの顔を求め散策する者も年々増えていた。


間近に迫った春の訪れを祝う祭の時には、


大陸の至る所から見物客が集まることだろう。





黄色通りからは離れた街外れに、レビ家はあった。


小さな建物である。


主のリグルスは剣士と称しているが


肝心の腕がからっきしだったので、


仕官できず収入は乏しかった。


稼ぎ口といえば、店内や広場などにある掲示板に


依頼主が人材を求めて貼り出す仕事の成功報酬だが、


彼に達成できる内容だと得られるのは少額であり、


その分数をこなさなくてはならなかった。


妻のミムナはできた女性で、近所の食堂『若葉亭』で


調理を担当し家計を支えていた。


どちらかといえば貧しい家庭ではあったが


夫婦はともに楽天家で、明るい両親の元、


子供たちも元気に育っていた。


兄のデスゾルカは父と同じく英雄に憧れる12歳。


妹のエリエルは母に似てしっかり者の6歳。


仲の良い家族ではあるが、リグルスが在宅していることは少ない。


単価の低い依頼を数多く遂行するためだ。





デスゾルカは幼い頃、父は魔物退治や人助けのために


各地を旅しているのだと思っていたが、


仕事の中身は実は尋ね人の捜索や物品の運び役と


いったものばかりだったことをある日母から聞いた。


しかしまた、父が夢を諦めていないということも母から聞いた。


そして、


「おれは勇者になる!


 父さんが叶えられなかった夢を実現するんだ!」


「おいこら待て!叶えられなかったとは何だ。


 今叶っていないからってこれからも叶わないなんて


 誰も言えないんだぞ!」


父本人からも聞いた。


息子を一喝した父は、胸の前で拳を握りしめて


宙を見上げた。


その目は、遥か遠くを見ているようだった。


「夢が夢で終わるのは歳くった時じゃない、


 叶わなくてもいいやって思っちまった時なんだ、ゾルカ!


 そして俺はそんなことこれっぽっちも思っていないんだからな!」


「すごいな、父さん…


 何で神様は父さんにせめて十人並みの剣の才能を


 くれなかったんだろうな」


息子は、父の力量が大体どの程度なのかは知っている。


実に惜しいと思っていた。


父は人柄はいいはずだし、正義感もある。


これで実力が伴っていれば、さぞ優れた剣士になっていただろうに…


「しかしお前も俺と同じ目標を持っているのなら、


 父として先輩としてこれをやろう!」


そんな息子の想いを知る由もないリグルスは、


夫婦の部屋の壁に掛けてあった剣を取り


デスゾルカに差し出した。


飾り気のない、一見ごく普通の物である。


デスゾルカが記憶をたどっていくと


両親の部屋の風景には常にそれがあったので


見知った物ではあったが、手にしたことはない。


幼少の頃に触れようとして怒られたからだ。


改めて間近にしてみると、見れば見るほどありふれた剣だった。


新品ではないようだが、さほど使い込まれた様子もなく、


手入れはよくされているように思えた。


「何これ?鉄の剣?」


受け取った剣の重さをずっしりと両腕に感じながら、


デスゾルカはきいた。


手にしてみても、やはり友人の父が経営する武器屋で扱われている


一般的な鉄製の剣と変わりはない。


しかし、リグルスは大きく首を振った。


「そいつはレビブレイドだ」


「うちの伝統の品!?」


レビブレイド。


レビ家はごく普通の家柄だと思っていたが、


家名を冠した品が存在していたとは。


デスゾルカは驚くとともに感動して、


古の宝物が発見されたかのような眼差しで


生まれた時からずっと家にあったであろう


見慣れた剣を改めて見た。


その反応に満足し、リグルスは自慢げに


大きく深くうなずいた。


「ああ、俺も若い頃親父にもらったんだ。


 だがゾルカ、軽々しく使うんじゃないぞ。


 剣っていうのは命を左右するもんだからな。


 だからこそ抜く時には覚悟を決めなきゃならねえ。


 生半な腕と心じゃ抜くな。わかったか」


「うん!だからこの剣はあんまり使われた感じが無いんだね!」


「おいどういう意味だゾルカ。俺のことじゃないんだよ。


 お前に言ってるんだぞ、おい」


街からある程度離れれば、アルトリアの周辺にも


魔物が出ることはある。


デスゾルカのような年頃でも、武器の訓練を受ける子供はいた。


だが、これまで両親はさすがに剣を与えてはくれなかった。


今、父から剣を渡され、デスゾルカは自分を一人の男として


見てもらえたような気がした。


しかも、レビ家に伝わるという特別な品である。


レビ家の人々を幾度も守ってきたのだろう。


父は使う機会がなかったようだが。

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