第六章 エックスファンタジー同好会
埼玉県入間市。
航空自衛隊防空司令部。
現代の魔法と言われる超科学技術エックス・テクノロジー。その運用を行うセクションは各官庁に分散していた組織が数年前に統合されて以来、大部分が防衛省の管理下に置かれている。
エックス・テクノロジー関係者の行動を管理管制し、指揮する組織本部は日本の防空の要となる基地に設立されていた。
入間基地の母屋である防空司令部を中心に多数の倉庫や兵舎が並ぶ中のひとつ。建材も薄汚れっぷりも他の倉庫と変わらぬトタン壁の規格品倉庫。
厳重とも言えないが一応それなりの金がかかった警備が施された四十坪ほどの部屋にはモニターと操作コンソールが並んでいる。
内部では陸海空問わずあらゆる階級の自衛隊員や私服姿の官僚、そして民間人が動き回っている。
日本におけるエックス・テクノロジーの研究と開発、そして運用を総括する建物にはエックス・テクノロジーを守秘するための偽装が施されていた。
オンラインゲーム エックスファンタジー同好会本部。
数年前に防衛省のシステムエンジニアが作った同人ゲーム。
陸海空の自衛隊内ネットワークとそれにリンクした官公庁端末限定という狭い範囲で、ウイルス対策ソフトのオマケに頒布されたオンラインファンタジーゲーム。
官給パソコンの私用と親睦的利用のグレーゾーンにあるゲームは防衛省の内外に階級、年齢を問わぬ広い層のファンが居た。
そのゲームのプレイヤーこそがエックス・テクノロジー関係者。
彼らはゲーム内の通信によってエックス・テクノロジー関連の情報を伝達していた。
自衛隊内ではエックス会と略される組織とそれに属する防衛省職員はオンゲの中毒者がそうであるように、PCや携帯を用いて昼夜を分かたぬ通信をしていた。
もし万が一エックス・テクノロジーのことを知らない人間が通信を傍聴したり施設に迷い込んだところで、彼らの行動はゲームのプレイかなりきり遊びにしか見えない。
外部でエックス・テクノロジーについての会話を聞かれたとしてもゲームの話だと勝手に勘違いしてくれる。
当然エックスの事を何も知らずこのオンラインゲームへの参加を希望する酔狂者も居て、彼らのために本物のオンラインゲームも作られ、運営されているが、多くの人間はそのクソゲーっぷりと汚い課金に嫌気が差して早々にアカウントを返上してしまう。
数年前の省庁改変時に政府のエックス・テクノロジー関係者が目標として掲げた複数組織の一元化。
当初の目標は日本のお役所らしくまぁまぁの実現でよしとされ、結果として二つの組織へと集約された。
放射性同位体遺伝子エックス・アイソトープを保有するエックスと呼ばれる魔法使い、エックスによって放射される科学範囲外のエネルギーであるエックス・アクティヴィティ、それによって発動するエックス・エミッション。
その運用を指揮統制するのは自衛隊内にゲーム同好会の看板を掲げた組織。
もう一つ、エックスとそれを使役管理するエックス関係者の育成や総務など、エックス・テクノロジー組織の実務とも言える部分を統括する組織は表向きは防衛省と係わりの無い国際ボランティア団体を表看板とした公益法人によって運営され、静岡県内の元国有地に学校の形を成した施設が作られていた。
他国に倣いエックス・テクノロジーの運用と研究は国防の範疇で行うことに固執する集団と、半官半民という日本独自のエックス・テクノロジー運用を継続したいという連中。
国家存続や国防に直接係わる重要案件には到底なれない役立たずの技術エックス・テクノロジー。
目新しく物珍しく、それ以外の価値がさほど無いエックスに群がる連中の容れ物を決めたのは主におカネの問題。
防衛省が自分の小遣いで出せる範囲でエックスの統制、運用組織を作り、防衛省以外の省庁と民間企業もまた予算をかき集めてエックスの育成管理機関を作った。
蘭とオーキッドが出会った夜。
エックステクノロジー動力によって動く車が都内を走り回った翌日の昼下がり。
警視庁がキャッチしたオーキッド稼動の第一報は庁内のエックス関係者によって入間のエックスファンタジー同好会に伝達された。
夜間で連絡の手段が携帯メールしか無く、情報関係者が携帯の買い替え直後でまだ操作に不慣れだったこともあって、伝えられたのは翌日の昼。
他の定時報告と共にオーキッド稼動の報告が届き、さほど注目されず読み飛ばされた数時間後。エックスファンタジー同好会本部の管制室に付属した休憩設備に二人の自衛隊員が居た。
同好会員からは自販機部屋と言われる、缶ジュースやコーヒー、菓子パンのベンダーが並んだ中に役所の待合室から盗んできたような長椅子を置いた小部屋。
以前は灰皿とタバコの自販機も置かれていたが、数年前に館内の禁煙が実行され、今は煙草休憩をする人間は倉庫外の軒先に追い出されている。
「会長。オーキッドというエックス・テクノロジー技術実証計画を覚えてますか?」
「整理案件のひとつだろ? 売っ払われて幾らにもならなかったって聞いたぞ」
「動き出しました。今度は間違いないそうです」
エックス・テクノロジーによる高度情報介入ステーションを運用するオーキッド計画は結局のところ、発動から一年少々で白紙撤回された。
理由は色々とあったが、結局のところ計画実行のため予想される多額の予算に負けた。
既に組織内では金喰いの悪評がつき、事実上の行き詰まり状態だったオーキッド計画は要となるエックスが反国家エックス集団に誘拐されたことで後腐れなくリストラされた。
当時エックス・テクノロジー組織内では多数派だった開発中止派の横槍で、誘拐されたエックスの追跡、捜索は早々に打ち切られる。
自衛隊や司法機関に泣き付いて攫われたエックスを実力で奪還すれば、計画は廃止ではなく再始動可能な一時休止という形に出来るし、そうさせられる。
しかし計画遂行に係わった人たちの多くは必要な予算を捻出するために行ったいくつかの不正が明るみになることを恐れ、計画自体を無かったことにしようとした。
エックス・テクノロジーによるバイオコンピューターの実用化とそれが産む利益に夢を見た連中は、夢から覚めた途端に掌を返し始める。
バイオコンピューター稼動能力エックスを運用する高度情報介入ステーションの技術実証。オーキッド計画は多くの関係者の間で思い出したくないものになっていた。
始まりは、かつて試験管ベビーといわれた体外受精によるエックス育成計画。
軍事や医学、そしてミステリーやファンタジーのフィクションでは一時期流行った人工授精。
安物のSFを真似たような計画によって何人かの子供が産みだされた。
様々な種類の放射性同位体遺伝子エックス・アイソトープを保有するエックスから相応の報酬と引き換えに提供された精子と卵子から作り出された子供。
体外受精児の多くは胎児の段階で放射性同位体遺伝子エックス・アイソトープを持たないことがわかり、エックスの遺伝性を否定する結果を出すだけだったが、その中で一人の子供がエックス・アイソトープを保有していることが判明し、珍しい種類のエックス・アクティヴィティを記録した。
保有するエックス・アイソトープが当時研究の進んでいたバイオコンピューターを驚異的な安定性で稼動させることが発見されるまで時間がかかったが、それを知った研究者によって人工受精エックスの実験にかかった多額の資金を取り戻すかのような計画が立案され、発動した。
そのエックス・アクティヴィティはバイオコンピューターを経由させればガソリンエンジンへの燃料供給や有機素材の操作も可能であることがわかり、儲け口を嗅ぎ当てたエックステクノロジー技術者達が寄ってくる。
賭けや投資で負ける奴というのは判で押したように最初の負けで収支ゼロの損をし、それを取り戻そうと突っ込んだ金で多額のマイナス損をする。
ただ一人の人工授精エックスのため、当時のエックス・テクノロジー部署にしてはけっこう贅沢な予算で保護育成の施設がつくられ、やがて技術実証機の製作が決定したが、更に追加した予算申請を国に止められたことで頓挫した。
技術実証機がほぼ完成し、あとはそのエックスによって稼動させるだけの段階だった計画は国家によって強制的に凍結させられた。
組織に所属する技術スタッフの中には国の横槍に抗議する声があり、計画を内緒で続行しようという意見もあった。
誰しも自分の作ったオモチャやプラモは手放したくない、それが他人の金で買ったものだったとしても。
完成した機体を実験運用する場所と環境の確保、それを扱うスタッフである人工受精エックスを育成するコスト。
新しいモノを作るのには金がかかる。その新しいモノを動かし、データを取り、製品として完成させるにはもっと金がかかる。
見通しの甘いエックス研究者には金を食うのはこれからだということ、その予算はエックス・テクノロジー部署の組織規模には分不相応だということがが見えていなかった。
海外資本の導入。つまりどっかから金を借りてでも、と言ったあたりでエックス・テクノロジー組織の直接的な統括関係にある内閣府の堪忍袋の緒が切れ、計画の強制的な凍結が実行された。
今までのエックス・テクノロジー研究ににおいてギャンブル的な無駄遣いと賭け金をスる行為は繰り返され、オーキッド計画もその一つだった。
エックス・テクノロジー組織は生活費や帰りの電車賃までを賭けに突っ込もうとする前に羽交い絞めにしてでも止める親や女房の役を国家が果たしてくれただけ恵まれていた。
オーキッド計画の凍結はその核となるエックスが盗まれたことでトドメを刺され、凍結から廃止への変更で不要になった機材は計画停止を監査する内閣府の参事によって計画の散財を少しでも埋めるべく売却を指示される。
エックス・アクティヴィティ測定器からコーヒーメーカーまで、研究所の備品が次々と売り払われる中で、計画を推進した主査は自分の作品に未練を残し、ほぼ完成した技術実証機だけでもどこかに隠そうとした。
ある自動車会社の下請け工場に間借りしていたエンジニアリング施設内でハードウェアがほぼ完成し、あとはバイオコンピューター稼動能力を持った人工受精エックスとの接続で最終的なソフトウェアの環境設定をするだけだった自動車型高度情報介入ステーション。
形は出来上がりながら最後のパーツが足りず自走すらできないオーキッドをトラックに積載して運び出した彼は、虚偽報告による予算騙し取りの責任追及が自らの身に迫りつつあることを知り、証拠物件となるオーキッドをその場に捨てて積載車に乗って姿をくらました。
不正の証拠を捨てることでいくつかの訴因が証拠不十分になり、自らの罪が軽減されることを期待した行動。
こっそり飼っていた猫を捨てなさいと言われ、保健所で処分するより誰かに拾われるような場所に置き去るような行為。
空き地に放置したオーキッドの電子装置をカットし、出来るだけの損傷を与えたのも、自己保身と愛着が混ざり合った偽善。
技術者の中には心のどこかに子供の我侭のような自我の残った、社会人としての適性が欠けてる奴が時々居る。
いい大人が魔法という現実逃避妄想じみた絵空事にかまけるエックス・テクノロジー部署に回されてくる奴は特にその傾向が強い。
その技術者もまた自分に都合いい願望と思い通りにならない物は何もかも放り出したいという我侭で出来たような奴だった。
埼玉県入間市の自衛隊基地内にあるエックスファンタジー同好会本部。
会員が休憩時間を過ごす自販機部屋で二人の男性が会話をしていた。
会長と呼ばれた自衛隊員は陸曹の階級章、もう一人の自衛隊員は空佐の略章をつけている。
いずれも現役の自衛官にしてエックス・テクノロジーの運用と統制を行う組織、エックスファンタジー同好会の会長と副会長。
副会長の瀧は携帯メールで受け取った情報を伝えるべく、ポータブルゲーム機に偽装した情報ツールを取り出した。会長の石野も同じゲーム機を取り出す。
エックス・テクノロジー組織のために特製したものではなく、ただ家電通販会社で纏め買いしたゲーム機に独自のソフトをインストールしただけの通信ツール。
壮年の社会人二人がゲーム機をいじり、表示された画面を指差しながらヒソヒソと話し合っている。
物がエックス・テクノロジーに関する国家機密情報ではなく、ただのゲームなら日本のあちこちで見られる光景。
仕事先や移動中の電車内でゲームに勤しむ大人達より彼らエックス・テクノロジー関係者が立派かといえばそうでもない。
石野会長は瀧副会長から赤外線通信で貰った情報を閲覧した。
オーキッドと呼ばれた一台の車が数日前から都内近郊を動き回り、その範囲が次第に広まっていることを確認する。
全国の主要道路に張り巡らされている自動車ナンバー読み取りシステムはオーキッドの登録ナンバーを捉え、そのデータは警視庁に勤務するエックスファンタジー同好会会員によって埼玉の同好会本部に通報されていた。
通常なら朝の定例報告で上がる情報は本部の安物サーバーが今月何度目かのダウンを起こしたことで副会長の携帯ゲーム機に送信され、それは事態の展開に少々の遅延をもたらした。
蘭がオーキッドに乗った最初の夜に県警の交通課に職務質問された時点で警視庁の協力者を通じエックス・ファンタジー同好会まで届いていた情報は、工業団地での暴走行為が警備員によって翌朝に通報されたことで正式に確認された。
「横須賀は?」
「ウチ知らんと言ってます」
陸上自衛隊および航空自衛隊のエックス部署を統括するエックスファンタジー同好会の本部は埼玉に置かれている。
同じ防衛省の管轄下にありながら海自のエックス・テクノロジー管制スタッフは独自の司令部を横須賀の海自基地に設けていた。
防衛省内での指揮系統では下位の支部でありながら規模や人数では陸と空のエックス・テクノロジー部署を上回る海自のエックスファンタジー同好会。
運用機関も同一の組織という建前に反して半ば独立していて、静岡にある陸自のエックス学校の分校的な組織区分ながら、施設は静岡の本校より立派な学校を大阪に持っている。
海上保安庁のエックスも管轄し、在日米軍のエックス・テクノロジー組織と日本政府との窓口にもなっているエックスファンタジー同好会の横須賀支部。
エックスファンタジー同好会の中では単に横須賀とか海エックスと呼ばれる海自部門はオーキッド計画を発動した時点で不参加を決め込んでいだ。
バイオコンピューターとそれを搭載した高度情報介入ステーション。
他の計画が我も我もと相乗りしたことで高機動能力や自己修復、エックス・アクティヴィティによる動力機関など種々雑多な技術の実験計画となった歪なプロジェクト。
エックス・テクノロジーの自動車技術への運用はアメリカの国家エックス・テクノロジー組織が既に手をつけていて、その失敗も日本に先駆けて経験している。
一九七〇年代。当時世界一の生産台数を誇っていたアメリカの各自動車メーカーは諸外国メーカーの追い上げに焦り、新規技術エックス・テクノロジーの導入を盛んに進めた。
結局ろくなことが無かったらしく八十年代に入ってすぐにアメリカの自動車生産数は国家による技術供与の遅れでエックス・テクノロジーの存在すら知らなかった日本の自動車会社に追い抜かれた。
以後アメリカの自動車産業界隈ではエックス・テクノロジー関係者は出入り禁止になっているらしい。
先人の失敗に学び手堅い商売を旨としていた海自、海保のエックス・テクノロジー部署はオーキッド計画のような博打には触れないことで健全な会計を保っていた。
蘭がオーキッドに乗って以来あちこちで起こし続けている交通違反の握りつぶし程度なら手を貸すが、オーキッド計画の残債とも言える様々な問題の解決に向けた具体的な行動には一切係わらないらしい。
「高度情報介入エックスの誘拐、略取については長期的な解決を目指していましたが、オーキッドが稼動したならそのエックス・アイソトープとなるエックスを保護するプログラムも起動します」
エックス・エックスと呼ばれる国から捨てられたエックス。
彼らは国家内のエックス・テクノロジー組織を退職、離脱した後も監視下にあり、コンビニを隠れ蓑とした組織を作っていたことも、その活動内容も知られていた。
明らかに国家の方針と利益に反する組織だが、世に同様の反社会的組織や結社が腐るほどある中で、国家権力の中では最弱に近いエックス・テクノロジー組織に彼らを取り締まる許可など降りようもない。
結局、エックス・テクノロジーの統制を行う国家組織エックスファンタジー同好会にとって反政府エックス組織ロータスマートは何とも邪魔で憎たらしい連中になった。
国家によって秘匿するという政府方針に反するエックス・テクノロジーの民間供与を行っているということも問題だったが、彼らにとって最も腹立たしいのは国家エックス・テクノロジー組織であるエックスファンタジー同好会が運営資金援助と引き換えにエックス・テクノロジーの提供をする段取りを整えようとした企業や団体に、彼らに先駆けてエックス・テクノロジーを売りつけてしまうこと。
営業や販促に慣れぬ官製エックスの鼻先で小回りの利く民間の連中に顧客を持っていかれる。
ニートの息子が仕事を見つけ、親の庇護とお小言から逃れようとするように政府や防衛省からの資金援助が必要な会計状態を脱した独立採算の部門を目指していたエックスファンタジー同好会にとって、競合相手であるロータスマートは邪魔者だった。
エックスファンタジー同好会や各省庁のエックス・テクノロジー部署内にも彼らを必要悪として、むしろ国家のエックス・テクノロジー組織より合理的で優れた部分を備えた組織として認める人間が少なからず居る。
多くの国で警察や軍隊の活動さえ民間企業にアウトソーシングされるご時世、国家組織の末席として絶えず国や官僚に頭を下げさせられるエックス・テクノロジー部署をいっそ部分的に民営化しようという勢力が存在するのは他の官庁と変わらない。
エックスファンタジー同好会は彼らに手を出せば敵だけでなく内部からの反発で自分自身が痛手を負う状態が続いていた。
「どういうわけかあのオーキッドはどっかから野良のエックスを拾ってきて動いてるみたいだ」
「前々から問題になっていたエックス・エックス組織との衝突が予測されます」
陸自の曹として隊内売店の売り場主任をしているエックスファンタジー同好会会長の石野は、空自では三佐として音楽隊の指揮者をしている副会長の瀧を前に少し考え事をし、思索の短さに似合いの投げやりな指示を与えた。
「捨て犬狩りなら野犬にやらせればいい」
首輪を奪われた犬と最初から首輪の無い犬が居るなら、噛み合って双方に消えてもらうほうがいいというのが自由を羨む飼い犬の本音。
「その略取者を非公式にバックアップしろ」
瀧は石野にひとつ問う。
「どっちのドロボウですか?」
「オーキッドを盗った方だ」
今回はこっちを善い側にするらしい、それで自ずと悪者は決まる。
国の組織の多くがそうであるように、各々の立ち居地が決まれば仕事は速く進む。
自分たちを善玉、悪玉のどちらにも与しない位置に置くのは、事態がどちらに転んでも残り物を拾うため。
オーキッドと呼ばれるエックス・テクノロジーによって作られた機械と、それに力を与える油田の如き放射性同位体遺伝子エックス・アイソトープを保有する少女、蘭。
一台の車と一人の少女は国家の監視下に置かれた。
情報はゲーム内のメッセンジャー機能によってエックスファンタジー同好会の会員が持つゲーム端末に伝達される。
その数日後、ここに居る面々が頭を抱えるような問題が起きることなど知る由もなかった。
コンビニエンスストア ロータスマート二階事務所。
コンビニ店員の集まった店舗二階の事務所で、民間エックス互助研究法人ロータスマートの会議が行われていた。
コンビニオーナーにして組織の長である男、氷室はコンビニ店員を兼ねたメンバーに現況を説明する。
組織内の暗唱で「小鳥」と言われる強力なエックス。その保護と運用のため作られたという自動車型高度情報介入ステーション「鳥かご」
収集した情報によると開発には失敗し、素材は分解し売り払われたとあったが、どこかに隠匿されていた鳥かごが、組織にデータの存在しない別のエックスの手によって動き出したという。
国家によって純粋培養されたエックスのために作られたという自動車型エックステクノロジー工業製品を横取りして使う、類い稀なエックスにも布袋によって暗唱がつけられた。
現在オーキッドを乗り回す蘭の組織内の呼称として決定したのは 唐揚げ。
鳥かごが守り、そして囚えるのが小鳥なら、鳥かごに入れても意味の無い死んだ鳥、別のカゴに入れられて売り場に並ぶ鳥肉。
諧謔や詩的表現より分かりやすさに重きを置く布袋はコンビニのレジに立っていて偶然目に入った売り物からコードネームを頂戴した。
きっと唐揚げこと蘭がどこかでそれを聞いたら、今すぐここオーキッドを突っ込ませ、レジ前の唐揚げ保温機ごと店をブッ壊していただろう。
国から捨てられ、同じく国家組織を足抜けしたエックスと共にコンビニエンス・ストアを営む青年、氷室は民間エックス互助組織ロータスマートの本部であるコンビニ二階の事務所で、組織の長としての決定事項を下達する。
「鳥かごを壊しちゃいます」
オーキッドがご主人様と呼んだエックス。
現在民間エックス組織ロータスマートが拘禁しているエックスはロータスマートによって他国に売られることとなっている。
買い主である欧州のエックス組織がオーキッドの稼動を聞き、新たな契約条項として加えたのは日本国がそのエックスを用いて行っていた計画を破棄するという確実な保証。
具体的にはそのエックスを運用するために作られた技術実証機オーキッドを修復不能な状態にした上で引き渡すこと。
オーキッドが行方不明になっていた当初の段階では必要性とリスクを秤にかけた結果、捜索は不要と判断されていた。
蘭が乗ったことで損傷したオーキッドが自己修復され、再始動した事実を中途半端に耳に挟んだ欧州エックス組織は契約金を上乗せし、現地の下請けであるロータスマートに処理を任せた。
布袋が挙手し、質問する。
「乗ってるエックスはどうしますか?」
「鳥かごが壊れれば唐揚げは意味が無くなる。出来る限り傷つけないでほしいです。しかしいざという時はあなたがた自身の安全と自衛を優先してください」
いつも通り実行の詳細は副店長の布袋が決定する。
氷室への質問は自身の疑問ではなく、その場に集まったメンバーへの説明のために発した問い。
二十代終盤ながら二十歳そこそこに見える布袋もまた国に捨てられたエックスだった。
時期はズレてるが氷室と同じく国家エックス・テクノロジー組織内に設立された教育機関に通わされた布袋は、エックス関係組織改編の余波ともいえるエックスの新規採用減少に足をすくわれ、大学部に在籍しながら就職活動で全敗した。
学校を出ても就く仕事が無い無職状態という体のいいリストラを受けた布袋は大学部卒業と同時に国家エックステクノロジー組織を解雇のような退職のような曖昧な形で辞めた。
学歴のつかないエックス・テクノロジー組織の大学部から一般の大学に進もうにも国家エックスとしての稼ぎは学費を貯めるには縁遠い。
国に囲われている間に両親を亡くし、資産も無いが高い成績に恵まれていた布袋は奨学金を得て大学に行こうという生活設計を立てていた。
良好な試験結果で認可される寸前だった奨学金審査がエックス・テクノロジー守秘という名目での横槍で流れた時、布袋は反国家エックス・テクノロジー集団への参加を決めた。
現在ロータスマートの主業務となっている民間企業へのエックス・テクノロジー情報の売却。
組織の資本金とも言える国家エックス・テクノロジー組織の研究データや内部情報の大半は布袋が持ち出した物だった。
布袋が生来有しているエックス・アイソトープが発するアクティヴィティはデジタルデータを可視する能力。
それ自体に情報を盗み取る力は無かったが、エックス・テクノロジー組織内で専らプログラムの不備や物理的なケーブル断線を探し出すシステムエンジニアリングの便利屋をやらされていた能力は、情報の泥棒に有利な立場だった。
「鳥かごは車の形をしているんですね」
「うん。僕が前から欲しいっていってたアレと同じ形だよ」
「もしかして経費で乗れるかもしれませんよ?」
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