平行世界のタイムパラドクス
時は近未来。色々な夢レベルの発想が、科学で実現されつつある時代。
ある団体が"タイムマシーン"を開発した。まだ試作段階だが、1日1回"特定の過去"に行けるシステムだ。実験段階のため、開示はされていない。
とある施設が実験に名乗りをあげた。……それは、"裁判所"の"終身刑収容施設"。
そう、実験対象は、"終身刑"を言い渡された者たちだった。彼らに真意は伝えず、"デスマッチに勝った者が、釈放の資格を得る"と偽って参加者を募った。資格を得た者は、"タイムマシーン"に乗り、特定の人物を抹消する任務が与えられる。見事打ち勝てば、"自由"になれると。
特定の人物、それは過去の自分。罪を犯した当時の自分だ。しかし、よく考えればわかることだ。それは、"権威者"が手を汚さず、"終身刑"の受刑者を死に至らしめると。だが、大半の受刑者はそこまでは考えない。"デスマッチ"で手を汚さずに大半を葬り、更に"タイムマシーン"先で葬る。
現在の増えすぎた"終身刑"の受刑者を減らすにはこれ以上の方法はない。
けれど、誰も戻って来ないのでは怪しまれる。彼らは、ある人物に白羽の矢を当てた。それは、"罪を擦り付けられた冤罪者"だ。犯人は分かっていたが、時の権力者の息子。道理に叶わず、やむを得ない処置だった。
その犯人を白日のもとに晒すべく、任務が与えられる。"どんな方法"でもいい、"彼"を捕まえられる状況にしてくるようにと。滅茶苦茶なことは分かっている。しかし、これ以上の方法はない。
"デスマッチ"は監視員によるジャッジ。出来レースでも何でもいい。この"冤罪者"を"タイムマシーン"に乗せる理由を作れるならば。
◇◆◇◆◇◆◇
"タイムマシーン"。所謂、"タイムパラドクス"を起こさせるというものだ。これには矛盾点が絶えない。何故ならば、"タイムマシーン"に乗った人間が帰還した例は漫画やアニメでしか著されていないからだ。現実にそれを行うとどうなるのか、100%過去にいけるのか、元の時代に戻れるのか。確かな、明確な答えは未だ解明されていない。
今回のこの"タイムマシーン"も、化学式などの数値による可能性と"
そして、この実験の被験体として選ばれた人物、カナタ・エンジョウ。齢18歳の青年だ。
自らの冤罪を払拭するために、生け贄に選ばれた。確証のない、実証のみで。
◇◆◇◆◇◆◇
カナタはただ不運だった。
給料を卸そうとやってきた銀行で、たまたま銀行強盗に遭遇しただけの一般人。抵抗した民間人を数名、銃で撃ち殺した犯人。目的の金を手にしたら、用はないと逃走を図った矢先、警官が雪崩れ込んできたのだ。慌てて銃を取り落とした。
カナタの足元に偶然落ちた銃。彼は拾ってもいない。警官が雪崩れ込んできたときには、強盗犯は逃げてしまった。取り逃がしたとあっては経歴に傷がつく、それだけの理由でその場にいる民間人すべてが無害だとわかっている青年を逮捕。形だけの任意同行のはずだった。
時代が時代なだけに、犯人の調べはすぐについた。……その人物の強盗理由が、娯楽目的であることも。しかし、時代はいくら流れようとも、変わらない腐ったしがらみからは逃れられない。国の中枢を担う人物の息子であることが、カナタの運命をどん底に追いやった。
この時代、どんな犯罪も死罪になる。理由は至って簡単。犯罪者が国の大多数を占めてしまっているからだ。犯罪者を減らすにはもう、権力者が殺すしかない。"終身刑収容施設"は人で溢れかえっている。その中に、どれだけの"冤罪"者がいるかもわからないまま。
時代がいくら流れても、変わることはない。誰もが、自分可愛さで逃げたい。
"終身刑収容施設"の管理者も、冤罪者までも殺したくはない。矛盾してはいても、良心がないわけではない。人間なのだから。
カナタに選択肢など、最初からなかった。引き受けるしか、この場所から出ることは出来ない。
◇◆◇◆◇◆◇
運命の日。数十万規模の"終身刑収容施設"の死刑囚たちは、数千のブロックに分けられた。凶悪犯を少しでもふるいにかけるために。
カナタもまた、エントリーされていた。念入りに立てられた計画は何かはわからない。だが、あまりにも単純な工作に我が目を疑うことになった。
デスマッチ前の最後になるかもしれない食事。重犯罪者たちのみに仕込まれた毒。それが回るのは、デスマッチ中。綿密に練られ、計算された時間。身震いが収まらない。
デスマッチ開始数分で、冤罪者及び、冤罪者と思わしき人たちの対戦相手が恰かも、相手に倒されたかのようなタイミングで死んでいく。
もちろん、調べることはしない。死んだら処理するだけ。中には幻覚により、自ら自害してしまう者も。
これだけ数がいたら、誰か一人、エントリーから漏れていてもおかしくない。女性の大半は冤罪者が多い。今回のデスマッチには、危険と見なされた50名ほどしかエントリーされていなかった。それに混ざって、ラストまで名前が呼ばれなくても、誰も気にしない。把握できないほどに、囚人たちが多いのだ。
デスマッチは初日に数千ブロック、二日目に数百ブロック、三日目に数十ブロックで行われた。
最後に残ったのは、50人と冤罪者の余地のある男女50名ほど。
的確に無駄なく、重犯罪者ばかりを合法処刑していったのだ。中には、毒に耐性があり、生き残ってしまった重犯罪者も数多くいる。
最後の三日目のみに紛れてエントリーさせられたカナタ。あからさまなシード扱い。しかし、それに気がつくものなどいない。まさに計画通り、ワンブロックの勝者になったのだ。
「勝者の諸君、おめでとう!君たちはこれで無罪放免だ。タイムマシーン《これ》には明日から一名ずつ、乗ってもらうよ。」
この言葉を嘘だと知っている受刑者は、カナタ一人だった。
◇◆◇◆◇◆◇
カナタは一人、自室で、渡された受刑者の資料をめくっていた。
━━コンコン
控えめなノックがする。それでも、慌てて資料を隠す。
「……誰だ?」
カナタは誰も信用していない。
「僕は、"研究者"のソウタロウ・マナベ。君に相談があって来たんだ。開けてくれない?」
警戒しつつ、スイッチを押し、扉を開けた。
そこに立っていたのは、優しい面立ちの20代半ばの男性。確かに白衣を纏っていることから、"研究者"に見えなくもない。しかし、管理者たちのような肉付きの良さもないから、信じても良さそうだと判断した。
「ありがとう。」
ゆっくり室内に入るソウタロウ。
━━シュン
彼の後ろで扉がしまる。
「……で?相談ってのはなに?」
「怖い顔しないでよ。……仕方ないとは思うけど。」
困った顔をしながら言うが、全く悪びれた様子などない。
「まぁ、相談というか、君への細やかなプレゼントを用意したんだ。」
手には何も持っていない。
「……タイムマシーンにちょっと見ただけじゃわからない細工をしてきたんだ。君が飛ばされるのは、『2020年』、今年が『2080』年だから君が生まれるより40年以上前になる予定だね。」
「そんなことはもう聞かされている。」
意味深な言い方にイライラする。
「細工は、それより前に飛ぶようにしたんだ。『2016』年にね。『2020』年から異常に増え始めた犯罪者たちを消さねばならない。冤罪ならば、犯人を代わりにここにいるように仕向けなければならない。君の使命はそれに尽きる。」
4年早かろうとあまり変わらない。誤差の範疇だと思われるだろう。
「だが、君は確実に冤罪だ。過去だからと犯罪者にならなくていいと僕は考えてる。要は、あいつらの犯罪を事前に阻止したり、妨害すればいい。殺す必要なんて最初からない。戻れた場合を想定して、ここの管理者が君に罪を擦り付けようとしているのは見え見えさ。」
「そんなこと、最所から……。」
わかっていたはずだった。いざ考えてみるとおかしかった。殺したら、過去でもカナタには現実のものとなる。
「君はわかっているつもりだったんだ。勇者に最適だと持て囃されて。冤罪者の救済なんて、体のいいカモフラージュさ。うまくいかなかったら、君のせいで死刑になるだけ。過去を変えるって大きなことだしね。それに、確実にその過去に行ける保証はない。」
カナタはタイムマシーンがなんたるかも知らない。ソウタロウが何をいっているかもわからないから、複雑な面持ちになる。狙った過去にいけない?
「分かりにくかったね。確かに、その年にはいける。だけど、『
それだけ言うと、ソウタロウは部屋から出ていこうとする。
「あ、僕がいじったのは内緒にしてね。『カナタくん』。」
それだけ念を押すと立ち去った。
「……俺が犯罪者にならない最善策、か。」
だが、カナタは伝えられていなかった。帰る方法については。リストの犯罪者や冤罪者、そして自分。すべてを背負わされた青年には、そこまで考える余裕などなかった。
……次の日、リストを鞄に入れ、久々に着たカジュアルな衣服で円柱状のタイムマシーンに入れられた。カナタはまさに今、『2016』年にタイムスリップするのだ。管理者が『2020』年だと思っている『2016』年に。
昨日会ったソウタロウが、カナタを見て頷いている。納得するしない以前の問題だが、ソウタロウを信じて頷き返した。
その瞬間、円柱の中は真っ白な光に包まれた。
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