オタサーの姫とサー席の騎士

益田米村

第1話






   オタサーの姫

        と

        サー席の騎士













『今授業終わったよ。私の分の席取れてる?4号館地下のレストランでいいんだよね?』

『そう。4号館地下の学食。だいたいいつもの辺りにいるよ。四人席を確保したから、ちゃんとヒメも座れるよ。安心して』

『他に誰かいる?キシ君だけ?』

『誰もいないよ。さっきまで先輩たちがいたけど、今は僕一人。四人席に一人は周りの視線が痛いから、早く来てほしいな』

『待って。今1号館出たとこ』

『授業は英語だった?』

『そう。ついでにその前も英語でした~』

『そういう学科は大変だね』

『でも海外の文学作品を原文で読めるようになるのは楽しいよ』

『そっか。まだ着かない?オタク系のサークルが席を確保するのって大変なんだ。けっこう人増えてきたし、そろそろ相席も考えたほうが』

『絶対にイヤ!今4号館入ったから、電話は切るね』

「え、ちょ。…勝手だなあ。人を待たせているんだから、ねぎらいの言葉とか掛けられないものかな?さすがヒメと名につくだけのことは」

「お待たせ。何か言った?」

「いいえ。何も」

「混んでるね~」

「今から並んだらかなり待たされると思うよ。次授業は?」

「次は空き。空いてから並ぶよ」

「その方が賢明だね」

「キシ君は次あるの?」

「あるけど、一般教養科目だし、サボろうかなと思ってる」

「まだ五月なのに、もうサボろうっていうの?」

「出席取らない授業だし、配布物はあとで友達にもらうから問題ないよ」

「何それ。今からそれじゃ、先が思いやられるわね。そう言えばさ。さっきなんで私が英語の授業受けてたってわかったの?言ってあったっけ?」

「いやさ。何となくそう思ったんだ。雑音が無くて電話の声が聞き取りやすかったから大教室じゃなさそうで、且つ1号館ですぐに出られる位置の教室。そう考えたら語学の授業かなって」

「すごいすご~い。当たってるよ」

「適当だよ」

「でも当たってるんだからすごいよ。なんか名探偵みたい!そう言えば新歓飲みの時もそんなようなことしてたね。普通にしゃべってるだけなのに先輩たちの学部と学科をズバズバ当てたりして。『今年の一年にはエスパーがいる!』とか言って先輩たちが騒いでたよ。そう言うのってあれだよね?ええっと、プロフィールみたいな、なんて言うんだっけ?」

「プロファイリング?大げさだよ。そんな大それたものじゃないよ。それにね、学部学科は意外とわかりやすいものなんだよ」

「そうなの?」

「例えば専門科目の話が出れば一発でわかるし、持っている物とか読んでいる本からわかることもある。あとは言葉の表現とかにも特徴が出たりするよ。特に4年の先輩方は学問が染み付いていたりするからね。わかりやすいよ」

「へえ~。すご~い」

「そんなにすごいことじゃないよ。ある程度相手を観察していれば出来ることだよ」

「じゃあさ、じゃあさ。全然知らない人が相手でも出来たりするの?」

「う~ん。それは人によるだろうし、やってみなければわからないかな。何とも言えないよ」

「やって見せて欲しいな~」

「今ここで?」

「うん!」

「あんまり人ゴミの中ではやりたくないんだけどなあ。相手をじろじろ見ることになるし。変な人に思われちゃう。何かメリットが無いと。そうだなあ。じゃあゲームみたくしようか」

「ゲーム?」

「そう。ゲームみたくルールを作って、勝ち負けを決めるんだ」

「誰が勝つの?」

「君か僕。ルールは簡単。この学食の中から君が選んだ人の学部学科を僕が当てる。見た目だけでね。当たったら僕の勝ち。外れたり、当てられなかったりしたら君の勝ち」

「そんなの決めてどうするの?」

「お昼ご飯を賭けよう。負けた方が勝った方におごるっていうのはどうかな?」

「…え?おごるのなんていやよ」

「大丈夫だよ。君は好きな人を選んでいわけだし、僕は相手を見た目だけで判断するわけだから、君の方が断然有利だよ」

「でも…」

「制限時間を設けても良いよ。そうだね。君が決めてから15分以内に結論を出すよ。出せなかった場合にも君の勝ちということで、どうかな?」

「それならいいかな…。誰を選んでも良いんだよね?」

「学生限定でね。職員の出身学部とか言われても困るからね」

「それじゃあねえ…」

「わざわざ立って探さなくても良いのに」

「あの子!あの壁際四人席の女の子たち。その中の茶髪で髪が長い子!」

「その隣のそばを食べている子ではなく?」

「ではなく」

「その手前でカレーを食べている子でもない?」

「でもない」

「OK。じゃああの子の学部と学科を当てていこう。時間計って」

「は~い。じゃあ行くよ。よーいドン!」

「まず若い女性が三人でテーブルに座っている点から、あの三人は学生であることがうかがえる」

「そこから?」

「大事な事だよ。職員だったら困るからね」

「次は?」

「この校舎には文系の学部しかない。お昼から他の校舎の人間が複数来ているとは考えにくい。だから彼女の学部は文学部・経済学部・社会学部・経営学部・法学部のうちのどれかに絞られる」

「じゃあその中のどれ?」

「バッグが小さい。あのサイズじゃ六法は入らないから、法学部じゃないね」

「なるほど」

「さっき通り過ぎた経営学部の先生に無反応だった。経営学部じゃない」

「他には?」

「社会学部はこの時期レポートに追われているって聞く。お昼に談笑できるはずは無い。社会学部も除かれる」

「へ~。知らなかった」

「次は経済学部である可能性。これは簡単。僕は彼女を知らない。見た覚えが無い。ゆえに、彼女がよほどのサボり魔でない限り、僕と同じ経済学部ではありえない」

「そ、そうなんだ」

「よって消去法で学部は文学部であると推察される」

「次は学科ね。一口に文学部と言っても日本文学から哲学まで様々な学部が」

「英米文だよ」

「え?」

「ごめん。面倒くさくなっちゃった。あんまり女性をジロジロ見るのもなんだし。だからもう回答を出しちゃうね。彼女の学科は英米文学科だよ」

「へ?な、何を突然に。まだ時間はあるんだよ?もうちょっとよく考えてから結論を出した方が」

「彼女は文学部英米文学科の一年生さ。君と同じでね」

「え…?な、何でよ」

「どうかな?当たってると思う?」

「そんなこと私にわかるわけな」

「わかるよね?君は彼女を知っている。だから彼女を選んだんだもんね?そう。君はこのゲームの対象者に『自分の知り合い』を選んだんだ。僕がまず推理したのはその点についてさ」

「どういうこと?」

「このゲーム、一見すると選ぶ側の方が圧倒的に有利に思える。不特定多数の中から任意で一人選ぶだけ。そこに条件は無い。だったらなるべく判断の難しい人間を選べばいい」

「…そうね」

「でもね、普通に考えて『何学部か、何学科か判断しにくい人間』なんてのは判別できないものさ。それこそ、普段から人間観察を積極的にしている人間じゃないとね。君はそんなことしないだろう?」

「しないわね」

「そこで君は、この勝負に勝つにはどんな人間を選べば良いのかを考えた。おそらく君が思いついた、君を勝利に近づける相手の条件は『僕の知らない人間』だ。僕の知り合いを選んでしまっては圧倒的に不利になるからね。でも君は僕の交友関係に詳しくない。だから君は逆の発想に出た。『僕を知らないであろう人間』だ。正確に言えば『僕を知らないということを君が知っている人間』だね。君が知っている『相手の交友関係』の中に僕がいなければいい。そうすれば僕がその相手を知っている可能性も低くなる」

「確かに、その通りよ。そう考えたわ」

「でもそれはすなわち『君が相手を知っている』ということにも繋がるのさ」

「あ~、なるほどね。確かに、結局は相手のことを知らなければ、交友関係も解らないもんね」

「ちなみに、君が知り合いを選んだ根拠は他にもあるけど、それはあとに回そうかな」

「でも、どうして私が知り合いを選んだことがわかったの?もしかしたら深く考えずに、本当に適当に選んでいるかも知れなかったじゃない」

「君が対象者を選ぶときに立ち上がったのを見て、さ。別に誰を選んでも結果は運次第、僕の能力次第なわけだから、君はすぐ近くに座っている人を選んでも問題無い。なのに、わざわざ立ちあがってまで相手を探した。だから、これは特定の条件に合う人物を探しているんだな、って思ったんだ」

「なるほど。わざわざ選ぶには何か理由がある、ってわけね」

「そういうことだね」

「でも待って。確かに知り合いを選んだわけだけど、だからと言ってそれが同じ学部学科だとは限らないじゃない!そこはどう推理したのよ!?」

「僕が次に推理したのがそこ。『君の知り合い』とはいかなる人物か。そのためには君という人間を詳しく分析・・・というか考える必要があった」

「なんか恥ずかしいわね。どう考えたのよ?」

「…どうしよう。やっぱり言うのが怖くなってきた」

「はっきり言いなさいよ。言ってくれなきゃ負けを認めないわよ。私を納得させて!」

「君、友達いないでしょ?」

「…え?」

「あ、いや、ごめん!言い過ぎた!友達少ないでしょ?」

「どっちにしろ同じじゃない」

「正確に言えば友達を作るのが上手くない。もしくは積極的に作らないタイプ、かな。君、人見知りするタイプでしょ?」

「根拠は?」

「最初に電話で『他に誰かいるか?』と聞いたこと。そして『相席はいや』と言ったこと。根拠としては薄いけど、何となく人見知りなんだなって感じた。ちなみにこの人見知りが、君が知り合いを対象者に選んだ理由その2」

「どういうことよ?」

「これがゲームで、勝敗を決めるものである以上、回答に対して答え合わせをしなければならない。相手の学部学科を確かめる方法は一つだけ。直接聞いてみること。でも君は人見知り。知らない人に声をかけるのようなことはしたくない。かと言って僕に行かせると、不正を働かれる可能性がある。だから君は答えをすでに知っている人を選ぶしか無かった。違うかい?」

「違わないわ」

「ついでに言うと、最初から答えは君人身の口から言うつもりだったでしょ?『実は彼女は私と同じ学部学科でした』って。話しかけに行きたくなかったんだよね?」

「そんなことないわよ」

「いやいや。君は学科の子たちと仲良くないんだ」

「はあ?なんでそうなるのよ」

「だってさ、大学1年生の五月だよ?一番友達を作りやすい時期じゃないか。そんなときに女の子の友達じゃなくてサークルの男とご飯を食べようなんて、おかしいじゃないか」

「そっちだって男友達はどうしたのよ?」

「いるけど?」

「一緒にご飯食べてないじゃない」

「君に席をとっておくように言われたからね」

「あ…」

「それに君の場合、直前が学科の授業、しかも語学だった。少人数制で毎回顔ぶれが一緒。一番友達が出来やすいと言われる語学のあとのお昼ご飯を一緒にしない。誘いも、誘われもしない。だから君には学科にすら友達がいないんだろうな、って考えた」

「それは…」

「学科にも友達がいないような君が、サークルに何件も入って手広い交友関係を築いているとは考えにくい。君、このサークルにしか入っていないだろう?」

「…そうね」

「そのサークルの中でも、自分の言うことを聞いてくれるごく少数とだけ交流を持つ。しかも異性を狙って。君はちやほやされたいんだねえ」

「…」

「お昼ご飯を一人で食べるような屈辱は嫌。でも相席して知らない人と食べるのも嫌。プライドが高い上に人見知り。これじゃあ友達は出来ないよね」

「ねえ?もしかして一人でずっと待たされてたことを怒ってるの?」

「別に。一人で周りの視線に耐えながら四人席を確保するのが大変だったのに、ねぎらいの言葉も感謝の言葉も無かったことになんて怒って無いさ」

「ごめん」

「とりあえず結論を出すと、性格にやや問題があり友人関係が希薄な君が不特定多数から選び出した人間は君と僅かばかりでも関わりのある可能性があるという点から、君が選んだ人物は君と同じ学部学科である可能性が高い。以上」

「当たりです。ごめんなさい」

「よし!僕の勝ちだ!」

「ごめんなさいごべんばざいごえなあい」

「ああ!ごめん!泣かないで!泣かすつもりで言ったわけじゃないんだ。ちょっと仕返ししてやろうかなと思っただけで、これを機に君が少しは思いやりのある社交的な女の子になってくれたらサークル全体の利益につながるし君自身の今後のためにもなるかなって思っただけでそれで」

「嘘よ」

「へ?」

「嘘泣きよ」

「は、ははは。そっか」

「人のことを考えてくれるのはありがたいけど、あんたも言い方ってのを考えなさいよ。次は本気で泣くわよ」

「ごめんごめん。ちょっと楽しくなって調子に乗っちゃった」

「何それ。人のこと言えないんじゃないの?」

「ははは。そうかもね」

「何よそれ。まあ良いわ。私の負けだし、それじゃあ今日のところは私がお昼を」

「そろそろ列も空いて来たね。じゃあ何か買ってくるよ。何が良い?何でも言われれば買ってくるよ」

「へ?負けたのは私よ?」

「そうだけど、あれだけいじめてさらにおごらせようなんて考えたりはしないさ。そもそも、勝ち負けに関わらずお昼はご馳走しようと思ってたし」

「そうなの?」

「だって姫と食事を共にできるんだよ?この上ない名誉に預かるんだから、ある程度の犠牲は覚悟してたさ」

「何それ?騎士のつもり?」

「字が違うよ、お姫様」

「ホントにおごってくれるの?」

「嘘とはいえ、泣なせてしまったお詫びかな。ほら、早く選んでよ。急がないとまた列ができちゃう」

「そっか。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ。そうね、何が良いかな?待ってね、今選ぶから。ええと、ええと。じゃあつ」

「月見うどん!」

「え?」

「今『月見うどん』って言おうとしたでしょ?」

「う、うん」

「良し!当たりだね。じゃあ買ってくるよ」

「ちょっと待って。意味わかんない。何で私が食べたいものがわかったの?何それ?ホントにエスパー?」

「ちょっと考えてみただけだよ。簡単な話だよ」

「…意味わかんない…」

「それじゃあ月見うどんを買ってくるから、それまでの間、なぜ僕が君の食べたい物を言い当てることができたのかを考えてみてよ。戻ってきたら答え合わせをしよう」

「またゲーム?今度は何を賭けるの?」

「夜ご飯でもかけようか?」

「乗ったわ」

「じゃあ、制限時間は僕が戻ってくるまでだ。行くよ?よーいドン!」


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オタサーの姫とサー席の騎士 益田米村 @masudayonemura

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