第十四話 少年愛
「ちょっとさあ、相談したいことがあるのよ」
「……、何だよ?」
「まあ、なんていうかさあ、恋の相談なんだけど」
「恋?なんだよそれ、そんなの俺にすんなよ」
「まあいいじゃん、トモヤくらいしか相談出来る相手がいないんだよ」
「そうなの?」
「うん、ところでトモヤは今彼女いるの?」
「なんだよ、いきなり、……別にいねえよ」
「いないの?意外だなあ、これまでいたことはあるだろ?」
「これまでもいねえよ」
「そうなの?こんなカッコいいのに?」
「な、なんだよそれ」
トモヤは少し照れた様子を見せる。
どうやら彼は端正な顔立ちをしているにも関わらず、恋愛に関してはかなりの奥手のようだ。
中学生といえど、これほどの美少年であれば、経験も豊富だろうと高を括り、京子とのこれからについてを相談しようと思っていたが、どうやら期待外れらしい。
「そうか意外に純情なんだな……まあいいや、とりあえず聞いてよ」
それでも、今私が相談出来る相手は、天使かトモヤくらいしかいない、天使が役に立たない以上、トモヤに頑張ってもらわないといけない。
「これは私の友達の話なんだけどさあ、その友達は明るくて人気者でクラスの中心人物なの、で、その子には好きな女の子がいるんだけど、その女の子は、とっても暗くて、いつも一人ぼっちでいるような子なのよ。友達は頑張って、なんとか話しかけれるくらいの仲にはなったんだけどさあ、そこから恋人関係にもっていくにはどうしたらいいと思う?」
「なんだよ急に……、んーよくわかんないけど、まあ、普通に告白すればいいんじゃないの?」
「いや、もちろん最終的にはそうかもしれないけど、今の状況じゃあ100%振られちゃうから、その前の段階だな。より仲を親密にするには、どうしたらいいかって話」
「うーん、遊ぶ約束して、休みにどっか行くとか?」
「いやあ、それもそうなんだけど、デートに誘うにはまだちょっと厳しいかな、たぶん断られると思う、まだそんな関係性じゃないんだよ」
「えー、じゃあ同じ趣味を持つとか、その子は何が好きなの?」
「それが分かれば苦労しないよ、その子は学校で誰とも喋らないし、趣味嗜好なんて何も分からない」
「だったら聞けばいいじゃん、話すことはできるんだろ?時間かけて聞き出せば?」
「いやダメだ時間がない、そんな悠長なことはしていられない」
「なんで時間がないんだよ?意味わかんない」
「うるさいなあ、とにかく時間がないの。もっと手っ取り早く仲を縮める方法を考えろよ、ほら、なんか無いの?」
「なんで命令すんだよ、もう……じゃあ一緒に下校するとか?」
「下校?」
「うん、ほらデートは誘えなくても、一緒に帰ろうくらいなら言えるだろ?そしたら学校にいる時より長く話せるし、帰りどっか寄ったり、その子の家に遊びに行けたりするかもよ」
「……なるほどねえ」
全く期待していなかったトモヤの口から、予想外に名案が飛び出した。
私自身、10年以上も学校に勤務していることや、最近の"のぞき"の習慣も相まって、頭の中で勝手に、登校してきてから下校するまでの学校にいる時間が、一日の全てだと思い込んでしまっていた。
そうか下校を一緒にするというのはかなり距離が縮まる行為だ。
トモヤの言う通り、上手くいけば京子の家に上がり込むことができるかもしれない。
それにどうせ彼女は、私の家がどこにあるかなんて知る由もないだろう。
例え帰る方向が真逆であろうと、さも近くのように振る舞い、彼女を家に届けてから、時間をかけて帰宅すればよい。
「……下校かあ」
考え込む私をトモヤが不思議そうに眺める。
「なあ、だいたいよく分かんないんだけど、姉ちゃん女子高だよな?友達っていったい誰の話だよ?」
「ん?ああ、まあ他の高校に通ってる男の友達の話」
「……ホントに?」
「おう、そうだよ、なんで?」
「いや……なんか言い方からしてさあ……自分の話みたいだったから」
「んーそう聞こえた?」
「うん、姉ちゃんさあ、もしかして……レズビアン?」
本日二度目の質問だ。
「あははっ、なんだよそれ」
「いや、もしかしてって思って」
「へー私が?そう見える?」
「いや、別に見えはしないけどさあ」
「ふーん」
中学生の男子なんてどうせ馬鹿しかいないだろうと、「友達の話」なんて典型的な嘘をついてしまったが、さすがに見破られてしまった。
トモヤは懐疑心と好奇心とが混じりあった無垢な瞳で私をじろっと見つめてきた。
本来ならばしっかりと否定をし、波風を立てずに終わらせるべきところではあるが、私を見つめるトモヤの幼く美しい風采に、すっかり目を奪われてしまい、再びトモヤにちょっかいをかけたいという情動に駆られてしまう。
少年愛というものは、こういった機会に目覚めるのであろうか。
「私が女の子が好きなのか、男の子が好きなのか、気になる?」
「別に気になるっていうか……」
「ふふっ、教えてあげようか?」
私はねっとりとした笑顔でそう言うと、ぐいっとトモヤに体を寄せた。
「な、なんだよ!」
トモヤは一瞬にして身を硬直させる。まるで初心な少女のように、首筋から耳たぶにかけてほんのりと赤みを帯びてくる。
「そうだ、まず私の相談に、良い答えを出してくれたご褒美をあげなきゃね」
「えっ、なっ!?」
逃げられないように右手でトモヤの手を掴み、左手で頭をゆっくりと撫でる。
私の手が触れた瞬間トモヤはびくっと体を震わせた。
しかし蛇ににらまれた蛙のようにその場から動けないでいる。
私は生唾を飲み込みながら、さらにトモヤに顔を近づける。
「ご褒美だよ」
そういって私はトモヤの頬にキスをする。
中学生の頬はさすがの肌触りだ。唇に触れた途轍もなく柔らかい感触に驚いてしまった。
トモヤは一瞬時が止まったかのように停止したが、すぐに顔を真っ赤にし、私の手を払いのけ、「何なんだよもう!」といいながら部屋を飛び出した。
トモヤがその気になるのであれば、最後までいってしまおうかとすら思っていたので、非常に残念だ。
部屋を飛び出していくトモヤの後ろ姿に、私はついつい「かわいいなあ」と、呟いてしまった。
すると、完全に存在を忘れていたあの男が、しびれを切らしたかのように言葉を発する。
「おっさんが(ご褒美だよ)って………ちょっとキモすぎない?」
「うるせえなあ!見てんじゃねえよ!クソ天使!」
人に監視されるというのが、これほど嫌なことだとは知らなかった。
まあ、のぞきを生活の全てとしていた私が、今更気づくには遅すぎることなのだが。
「一応言っとくけど、弟を無理やり犯したりしても強制終了だからね」
「わかってるよ、さすがにそこまでする気はねえから、ちょっと悪戯しただけだよ」
「へーあっそ、まあ気を付けなよ」
天使の目はまるで私を信用していない。
私もこうは言ったが、トモヤの抵抗がそれほどでもなければ、最後まで事に及んでいたかもしれない。
私が橘レイカになったのは、あくまで橋本京子が目的である。
その目的を果たす前に、関係ないことで強制終了などされたらたまったものじゃない、どうやら私はレイカになってからというもの、何かにつけて暴走してしまう傾向にあるようだ。
たぶん美しく若い女性になったという自信が、欲望のストッパーを破壊してしまっているのだ。このままでは大事な時に、またミスを犯してしまう。私はより一層気を引き締めなおした。
レイカでいられる時間はあと九日しかない、今日の反省を心に刻み、明日を迎えるしよう。
こうして私の橘レイカとしての初日は終了した。
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