第十三話 帰宅


 そうこうしていると購買からユウ達が戻ってきた。

 私はレイカがいつもしているように、弁当を手に取って教室の奥に移動し、そこにあぐらをかき陣取った。

 友人達も私を中心に五角形に座り、それぞれが購買で買ってきたおもいおもいの昼食をとりはじめる。

 他愛もない会話が続く中、私は時を見計らって本題に踏み込んだ。


「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど――――私、さっきみんなが購買行ってる間にね、橋本さんとお話したのね」

「橋本さん?」

「うん、私、前々からどうしても橋本さんと仲良くなりたいって思ってて……それでついに決行しちゃった」

「レイカさっきもそんなこと言ってたよねえ?橋本さんと仲良くなりたいって、そんなの初耳だけど、今までそんなこと言ってたっけ?」

「言ってない、私も初めて聞いた」

「そうだね、声に出しては言ってないと思うけど、本当にずっと思ってたんだよ」

「そうなんだ?、でっなに喋ったの?」

「うん、仲良くしたいからこれから話しかけてもいい?ってお願いしてオッケーもらったの」

「へ~よくオッケーしてもらえたね、あの子ってそういうの断りそうだけど」

「うん、なんとかね」

「まあ、レイカにそんなこと言われて断る人間なんてこの世にいないけどね、だってこんな可愛いんだもん!」

「もうユウはすぐそうやって――――それでさあ、もし、もっと仲良くなれたら、一度お昼ご飯に誘いたいんだけど……ダメかな?」

「もちろん、全然いいよ」

「うん、楽しそう~」


 ユウ達は快く許可してくれた。

 彼女達と話していると、彼女達は四人が四人とも、かなり性格の良い子達だということがよく分かる。

 大抵こういったクラスの中心グループにいる女の子達は、性格が悪いと相場が決まっているものだが、どうやら私の間違った先入観のようだ。


 その後も私は、休み時間の隙を見ては京子に話しかけに言った。

 基本的には私が一方的に喋り、彼女は相槌を打つか、私の質問に対し(はい)か(いいえ)で答えるかしかしないのだが、とりわけ私を拒絶する仕草は見せなかったため、今朝からすると、かなり前進したと言えるだろう。


 下校する際にも「また明日ね~」と笑顔で手を振る私に対し、表情こそ変えないものの「あっはい、また明日」としっかりと返事をしてくれた。

 男であったつい先日まででは考えられないような関係性だ。

 これからこの関係性を、もっと親密にしていく未来を考えると、私の気分は天にも昇るようであった。


 そんなこんなで私の橘レイカとしての初日は無事に終了した。

 どうやらレイカは部活動に属していないらしく、同じ帰宅部であろうマキと共に下校することとなった。

 マキと別れ、家の近くまで来たところで、若干道に迷いはしたものの、必死で記憶を手繰り寄せ、なんとか家路に着いた。

 自分の部屋に戻った私は、化粧机に座り、鏡を見ながら今日一日のことに思いを寄せる。

 京子の顔を思い出して自然と笑みがこぼれた。


「うわあ気持ち悪いねえ、鏡で自分見ながらニヤニヤしてるよ~、それ今の姿だからまだセーフだけど、おじさんの君の時にやってたら、僕、嘔吐してるからね」


 久しぶりに姿を現した天使は、自分の小汚い容姿を棚に上げて、そんなことを言ってきた。


「うるせえよ、別に自分見て笑ってたわけじゃねえからな」

「へ~じゃあなんでニヤニヤしてたの?」

「……ちょっと京子のこと考えてな」

「いや余計気持ち悪いよ」


 私を罵ると、天使はおもむろに、どこからかポップコーンを取り出し、むしゃむしゃと音を立て食べ始める。なぜこいつは私の前でお菓子を食べるのだろうか、意味が分からない。


「なあ、天使」

「んーなに?」

「あのさあ、どうだった?今日の俺達」

「俺達って?」

「嫌だから俺と京子だよ、はたから見てさあ、その……どう見えた?」


 天使は喋る度に口からポップコーンのカスをまき散らす。

 とても汚らしい。

 三十歳男性の私ならともかく、今の美貌を手に入れた私からすると、生理的に受け付けない光景だ。


「どうって別に、どうも見えないけど」

「いやどうも見えないってことはないだろう、彼女の表情ちゃんと見てた?ほらなんかちょっと心を開きかけてたとかさあ、逆にまだまだ押しが足りなそうだとかさあ、明日からのために教えてくれよな」

「知らないよそんなの、そんな集中して観察してないよ」

「ちっ、なんだよ、使えねーなあ、そんくらい見とけよ、暇なんだから」

「はあああっ?ちょっとなにその態度!だいたい何で僕が君の手伝いしなきゃいけないの?君さあ自分の立場分かってる?僕の好意で今の〈お願い〉だって叶えてあげてるんだよ?」

「なんだ偉そうに、別に叶えてくれてんのは神様だろ?お前はただの使いっぱしりだろ」

「誰が使いっぱしりだあああああああ!!!!」


 天使は口の中のポップコーンを全部まき散らさんばかりに叫んだ。

 それからおよそ十分もの間、私と天使の見るも無残な醜い口喧嘩は続いた。

 最終的には容姿の罵り合いにまで及んだが、騒ぎを聞きつけて部屋に登場した弟のトモヤによって終わりを迎えた。


「ねえちゃん、ちょっと声大きいよ。外まで聞こえ……ってあれ電話してたんじゃないの?」

「えっ、ああ、うん、今終わったとこ」

「あっそう、電話で喧嘩するのはいいけどさあ、外に丸聞こえだから、気を付けた方がいいよ」


 トモヤは中学生とは思えない大人びた注意をすると、呆れ顔をしながら立ち去ろうとした。


「ちょ、ちょっとまって」

「え?なに」

「ちょっと、こっち来て座って」


 私はトモヤを呼び止め、ベッドに座るよう指示した。トモヤはとても嫌そうだったが、渋々部屋に入り私の隣に腰掛けた。


「なんだよ、俺忙しいんだけど」

「まあいいじゃん、すぐ終わるからさあ」


 現実の私にも3歳離れた弟がいる。なので弟の扱いには手慣れている。

 男女の違いがあるとはいえ、兄弟の関係性などどこも同じようなものだろう。

 弟に対して、上の兄弟というものは、多少強引に接した方がいいのだ。

 兄弟には小さい時から自然と心に刻まれた主従関係がある。弟はいつまでたっても手下のような存在なのだ。


「ところでお前さあ、今って中学何年生だっけ?」

「お前?お前って……2年だけど」

「そうか2年かあ、大きくなったなあ」

「は?なんだよそれ――――っておいやめろよ」


 私はトモヤの頭を撫で回す。

 トモヤはさすがにレイカの弟だけあってかなりの美少年だ。

 私に同性愛の気はないものの、少し顔を赤らめながら私の手を払いのけるトモヤの姿に、思わず胸がトキメキそうになった。


「ちん毛とかはもう生えたのか?」

「な、なに聞いてんだよ!」


 あまりの可愛さについつい調子に乗ってしまった。

 いけないとは思いつつも、照れるトモヤの表情が見たくてセクハラに及ぶ。

 これが元の姿なら完全に犯罪行為だろう。


「いいじゃん、教えろよ、つか見せてみ?ほらほら」

「ちょっ、何すんだよ、ふざけんなよ!」


 私はトモヤの体を抑え、履いているズボンを脱がそうとした。

 可愛い女子高生になって、美少年の中学生にイタズラをするという、まるでアダルトビデオのような展開に、私の鼓動は否応なしに高まってくる。


 このまま少しぐらいなら、いやらしい行為に及んでみてもいいのではないかと思ったのだが、ふと視線の端に目をやると、私の事を強烈に蔑んだ目で見つめる天使の姿が映り、瞬間的に我に返った。


「な、なんだよ、俺もう行くからな」


 トモヤはその隙を逃さず、少し潤んだ瞳をしながら、私の制御を払いのけ、ベッドから立ち去ろうした。


「ちょっと待って、うそうそっ、冗談だから、ごめん、ちょっとふざけただけ」


 私は必至でトモヤを引き留めた。

 トモヤは嫌そうな表情を見せながらも、やはり姉には逆らいづらいのだろう、ぶつくさ文句を言いながらも、再度ベッドに腰を下ろした。

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