第十一話 反省
「あははっ、いやあ、やっちゃったねえ~、もうこれ修復不可能じゃない?もうさあ、あの子のことは諦めちゃって、せっかく女子高生に成れたんだから違うことして楽しみなよ~」
笑いながら天使が話しかけてくる。ちなみにどこから取り出したのか、朝っぱらからソフトクリームを食べている。口の周りをベタベタにしていて見苦しい。
「うるさいなあ、まだ始まったばっかだろ」
強がりながらも私は、かなり落ち込んでいた。
京子のあの軽蔑し、私を拒絶した目が、頭から離れないのだ。
「うふふっ、あっそう、まあいいけど、そこから飛び降りたりとかしないでねえ~」
「するかよ」
私と天使は現在、校舎の屋上にいる。
あの後、一部始終を目撃し、私の行動に驚愕し、説明を求めるかのような目で、ゆっくりと私に寄ってきた友人達から、一旦距離をとるために逃げてきたのだ。
ちなみにこの三宮女子高は、普段屋上を開放していない。
私が勤務する何年か前までは開放していたらしいのだが、何らか事故が起きてしまい、それ以来、扉には南京錠の鍵がかかるようになった。なので生徒は出入りできないようになっているのだが、私は入り方を知っていた。
実はこの南京錠の鍵は、入り口付近に乱雑に積まれている旧式で不要になった机の一つに、隠して入れてあるのだ。この事を知っているのは教師の一部と警備である私達だけである。
なぜそんな場所に隠してあるのかというと、この屋上には三つも物置部屋が設置されており、未だに授業に使う備品が、大量に収納されているのだが、授業の度に、いちいち遠く離れた場所にある職員室まで、鍵を取りに戻るのは面倒だという理由で、教師達の提案の元、この場所に隠しているのである。
そして我々警備にも、安全上の理由で、そのことは教えられているのだ。
よってこの屋上には、とりあえず生徒は入ってこない。なので一人になるにはもってこいの場所だ。
もうとっくに始業のチャイムは鳴っていたが、私にとってそんなことはどうでもいい、それより今は心を落ち着かせ、反省し、これからどうすればいいか考えなければならない。
「なあ天使、なんで俺拒否られたのかなあ、今の俺相当可愛いよなあ?」
「そんな口調で可愛いか聞かれても困るけど、まあ普通に考えればああなるでしょ。だってさあ、もし君が、物凄いかっこいい男に、いきなりキスされようとしたらどうする?嫌がるでしょ?」
「……いや、まあ、それは嫌がるけど」
「じゃあ、それと同じだって、いくら可愛くても、同性にそんなことされたら普通拒否するでしょ?結局君はまだ橘レイカになりきってないんだよ、考え方がおっさんの頃のまま、もっと女の子の気持ちに成りきらないと」
「女の子の気持ちかあ……でも、だってほらあれだろ?よく言うじゃん、女性は全体の七割くらいが同性愛の気あるって、なんかエロい雑誌で読んだことあるよ、昔」
「いやあ、いい年してそんなゴシップ誌の情報鵜呑みにされてもねえ~、正直、天使の立場から言わせてもらうと、それ嘘だよ。真っ赤な嘘。どっちかっていうと男の方が強いよ、同性愛の気は」
「えっマジで?そうなのか?」
「うん、女性ってほら性に対して受け身じゃない?だからまあ同性同士でも我慢できるっちゃできるけど、好んでやってる訳じゃないんだよ。逆に男の方は性欲が増してくると、吐き出さないといけないから同性でも好んでやっちゃうのよ、うふふふっ」
天使はソフトクリームを舌で舐めまわしながら言った。話の内容と相まって何とも悍ましい光景だ。
「だからさあ、君が橋本京子とエロい事をするために、橘レイカになったって知った時は、なんて馬鹿な発想だろう、って思ったよ、そんなの逆に遠回りなだけなのにねえ」
「なんだよそれ、今更そんなこと言うなよ」
「ははっ、まあ頑張ってよ、ほら、そろそろ教室行きなよ、二限目も始まっちゃうよ」
うだうだと悩んでいたら、一限目の終わりのチャイムが鳴った。いつまでもこんなとこに隠れていてもしょうがない、天使の言う通り私は教室に向かうことにした。
教室に入るや否や、いつも橘レイカにくっ付いている、取り巻きのクラスメイト4人が駆け寄ってきた。
「レイカどうかしたの?」
真っ先に話しかけてきたのは、この年頃の女子にしては高めの身長と、茶髪のショートカット、同性から好かれそうな凛々しい顔立ちが特徴的な女の子で、このグループの中では常にレイカの隣を陣取っており、客観的な判断だが、たぶんこのグループのナンバー2的なポジションにあると思われる子だ。
通学中の電車の中で、予習がてら見ておいたレイカの持っているプリクラ帳から、彼女の名が『ユウ』だという情報は既に仕入れていた。『ユウ』なのか『ユウコ』なのか、はたまた『ユウカ』なのかは分からないが、とにかく彼女はレイカ達からは『ユウ』という名で呼ばれているようだ。
「えっ、どうかってなにが?別にどうもしてないけど」
「そうなの?だってマキがなんか……」
「うん、さっき、他のクラスの子から聞いたんだけど、なんか下駄箱で橋本さんともめてたとかって話……」
グループの中でも最もメイクが濃く、ほぼ金髪かと思われるような派手な髪色をしている女の子が喋りだした。彼女は『マキ』という名のようだ。彼女の言う他のクラスの子とは、たぶん今朝、私と共に登校し、京子とのいざこざを目撃した子の一人だろう。
「ああ、いや~別にもめたとかじゃないって、ちょっと私がふざけちゃってさあ、後で謝りに行ってくるよ」
「謝るって、それやっぱ何かあったってことじゃん?」
「いや、だからそんな大袈裟なことじゃ無いんだって、ホントに何でもないんだから」
「え~なんか怪しい~」
「いやあ、気にしないでよ、あははっ」
「ていうかレイカ一限目どこいってたの?保健室?」
そう質問してきたのは、グループの中で最も小柄で、小学生の中に混ざっても違和感のないような童顔をしている愛くるしい女の子だ。やはり本名は不明だがプリクラには『しーちゃん』と書かれていた。
「んーとね、なんかフラフラしてた」
屋上と言う訳にもいかず、私は適当にお茶を濁した。
「フラフラってなにそれ~うける~」
最後の一人は『ミナ』と呼ばれる子だ。顔つきはいたって普通で、これといった特徴もなく、パッと見は特に印象に残らない外見だが、なんといっても制服がはち切れんばかりの豊満な胸を持っている。男ならまずこれに目がいってしまうだろう。
「まあいいけどさあ、なんで橋本さんなの?何か接点あったっけ」
マキが訪ねてきたが、その質問はできれば私がしたかった。
「うーん、接点ていうか……、あのさっ、あのさっ、私と橋本さんってさあ、みんなから見るとどうなの?どんな仲に見える?」
「えっ、なにその質問?意味わかんない」
「いやあ、だからさあ、私と橋本さんの関係ってみんなからはどう見えてんの?ほらこういうのって自分じゃ分かんないじゃん?」
「えっ、ただの他人でしょ、二人が話してるとこなんて見たことないし」
そうなのか、クラスメイトだから少しくらいは関係性があるかもと期待していたが、どうやら京子と仲良くなるのは思ってた以上に大変らしい。
「ていうか、そもそも橋本さんが誰かと喋ってるの自体見たことないよね、友達とかいるのかなあ」
「私、去年も同じクラスだったけど、たぶんいないと思う、あの子なんかすごい壁作ってるんだよね、誰も近寄れないって感じ」
「わかる~、自分の世界持ってるって感じだよねえ~」
もし京子が、他のクラスに親しい子がいるのならば、その子を通じてという手もあったのだが、どうやら京子は私だけではなく、この学校の誰とも打ち解けていないようだ。
それならばどうやって仲良くなろうものか、私は打開策を考える。
「そうかあ、でもさっ、でもさっ、橋本さんって顔はすっごく可愛いよね?透明感があって、お人形さんみたいで、仲良くなれたら楽しそうって思わない?」
名案は思い浮かばないものの、こういった場合は、とにかく味方を増やしておくに越したことはない。友人達に協力して貰えれば、かなり心強いはずだ。
「何言ってんの、レイカが一番可愛いに決まってんじゃん!」
「そうだよレイカに勝てる子なんかいないんだから!」
「いやいや、勝てる勝てないの話じゃなくてさあ、よく見てよほら、すっごい可愛いんだから、ねっ?ねっ?」
「だ~め、レイカが世界で一番可愛いのっ」
ユウがそう言いがら私を抱きしめて、まるで子犬を可愛がるかのように頭を撫でる。
この子達は本当ににレイカのことが好きでしょうがないようだ。まるで聞き耳を持ってくれない。
そうこうしていると、二限目の担当教師が教室に入ってきて、授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
結局この休み時間に、京子に謝罪することは出来なかった。
当の京子はというと、まるで今朝の出来事など存在しなかったかのように、いつもと何ら変わらない様子で、自分の席に座ったまま、表情一つ動かさずじっと佇んでいた。
二限目の授業は数学だった。
私は、高校を卒業して、すぐ就職する道を選んでいるので、大学受験はしなかったのだが、実のところ、それほど学力が無い訳ではない。
たまたまコネで労せずつける仕事があったことと、大学というものにさほど興味が無かったという理由で就職しただけであって、通っていた高校は、実は県内でもトップクラスの進学校であったし、その中でも私の成績はそこそこいい方に位置していた。また理系コースを選択していたこともあり、現在レイカ達が習っている範囲の数学の授業は、私にとっては、何の問題もない朝飯前のレベルであった。
そのため授業中、教師が私に対し
「この問題少し難しいけど、橘お前解けるか?」
と指名してきた際に、何の躊躇もなくスラスラと正解を答えることが出来た。
しかしながら、それはあまり良くない行動だったようだ。
教師を含め多くのクラスメイト達が、私の解答にどよめき、驚嘆の表情を一斉に私に向けた。
どうやらレイカは”かなり頭の悪い”生徒だったらしい。
そんなことともつゆ知らず、私は得意げに解答を披露してしまった。
その結果、二限目終わりは、瞬時に友人達に取り囲まれ、なぜ急に頭が良くなったのか、という類の質問攻めにあうことになった。
ユウに至っては
「レイカは絶対に頭がいいと思ってた。だって何でも出来るんだから」
と、私を抱きしめながら褒めちぎり、次の授業が始まるまで離してくれなかった。
結局この休み時間も京子と接触することが出来なかった。
まだ始まったばかりとはいえ私は徐々に焦りを感じていた。
京子と仲良くなるどころか、関係はマイナスのまま、まだ何も出来無いでいる。
レイカが人気者だということは初めから分かっていたが、まさかこれほどまでに人が寄ってくるとは思わなかった。
もちろん友人達を無視して京子の元へ向かうことも出来るのだが、そうすると今朝の二の舞になりかねない。
私は先ほど屋上でいたく反省したばかりだ。
あくまで普段通りのレイカを演じ、友人達ともいつも通りに接しながら、自然と京子に近づいていくのがベストである。
私は焦る気持ちをなんとか胸に押し殺し、機会を待つことにした。
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