第十話 暴走
そんな自己反省をしていた矢先のことである。
校門を抜け、昇降口が見える場所まで歩いてきたところで、目線の先に、今まさに靴を履き替えようとしている京子の姿を発見した。
その瞬間だった、気が付くと私の足は、なんの躊躇いもなく、彼女に向かい一目散に走り出していた。
一緒に登校してきた友人達の存在も忘れ、周りの目も気にせず、一心不乱に京子の元へ全力疾走した。
ついさっき、気を付けようと心に刻んだにも関わらず、ものの数秒で、私は我を忘れて”暴走状態”に陥ってしまった。
登校中、私の元に自然と寄ってくる女子高生たちのせいで、勝手にスター気分になり、気が大きく成ってしまっていたことも暴走に拍車をかけた。
「ハァッ、ハァッ、ハァ……ねえ、京子ちゃん」
私は彼女の元に着くや否や、息を整える間もとらず、すぐさま話しかけた。
京子はビクンと肩を震わせ、驚いた表情をしながら、こちらをゆっくりと振り向いた。
「……は、はい?」
外でやかましく鳴き続ける蝉の声に、かき消されるほどの小さな声で、彼女は応答した。
しかしながら彼女の声は、私が想像していた通りに美しく、澄み切っていおり、私の心を一層に燃え上がらせた。
「私さ、京子ちゃんのこと、ずっと気になってたの、すっごく可愛いし、ねえ、これから私と仲良くしよっ?」
私は彼女の手を強引に掴み、グイッと顔を引き寄せ、満面の笑みで告白した。
「えっ……いや……あの…………」
京子は明らかに困惑していた。
「うん、いきなりだからビックリしたよね?でも大丈夫。ほら私って結構人気者だし、自分で言うのもなんだけど、顔も可愛いと思うし、仲良くなっておいて絶対に損は無いと思うよ」
男の時の私なら、これほど困惑した表情をする女性に対し、めげずに食らいつくことなどまず有り得ない。
それは女性に拒絶されることで、自分自身が傷ついてしまうことを恐れているからだ。
しかしながら今の私は違う、もはや自分に自信しかない。
こんな”可愛い私”を拒絶する人間などこの世に存在しないとさえ思っている。
だからこそ京子が
「いや………私そういうのはいいです。ごめんなさい」
と、私の提案を当たり前のように拒否して、立ち去ろうとした瞬間。驚きのあまり頭が混乱してしまった。
「えっ、なにそれ?なんで?意味わからない、ちょっと待って!」
私は彼女の手を再び掴み、引き留めた。
「いや、そういうの私、迷惑なんです」
きっぱりと断る彼女に対し、私はどうすればいいか分からなくなってしまった。
その結果、私がとった行動は、何も言わず彼女を”抱きしめる”という最悪なものだった。
「えっ?何っ――――」
私の腕の中で彼女は呆然としている。私はもう止まらなかった。
少しだけ顔を離すと、右手を彼女の後頭部に移動させ、彼女の頭を固定し、目をしっかりと見つめ、強引に”キス”をせがんだ。
「きゃあっ!嫌っ!」
もう少しで唇が触れるというところで、彼女は私の腕から逃れ、私を突き飛ばした。
男の時ならば、こんな華奢な女の子に、力負けすることなどまず無いのだが、今は私自身も華奢な女の子だ。彼女の抵抗を抑えることが出来なかった。
ドンッと地面に尻もちをついた私が、次に見たものは、黒縁眼鏡の奥底で、”汚らわしいもの”を見るかのように、心底軽蔑した目で私を見る京子の顔であった。
その瞬間、私は我に返った。
私はなんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。
急ぎ早に走り去っていく京子の背中を、ただ呆然と眺めることしかできなかった。
私の10日間はこんな最悪なスタートから始まった。
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