第七話 願い
「はっ?ちょっと待て!なんだよそれ、聞いてないぞ」
「うん、だから今言ったじゃん。ちなみにあと3分しかないからね、ガンバッ!」
「ふざけんなよ、ていうかそれ、お前が神の愚痴言ってた時間も含まれてんじゃねえか!」
「あはっ、そうだったね、メンゴメンゴ」
なんだこいつは、なんでそんな重要なことを急に言い出すんだ。
頭の整理が追い付かないこの状況で、制限時間を設けられてしまった。しかも残りたったの3分。
願いが叶うということに偽りはない、それは信じれる。だからこそこんなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
「ちょっと待てよ、どうすればいい?金か?いや金には困っていない、そもそも欲しいものも無い。なら何かの才能を貰うか?一体何の才能だ?そもそも俺には成りたいものなんかあるのか?ガキの頃の夢は何だっけか?……そうだプロ野球選手だ、今更プロ野球選手?別になりたくもない、くそっ!いったい何を願えばいいんだ。」
「ふふふっ、君面白いね、頭の中で考えてること、全部口から出ちゃってるよ」
「うるさいなあ、ちょっと黙ってろよ」
「あはっ、ごめんね~、でも残り二分切っちゃったよん、早く早くう」
「くそっ、どうすればいい、今の俺の望みは、夢は、一体何なんだ、俺が欲しいものは………」
時間が無いなかで、私は今一度冷静になり、スーッと深呼吸をし、落ち着いて思考を巡らせた。
どうせ後2分しか無い。こうなった以上、難しく悩んだところで答えなんて浮かんでこないだろう。
それならば、ただ欲望に、純粋な欲望にだけ忠実になってしまおう。
私が今最も手に入れたいもの、最も欲しているものは何か。
そうなると最早答えは一つしか見当たらない。私の目には、今しがた使用していた双眼鏡が映りこんでいる。
私が今欲しいもの。誰よりも愛し、何よりも欲しているもの。
「本当に何でもいいんだな?どんな願いでも叶えてくれるんだな?」
「うん、そうだよ。もう決まった?何にするの?」
「じゃ、じゃあ!この女子高の二年三組に通っている『橋本京子』と恋仲にさせて欲しい!」
「………えーっと、それってアレだよね、君が最近、毎日その双眼鏡でストーキングしてる子のことだよね?」
「そ、そうだよ。ストーキングって言われ方は心外だな、ちょっと観察しているだけなんだから。その子と付き合いたい!というかできれば結婚したい!」
「うわあ、それ本気で言ってるの?さすがの僕もちょっと引いちゃうなあ~、今の君、かなり気持ち悪いよ~」
「うるさいなあ、別にいいだろ!これが俺の望みなんだよ!」
「マジかよ~、今まで聞いてきた『お願い』の中でも三本の指に入るくらいしょうもない願いだよ~」
「わ、悪いかよ!いいから叶えてくれよ、ほら早く、早く」
「……うん、うーんとね、結論から言っちゃうとね、それ無理だね」
「はっ?何でだよ?何でも叶えてくれるって言っただろ?」
「いやいや君、僕を誰だと思ってるの?天使だよ、て・ん・し!そりゃあ何でも願いは聞いてあげるけどさあ、あくまで道徳に反してないことが前提条件だからね」
「道徳?」
「うん、そう道徳、だってさあ君、その子と付き合ったら普通にエッチとかするでしょ?」
「い、いや、まあそれは………するけど」
「それは厳しいよ~、だってさあ、それ普通に淫行だよ?条例に引っかかっちゃてるしね。まあそれ以前に、知らないうちに記憶と意識いじられて、好きでもない30歳の冴えないおっさんと無理やり恋仲にさせられるなんて、その子の気持ちになってみな?ほとんど地獄でしょ?さすがに倫理的にNGだよね~」
「そ、それはそうだけど………」
私は何も反論できなかった。
「ほら、じゃあ他の『お願い』言って、ていうか、もう時間無いよ、あと20秒、19、18…………」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!タイムタイム!」
「16、15、14、13、12、11…………」
「お願いだから、待ってくれ!1分でいいから!」
「無理無理~、8、7、6、5…………」
「くそっ」
「4、3、2、…………」
この時、私がなぜこの『お願い』をしたのかは、私自身よく分からない。
橋本京子に少しでも近づきたい、彼女と友達になりたい、彼女と手を繋ぎたい、彼女とキスがしたい、彼女と抱き合いたい。
そのためにはどうすればいいかを必死で考えた。その挙句、私はこの意味不明な答えにたどり着いてしまったのだ。
70億分の1の幸運を手にした私は、神様も、天使も、私自身ですらも予想しなかったであろう願いを神に願った。
「俺を…………………橘レイカにしてくれ!」
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