第六話 天使
「ほら、ちゃっちゃと『お願い』言って、ちゃっちゃと!こっちはスーパー忙しいんだからね。全く、なんで僕がこんな雑用やらなくちゃいけないんだよ。あのジジイいつか羽むしりとってやるからな!」
そんなセリフをぶつくさ言っているその男の前で、私は呆気にとられていた。
天使だとか神様だとか、この男は一体何を言っているのだろう。
頭がイカれている。
出来ることなら関わることを避けるべき人種なのだが、そうはいっていられない。
私の職業は、こういった人間に対処をするために存在し、それで給料をもらっている。一刻も早くこの不審者をどうにかしなければならない。
ましてや私は、双眼鏡を使って窓の外をのぞいている所を目撃されている。そのことを口外されようものなら、非常に不味いことになる。
私のそんな思考を、まるで読み取ったかのように
「はいはい、もういろいろ考えないでいいって、そんなの意味無いから。すぐに僕が楽にしてあげますからね~」
と男は言い放ち、一体どこに隠していたのか、ゆうに1メートルはくだらない大きさのハンマーを取り出した。
頭の側面、つまり実際に物に打ち付ける部分には、丸に囲まれた『神』という字が彫られてある。何ともふざけた作りだ。
「よいしょ」男はおもむろにハンマーは持ち上げ、肩に担いだ。
こんな時、人間というのは本当に無力な生き物である。私はこの状況に立たされながらも、只々、呆然と立ち尽くすことしかできないのだ。
「はいドーン!」
やはりというべきか、私は男に、そのハンマーで頭を勢いよく叩きつけられた。
回避行動こそ、何も起こすことは出来なかったのだが、ハンマーがあたる瞬間、「あっ、俺死んだ」と頭の中で思うことだけは出来た。
しかしながら頭を打たれても私は死ななかった。
というより痛みすらなかった。
痛みの代わりに別の思考が湧き上がったのだ。
それは『理解』である。
今の今まで、頭のおかしいやつの妄言だと思っていたその男の発言が、一瞬のうちに理解できた。
彼の喋っていることが、正しいことであると、確信をもって理解出来たのだ。
「やっと信じれた?僕が天使だって」
さっきまでの自分が嘘のように、今はその男が天使だということを信じている。
「いやあ本当に便利だよね~この道具、あのジジイやることはめちゃくちゃなのに、作るもんだけはいいもん作るんだよなあ」
そう言って男は、ハンマーはまたどこかしらにしまった。
「さっきから〈あのジジイ〉といってるのは、もしかして神様のこと?」
「んーそうだよ、君らで言うとこの神様ね、僕にとっちゃあ、ただの厄介な上司だけどね」
天界というのは、そんなに会社みたいな組織なのか、イメージと全然違う。
「んで、願いは何にするの?もう決まった?」
「ちょっと待ってくれ、あんたの言うことは何故だが全て信じれるんだけど、あまりにも急すぎて頭が追い付かない。さっき言ってたその『なんちゃらダーツ』とやらは一体何なんだ?」
「えーまたその説明からするの~、めんどくさいなあ」
そう言って男は、私に断りも無しに、警備室に備え付けてある座椅子にドカッと腰を据えた。
「だーかーらー〈神様気まぐれ人類救済ダーツ〉あっ、ちなみに第837回ね。あのジジイが気ぃ向いたときにやるんだよ。つっても数年に1回なんだけどね。……ったくそれにしてもなんでこんなクッソ忙しいときにやるかなあ~、死者数のまとめ報告やら、転生の受付締切期限やらで、ただでさえ休みが無いなか、バカ下級天使どものストライキまで重なっちゃって、こっちは過労死寸前だぜ!あのジジイ絶対わざとだよ、俺らが苦しんでるの見て楽しんでやがるんだよ、(よし久しぶりにダーツでもやっちゃおうかっ!)ていった時のジジイの顔、あれ半笑いだったもん、あー思い出しただけで腹立つわあ」
天使は、この状況を説明するために話し始めたはずなのに、なぜか神様へ愚痴に変わっていった。
「全くよお、下の苦労が分かってないんだよ、こないだだってさあ、とある虫が大量に増殖し始めたから、〈数減らせ~〉とか言い出したから、しょうがなしに天敵増やして数減らしたら、今度は〈絶滅の危険があるから減らすのやめっ!〉とか言うんだぜ、そんで後から俺らに〈物には限度があるだろ馬鹿者がっ!〉とか怒鳴ってくんの、ありえねえだろ?」
「――――ったくなんでだいたい全部俺らにやらすんだよ、てめえでやれっつうんだよ、たまにはよお、俺らより強い神通力持ってんだからさあ、そっちのほうが早く終わんだろうが」
「――――全くあれで本当に神様が務まるのかねえ、俺だったらもっと部下に優しくするけどね、組織ってそうあるべきだろ、ああっ、俺に神様やらしてくんないかなあ、なっあんたもそう思うだろ?」
男の愚痴は全く止まる気配がなかった。
「いやちょっと、ちょっと待ってくれ。あんたの大変さは聞いてて良く分かるし、愚痴を聞いてやりたいんだが、今はそれよりもダーツのことに話を戻してくれないだろうか?なによりあんたも忙しんだろ」
私は強引にも割り込んで、何とか話を戻した。
「ああそうだった、そうだった、ええっと、どこまで話したっけ?ああそうそうダーツねダーツ、あんたそのダーツで見事に当たったんだよ、全世界で一人よ、70億分の1よ、ツいてるねえ~全く」
「70億分の1?そんなのに俺が当たったのか?」
「そうだよびっくりした?あんだね~そんなこともさあ、容姿も普通、才能もこれといってない、全く冴えない君みたいなおっさんも、一夜にして世界一のラッキーボーイよ」
自分の姿を棚に上げ、かなり失礼なことを言われた。
「だから当たったご褒美として、君の願いを一つ叶えちゃうってわけ。まあ僕の出来る範囲だけどね、つっても僕、天使様だから何でもやれちゃうんだけどね」
「何でも?えっマジで?願いを何でも叶えてくれるのか?」
「うんそうだよ、マジもマジ、大マジ」
「そんな、………いやちょっと待て、そもそも何でそんな事してくれるんだ?こういうのにはだいたい裏があるんだろう、願いを叶える見返りにキツいことをさせられるとか?」
「ないよ裏なんて、普通にタダで叶えてあげるし。まあ何でって言われると………うーん、しいていえば人の『進化』の為かな」
「進化?」
「そう進化、よくさあ歴史上に名を残すようなすげえ大天才っているじゃん?あれってウソなんだよ、人って基本的には平等に出来てるからさあ、才能の優劣だったり、成長の度合いだったりに差こそあるものの、人類の未来変えちゃうほどの突出した天才って、生まれて来ないようになってんだよ。つ・ま・り、こっち側が何もしないと、人は基本、全然進化していかない訳、だからそれを無理やりさせるために、定期的に世界中から適当に一人選んで、そいつに神の力貸して何か凄いことやらせようってのが、このダーツができた目的なのよ」
「はあ、そうなのか、じゃあ俺が知ってる偉人………例えば、そうだな、エジソンとかニュートンとかも?」
「ああ、そうそう、このダーツの当選者。ちなみにエジソンも俺が担当したんだよねえ、あいつ元々頭すんげえ良かったからさあ、超頭のキレる『お願い』してきてさあ、一気に300年くらい人の進化速めたんだぜ、いやあ、あの時は興奮したなあ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺にそんな大役は荷が重すぎる、人の未来を変えるほどの『お願い』なんて検討もつかない」
「ああそれは別に心配しなくていいよ、今のはこのダーツの便宜上の目的であって、『お願い』は本当にあんたの好きなことでいいんだよ。今までだって基本的に、当選者の『お願い』の九割九分が私利私欲の願いだったからね。歴史上に名を残す天才がこのダーツの当選者だってのは、正しいんだけど、それ以上に大富豪とかの類のほとんどがそれだから、数からいったら圧倒的に後者だからね」
「そうか何でもいいのか、そうなるとそれはそれで難しいなあ、悩みどころだ、絶対に後悔しないような『お願い』にしないとな」
私はなぜかこのお伽噺のような状況を信じることが出来てしまっている。
どうやらそれもこの天使のアイテムのおかげのようだが。
しかしながらこんな夢のようなチャンスが私に訪れるとは。
私は自然に笑みがこぼれた。
何を願おうか。
今や世界の全てが自分の物にでもなったかのように思われる。
しかし天使は、そんな有頂天の私を、一瞬で我に返らせる一言を発した。
「あっ、でも言い忘れたけど、これ制限時間あるからね、僕が現れてから15分。それ以内に『お願い』してくれないと無効になるから」
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