082 すべてはこの日のために:16


すべてはこの日のために 016

EPISODE 082 「ESCAPE FROM THE DARKNESS CITY ACT:3」




 小雨降る暗黒の夜空をリトルデビルが飛んでいった。欲望と不正の支配するこの暗黒の街から、それを守る暗黒街の番人ヒーローたちから逃れるために。



 ゴーカートほどのサイズの、未来的なフォルムの宇宙戦闘機も、また夜空を飛ぶ。銀色のボディを輝かせ猟犬の如く、黒翼の女性と、彼女が抱える二人を追った。




 雨はホテル内部にも降った。メテオファイターの戦闘機ドローンが放ったレーザーガンの一発がロビーの壁に飾られた絵を燃やし、それに反応したスプリンクラーが人工の雨を屋内にも降らせていた。



 リトルデビルを追おうとしたイエロー・サイクロンにファイアストームは発砲し、動きを制する。絶対に行かせない、例え、この命に代えても――。


 リーダーのレッド・サイクロンも、死神の処刑を三人全員によって行う事を無線によって指示した。




 ファイアストームは完全に孤立した……。レッド・サイクロン、ブルー・サイクロン、イエロー・サイクロン。三人のヒーローが死神を取り囲む。更にその後ろにはベルゼロスが構えていた。


 相手は日本英雄団体連合会……通称「英雄連」が抱える国家公認ヒーローの内、虎の子にしてつるぎたる乙種戦隊ヒーロー。


 彼らサイクロンの胸の数字を見る。その序列も六号、七号、拾壱号……上位クラスから中堅クラスが派遣されてきている。一対一なら勝てるだろうが……。


 更に悪い事に魔術結界がまだ残っている。祈り手を失っても結界そのものが完全に止まるわけではない。ゆえに最低限以上の効果はまだ残っており、ファイアストームの大気中からのエーテル供給を阻害している。バケットヘルムのホーリーサークルによる能力強化ももうない。

 現状魔術結界に対しては、この地点を離れる以外に有効な対処法は、ない。



 1対4の状況に加え弱体化中……絶望的だった。




 死神はリトルデビルの置き土産、ベネリM3:ポンプアクション・ショットガンを構える。



 沈黙…………。




 ファイアストームが動いた。と同時、レッドサイクロンも合図した。


 ――処刑が始まった。



 ファイアストームはまず、残った実弾を全て吐きだして弾幕を張る。派手ではあるがあまり有効打にならないだろう。ブルーとイエローが向かって来た。

 クロスして放たれる。風の刃を側転回避。


 左に動けばベルゼロスが向かって来る。実弾を撃ち終わったファイアストームは即断でエーテルスラッグ弾を発射。ベルゼロスが弾丸を喰った。弾丸をボリボリと食うと、先ほどカスール砲で撃ち抜いた頭部の一つに蛆の群れが湧き、傷を修復し始めるのを死神は見た。



 ファイアストームは舌打ちした。


 ――マズイ、敵の攻撃を吸収してエネルギーに変換するタイプの能力。飛行能力の方は変身による形態変化がもたらしただけの副産物オマケか。



 ファイアストームはベネリM3のハンドグリップを前後させポンプアクションを行うと、次のエーテルスラッグ弾を発射。足に撃ってよろめかせる。



 王を殺させまいと、暗黒の番人が阻止に入る。レッドが飛行しながら突進し殴りかかって来る。ファイアストームはカスール砲を向ける。だが発射する前にブルーの介入。蹴りが死神を捉える。次にベルゼロスの拳が死神を襲い飛ばされる。


 更に追い打ち、イエローの放った竜巻で天井に打ち付けられる。ファイアストームは空中で散弾を放ち、これ以上の追撃をさせまいとする。


 だが迎撃を潜り抜けてレッドは向かってくる。蹴りが飛んで来る。ファイアストームはスラッグ弾を発射。風圧を帯びた蹴りと金色に輝くエーテルスラッグ弾がぶつかり合うと、レッドの方が打ち負けて飛ばされる。


 ファイアストームは着地。息絶えた警備兵の死体を掴むと、放り投げる。ブルーが竜巻によって死体を引き裂く。


 ――だが爆発。死体には爆薬が取り付けられていた。イエローとレッドが能力で超常の風を発生させ、爆風を抑える。



 ファイアストームは攻勢に出る。ショットガンからスラッグ弾を次々と撃ちだす。その最中、ベルゼロスの視界に一人の姿が映る。壁にもたれ掛かって気を失っている雷光が、彼の目に留まった。


「「「「雷光、ここまでよくやってくれた。君は僕の大事な矛で、そして――」」」」 

 関心を示すと、獣の腕は雷光の首根っこを掴み、持ち上げ――


「「「「大事な盾だ」」」」

 雷光は、自分の身に何が起きたのかを理解する間もなく、逝った。金色に淡く輝くスラッグ弾が彼の命を刈り取った。


 死神はそれでも容赦せず、事切れた雷光を盾にするベルゼロス向けて次の弾を撃つ。



 エーテルスラッグ弾が二度と物言わなくなった肉の盾の腕を吹き飛ばした。ベルゼロスはそれを掴み、かじった。

「「「「雷光、君の生まれて来た意味も忘れないよ。一つになって生きていこう」」」」

 禁忌を喰らうと、ベルゼロスは力が湧き出てくるのを感じた。



 全弾撃ち尽くすとファイアストームは背を向け、ホール内へと後退。窓から脱出できれば理想だが高層階な上、外に面した場所で戦えば四人の飛行能力者に投げ落とされる危険性がある。

 ロビーエリアで戦うよりは、ホール内での勝負に持ち込んだ方が勝算がずっと高かった。



 ブルーはそのまま真っすぐ死神を追おうとしたが躊躇した。死神の通った後に、爆発トラップの設置された可能性を考えたからだ。ブルーが通信を行うと、レッドとイエローは少しの判断の後、反対の出入り口から死神を追う事を選択。


 ベルゼロスは若干何か考えると、思いついたように死体を出入り口へと投げ込んだ。――直後爆発。案の定、死神はエーテル生成地雷を撒きながら逃げ込んでいた。


 トラップを解除したベルゼロスと、ブルーも死神を追ってホールへ足を踏み入れた。



 爆発物生成能力サイ・ボムを全面解禁したファイアストームは恐るべき孤高のゲリラ戦士と化した。四人の処刑人がホールに入り込むと、ファイアストームの姿を見つける事ができなかった。




 少し進むと正面の床に、先ほどまで死神が使っていたショットガンが置かれていた。彼ら四人は、本能的にそちらに目を向けた。



 だがそれは、そちらに目を向けさせるための死神の罠だったのである。突如、警備兵の死体の山の中に隠れていた死神が立ちあがると、近くに居たイエローに飛びかかり、その黒き拳で即座に殴り飛ばした。


 ブルーとベルゼロスが反応したが、真後ろで爆発が起こった。付近の死体に爆薬を取り付けていたのだ。二人が吹き飛ばされる。



 ファイアストームが右のザウエルを連射しながら義手内臓のカスール砲を放った。狙いはリーダーのレッドだった。レッドは攻撃を避けきれなかった。


 超常の風を発生させ何発かを撃ち落とすものの、エーテル9mm弾の数々がレッドのエーテルフィールドを削った。何より悪かったのは、本命のカスール砲を避けきれなかった事だった。胸に命中したそれをエーテルフィールドが食い止めたが、それでも胸部装甲に大きな亀裂が入った。



 死神は更にダメ押しのグレネードを投擲した。イエローが死神を殴り飛ばしたが、もうグレネードは投げられた後だった。



 爆発したエーテル爆風をレッドは必死になって押しとどめるものの、エーテル破片がカメラアイの片方を破損させた。レッド・サイクロンはそのまま墜落、落下衝撃によって背中の飛行補助ユニットに損傷が発生した。


 近距離での爆発はファイアストーム本人にとっても危険で、能力不安定化の弊害により火力を調整しきれず、自らの放ったエーテル破片がヘルメットを削り、腕へと刺さる。



 ――壮絶な奇襲だった。



「貴様ァーッッ!!」

 まず、爆破トラップ立ち直ったブルーが死神を殴りつけた。その後に続いて、グレネードの爆風を受けたイエローも起き上がると死神を殴った。死神も殴り返し、撃ち返したがブルーとイエローは交互に死神を殴り、地面に打ち付けた。


 ベルゼロスも混ざり、立ち上がる死神の頭部を思い切り蹴り飛ばした。

 それでもファイアストームは応戦した。放った銃弾がベルゼロスの三つ首を浅く傷つけた。ブルーの輝く緑の鎧に傷をつけた。



 だが何度も何度も殴りつけられ、蹴られ、ノーザンヘイトの頭部ヘルメットの亀裂はより深まった。



「必殺!」「ダブル!」

「「サイクロン・パンチ!!」」


 ブルーとイエローが、死神の顔面に必殺のダブルパンチを叩きつけた。二人の拳から、彼らの超能力サイキックによって生み出される超常の竜巻が発生した。


 オオウミガラスの意匠を凝らしたノーザンヘイトのヘルメットは砕けた。ファイアストームは吹き飛ばされた。


 イエローは吹き飛ばされた死神を追い打ちすべく歩を前に進めたが、ブルーは振り返り、倒れたレッドの方を見た。


貴子タカコ!!!」

 ブルー・サイクロンは叫んだ。そして傷ついたレッド・サイクロンへと走った。

「うう……」

 レッド・サイクロンがうめく。ダメージを負っていたが、未だ健在であった。



「ゴホ、ゴホ……私は大丈夫……それより、怪人を倒さないと」

 ヘルメットの奥から、女性の声が発せられた。サイクロンたちの性別を不詳にするためのボイスチェンジャーモジュールは、負ったダメージによって破損していた。


「休んでいろ。もう怪人は虫の息だ」

 ブルーは言った。だがレッドは

「……いいえ、これまでも一緒、ならこれからも一緒よ」

 と答え、手を伸ばした。ブルーは左手でその手を掴み、彼女を引き上げた。

「わかった。無理はするなよ」





『――!』

 ミラ8号が何か通信をかけていたが、ファイアストームにはもう、そのテレパスが聴こえなかった。



 彼の意識は既に狂気の沼の中にあった。それでも彼は戦い続けていた。





 坂本 レイは殺戮のホールに、泳ぐ熱帯魚たちの幻を見ていた。



 魚……。



 そういえば、彼女はアクアリウムが好きで……。





 ――彼女と出会ったのは北海道だった。とても寒かった。今の時期よりも、この心凍えるような街よりも、ずっと。


 戦闘で破損したホールのスクリーンモニターに、男女の影の幻が映し出される。

 「――坂本さんはどうして北海道に?」

 「ああ、前は東北とか、関東で働いてたんだけどね……仕事で失敗しちゃって」


 ヒーローたちにその光景は視えない。坂本 レイだけが幻の光景を見ていた。


 「なにそれ、えー、まさか左遷されちゃったの?」

 「ハハ……まあ、実を言うと、そうなんだ」

 「うっそー、信じられない。仕事できそう、って感じの顔してるのにね」

 「はは、なんだそれ」

 そして、男は小さく呟いた。

 「……俺は、そんなに器用じゃなかったんだ」




 ……俺はかつて、組織の仕事で重大な離反行為を行った。北海道への左遷は、その責任追及と懲罰を受けてのことだった。処刑されてもおかしくはなかったが、幸運な事にそうはならなかった。



 左遷とはいえ、離島や東南アジアの奥地の支部に飛ばされるよりはずっとマシだった。現地で何人か知人も出来た。そして……





 「……どうしたのレイくん。浮かない顔してる」

 シーンが切り替わる。スクリーンには、カウンターに突っ伏す男の姿と、その後ろに立つ女性。


 「そんなこと、ないよ」

 「そんなことないなんて、ないでしょ?」呪ってやる

 「……」

 「どうしたの?」

 「うん、まあ、ちょっと、昔の事考えてて……」

 「辛いこと?」

 「ああ……」

 男がぼんやり肯定すると、女性は隣の席に座った。


 「わたし、わかるよ。私も今、つらくて、ちょっと困ってて……」

 「……ミサキさん? どうしたんだ?」

 女性は答えなかった。男は頭を上げた。

 「……問題事なら、何か力になれるかもしれない」

 「……」

 女性は沈黙を続ける。


 「俺みたいな奴にもきっと出来る事がある。だから、まずは事情を教えて欲しい」

 と、レイはもう一押しする。

 「………じつは……」

 やがてミサキは、自らの口で、事情を語りはじめてくれた。







 ……思い出した。あの子は、ストーカー被害に悩んでいた。



 それで俺が、組織の経験や、それまでの経験で対処しようとして、それで……助けたんだ。あの頃はまだ開業前だったが……今にして思えば、あれが俺の探偵業を始める遠因だった。




 それで、関係が深まって……。








 ――そしてある日、彼女は死んだ。




 最悪の形で死んだ。彼女の死に、”こいつら”が関わっていた。






 ……こいつら?




 ああそうだ。俺は今、連中を殺している最中だった――――。






『――!』

 ミラ8号のテレパス通信はファイアストームの耳に届かない。振り下ろされる拳は、認識できた。



 ファイアストームはイエロー・サイクロンの拳を受け止め、腕ひしぎ十字固めによって肘関節を破壊しようとする。


 技が極まる。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。

「うああっ!」


 だがベルゼロスのダイビングニー。ファイアストームは技を中断し、避けざるを得なかった。


 転がるファイアストームをレッドとブルーの竜巻が襲う。ファイアストームはエーテルフィールドで身を守るが、既にジャケットも、その下のインナースーツも、彼らの風能力によってズタズタに裂けている。

 ヘルメットは完全破壊。額からは血を流し、プロテクターやボディーアーマーの装甲は欠け、満身創痍。エーテルフィールドも大幅に減衰し、もはや破壊寸前。



 ――だがその両眼は未だ金色に輝き、右の瞳の中心にはエンジ色の三つ葉が浮かび、復讐の誓いを立て続けている。



 病み衰えたといえども、彼は未だ災厄の暗殺者を名乗るに足る力を残していた。だが、不利には違いなかった。

 1対4の厳しい状況は続き、戦闘が長引き、彼が能力を酷使すればするほど、彼の自我は危険な領域へと踏み込んでゆく。


「怪人め、まだ無駄な抵抗を続けるか……!」

「……」

 死神はもはや言葉を解さない。言葉も発しない。ただ息を吸い、吐くだけ。だが、ホールを泳ぐ熱帯魚の幻覚に囚われながらも、憎み滅ぼす敵の存在だけは未だ認識していた。



 例えどれだけ不利でも、戦い続ける。

 最後の、最期まで。


 怒り、憎み続ける。

 一人でも多く道連れにしてやる。


 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。



『――!』

 テレパス通信は続いている。だが、ファイアストームの心には届かない。


 死神にはもう、憎むべきものしか視えていなかった。皮肉な事に怒りと憎悪によって、彼の命と精神は保たれていた。ミラ8号の繰り返されるテレパス通信は耳に聞こえなかった。



 ミラ8号ヤエは「どうか後少しだけ持ちこたえて下さい」と、何度も、何度も、何度も、たとえ返事が返って来なくとも呼びかけ続けていた。




 ファイアストームはもう一つの音も聴こえていなかった。代わりに四人の処刑人は音を聞いた。



 それは闇夜を飛ぶ音速ジェット機のエンジン音。



 それは、来るはずの無い、ファイアストーム達の立てた作戦予定にない、最後の増援にして、最後の救援がやってくる音だった。





EPISODE「ESCAPE FROM THE DARKNESS CITY ACT:4」へ続く。

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