071 すべてはこの日のために:05
EPISODE 071 「決戦! 死神の処刑場! ACT:5」
「ああ……あっ……あああぁぁ……」
ローズベリーの手が、声が、恐怖によってわなわなと震えた。桐の箱に収まった砕けた頭蓋骨の破片、そして、その上に乗っかった白い薔薇のイヤリングと、中心に小さなトパーズをはめこんである野茨を象ったネックレス……いつも見ていた、いつもあの子と傍にあった。見間違えではない、これは……これは麗菜の……。
うそだ…………。
麗菜がもうこの世にいない事はわかっていた。だが、その暴力的過ぎる現実の突きつけられ方を、ローズベリーの精神は許容できなかった。
……ここまで来るだけでも彼女の心はもう、ボロボロだった。
『あなたの名前は茨城 涼子。
ミラ8号がドローン経由のテレパスで何度も何度も、マニュアルに沿った自我安定
「ローズベリー! これは偽物だ! 惑わされるな!」
それが本物の麗菜の遺骨である事は明白だったが、ローズベリーの正気を保つために彼はあえて嘘をつこうとする。
「死神よ、判ってて嘘をつくのはいけない事だよ。これは正真正銘の本物だ」
それを見抜いた
「証拠をお見せしよう」
『アアアアアアアアアアアア!!!!!!! 』
「れ、レナちゃん……!?」
ローズベリーが本能的にその叫びに振り向き、モニターを見る。そこには下着姿で拘束される麗菜の姿……映像に映る彼女の左足首から下は失われており、ドクドクとおびただしい出血が…………。
麗菜の叫び声に混ざって、複数の女性の断末魔の叫びが聞こえる。こんな……こんな地獄の光景があって良い筈がない……。
「嘘だ……」
『ああー、痛かったねえ、左足、無くなっちゃったねえ』
映像に男の後ろ姿が映った。スピーカーから流れるその声は、眼前の男、畑の声に相違ない。
『でも大丈夫だよ。君の美しさは、僕の中でずっと生き続けるんだ』
「やだ……やめ……あ、あ…………アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼女の心を押しつぶす攻撃の数々によって、ついにローズベリーの気が触れた。彼女の精神崩壊が始まった。
『ファイアストーム! ダメです。自我安定プログラムでの緩衝領域を超えています。このままではローズベリーの自我が崩壊します』
ミラ8号からの絶望的なテレパスメッセージがファイアストームへと送られた。
「この映像を今すぐ止めろッッッ!!!!」
ファイアストームが激昂し、怒声と共に拳銃を引き抜いた。
「
畑は死神の心を見透かしたように鼻で笑った。ローズベリーの精神はその耐久限界を一気に越え、自我の崩壊に向かっている。必死に耐える彼女がゴボゴボと、床に向かって涙と吐瀉物をまき散らし、自我の崩壊とその消滅に抗おうとしていた。
「うおおおおおおおああああああああああ!!!」
ファイアストームは吼えた。少女の心よ、まだ間に合ってくれ!
『痛い!! 痛い!!!! 助けて! 助けてッッ!!!』
『うん。
すると、映像内の畑はこう言った。
『君の一番大切な友達を、代わりの生贄として捧げる事を誓って欲しい』
カメラがアップになり、瞳孔が開き、息を荒くした麗菜の苦悶の表情が大きく映し出される。
『ハァーッ……! ハァーッ……!』
モニターでは残酷なやり取りが行われている。今ファイアストームがやらなくてはならない事は、ローズベリーの自我崩壊の阻止。この映像の停止。そして畑の殺害。しかしその三つ全てを同時に行う事はできない……!
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
最優先!
「はっはっはっは! ハッハッハハハハハハハハハ!!!!!!」
切り取った禁忌の肉を頬張りながら、畑が顔を愉快に歪め大笑いした。
「オン アボキャ ベイロシャノウ! マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン!!」
(頼む! どうか効いてくれ!!!)
この類の魔術儀式を専門とする祈り手ならざる
そして彼女の後ろ髪を引っ張り、気付けのために中の溶けた氷ごとグラスの水を彼女の顔に浴びせる! 空になったグラスを捨てると、彼は次にテーブル上のワインボトルをつかみ取った。
そして唱える、その呪文を。
「オン アボキャ ベイロシャノウ」
不空なる御方よ
「マカボダラ マニ ハンドマ」
偉大なる印を有する御方よ 宝珠よ 蓮華よ
「ジンバラ ハラバリタヤ ウン!」
光明を 放ちたまえ!
モノも時間猶予も人材も、ここにはすべてがない。だが魔法を、奇跡を、
(即興の魔術儀式、だけど効いてくれ!!)
ファイアストームは彼女の口を無理やり開き、94年のシャトー・マルゴーを少女の口の中に流し込む。魔術儀式の妨げとなる
『まだ足首が無くなっちゃっただけだ。僕たちには良い友達が居てね、これぐらいなら元通りに治せる友達が居る。君を赤い絨毯の上で歩かせてあげてもいい。君を声優として大成功させてあげよう。だから言ってごらん。君の捧げる生贄の名前を――』
スピーカーから再生される畑の音声が、麗菜の救命とその夢の成功と引き換えに、彼女の魂を売り渡すことを求める。
『……い……いやだ……できない……』
だが……モニターの中の麗菜は、死を前にしても尚、悪魔の申し出を、彼女の魂を売り渡すことを拒んだのだ。
『……素敵だ。君は誇り高く輝いている。その薔薇の美しさが褪せてしまうまえに、僕が君に、生まれてきた本当の理由を今、授けてあげよう……』
映像の中の畑が拍手すると、大鉈を持った女性の近づいてくる様子がモニターに映る。
『イヤ……イヤ……やめて……』
『恐れる事はない……。命は巡る……そして君の犠牲は私達に富と栄光をもたらす……』
そして、そして大鉈が…………嗚呼…………嗚呼……!
『いやああああああああああ!!!!!』
スピーカーから流される麗菜の断末魔がホールを支配する。ファイアストームは
モニターとスピーカーから流される破滅の精神攻撃をファイアストームは今、止めに行くことができない。白目を剥いた涼子が、ガクガクと痙攣し、ゴボ、ゴボと、咳き込むようにして吐瀉物の残りカスをワインと一緒に吐き出す。
ファイアストームはローズベリーの精神崩壊を食い止めようと必死でなりふり構わなかった。ワインの残りでローズベリーの口を無理やりゆすがせた後、残りを使い切るようにして彼女の頭からワインをかけ、空き瓶を投げ捨てる。
ファイアストームは
オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン
(頼む! 頼む! ロビン……そしてミサキ! 彼女に罪はない! 彼女を、彼女を連れて行かないでくれ!!!)
この最悪の事態を予測していたファイアストームはローズベリーの胸に腕を差し込むと、タクティカルサスペンダー脇の収納スペースに隠した切り札を取り出す! 取り出したのは一つのアンプル、
ファイアストームはローズベリーが吐瀉して汚したパーカーを剥ぎ取り、投げ捨てる! そして
オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン
(ロビン! ミカさん!! ソフィア!!! 力を貸してくれ! 彼女を救わせてくれ! 頼む! 頼む!! 頼む!!!)
ファイアストームは光明真言を叫び唱えながら、ローズベリーの首筋に薬物入りアンプルを打ち込んだ! クリアマンド118は副作用を伴う強烈にして危険な薬物!
だが超常現象と戦闘を日常とするせいで、常に狂気と隣り合わせにある超能力者の急場の精神安定を一時的にもたらすこの戦闘薬物こそ、彼女の精神崩壊を食い止める切り札となる!
「ああああああああああ!!!!!!」
ローズベリーの絶叫と、モニターに映される少女たちの殺戮の映像と共に響く断末魔、畑の笑い声、ファイアストームの必死に唱える真言、その全てがホールに一緒くたとなり、この世の地獄絵図を作り出していた。
オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ
「――ジンバラ ハラバリタヤ ウン! ソフィアとの約束があるはずだ! ローズベリー! 汝、
ファイアストームはローズベリーを強く、強く抱きしめた。
オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ…………
少女を抱きしめながら、ファイアストームは何度も、何度も、何度も光明真言を唱え続けた。この祈りがどうか届いてくれる事を願って…………。
………………
…………
……
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