069 すべてはこの日のために:03



「それで君。君は確か、石原 俊平しゅんぺい君だったね」

「? は、はい」

 警備員の石原はその名を呼ばれ、鼻を抑えながら返事する。


「2年前に大学を中退して、職に困っている所を僕が拾ってあげた」

「はい……」


 そして、畑は言った。

「ありがとう。君を拾って良かった」

 直後、彼は懐から拳銃を引き抜き、至近距離で石原の頭を撃ち抜いた。銃声と共に、石原が一瞬にして物言わぬ肉の塊と化した。


「――だって、こんなに気持ちよくなれた」

 返り血が頬につく。飛び散った石原の脳漿のうしょうと、広がってゆく血だまりを前にして、畑はニコニコと笑っていた。






EPISODE 069 「決戦! 死神の処刑場! ACT:3」






「きゃああああああ!!」

 ファイアストームが敵に振るう暴力にも耐えていたローズベリーだったが、目の前で起こった理不尽な殺人行為に、彼女がついに悲鳴をあげた。


「ローズベリー、気を確かに持て!」

『エイト! 自我安定プログラムを開始しろ!』

 ファイアストームはローズベリーに呼びかけながら、同時にテレパス回線を使ってエイトに呼びかける。


『了解』

 ミラ・エイトが応答、彼女らミラシリーズが持つテレパス機能を用いて、ローズベリーの自我と精神の安定を図るためのヒーリングテレパスの放射が開始される。


 ローズベリーの身体を支え、ファイアストームがそのカメラアイ越しに畑を睨みつけた。

「その小柄な身体から溢れんばかりの暴力と殺気……恐ろしい、今にも僕の臓腑ぞうふを貫いてしまいそうだ」

 畑は死神に対し、いささかも怯む様子を見せず、からかうような笑い声を発する。



「……」

「隠さなくていい。お互い気持ちは同じなのだから、いわば僕たちは同志だ」

「いいや、お前とは相容れない。再確認が出来た」

 ファイアストームは嫌悪を露わにした。


「せっかく君たちのために、全てを明かす場と、涼子ちゃんのためにプレゼントも用意したっていうのに、つれない事を言うなよ」

 畑は窓側へと歩み寄り、暗黒の街に輝く光を眺める。憎しみ合い、蔑み合い、奪い合い、それでも多くの人々を支え、活かし、喜びを与える欲望と宿業カルマの街の放つ輝き、そして終わりのない闇がどこまでも広がっていた。



「……見てくれ、下位人かいじんたちの可愛らしい営みが見下ろせる。いい眺めだろう」

「下位人……同じ人間を下層民扱いか。身分制度から抜け出せない貴族気取りのやる事だな」

 ファイアストームは畑を直球に非難する。


 だが畑は言い返した。

「”同じ人間”ね。人間じゃない君が言うなんてヘンじゃないか?」

「……そうだな。もとより俺は人間じゃない」

 ファイアストームは反論しなかった。



「立ち話もなんだ。料理も用意したから座って話をしようじゃないか」

 畑が言うとホールへと繋がる分厚い大扉を警備員たちが開く。彼は先ほど自らが手を下した警備員の死体を踏み越えると、それを指差し

「神聖な儀式の邪魔になる。どかしておいてくれるかな」

 と、受付の女性に要望した。女性は頭を下げ、これを了承した。




「――少し散らかっているが、急ぎだったのでね。大目に見て欲しい」

 大扉を抜けホールへと足を踏み入れると、畑はまず、そのように断りを入れた。


「これは――」

 ファイアストームとローズベリー、二人の目にホールの異質な光景が飛びこむ。ロミオとジュリエットの演劇でも行えそうなステージつきの広いパーティーホール……だが、そこには無数の破壊の痕跡があり、床や壁のコンクリートが抉れた状態となっている。まるでここで最近、戦争か爆破テロでも起こったかのような――――。



「散らかっている、だと? ここで何をした」

「慌てちゃダメだ。話すと言っているだろう? まずは席につきたまえ」

 咎めるようにしてこの破壊の痕跡について尋ねるファイアストームをいさめるようにして、畑はホール中央のテーブルへの着席を促した。

「……」


 ローズベリー、畑、そしてファイアストームが順番に席へとつく。畑はまず初めにこう尋ねた。

「酒は飲むかい? 94年のシャトー・マルゴー。多少のものは用意させて貰った」

 テーブルには一本のワインが置かれていた。最高級というほどのものではないが、それでも一本数万円はする、ブドウの味よりも金の味の方がする程度にはそこそこ上等なワインだ。


「頂こうか」

 ファイアストームは答える。給仕の者が現れワインの栓を開くと、闇の中に静かにも妖艶ようえんな暗い赤みを隠したその水によって死神のグラスを満たしてゆく。


「私はアルコールに弱くてね、カシスオレンジで許して貰うよ」

 畑のテーブルには度数の低さ、飲みやすさでよく知られるカクテル、カシスオレンジの入ったグラスがレモンを添えて供される。クレーム・ド・カシスをブラッドオレンジジュースで割ったのだろう、魔物の鮮血を想起するような、ロッソ・スカルラットの鮮やかな赤によってグラスは染まっていた。


「君には――」

「この子には水でいい」

 ファイアストームが言うと、涼子のテーブルには透明で透き通った、氷と水の入ったグラスが置かれた。



「――さて、どこから話そうか。可能な限り、何でも答えよう」

「ビーストヘッド・プロモーション、何者だ」


 ファイアストームは真っ先にそれを訊いたが、意味や価値を持たぬ凡庸な質問と捉えた畑は

「つまらない質問だな。重要な事じゃない。だが答えよう」

 と、眉をひそめる。


「単なる映像コンテンツの制作会社さ。テレビコマーシャル、他社が株主向けに行うプロモーション映像の制作、ウェブ広告も作ってるし……オリンピックのコマーシャル制作にも関わった」


 畑が合図すると、ホール正面の巨大スクリーンに映像が映し出される。流されるのは東京オリンピック開催に向けたコマーシャル。15秒と短いが、今では昼夜を問わず、毎日のようにテレビ放送のどこかにサブミリナルの如く挟み込まれている映像だ。



「後は……そうそう、最近はこういうのも作ってる」

 映像が切り替わる。映し出されたのは、少女が水着を着て微笑み、砂浜を駆ける映像。


 ……麗菜ではない、だがレイはモニターに映るこの少女を知っている……野原 麗菜の事件の調査過程で存在が浮上したグラビアアイドルの少女……大学潜入の直前、この子の自宅を訪ね、遺族と話をし、この子の仏壇の前で手を合わせ、焼香さえもした…………。



「他社と協力してグラビアモデルの水着ビデオ制作とかも……でもつまんないね。痛みを伴わない、血を伴わない、刺激がない……無味乾燥だ」

 畑は侮蔑の表情で映像を見た。すぐに視線を外し、涼子の方を見る。


「芸名は確か白華しろか レナ……本名はなんていったっけ? 野原 レナ……?」

麗菜れいなです」

 涼子が畑の過ちを訂正する。


「失礼。退屈なビジネスだったが、出会った彼女は素敵だったよ。彼が紹介してくれた」

 畑が合図すると画面はまたも切り替わる。畑と、野球帽を被った中年男のツーショットが写し出される。


「この人は……!」

 ローズベリーが驚愕した。今度は彼女にとって見覚えのある人物の姿がモニターにあったからだ。


「僕の友達を知ってるのかい? ひばりプロダクション……声優系の会社の社長なんだけど、彼にこの子を紹介して貰った」


 畑は共に写った男の事を紹介するが、ローズベリーにとってはこの男を知らぬ筈がない。なぜならば……なぜならば、この男は麗菜の所属していた声優事務所の社長であるからだ。


 そしてこの男は……あの日……あの雨の降る日曜日、麗奈の葬儀にも来ていた。涼子がそれを忘れるはずがない、彼は麗菜の葬儀に参列していた一人だったからだ……!


「……!」


「驚いたのかい? 無理もないけど、僕たち雲上人うんじょうびとは雲上人同士の絆を大切にする。だから、トモダチが多くってね――」


戯言ざれごとを、金の切れ目が来ない内の話だろう」

 ファイアストームは鋭く言葉で刺す。しかし畑も言葉の刃を返す。

「切れるわけがない。さっき、東京の街を見ただろう? あのすべてが僕たちを、そして国を支える大切な灯火だ。そしてそれは僕にも、君にも断てぬ絶対のものだ」


 経営者として、世界三位の先進国日本を支え、その経営力で一億三千の民衆を牽引する選ばれし人間の一人としての絶対の自信が、畑の言葉には満ちていた。


「どうした? 僕は君の答えにきちんと答えている。なのに、いつまでその被り物をしているんだい? そのままでは食事に不都合だろう」

 畑は死神のヘルメットを不敵な笑みで見つめて言った。ファイアストームは未だ、そのワインに口をつけずにいた。


「……」

 ノーザンヘイトの後頭部の装甲が開き、ファイアストームはヘルメットを脱ぐ。白髪の多く混じった髪。左目の古傷。病んだ印象を与える両目もとに刻まれた深いくま。そして全ての怨敵を滅ぼさんと胸に誓う、決意と闘争心に溢れた鋭い瞳を持つ死神の、その素顔が露わとなった。



「――なんと、僕は今年で32だけど、僕より若いとは思わなかった」

 彼の見聞する死神の情報からはイメージした姿と食い違う、しかし彼こそが黄泉からの死者であると言われれば納得せざるを得ない若い顔立ちに、畑は感想を漏らす。


「今年で34だ。20年はお前みたいな連中を殺し続けている」

 ファイアストームは冷淡に言い放つ。


「やや、これは失礼。20年かあ……その間ずっと殺しを……風格が違うわけだ」

「成程、紹介を受けて少女たちの存在を知ったと……」

 ひとりごちる畑をよそに、ファイアストームはようやくシャトー・マルゴーを口に含む。口と鼻に広がる上質なワインの香りがこの唾棄すべき世界に似つかわしくない安らぎを死神に与える。



「そういう事になるね。彼らには定期的に質の良い子をプレゼントして貰う。僕らは代わりに、彼らのビジネスを手助けする。テレビ業界、芸能界には顔が利くからね」

 畑は肯定する。


「腐っている」

 ファイアストームは一言吐き捨てると、憎悪の眼差しを畑に向けた。畑は平然と笑みを浮かべ言った。

「ひがみは良くない、”助け合い”だよ。見たところ君も日本人だろう? 日本人を代表する雲上人として、日本人の美しい助け合い、相互扶助そうごふじょの気持ちを大事にしている。それだけの事だ」


 まさに曲解の極致か、歪んでいて、ねじ曲がっていて……なのに決して折れる事のない邪悪の放つ強烈な笑みが、少女の眼前で、ドス黒く燃える暗黒の太陽の如く輝いていた。




EPISODE「決戦! 死神の処刑場! ACT:4」へ続く。

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