第四章 それはあたかもドミノのように
古典オブ古典、配管工さんの初代ダウンロード版を軽く一周。
ようやく彼らが落ち着いた所で、事情聴取を開始した。
「はい。まず土下座さんからお話を聞こうかしら」
「いえ、自分は橘と言います……」
「ああ、はい土下座の橘さん」
「…………」
土下座の橘さんが一瞬なんか変な顔で私の方を見たが、とりあえず無視。
「で、『許して欲しい』っていうのはそりゃもうガンガン伝わってきたわけだけれど……私は生憎と、貴方に許さなきゃいけないことをされた覚えがないんだけど。もしよろしかったら、貴方が何をしたか、教えてくれますか?」
「ですが――今回のことは……貴女の差金なのではないですか!?」
「……はい?」
「ですから――今回の殺人事件は、全て貴女がやったことなのでしょう!?」
「はあああ!?」
何それ。私も初耳だよ。
「ちょっと待ってください……なぜ私が貴方や彼らを殺さなければならないんですか」
理由も動機もない。ってか後半なんか完全にゲームに没頭して無視してたレベルなんですけど。
「それは……僕たちが黒田家を裏切ったからでしょう!」
「え、そうなの?」
「そうなんです……本当に、ご存じないのですか?」
「ええ、全く」
「馬鹿な事を言うな!!」
突然、横で黙っていたナイフさんが大声で叫びだした。
「うわ……馬鹿な事とは何ですか。私は――」
「黒田の娘が! この場にいながら何も知らずにのうのうしている筈がないだろう!」
かっちーん、な言い草ですが、まあ半勘当状態ですし、何も知らないのは仕方ないといえば仕方がない。
けれど、繋がってきた。
『黒田』『許す』『殺人』『知らぬはずはない』
これらのキーワードが指すところは……
「つまりお二人は、私が黒田家の代表としてここに来て、裏切り者を殺して回っていると仰りたいわけね」
「……はい」
「その通りだろう!? 知らんフリをしても俺は騙されんぞ! その冷めたツラの下で一体何人殺したと思って――」
「倉崎。話が進まないからちょっと黙らせて」
「は」
「――そもそも俺が会社の金に手を付けたのもテメェらが――ギグェ!?」
組み伏せた態勢のままだった倉崎がちょっと首を捻ると、カエルをひねり潰した様な変な声を上げて、ナイフさんは黙った。
横で土下座の橘さんが本気でビビり入ってたが、まあ気にしない方向で。
「……で、私……というか黒田家ね。土下座の橘さん、貴方、黒田家に恨まれるようなことを何かしたの?」
「はい。僕は黒田重工の先進技術開発研究所に居たんですが……この間、ヘッドハンティングにあいまして……」
「ヘッドハンティングってアレ? 競合他社から引き抜かれたってこと?」
その言葉に彼は、はい……と力なく頷き、言葉を続ける。
「僕のいる部署には要領のいい先輩がいて……それで、彼が全部僕の研究成果を自分のものとして発表してしまうんです。僕は何とかして自分の研究だって言うんですけど……結局大事なところの詰めは先輩が居ないと出来なかった研究ばかりなので、僕も強く言えなくて……そのせいで出世もできず、この歳になってもヒラのままで……」
「それで……ヘッドハンティングに乗ってしまったと」
「今開発中の新技術を含め、僕が過去発明した特許や研究のデータを持ってくれば……年収は今よりも二百万上がる待遇で僕を迎えてくれるって言うんです! これから娘の教育費も要るし、家のローンだってある……そんなの、乗るしかないじゃないですか!!」
「ふむふむ。……だけど、それは黒田家に対しては利敵行為になる。だから黒田家に消される……と考えたわけね」
まあ、短絡的すぎるが論理的ではある。間違ってるけど。
「で、そっちの絞められたナイフさんは?」
「田辺だ!!」
「あ、はい。田辺ナイフさん。さっき会社の金がどうこう言ってませんでしたっけ」
「田辺だ!! ぶっ殺されてぇか!?」
「黙れ下郎」
瞬間に、田辺ナイフさんの上に乗っていた執事が、ぐりっと首を絞めた。
「ぐげぇ!?」
「はいはい汚い言葉には注意しましょうねー 危ない執事さんが上に乗ってますからねー ……で、会社の金をどうしましたって?」
「ぐ、ゲホ……ッ……っはぁ……っ会社の金をちょろまかしたんだよ! ……百万ほど」
何と言うか、さっきに比べてなんとも残念な理由……
「俺は誰よりも働いてたし、誰よりも契約を取ってきてた……それなのに――」
「それなのに?」
「――テメェの親父の、『その汚い言葉遣いが気に食わない』……この一言で俺は、一発で窓際に飛ばされたんだ! 今じゃ社内で雑用すらさせてもらえねぇ、飼い殺し状態さ」
うんまあ個人的に言わせてもらえれば私もそう言う汚い言葉はちょっとアレですが。
「だから会社の金をちょろまかして……年度末にはトンズラしようと思ってた――その矢先にこれだ!」
あれ?
なんかさっきの話とダブってきましたよ? デジャヴ?
「テメェらは、自分の気に入らないものはそうやって自分勝手に始末する、ゲス野郎共だ! 俺はテメェらのみたいな脳髄まで腐れ切った、いけ好かないツラした野郎どもを絶対に許さねぇ!!」
あ、ちなみに女性の罵倒語は、正しくは『野郎』ではなく『アマ』です。
ってどうでもいいですね。はい。
……まあつまりは、
「やり方は違えど、お二人とも、結局会社の金や財産を持って逃げようとしたわけですね」
「……そうなりますね」
「……ああ」
「でもそれだけで何故私――というか黒田家が犯人だと? 別に黒田家は暗殺で有名とかそんな訳でもないでしょうに」
「居たんですよ、他にも、たくさん」
「……たくさん?」
「ええ。僕の知る限り、僕とそこの彼以外にも五人います。……彼らとは、不安でひとつの部屋に集まっていた時に話したんですが、そしたら……」
「そしたら?」
「一人の……年配の方が言ったんです。『これはきっと、黒田の金に手を付けてしまった天罰なんだ』と」
まあ、確かに危機的状況に陥ると、なんとなく思い当たる節をそれっぽく拡大解釈して直結させることってありますよね。
……って、また黒田?
「ちょっと待ってください……貴方や、彼の他にも居たんですか? そういうのが」
「他にもどころか……僕の部屋に居た全員は、何らかの形で、黒田家や黒田グループの会社に対して後暗い所があったんです」
うっそぉ……
「俺の部屋に居た四人も……全員黒田に対して何かしらやらかしてる奴らばっかりだった」
「それで……私がここに来ているのは誰が知ってたんですか?」
「僕は、最初に事件が起こった時、容疑者候補だったんです。その時に証言していたそこの執事さんが、黒田家次女の茜さんの執事だと……」
正確には私ではなくあの男の執事だけれども、まあ今はそうね。
「そっちのは?」
「……俺の部屋には、正上っていうオッサンが居たんだ。そいつが『パーティには黒田の娘が来ていた。きっとアイツが全部裏で手を引いているに違いない!』って」
「とことんまでハタ迷惑ねあのオッサン……」
どこまで他人に嫌がらせしたら気が済むのだろう。
というかまだ生きてたんですねあの人。てっきりさっきまでの連続殺人のどさくさで死んだものかと。
「とりあえず、私が犯人説の反証を上げさせてもらいますが……まず私は黒田の屋敷でニートしてるだけの穀潰しで、親やら親戚筋からは半分居ないものとして扱われているのが現状です」
「え……」
「……そうなのか?」
「ちょっと見たら解るでしょう? 会社の跡継ぎかなんかで、殺人の音頭を取ってるなら、こんな場所でくたびれたジャージ着てゲームなんかしてませんよ普通」
そう言って堂々とダメ人間宣言する私を、横で真里奈が哀れなものを見る目で見ていたが、いつものことなので無視。
「……確かに」
「いや、そう言う金持ちだっているかも知れねぇじゃねえか! 天才タイプとかいうのはみんなそう言う――」
「漫画の読みすぎよ目を覚ましなさい」
「じゃあ黒田さんは……」
「残念ながら何も知らないし解らない。下手に嗅ぎ回ったりアクション起こすと殺されそうだから、今は部屋で大人しくゲームしてるだけのダメ人間よ」
「そうですか……」
「ふん……命拾いしたな」
何だか残念そうな、安心したような複雑な表情の土下座の橘さんと、とっても負け惜しみ的な事を言ってる田辺ナイフさん。
いや命拾いしたのはあんたの方でしょう……
「まあそういう訳ですから、とりあえずお帰りになっていただけますかね?」
そう言うと、二人は仕方ないといった様子で頷き、出ていった。
「しっかし……私が疑われるとはねー」
「確かに、殺人の起きてる現場でベッドに寝っ転がって呑気にゲームやってる姿って、ある意味ラスボスですよね」
……ナイフさんも言ってたが、確かにそれはよく見るパターンだよね。
部下が人殺した報告に、お菓子でも食べながらきゃっきゃ言ってる子どもっぽい天才系ラスボスとか。
「私はただの一般市民なのに……」
冤罪ですよマジで。
まあ、数分と経たないうちにあの二人ともバールのようなもので頭を殴られて死んじゃったのですが。
疑われるなんて本当に心外よね。
*
……さて、聞きなれた悲鳴と倉崎の事件報告を聞き終わってから、私は本格的に事件について考え始める。
「犯人は、誰なのかしらね?」
こうなってくると本当に黒田に関わりのある人間を排除できなくなってくる。
いくら何でも、そう都合よく不正した人間が集まるなんてことはないはずだ。
……何者かの手によって集められた?
だが、そもそも主催者自身が殺されているので、主催者が犯人という線は消える。
もっとよく考えてみよう。
「そもそもこのパーティって、何のパーティなの?」
「さぁ? 私は――」
「倉崎は知ってる?」
「せめて最後まで喋らせてくださいよっ!?」
「は……ご主人様からは、主催者の気まぐれで開かれた、業界横断の懇親会を兼ねた忘年・新年会だとしか」
「にしても、出席者が黒田グループに偏り過ぎじゃない? 高校の頃に連れまわされたパーティで見たような人もちらほら見かけたし」
「私からは何とも……」
……倉崎にも情報なしか。
けれど、何かが引っかかる。なんだっけ、そう……
黒田と関わる、何か大切な情報を事前に聞いていたような――
そのとき、ふっと出発前に聞かされた言葉を思い出した。
あの男が言っていた、アレは……
『血縁者なら誰でもいいから寄越してくれ』
……そうだ。
だからそもそも私はこんなところに来るハメになったのだ。
「……ねえ倉崎。このパーティって、そもそもあの男が来るに値するようなものだったのかしら」
「どうでしょうか。……少なくともここは、主人が招待されるような普段のパーティなどよりは、むしろ社員の懇親会に近い雰囲気は感じますが」
そうだ。
出席者の挨拶は右から左だったが、どれも中小か、父のグループ企業の……せいぜい部長か。その程度だ。
いつも……と言ってもニートになる前、高校生の時に連れていかれたパーティは、それこそ大企業の重役や、下手すると会長クラスが挨拶に来るレベルだった。
私が来るにはこの程度で良いだろうが、本来は父を呼ぶはずだったパーティが、この程度のものであるはずがない。
いや、逆に考えれば、
「あの男を呼ぶつもりが、最初からなかった……?」
そういえば、これだけ熱心に呼ばれておきながら、しかし冒頭の挨拶はあっさり拒否できてしまった。
その時点でおかしい。何としてでも黒田の血縁に来て欲しかったなら、折角呼んだ黒田の人間に挨拶ぐらいはさせたいというのが主催者の普通の思考だろう。
それが、一回拒否しただけで引き下がったのだ。
……おかしい。
おかしいおかしいおかしい。
引っかかると止まらなくなり、このパーティすべてが怪しい物に見えはじめる。
「主催者は……誰だったかしら」
「大原茂です。どこぞの大企業の取締役で、この島のオーナー、だったと」
倉崎の答えたその名前に聞き覚えはない。少なくとも父の交友範囲にはない名前。
知らない人間。
だが、もし彼もどこかで黒田に関わりのある人間だとしたら?
もしかしたら、私も知っている相手かもしれない。
「主催者……大原茂。見た目は……さして記憶に残ってないけどよくある中年太り。顔はもう思い出せない。で……」
順番に思い出していく。引っかかるところはないか。思い出せるものはないか。
そして、
「あ…………」
唐突に。
……ほんとうに偶然に、思い当たる節があった。
声優の七色の声色すらも聞き分け、一言二言から名前を言い当てられる、鍛え抜かれたアニオタのダメ絶対音感。それが告げていた。
――私は、『あの声』を、一度聞いたことがある!
いつか、どこだったかで聞いたはず。
時期は……最近?
なら、ここ数年さっぱり外に出ていないから、家の中に決まっている。
家の中ならば何故? どこで?
食卓? 廊下?
そう、そのあたりで聞いた、あの声は。
……あれは、父の腹心の男だ!
高校の頃、何度か顔を合わせたことがあり、話したこともある。
黒田グループの取締役を幾つか兼務し、父の右腕として駆け回っていた、あの男。
ついこの間も家に来ていた、あの声。
……ならば何故、見た目や名前が変わっている?
たまたま声質が似ていただけ? ……いや、そんな事はありえない。
ならば。変装や偽装をしていたとすると、何故その必要が?
いや、そもそも彼は殺されて――
そこでふと、主人が殺された直後の会話を思い出した。
――いえ……どこかで見たことあるような金属製のトゲ付き撲殺バットで、盛大に頭部を粉砕されていました。
――頭部破壊ってことは、本当に主人かどうかはわからないってことよね?
――一応、館の使用人さん曰く服装と背格好は主人っぽい、らしいです。
……繋がった。
ああ。繋がった。
「そうか、なるほど……」
つまりこれは、はじめっから茶番もいいところだったわけね。
「お嬢様? ……さっきからなに一人百面相を……」
真里奈が不審な顔でそう話しかけてきたそのとき、部屋の扉がノックされる音が響いた。
「あれ……こんな時間にまだ誰か――」
そこまで口にしたところで、私の頭に閃光とか種的なものが弾けた。
……そうだ。
真相に近づいた人間は、思わせぶりな言葉を発して読者さんには何も伝えず直前で始末されるという様式美。
「倉崎」
「は」
「正当防衛が成立する程度にね」
「法律の斟酌は必要ありません。お父上の友人には警察官僚も多くいらっしゃいます故」
わぁい、コネ社会万歳。
「わかりました。では、私と貴方と真里奈の安全を最優先に。手加減は必要ありません」
「御意」
そう言うと倉崎は懐から
……うん、まぁツッコまないですよ?『何でさらっとスイス製の傑作拳銃を取り出してんだよ』とか。緊急事態だしね。
「パッと見で判別できるお嬢様もお嬢様で相当アレですよね」
「人の心の声にツッコむな駄メイド」
倉崎はドアを開け――直後に発砲。
相手の応射の音に対し、さらにアクロバティックな動きをしながらドアの向こう、廊下へと消えて行った。
一度に留まらず、断続的に撃ち合う銃声が響く。
というか、単なる『勘』で迎え討て、みたいな指示をしてしまったが、向こうもきっちり銃で武装していたのね……
ま、倉崎は大丈夫でしょう。なんせ公式チートキャラだしね。
「……ともかく、これで一応、今回の死亡フラグはへし折ったわね」
「ですね。倉崎さんがいてほんとによかったです」
私とメイドが安心し、気を抜いた――瞬間。
「ところがぎっちょん!」
ガラスを突き破る破砕音と共に、妙な人影が妙なセリフを発しながら部屋に飛び込んできた。
*
見た目は派手に、決着は一瞬。
ガラスを突き破った人影は、牽制に弾を一発。真里奈は緩んでいたにもかかわらず瞬時に反応した。
懐から、
瞬時にセイフティを解除し、ターゲッティングは刹那。二発続けて放たれた真里奈の銃弾は恐ろしいほど正確に人影に吸い込まれ、
「な――ぁッ!?」
怯んだ相手に更に続けて三発。
「――――!!」
そして、倒れ付した相手に真里奈は慎重に近づき、
止めの一発。
銃声の余韻と共に、カーペットに金属の薬莢が転がる静かな音が響き、瞬間の銃撃戦は決着した。
この間、たったの六秒間の出来事だった。
*
しばらく場に沈黙が満ちていたが、ややあって私が口を開き、
「というかあんた、まだ拳銃持ってたのね……」
「そうですね、一応お嬢様の専属メイドですから。……まあ、まさかお嬢様がニートになってから使うことになるなんて想像もしませんでしたが」
そう言って苦笑いする真里奈。
一応これでも、黒田家の雇ったメイドだ。
最悪の事態に備え、ボディガードもこなせるように、雇われてから基本的な訓練は受けさせられている。
だがてっきり、拳銃などもう持っていないものだと思っていたが。
「いやー拳銃なんて久々に触ったからうっかりセイフティ外すの忘れるとこでしたよ」
「全然そんな感じがしない早業だったけど……」
「最初のあれは正直当たるとは思いませんでした」
「……それでよく倒せたわね。こいつなんかプロっぽいじゃない?」
「そうですねー なんとなく夢中でえいってやったらやっつけられた、みたいな」
「なんというか、地味にギリギリの勝利だったのね……」
あっさり決着したから、結構余裕だったのかと思ったけれど。
「……しかし、最初のノックは陽動だったとは。油断したわね」
「ええ。私が居たからよかったものの……危なかったですね、お嬢様」
「そうね。でも、これではっきりしたわ。全滅目的かどうかはともかく……先方のターゲットの中に私は入ってるわね」
「でもでも、お嬢様を殺そうとする人なんて……」
「……ちょっと考えてみれば当たり前よね。気付かなかったほうが馬鹿みたい。……いえ、気付きたくなかっただけかもしれないけれど……」
「え、でも、それって……」
「とりあえず行くわよ。暗殺に失敗したと解れば、本気で屋敷ごと爆破されかねないわ」
*
案の定というか。
屋敷は盛大に爆炎に包まれていた。
「お嬢様があんな不吉なこと言うからぁ~!!」
「うるっさい駄メイド! 予言が当たって逃げる時間ができて万々歳でしょーが!」
何とか荷物をまとめ終わって、逃げ始めた矢先に、爆音。
と言うか、部屋から出た瞬間に部屋が爆破された。何このハリウッド。
しかもご丁寧にというか、爆破に使われたのは単なる火薬だけでなく、石油とかオイルとかその手のものを使った焼夷弾も混ぜてあったらしく、本格的に各所から火の手が上がっていた。
それらはちょうど、出入口や各部屋を封鎖する位置で。
「ああもう無駄に手の込んだ仕掛けを……!」
ガチで逃さない、という意思をビンビンに感じた。これはマジに殺しに来てる……!
「あっちもこっちも燃えてますよ~! どこに逃げればいいんですかぁ!?」
廊下の前後を炎で塞がれ当てもなく立ち尽くしてしまった真里奈が泣き言を叫ぶ。
「おそらく出口は全部潰されてるはず――人が居た部屋も……いや……だから……」
もう柱自体も爆破されているはず。建物はもう三十秒と持たないだろう。
考えろ。あと数秒で安全に脱出できる出口は?
さっきの部屋を思いだせ。吹き飛ばされて、それで――
気づいた瞬間に自分の部屋を思い出し――即座に走りだす。
「どうしました!? お嬢様!」
問いには答えず、真里奈の手を引いてドアが吹き飛ばされた自分の部屋を目指して駆け戻る。
「ここ何階だっけ!?」
とりあえず走りながら真里奈に聞く。
心は決まっているので意味のない問いだとは思うが、一応。
爆破され家具が吹き飛び、がらんとした部屋に炎が燃え広がり始めている中に飛び込む。
走りながら、燃え盛る炎が服や髪に燃え移るが、とりあえず無視。
加速を付けて真っ直ぐ――
「ふぇええ!? 二階ですけど――ってまさか」
真里奈からの答えが聞こえた、瞬間。
爆破され外壁が吹き飛んだ、二階の部屋から私たちは飛び出した。
ただしその先は、二階相当の地面ではなく、断崖絶壁だったが。
眼前に広がるは、夜の闇に沈んだ森。
その先には、月明かりに光る太平洋。
それらの風景を、空中から超パノラマで見た瞬間、私はシンプルにこう思った。
――あ、やっちゃった。
「ひいいやあああああああ!? お嬢様のバカぁ―――――!!」
真里奈の叫び声と共に、勢いのまま落下する感覚。
瞬間、炎が燃え盛る音の中から、館の構造材が軋む音。
真里奈の悲鳴の中でもそれははっきりと聞こえる、連続の破壊の音。
落下の加速の中で、それらが連鎖し、大きくなるのが聞こえ、直後。
大規模な崩落の音と、熱風が落下する私たちを襲った。
……もう一度ツッコみましょうか。
爆発炎上して崩壊する洋館から、ジャンプで脱出って。
どこのハリウッドよ、これ。
*
「………………………………えっと」
ジェットコースターから降りた直後のように、グルグルフワフワする頭をなんとか落ち着かせ、
何かじゃりじゃりベタベタする感覚から逃れるように身体を起こす。
起き上がり、しばらくたって、ようやく平常を取り戻した視覚が認識した、そこは……
「……沼?」
小さな……底は私の腰ほどの、浅い沼。
体中は泥だらけ。
一体自分がどうなったのかが、混乱していてよく解っていない。
何が起こったのか、最初からゆっくり思い出してみる。
「確か……」
宙に飛び出して、死を覚悟して、真っ逆さまに森に落ち、
「……ここに、落ちたと」
特に空中でどうこうしたわけではない。
強いて言えば、手にしたスーツケースをとっさに手放して腕で顔を庇ったぐらいか。
「えっと、だから……」
つまり、私の頭が勝手に混乱しているだけで、状況は極めて単純。
森に落ちたが、無事だった。
「うっそ……」
あの高さから落ちて無事? これって何の冗談?
手足の骨も変に折れた様子はない。
真里奈と繋いでいた右手は微妙に変な方向にねじってしまったのかちょっと痛むが、四肢は全てちゃんと動く。
おまけに沼に落ちたおかげで、身体のあちこちに燃え移っていた火も綺麗サッパリ消えていた。
「はうあうはうあう……」
横を見れば、真里奈も無事、仰向けに沼に浮いており生きているようだった。
「はうあう……うう、えっと、ここどこです? ひょっとして真里奈、もう天国とかに来ちゃいましたか?」
「ふふ……ははっ……」
生き延びたのだ。
あんな無茶苦茶をしてなお、私たちは二人とも、なんだかんだで無事だったのだ。
「あはははははっ! 生きてるわよ、真里奈。私も貴女も無事……っはははははっ!」
もう、笑うしかない。
「あは……あはは……そうですか、あれで生き延びたんですか……あははは」
つられて真里奈も笑い出す。
「あははははっ!!」
「あっはははっ……はははっ!!」
二人はそうやってしばし、沼の中で顔をつき合わせて、大笑いしていた。
そうやって暫くの間……腹筋の痙攣が収まるまでさんざん二人で笑い合って……
それからようやく、沼の外に出た。
「うっひゃあドロドロですね……」
「ま、これでロクに大きな怪我せずに済んで、その上火が消えたんだから、むしろ感謝しないとダメだけど」
「確かにそうですけど……あ、火といえば、お嬢様の髪、微妙にパーマになってますよ?」
「え、うそ」
「ここらへん。チリチリになっちゃってますよ」
触って確かめてみると、確かに後頭部うち、微妙に焦げた部分が縮れていた。うわー。
まあ外に出ないからいいけど。
……それから、荷物や身なりの確認を始める。
落下する途中で手放した私のキャリーバッグは、幸いな事にすぐ近くに落ちていた。
微妙に焦げていた上に落下の衝撃で歪んでいたが、中の携帯ゲーム類は(一応)無事。あとは熱でやられていないことを願うのみ。
私のジャージはドロドロになっていたので、その場に脱ぎ捨て、スーツケースに入れていた長いスカートに着替えることに。
真里奈のボストンバッグは肩にかけていたので一緒に沼に落ちていたが、これも辛うじて無事。
所々焦げて、やや水気を吸っていたが、中身に致命的なダメージはなかったようだ。
彼女のメイド服はドロドロな上に、ところどころ木に引っかかって裂けたのか、なかなかパンクな感じにズタズタになっており、ボストンバッグに入れていた予備のメイド服に着替えることに。
それぞれ身なりを整え終わると、おもむろに真里奈が話しかけてきた。
「さて……これからどーしたものですかね、お嬢様」
その言葉に、私はすっかり吹き飛んでいた、『これから』のことにようやく思考を至らせる。
「そうね……とりあえず、ここから脱出することを考えましょう。希望的観測に従うなら……襲ってきたあの殺し屋らしき奴らはボートか何かを持っているかもしれないわ」
「あ、確かに。あの人達も帰るつもりなら、なにか乗り物を持ってないとダメですもんね」
「味方がヘリでピックアップに来る、とかだったらアウトだけれど」
「あう……そうじゃないことを祈るばかりですね。……で、とりあえず、どうしましょう?」
「襲ってきた奴らがまだいるかも知れないから屋敷に戻るのは危険ね……かといって森の中にいつまでも居る訳にはいかないし」
「倉崎さんはどうします? あの人が味方なら――」
「いえ……彼はアテにしないほうがいいわ」
「はい? どうしてですか?」
「私の予想が正しければ――ね。ひとまずこれからのことは、人の手の入った場所まで戻ってから考えましょう」
そう言って私たちは、崖沿いに、屋敷の正門があるであろう方へと歩き出した。
*
どれだけ歩いただろうか。何分経ったのかは正確に覚えていないが、どうにかこうにか私の身体が完全に音を上げる前に、坂の下にある屋敷の正門の、すぐ側まで来ることができた。
「やっと……着いたのかしら……?」
「ええ、まあ……というかさほど距離もなかったのにヘタレすぎですお嬢様」
何度かの休憩をはさみ、真里奈がこっそり持ってきていたおやつを分けてもらい、ようやく到着したという感じ。
真里奈はなぜかピンピンしていたけれど。
「やっぱり普段から運動するべきですよ。こういう時のために」
「ええ……なんとなく今自分でもそう思ってたところよ」
普段運動しないと、こういう時に辛い。
瞬発的な行動なら火事場の馬鹿力でなんとかなるものだが、こう――地味にてくてく歩き続けるというのは、運動不足の身体にはモロに堪える。
まあ多分帰ってから綺麗サッパリ忘れるでしょうけど。
「とりあえず、何とか見覚えのある場所までは来ることができましたが、これからどうしましょうか」
「そうね…………」
最良のシナリオは、このまま誰にも会わず、運良く殺し屋(推定)たちが持ってきた乗り物を奪ってこの島から脱出できる、というもの。
だが、どう考えてもそんなに上手く行くはずがない。
奴らの人数も規模も全く把握できていないのだ。どこでばったり出くわすとも限らないし、そもそも乗り物の側に複数人が控えている可能性だって十分にありうる。
対してこちらにあるのは護身用の自動拳銃が一挺と、無難に護身術が使えるメイド一人。
賭けるには……分が悪すぎる。
「真里奈。ちょっと前に倒したあいつ、何人ぐらいだったらまとめて相手できる?」
「……二人もいたら多分、余裕でフクロにされるんじゃないですかね」
「そうよね……」
そもそも戦闘畑の人間ではないのだから当然だ。と言うよりは、むしろさっき勝てたほうがビックリなのだ。
……果たして、彼女と私だけで乗り物を確保できるのだろうか。
自動拳銃一挺で、……下手をすると多対一になりかねない。
当然のように私は足手まといになるだろうし、そのどさくさで殺されてはたまらない。
……ならば。
身体でなく、頭を使って戦うしかない。
「お嬢様?」
「……こうなったらラスボスと正面衝突しかないわね」
「えええ!? なんかいきなり玉砕ムードですね!?」
玉砕……と言えばそうだろう。
だが、正面きって撃ち合うよりは、おそらく分はこちらにある賭け。
「真里奈……スマホは無事?」
「はい? ええまあ、無事ですよ。泥ついちゃってますけど」
「『切り札』は?」
「へ? ……切り札って、あの『切り札』ですか?」
「そう。……今持ってるわよね?」
「あ、はい。世の中何が起こるかわかりませんし」
「じゃあ、定時連絡は?」
「えっと……そう言えば、次は年明け四日まででしたっけ」
「降ってわいた不幸だけれど……正直幸運すぎて怖いわね」
「……はい?」
まるで冗談のように、天運はこちらにある。
……ならば、
「今から作戦を説明するわ。ラスボスを、潰しに行くわよ」
このまま主人公になってやるのも悪くない。
*
真里奈が手持ちの自動拳銃を空に向けて構え、一発、撃った。
銃声が周囲に響き――
そして数分後、銃声を聞きつけたらしい倉崎が現れた。
「お嬢様!」
「倉崎。――あんたも無事だったのね」
「ええ。ですが賊には逃げられてしまいました」
「ま、私らが皆生きてるからオッケーってことでいいでしょう。それより、次は何とかしてこの島を脱出する手段を――」
私が白々しくそう言葉を続けると、笑顔のまま倉崎は懐に入れ、
「いえ、脱出する必要はありませんよ」
流れるような動作で自動拳銃を構え……私に突きつけた。
「幸運続きのお嬢様には、このあたりで退場していただきましょうか」
「……………………あらあら」
それを見て私は、笑みを崩さないまま、
「これはどういうことか、説明してただけるかしら。――ねえ、倉崎?」
向けられた銃口に、内心は超ガクガクだけれども、腹の底から声を出す。
倉崎に負けないように。
――そして、ラスボスとの決戦が始まる。
奇しくも、公式チートキャラは往々にして裏切る、というお約束展開をなぞりながら。
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