第三章 動き出す事態 ※ただしお嬢様を除く
さて。
お約束全開なこの展開についにイレギュラーが発生しました。
「まさか探偵さんがこんな早期に殺されるなんて……」
現実って怖いね。
というかよくよく考えれば、まず自分の動きを嗅ぎまわってる探偵を潰しにかかるというのは案外合理的な判断なのかもしれない。
リスクはそれなりにあるが、成功すれば自分の圧倒的優位が確定するし、探偵という精神的支柱を失った人々は恐慌状態に陥るというおまけも付くかもしれない。
というか、大体最終的に探偵を潰しにかかったせいで返り討ちに遭うのがミステリー……と言うか探偵モノのお約束の一つなんだけど。
劇場版とかね。
「犯人もやってくれたわね……」
これで、犯人を止められる人間はもう誰も居なくなった。
……あの探偵が役に立つかどうかと言われれば、それも『微妙』としか言い様がなかったけれど。
「でもこれで殺人事件も止まるかもしれませんよ」
「何で?」
「殺人を誘発する『探偵オーラ』が――」
「オーケー、もういい喋るな駄メイド」
「ふえええ!?」
「とりあえず、ホールに行きましょうか。真里奈でさえそんなテンションなんだとしたら……多分皆さん恐慌状態なんでしょうね」
*
洋館メインホール。
そこで繰り広げられていたのは、まあ大方予想通りの光景というか何と言うか、
「もう嫌よ! こんなところに居たくない! 私たちは帰るわ!!」
「そんな事言って、あんたが犯人なんだろう!? 一人だけ逃げようってそうは行かないぞ!!」
「何よ、そういうアンタだってあたしを殺そうとして、そう言って引き止めてるんでしょう!?」
「もうおしまいだ! 私たちは皆殺されるんだ!!」
まあ、解りやすく言って恐慌状態。皆さん疑心暗鬼に取り憑かれ喧々囂々。
口汚く罵る者、絶望に暮れる者――反応は様々だが、一様に不安が爆発しているようだった。
というかおばさん、ここに居たくないとかそれ死亡フラグですよ?
「どうします、お嬢様?」
「そうねぇ……こんなことになったらパーティどころじゃないし……明日死亡フラグご一行が無事脱出できたら撤収しようかしら」
「……脱出できない可能性があると?」
「そうね。例えば突然台風が来てヘリも船も出せなくなるとか」
「? 台風ってどういう事ですか? 今は冬真っ盛りですよ」
「あくまで例えよ。この手の状況で、あちらさんがこれ以降も殺人を繰り返す目的なら、私たちをこの島に封じ込める手を打ってくるはず。例えばそれは台風の襲来を予測したものであったり、もっと直接的なものだったり」
「そんなモンですかね……」
「RPGのなぜかジャブジャブ渡れない川とか、魔法か何かで壊せそうなのに壊せない壁とか」
「ああ……」
それで納得した真里奈も真里奈だが、まぁそんなモノだ。
未だ犯人がすべての目的を達成していないのならば、このチャンスに残りのターゲットを逃がすはずもない。
当然、この島から逃げてほしくない相手が残っているならその妨害にかかるはず。
逆に、既に目的を達成したというのならば安全は保証されるはずだ。この場合、最初の犠牲者と主人、探偵で殺人が終わりならば、わざわざ妨害する必要はない。
「ま、言い方は悪いけれど、あのおばさんたちの暴走は、犯人の意図を図る格好の試金石になるってことね」
脱出が犯人の意図に反する行為ならば、あの死亡フラグのおばさん一行がえらい目に遭う事だろう。それも、洋館の面々に対する見せしめの意味も込めて。
意図に反しないならば、彼女らは何の問題もなく家に帰れるというわけだ。
「ま、彼女らには悪いけど、他人の忠告も聞けるような状態じゃなさそうだし、せいぜい利用させてもらいましょう」
「お嬢様、さりげなく非道ですね……」
「緊急事態には道義は二の次よ」
この状況下では何の間違いで殺されるかわからないしね。用心は大切です。
*
……はたして、死亡フラグは達成されました。
ご一行はヘリに乗り込んだ直後にヘリごと爆破されたということらしい。同時に、他の客のヘリやクルーザーなどもまとめて爆破されたらしく、洋館からもその黒煙は見て取れた。
「まさかマジで殺しにくるとは思わなかったわ……」
「そうですね……もし私達も行っていたら最悪爆発に巻き込まれていたかもしれないですね……」
そう言って、真里奈が部屋のベランダから、黒煙を吹き出すヘリポートを見下ろしながら、
「あの煙で誰か救助に来てくれないですかね……」
「無理でしょ。そもそもその可能性があるなら犯人が最初っから爆破なんてしないでしょ」
「確かに……」
「……ともあれ、これで本当に帰れなくなったわね」
「ということは、お嬢様の推理の通り、まだこの中にターゲットが残っているということでしょうか」
「でしょうね。ここまで派手にやった以上、相応の数は狙うはずよ」
少なく見積もって三人は間違いないだろう。単なる勘だが。
「これで、下手に動けなくなったわね。探偵を真っ先に潰すような犯人のことだから、下手に嗅ぎ回ったら速攻でマークされて消されるわよ」
「確かに……じゃあもう、あんまり表立って動き回れないということでしょうか」
「そうね。……今回の件で解ったでしょ? 犯人の意図に反する行為をしたら、向こうは容赦なく殺しに来る」
ごくり、とメイドが喉を鳴らすのが聞こえた。
「ま、幸い自家発電機は止まっていないようだし……」
「どうするんですか?」
「大人しく部屋に引き篭ってゲームでもしましょうか」
「えええ!? いいんですかそんなところに落ち着いちゃって!?」
「だって、できることなんか何もないじゃない」
「いえまあそうですけど……もっとこう、『
「ちょっと冷静になりなさい真里奈。私たちは一般市民よ? 金持ちだけど」
「そうですね。お嬢様は金持ちですけど」
「だから、下手に事件に首突っ込んだら痛い目を見るだけ。愛と勇気で世界を救えるのはフィクションの中だけよ」
「ですね……」
「そう。私は探偵でもなければ、貴女はその助手でもない。だから今私達にできるのは…………ゲームよ」
「最後の一言でものすごい情けない台詞になりましたね、今」
「だまらっしゃい」
「でも、大丈夫なんですか? もし万が一狙われたりしたら……」
「大丈夫、大丈夫。私ターゲットじゃないし」
「何さらっと当たり前のように宣言を……」
「だって私よ? 恨みを買う覚えなんてないもの」
「そうなんですか?」
「考えてもみなさいよ。そもそも部屋から一歩も出てないのに、一体全体誰に恨みを買うってのよ」
「…………。……………………ああ」
なんか憐れむような目で見られたが無視して言葉を続ける。
「ということで。部屋で大人しくゲームして待ちましょう。多分それが一番よ」
「ですね……まあ限りなく後ろ向きですが」
「後ろに向かって前進よ」
「物は言いようですね……」
そしてこれが、私と真里奈の、めくるめく携帯ゲーム機タイムの始まりであった。
*
『イャァアアアアアアアアアアアアア!?』
ゲーム開始から一時間が経過した頃、私と真里奈は協力してモンスターのハントに興じていたが、不意に金切り声が耳に入った。
「お嬢様……今……」
「倉崎」
「は」
名前を呼ぶと、いつの間にか側に控えていた倉崎がすぐに飛んでいった。
「真里奈もアレぐらい有能だったらね……」
「失敬な。半ばゲーム廃人のお嬢様と一緒にゲームできるぐらい有能なメイドはそうそう居ませんよ?」
「残念なメイドの間違いでしょう」
「酷いですね!?」
そんなやり取りをしながらしばらくゲームをしていると、
「只今戻りました」
「あ、お疲れ倉崎。……どうだった?」
「メインホールで井狩宣治氏(56)が何者かに、ホールに飾ってあった猟銃で撃たれて即死していました」
「へー……ありがと。もういいわよ」
「は」
それだけ言うと、倉崎は数歩下がり、それから彼の存在感は空気の中へ掻き消えた。
……毎度思うけど、彼は一体どんな能力者なのか。
会話には全く絡まないが、呼ぶと現れる。いや普段から側に居るんだろうが、それまでは存在を知覚できないという高等テクの持ち主である。
これが一流の執事の力かーなどと思い、それから井狩さんとやらに思いを馳せる。
「やっぱり殺されたのね、井狩さん」
「そう言えば犯人にされちゃってましたっけ。集団から離されてましたし、狙いやすかったんですかね?」
「ま、セオリーね。集団から離れたら殺されやすい。そして、容疑者が殺されるっていうのも、ミステリー的には推理を混乱させるのに使われる古典的な手だしね」
「真里奈たちは解く気ゼロですから関係ないですけどねー」
「まあねー」
そんなグダグダな会話をしつつ、私たちは再びゲームの世界にのめり込んでいった。
*
そしてしばらくの間――具体的にはおよそ八時間のうちに、ほぼ同様のやり取りが延々と繰り返されることになる。
気晴らしに悪魔と契約して事件解決(五週目)にかかっていた時に、
「成宮新司・和子夫妻が自室でインテリアの西洋剣にめった刺しに――」
「へー」
三国志時代の中国を舞台に無双しまくっていた時に、
「浅賀英夫氏(54)が自室の浴室に沈んで――」
「ほー」
厨二病全開のファンタジー世界で、ちょっくら世界の危機でも救おうかという時、
「福浦正雄氏(49)が二階のトイレでバラバラに――」
「ふーん」
せっかく持ってきたしと大してやりこんで居ないレースゲームを始めたとき、
「岡野春男氏(74)が――」
――中略――
そして現在。そろそろ一周してまたモンスターでも狩ろうかという時、
「お嬢様」
「あ、なに? また死んだ?」
もうそろそろ死亡報告を聞き慣れてきてもう何とも思わなくなっていた。今何人目ぐらいだっけ。
「はい。これで、十五人目です」
「あーすごいわね。さっき二桁超えたと思ってたら、もう十五人目なのね」
意識はもう完全に他人事モード。今はこの有り余る暇をどう潰そうかという方向に頭脳が全力回転している。
「……お嬢様。お嬢様には危機感と言うものがないのですか」
「危機感って?」
「下手をすれば、次はお嬢様の番なのですよ。もう少し危機感を――」
「大丈夫大丈夫。どうせ私なんか殺しに来る奴なんていないって」
「…………」
「おいメイド。お前からも何かお嬢様に言ってやれ」
「はあ。ですがぶっちゃけお嬢様の言うとおりターゲットが全員殺され終わるまで大人しくしてた方が安全かと」
「……………………」
あれ、何か倉崎のオーラが怪しげですよ?
何と言うか、私たち二人まとめてどうしようもない生き物認定された感じ。
「……ですが、いままでのたった八時間で十人ですよ? ――ただの殺人犯にしては、どう考えても明らかに異常な数です!」
珍しく倉崎がなにか妙にイライラしている。何をそんなにカリカリしているんだろう。カルシウムが足りてないんだろうか。
「まあまあ倉崎、落ち着いて。私のゲーム機を貸しましょうか? 例の二画面で3Dの」
「あ、なら真里奈脳トレ持ってますよ脳トレ。ちょっとやってみませんか?」
「…………あのですね……」
……何だかすごい勢いで倉崎が青筋を立てているんですが。
何か悪いことしたっけ。
「お嬢様――」
そう言って倉崎が何かを言いかけようとした瞬間、
『黒田さん! 開けてください! お願いします!』
外からそう叫ぶ声が聞こえ、連続してこの部屋のドアを叩く音が聞こえる。
「――? 誰でしょうか」
『居るんでしょう!? 黒田さん!』
「……私にお客?」
「もしかして、いよいよお嬢様の番なのかもですよ?」
「茶化すなメイド――私が出ます。お嬢様は下がっていてください」
「はいよ。任せた」
倉崎が扉を開けると、くたびれたサラリーマン風の男が飛び込んできた。
歳は四十前半といったところ。父の交友関係から推測すると、おそらく係長クラスだろう。
その男が、顔面蒼白で、必死の形相でこちらを見る。
眼前に倉崎の姿を見ると、
「黒田さん! 黒田茜さんは――」
「黒田茜は私だけど……どうしたの? そんなに慌てて」
すると、
「お願いします! ……許してください!!」
そう言って彼は、突然その場で土下座した。
「………………………………はぁ?」
あまりの突然の出来事に、私はその場で呆気にとられるしかなかった。
「……許すって、何を?」
「私が悪かったんだ! だから、どうか、家族だけは……許してください!」
まったく聞いちゃいない。
「娘は……小学校に上がったばかりなんだ! 家族には何の罪もない!」
うんまあ普通は家族に罪はないだろうさ。
というか娘さん小学一年生なのかー。そりゃ可愛いさかりよねー。
……ではなく。
「ちょっと話が見えないんだけど……一体私は何について謝られて、許しを乞われてるのかしら?」
「お願いです。ほんの出来心だったんです……だからどうか……どうか……」
もしもーし。
「だから貴方ね、ちょっとは人の話を――」
そう言いかけた瞬間、突然ドアが開いて、
「死ねぇ黒田ァ――――!!」
「はぁ!?」
ナイフを持った、土下座とは別の男が部屋に飛び込んで――
即座に倉崎に捕まり地面に叩きつけられた。
「ぐはぁっ!?」
そのまま組み敷かれ、右肩を外され無力化される男。
「あの……いきなり過ぎて、真里奈ついていけないんですけど、一体何が起こってるんですか?」
「私もよ。……とりあえずこっちの土下座がなにか必死に謝ってて、そっちのナイフは見ての通り私を狙ってたらしいわね」
土下座はともかく、ナイフ男はひょっとして今までの殺人犯だろうか。
……いや、それはないわね。
少なくとも、今までの手口からすれば、明らかに稚拙な手であることは、素人目にも解る。
とりあえず飛び込んで、しかも刺す前に大声上げて叫ぶとか、あんなに鮮やかに連続殺人を決めた犯人とはとても思えない。
「とりあえず、お二人さんには落ち着いてから話を聞くしかないわね」
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