第二章 孤島の洋館+殺人事件+探偵=?
結局あの場で『自称探偵』はその場で群衆を説得し、私たちを含め招待客は全員自室に戻ることになった。
「しっかし、探偵って……」
探偵。
現代日本においてその名で呼称される職業が担当する業務としては、素行調査とか飼い猫捜索とか、そう言う仕事がメインだ。
だが、彼が自身の職業として主張したのはおそらくそちらではなく、前時代的な、一種のフィクションじみた存在の方。
それは、警察がそれほど役に立たず、科学捜査が十分に行われていなかった時代の遺物。
何故か堂々と捜査現場に立ち入ることを許され、人によっては鑑識が見落とすような細かな証拠に気づき、不可解なトリックを鮮やかに解いて見せ、名探偵などと呼ばれることもある、犯罪捜査の天才とも呼べる存在。
それがいわゆる、お約束としての『探偵』だ。
「……またベタな展開になってきたわね」
「探偵さんなんて真理奈初めて見ました」
「いや、大体の人は初めてだと思うわよ。……でも、あんなのがどうやったらこの場に呼ばれたのかしら?」
「あんなの、って探偵さんのことですか?」
「ええ。……どう考えてもおかしいじゃない」
姿は見えなかったが、ぶっちゃけその場で客の一人が殺人事件を前にトチ狂ったと考えるほうが幾分か合理的だとすら思える。
「ここはそもそも、ビジネス上の付き合いのある人間同士が薄ら寒い社交辞令を交わしつつ、運が良ければ異業種とのコネを得ようかどうかという目的で開かれたようなパーティでしょう?」
「ええ、まあ」
「しかもここは太平洋上の孤島でパーティは完全招待制でしょう 探偵なんて胡散臭い職業の人間が紛れ込む余地があったのかしら」
「それに関しては、名簿がありますので問題なく」
「あ、倉崎」
「名簿には記載があります。竜田
「あーはいはいツッコミは置いといて……で、その胡散臭い名前の探偵さんの素性は?」
「はい。彼は大学卒業後竜田探偵事務所を開き、地道に活動を続け……つい一年前、当時迷宮入りだった鹿田佳祐氏の両親の殺人事件を解決したとか。本日ここに呼ばれたのも、その実績からだそうで」
「じゃあその鹿田って人が呼んだと?」
「ええ。鹿田氏本人もここに来ています」
「ふぅん……迷宮入り事件を解決ね。今時珍しいというかまだそんな探偵が居たなんて、驚きね」
「警察も半ば放置していた案件ですから、容易に首を突っ込めたのでしょう。……まあ、解決できたこと自体は単なる幸運という噂ですが」
「ふぅん。ま、いいや。せっかくだし、この事態をどう華麗に解決してくれるのか……高みの見物と洒落こみましょうか」
*
とは言ったものの、
「気になる……」
引き続き室内待機を言い渡され、現在は同室の真里奈と一緒に軟禁状態。
倉崎は、さっきまで同じ部屋にいたが、つい先程探偵さんに事情聴取に呼び出されて今はいない。
しかし、さっきは特に何も考えずに倉崎を送り出したけれど、
「ああ気になる……」
目前でリアル探偵などという怪しげな存在が孤島の洋館でそれっぽい雰囲気を漂わせて殺人事件を推理している。
そう思うと、何だか居ても立ってもいられない気分になってしまう。
「メッチャ気になる……」
珍しく、持ってきたゲームも上の空。
ぶっちゃけツイッターで捨て垢作って実況したい気分だ。
……持ってきた携帯は圏外で、ありえないことにこの洋館にはLAN環境もないのだけれど。
「いや、むしろ今すぐ現場に突撃しようかしら」
「え、行っちゃうんですか? ……もう倉崎さんが行ってますし、帰って来てから倉崎さんに聞けば――」
「せっかくなら自分の目で現場を見てみたいじゃない」
「…………普段は外に出たがらないくせに、どうしてこういう時は元気なんですかねこの人……」
「真里奈、なんか言った?」
「いいえなにも」
「でも、探偵さんは外に出るなと言っていましたよね? ここは、探偵さんに従っておいたほうが……」
「そういうのは無視すればいいの」
「無視しちゃうんですか!?」
そう言いながら私はジャージ姿のまま、部屋の鍵を手に扉を開けて玄関に出る。
「じゃ、私は行って来るから」
「ってちょっと待ってくださいよ! 私も行きますー!」
慌てて付いてきた真里奈が部屋の外に出るのを確認すると、部屋の扉を施錠。
人気のない廊下を早足に歩き、ホールに向かう。
「お嬢様……ほんとに大丈夫なんですか?」
「見つかったらつまみ返されるだけでしょ。どうせ暇なら、それもお楽しみのうちよ」
「おお、確かに」
これで納得しちゃうあたり真里奈も相当残念な頭脳よね……とかふと思うがとりあえず口にはしない。
「じゃあ、探偵様の名推理を拝見といきましょうか」
くるくる、と手の中で鍵を弄びながら、私は探偵の勇姿に期待しながらホールへと早足で向かうのだった。
*
ホールではまさに探偵がパーティの招待客を前にご高説を垂れているところだった。
「つまりは」
私とメイドはぎりぎり声の聞こえる位置、ホールの端の柱の陰から、こっそりとその場を伺う。
「この中にいる人間にしか細工は不可能、と言うことです」
「私はやってないわよ!!」
「何だよ! お前に決まってるだろう!?」
どうにも状況が掴めないが今まさに推理中らしい。犯人はこの中にいるってまたベタな展開ね……
しかし、責任のなすりつけ合いがを目の前で見るのはあまり気分のいいものじゃない。
キャンキャンお互いに吠えまくっている招待客に、探偵は「落ち着いてください」と制すると、
「いいですか。……ワインボトルに指紋があった人間のうち、パーティのあの混乱の中、誰にも見られることなくワインに毒を入れられた人間、それは――」
探偵は群衆の中の一人を指さして言った。
「井狩さん。あなたが犯人です」
おお、犯人が断定された。
「ふざけるな! だいたい、他のやつの指紋もついてるし、アリバイがない奴なら、他にも居るじゃねぇか!」
「確かに、他の人にもアリバイはありません。ですが――」
……え、いるんだ?
「彼と知り合いで、前日に口喧嘩した貴方以外に、被害者を殺す動機を持つ人間が居るとは考えられません」
知り合いと喧嘩……喧嘩の度合いにもよるけどそれはもしかして……
「多田山とは、ワインの好みで少し口論になっただけだって言っただろうが! そんな下らないことで親友を殺すほど落ちぶれちゃいねぇよ!」
……あの探偵ちょっと頭おかしいわね。
「状況証拠はあなたが犯人だと告げています――諦めて、真実を話してくれませんか」
「冗談じゃない! やってもいない殺人の真実を話せるわけがないだろう!!」
そりゃそうですよね。もし本当にやってないのだとすれば、悪魔の証明。やってない証明はできない……
「仕方がありませんね……どなたか、彼をどこかに軟禁しておいてください。念のためです」
「ちょっと待て、ふざけるな! 正気か!? 俺は無罪だぞ!」
「騙されませんよ。他に犯人になりうる人はこの島には居ません。ですから、貴方が犯人で間違いありません」
え、ちょっと決めつけちゃっていいの?
「待て、おい使用人共! 俺をどこに連れていく気だ!? 離せ、糞ったれどもが! 冤罪だ! 俺は無実だあああああああ!!」
そして井狩さんは場から連れだされ――
「なんか、三流探偵小説見せられた気分ね……」
「覗き見に来てなんですけれど、正直真里奈もこの展開はないわー、と思いました……」
私たちは柱の後ろで、妙にげんなりするハメになったのだった。
*
さて、げんなりしながら帰る夜道。
「お嬢様。今日はもう寝ません?」
「そうね……妙に疲れたし。さっさとシャワーを浴びて――」
気だるげに真里奈と雑談を交わしながら自室へ向かって廊下を歩いていた、その時。
『キャアアアアアアアアアアア!!』
私たちの耳に、女性の悲鳴が飛び込んできた。
「お嬢様? これって……」
「第二の事件……かしら」
「どうします? 現場に行ってみますか?」
「……死体はグロイから見たくない」
「変な所でウブですねお嬢様……グロ画像なんかネットでさんざん踏んでるじゃないですか。まだ耐性できません?」
「リアルで見るのとは違うのよ。……見てきてくれる? 私は部屋で先に寝てるから」
「うっわこの人、他人にリアルグロ画像見に行かせておきながら自分は先に寝る宣言とか超鬼畜ですね!」
「いいじゃない。眠いし」
「これまた思いやりの欠片もないお言葉を……わかりました。真里奈は可愛いお嬢様のために、身を粉にして働きますよーだ」
「……ありがと。そんな真里奈が、大好きよ」
「あ、百合はお断りですんで私」
「せっかくデレてあげたのにマジ返しされた……」
「イジワルのお返しです。んじゃ、行ってきますねー」
「ええ。よろしくね」
そう言って真里奈を見送ると、私はのんびりと部屋に向かって歩きながら、
「さて。部屋に戻ってさっさと寝ましょうか」
*
……と言いつつ寝れないあたりが私クオリティ。
部屋に帰ってシャワーを浴びて、普段着用のジャージから寝間着用のジャージに着替えて、ベッドに横になるまでは良かったのだけれど。
……死体は見たくないけど展開は気になるのよね。やっぱり。
というか鍵は私が持って帰ってるから、このまま鍵をかけて寝たら真里奈が廊下で寝るハメになるのよね。
さすがにそれはあんまりだが、さりとてこういう状況下で鍵を開けっ放して寝られるほど、私もバカでもない。
結局そのままグダグダとベッドの上で、ダンジョンを掘りつつ勇者を袋叩きにすることに。
それからどれだけの時間が経っただろうか。そろそろ本格的に頭がぼんやりしてきた頃。
小さく扉を叩く音、そして、
『お嬢様~ 起きてますか~? って起きてるわけないですよね……』
小さな声だが、真里奈の声。
掛け時計を見れば、時間は午前二時。ようやく片付いて帰ってきたらしい。
『うああ完全にミスったぁ~…… こんな事なら、半分寝たままのお嬢様を背負って歩いたほうがまだマシだった……』
真里奈も鍵の事はすっかり失念していたようだった。
しかし、『一緒に帰る』という選択肢にならないあたりあの子も律儀なのか、本性では野次馬なのか。
「はいはい今開けるわよドジっこメイドさん」
『へ!?』
「お疲れさま。状況は――うわっ!?」
扉を開けた瞬間、涙目のメイドが飛びついてきた。
「ふえええホントに今晩は廊下で寝ることになるかと思いましたよぉ!」
泣きながら私の胸に飛び込んできた真里奈。
「ああ、ごめんなさい。私もすっかり忘れてて」
「ひく……殺人犯がうろうろしてる館の廊下で寝るかと思った時は、さすがに真里奈死を覚悟しました……」
「うん、だから起きてたじゃない。ね、大丈夫大丈夫」
「はい。……ありがとうございました」
涙目でこちらを見る真里奈。
……なんか妙に可愛いんだけど。どうしようこれ。
いやどうもしないけど。しちゃダメだけど!
「うん、ほんとにごめん……」
真里奈にシャワーを浴びさせ、落ち着かせてから、
「ええと……とりあえず何があったか教えてもらっていい?」
「えっと、じゃあ結論から言いますね」
「ええ」
「殺されてました、館の主人が」
……ここで主人殺害とは。
お約束といえばお約束。館の主人は殺される。パーティなどを主催していれば特に致死率高し。ま、わりとよくあるパターンだ。
「なかなか王道のニオイがしてきたわね」
「すいませんちょっと言ってる意味が……」
「で、殺され方は? 今回も毒殺だった?」
「いえ……どこかで見たことあるような金属製のトゲ付き撲殺バットで、盛大に頭部を粉砕されていました」
「頭部破壊ってことは、本当に主人かどうかはわからないってことよね?」
「一応館の使用人さん曰く服装と背格好は主人っぽい、らしいです」
「ふぅん……しっかし、本格的に『太平洋の孤島・呪われた洋館の連続殺人事件』っぽくなってきたわね」
「ですね……なんかそれ、探偵漫画の前後編でやってそうなタイトルじゃないですか? あと夏休みスペシャルとか」
「あー……確かに」
「でも、こうして考えてみると、何だか有り得そうじゃありませんか?」
「何が?」
「探偵あるところ、殺人事件あり……」
「まあねぇ……頭脳は大人の探偵くんは死神と言われるほどだし?」
誰かさんの孫もそうだけど、体が子供な方は連載期間と単行本の数が桁違いだからねぇ……
「……この館に現れた彼もまた、その『探偵』なのでは」
「何よ、その『彼もまた能力者なのだ』みたいな話は」
「だっておかしいじゃないですか。孤島の洋館に探偵が来たからって何もホントに事件が起こらなくても……」
「いや単なる偶然でしょ」
まあ孤島の洋館に探偵、んでもって殺人事件は、ある意味お約束――というか偶然にしては冗談のように出来すぎの事態ではあるのだが。
「いえ……きっと探偵さんによって、場の空気というか怨念的なものが増幅されて殺人事件を誘発――」
「いやいやいやそれは流石にないでしょ……」
真里奈の中の探偵は一体どんな生き物なのか。
「いえ、探偵さんだって半ば都市伝説のような存在ですし、ひょっとするとその存在自体何か見えない力が――」
……などと、以下真里奈作の『都市伝説・探偵と殺人事件』を聞かされながら、私はその日の疲れがピークを迎え、話の途中で寝落ちたのだった。
*
十二月三十一日。朝……には起きれなかったので、昼前。
どうも先祖伝来らしい私の無駄に図太い精神は、殺人事件が起こったとか全く意に介さない感じで、私をいつも通り爆睡させてくれました。
おかげで気がついたらこんな時間ですよ。ええ、いつも通り。
「……ようやく起きましたか、お嬢様」
「おはよ、真里奈……ふぁ」
「もうなんかお嬢様ビックリするぐらいいつも通りですよね……」
「?」
「いえ。とりあえずお嬢様が寝てる間にわりと事態が進展してたので……寝起きのお嬢様見たらいつも通り過ぎて何だか妙に安心するというか」
「なんだか腑に落ちない言われようだけれど……それより、事態が進展したって、どんな感じに?」
「ええ、それがですね――」
そして少しもったいつけるように溜めてから、真里奈はこちらを真っ直ぐ向いて、真剣な口調で言った。
「探偵さんが、殺されてました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます