それはいわゆる死亡フラグというものでして。

夕凪

第一章 ニートお嬢様の外出記

「少し、外に出てくれないか」

 私が何にはばかる事もなく、優雅に引きこもりライフを送って四年目を過ぎたある日。

 私は唐突に父に呼び出されていた。

「今度とある孤島で忘年・新年パーティが開かれるのだが、私は先約があるので行けないのだ。断ったのだが向こうは代役でもいいから血縁のものを寄越して欲しいと言ってきたのでな」

「血縁って……何ですかそれは。うちの家が顔を出すことに何か意味が?」

「向こうにも色々と事情があるのだろう。というわけで、だ。年末年始とはいえ大晦日と元旦を挟んで五日も孤島に滞在できるような暇人に白羽の矢が立ったのだ」

「暇人とは失敬な。日々世界中の情報を集め、株式市場やら為替相場とにらめっこして莫大な富を築き上げてる才女になんて言い草ですか」

「そんなもん小遣い稼ぎだろうが。そもそも稼いだ金は全部お前のわけのわからん趣味に消えているだろう」

 一応損害込みでも年間で税抜き純利益は四百万を超えているのですが、そんなものは『ウチ』ではささやかなお小遣いに過ぎません。漫画とかアニメ、ゲームで大半が消えるしね。最近は特典目当てで複数買い余裕ですし。

「というわけでその才女様とやらにはしばし仕事をお休みしてもらって、孤島でバカンスを楽しんできてほしいのだが」

「ものは言いようですね」

「で、行くのか、楽しんでくるのか、どっちだ」

「……つまり選択権がないんですね、最初から」

「こっちもいろいろ面倒でな。話しかけてくる相手に愛想笑いだけして後は安物の食事をむさぼってくるだけでいい」

「……さいですか」

 まぁ、もともとこの男には逆らえない。私も稼ぎはあるとはいえ、一応屋敷を間借りし、衣食住はまだ頼る部分が多い身だ。

 まぁ年末年始の取引再開までは時間はあるし、お金の意味では心配はない。特番編成でアニメもないから、いいっちゃいいんだけど……

「年末年始は部屋にこもって懐かしのアニメいっき見しようと思ったのになぁ……」

 私の恨み言もあれには届かず、そんなこんなで、私のネオニートライフは、しばらく中断となることとなった。


    *


 そして十二月三十日。

 私は、自分の専属メイドである真里奈と、父の執事の一人である倉崎と共にぼんやりと自家用ヘリに揺られていた。

ひたすら海ばかり続く景色に速攻飽き、その後は真里奈と延々モンスター狩りをやっていたら、いつの間にか国内の外れにあるどこかの島らしい場所に着陸したようだった。

「着きましたよ、お嬢様」

「ん、ああ。着いたのね」

「ゲームしてたら、意外とあっという間でしたね」

「そうでもないわ。いつ充電が切れるかヒヤヒヤしたもの」

 手にした電池表示は既に半分を切っていた。とっとと部屋で充電しないと、電池切れでもなられた日には死んでしまう。主に私が。

 ヘリを降りると、仰々しく館の使用人らしき人間が五人ほど、ヘリポートの側で控えていた。

「お待ちしておりました。黒田くろだあかね様」

 彼らが一斉にこちらに一礼し、そして何人かは台車を持って、てきぱきとヘリから荷物を下ろし始める。

「ええ。どうも……早速で悪いのだけれど、館とやらに案内してくださるかしら?」

「はい。只今。……こちらです」

 使用人たちは答えるように恭しく頭を下げ、先導して歩き出した。

「……結構本格的な島ですねー」

 真里奈のそんな呑気な感想を聞きながら、森の中を歩く。

 道は舗装されていて歩きやすかったが、昼間の木漏れ日が私を照らすのでどうにも辛い。

 時折木々の隙間から目にじくじくと突き刺さる光が長年引き篭っていた人間にはもはや凶器である。

「これだから昼間の太陽は嫌いなのよ……」

「冬の木漏れ日でそれって、夏の直射日光にあたったら灰にでもなるんですか」

 しばらくそんな感じで歩いていると、見事な正門が見えた。

「目的地はここですか?」

「いえ。もう少しだけ歩きます」

 真里奈の問いに、島の使用人が答える。

 使用人が指さした方を見上げると、坂道の上、一段と高い場所に、洋館が見えた。

「ひょっとして、あの坂登んの……?」

「お嬢様、大丈夫ですよ。――途中で死んでもちゃんと引きずって登りますし」

「……せめて引きずらないで抱えて登ってくれない?」

「死ぬのは否定しないんですね……」

「むしろ死ぬ前に初めっから抱えて登って」

「もしかしてやぶ蛇でした!?」

 そんなやり取りを交わしつつ、何で坂道一つ登るのに命がけなんですかとメイドに突っ込まれつつ、なんとか登り切った。

息を切らせながら見上げると、正面に館の威容を間近で感じることができた。

 三階建ての古い様式の洋風建築。

 そこの正面玄関。そこに主人らしき、中年の男性が立っていた。

「貴方が、この館の主人?」

「ええそうです。はじめまして。そしてようこそいらっしゃいました。黒田茜さん」

 そう言って嫌味のない笑みを浮かべる男。

 彼はこちらに歩み寄り、自然にその手を差し出し、

「私はこの蒼明館の主、大原茂と申します。どうぞよろしく」

「ええ。……よろしく」

 私も答え、握手に応じる。

 何かどこかで聞いたことのある声だけれど。

 ……気のせいか。

 声や姿など、主人の出で立ちに、どこか違和感を感じるが、うまく言葉に出来ず、その場は流すしかなかった。


    *


 到着後はしばらく割り当てられた自室でのんびり音ゲーをして過ごしていたが、やがて日が落ちるにつれ、その時間は近づいてくる。

 つまり、

「お嬢様ー そろそろドレスに着替えたほうがいいんじゃないですか~?」

 拷問パーティの時間が、刻一刻と迫ってきていた。

 一応それなりの場なので、きっちりとした身なりは整えておかねばならない。

 故にドレス。

 だが、

「ドレスは嫌いよ。ナイトドレスとか論外ね」

「またお嬢様は……」

 私はパーティも嫌いだが、ドレスも大嫌いである。

 いや、正確に言えば、私も女の子の端くれなので着飾ることそれ自体に抵抗があるわけではない。

 ただ、ドレス……特にこういう社交用の、特にナイトドレスに、この短い人生の中で溜めてきた嫌な思い出の半分近くが詰まっているのである。

「あー……もう、こんなの二度と着たくなかったのに……」

 例えば、中学生の時。

 ドレスを着ることが楽しくて、メイドたちに『お似合いですよ』なんてお世辞を言われることすら嬉しかった、純真なあの頃。

 父に連行されたパーティで、おっさんにキモイ目でガン見されたり、妙に鼻息荒くして『可愛いね』とか言われたり……

 挙句の果てに『将来の婿になる方かもしれないからな』とか言われれば、ぶち切れるだろう。乙女なら。

 こんな私でも子供の頃は白馬の王子様とか、人並みに信じていたのだ。

 そりゃ、パーティにそんな人ばかりというわけではなく、イケメン風好青年や、ナイスミドルだってそれ相応には居た。

 だが、積極的に話しかけてくるのは望まぬ相手がほとんどだし、残念ながら悪い方の印象が勝りすぎて、良い方はもはや記憶に残っていない。

 そう言えばパーティの後、その後にお見合いを申し込まれてマジビビリしたなんてこともあった。

 ……と、ナイトドレスを見ただけで、猛烈に嫌な記憶がフラッシュバックしたわけなのですが、

「……帰りたい」

 もう帰っていいかな。私。

 精一杯頑張ったよ。もう半日も家の外に出たよ。もうゴールしてもいいよね……。

「はーい拗ねてないでさっさと脱ぎ脱ぎしましょーね」

「ぎゃー! 離せ脱がすな待ちなさい駄メイドー!」

「待ちませんよ~ 真里奈は職務に忠実なのですー!」

「やぁそこさわっちゃ――離せって言ってんでしょうが!」

「はははマジギレしたって真里奈は挫けませんよー 可愛くして差し上げます。いざお覚悟をー!」

「もぉいやぁあああああ!!」


 そして数十分の格闘を経て、


「はいできました! お綺麗ですよお嬢様。鏡見ます?」

「……いや、いいわ」

 なんか見たら部屋から出たくなくなりそうだし。

 ……ひらひらしてるし。無駄にスースーしてるし。

 あーもう本気で欝入ってきた。このまま部屋の隅でで体育座りのまま落ち物パズルでもやってたい気分だわ今。

「あ、あと館の主人から、お嬢様にパーティ冒頭の挨拶をお願いしたいとのことですが」

「そんな事させたら直前に行方くらますって言っといて」

「承知しました。先方には『そんな面倒な事やれるかふざけんなボケ』とお伝えしておきますね」

「……まあ、断ってくれるなら何でもいいけど」

 喧嘩は避けたいんですがね……

 まあ、カドが立ってもいいや。困るのはあの男だし


    *


『乾杯!』

 その一言と共に、館のホールで立食パーティが始まった。

 当然のように挨拶は聞いていません。右から左です。

 おっさんの長話とか耳障りだしね。

「さて、有象無象は当然のように無視してごはん食べましょうか」

 ぶっちゃけそれだけが楽しみといえば楽しみなのだ。

 飾り付けは結構なもので、そこそこの味のものは食べられるだろうと、とりあえず片っ端から取っていく。

 牛、豚、野菜、野菜、海鮮挟んでちょっとごはん。鶏、魚……

 とりあえずめぼしいものは一通り取って、味わってみたが、

「……何なのこの、『美味しい様な気がするが実は気のせいだった』みたいな味は」

 見た目に騙されて味付けに騙されて……結局美味しいものを食べた気になっただけみたいな残念な気分。

「手抜きというか、食材が二流なんですね、これ。お金がなかったというよりは、この選別から考えると巧妙にケチったと見るべきでしょうか……調理師の腕もそこそこですが、そこそこ以上でもないと」

 隣で真里奈がマグロ寿司を食べ終わってからそう言う。

「食材で手を抜いた高級料理とか存在意義ないじゃない……あーステーキのお肉が妙にかたい……」

 柔らかにとろける本物の高級肉を知っていると、こういうものを出されると残念感が半端ない。

 しかもなまじ『私は高級ステーキです』感バリバリの見た目を装っているのだから、もう何だか詐欺臭いというかなんというか。

 こんな中途半端なものを食わされるのなら、いっそ開き直ってカップ麺でもすすってたほうがまだマシだ。

「お嬢様お嬢様。中華料理とかはまだ味付けキッツいから素材の味とかわかりませんよ? ――酢豚ばっか食べてたらどうですか?」

「いやよ。だってアレ、パイナップル入ってたじゃない」

「じゃあエビチリとか」

「そもそも辛いものは舌がバカになるから嫌い」

「じゃあ白ご飯――」

「ここのお米、使ってる銘柄が魚沼産コシヒカリじゃないから嫌」

「お嬢様ホントわがままですね……」

「機嫌が悪いと言いなさい」

 こんなドレスを着せられて、こんなしょうもない立食パーティに参加させられて……私にとっては拷問に等しい。

 食べ物だけが楽しみだったのにここでもこんな仕打ちを食らって……

「ああもう立ってすらいたくないわ。隅っこで座ってゲームしたい。真里奈、椅子とゲーム持ってきて」

「うわぁもうダメ人間全開ですね。……一応パーティ終わるまでは我慢しててください」

「えぇー……」

 ぶーたれてはみるも、さすがに私自身も無理な注文だとはわかっているのでそれ以上駄々をこねる事はしない。

 あー、それにしても重力が重い……


    *


 結局、すったもんだのやり取りの末、会場の端っこで壁にもたれかかってオレンジジュースを飲みながら人間観察に落ち着いた。

 烏龍茶だと味気なさすぎということでオレンジジュースにしたが、百パーセントジュースはアップルしか認めない派の私にとっては酸味がキツすぎてこれまた微妙。

 でも、ジュースはこれしかなかったので仕方がない。

「あーマズ……」

「お嬢様お嬢様。傍から見たら『二十歳超えたパッと見美人でおしゃれドレスのいいとこのお嬢様っぽい女性がこの世全てを恨んでるような濁った目でちびちびオレンジジュース飲んでる』ってちょっと形容しがたい図が出来上がってるんですが」

「事実そうだからしょうがないでしょ。美人かどうかは別にして」

「美人なんですがねえ……もったいない」

「仮にそうだとしても、使う相手がいないでしょう」

「あ、使う相手といえば……この間のお見合いはどうでした? 結構いい線行きませんでした?」

「お見合い?」

「そうです。黒田家の権力につられてノコノコお見合い申し込んできた――あの」

「ああ…………そんな事もあったわね」

「どうでした? 金と美貌を持ち合わせているのに中身ダメ人間のお嬢様をATMにしようという勇者の末路は」

「あれ、話さなかったけ?」

「はい。あの日は帰って来てからお嬢様が無駄に爆笑するばっかりで――次の日はケロリとしてアニメ見てたので、私もすっかり聞くのを忘れてて」

「んじゃ、話しとこうかしら」

 そう。これはつい数カ月前の話。

 こんなろくでなしを引き取ろうという心優しい男性が政略結婚を申し込んできたのだ。

 大変面倒ながら窮屈な着物に身を包み、家柄しか能のなさそうな男といざ会って話をさせられるも、開始五分で相手方の元カノが乱入。当人たちの間ではおそらくドラマティックであろうやり取りを他人事のように見ながら、双方の両親の怒声を聞き流していたら相手の男はいつのまにか彼女とその友人たちに連れられ式場から逃げ出していた。

 うちの両親は面子を潰されたことに大層ご立腹だったようだけれど、私は家に帰ってからベッドの上で大笑いしたのでした――

「と……そういう話よ」

「なるほど……それであんなに大爆笑してたんですね」

「ええ。……ぶっちゃけ普通にお見合いするよりも何倍も面白かったわね」

 面倒なことには変わりなかったけれど。

「しかし……そんな時代遅れのドラマみたいなことが目の前で起こるもんなんですねぇ」

「いや普通は起こらないと思うわよ」

 おそらくレアケースだろう。

 だが、

「そんな事件か何かでも起こらなかったら、こんな所は暇でしょうがないわよ」

 というより話すべき相手もいないのに『社交パーティ』なんぞに出る羽目になった私が間抜けでなくて何なのだろう。

「じゃあ話しかけたらどうですか? お嬢様の名前を聞いたら多分皆さん水戸黄門を前にした悪代官状態になってちやほやしてくれますよ?」

「それこそ面倒の極みじゃない……」

 ここから見た限りで知っている顔は、うちの子会社の社長。うちのグループ企業の部長・次長クラスなど、出席しているのはどうやら社会的にそこそこの地位にある人間が多いようだ。

 だがまあ、言い換えるなら、そこそこ止まりであるのも確かだ。華々しさには欠ける。

 そして、その手の人間は平均的に上昇志向が高く、

「失礼、挨拶がまだでしたねお嬢さん。私は黒田商事株式会社で自動車事業部の次長をしている正上と申します」

 隙あらばコネを作ろうと無駄にがっついて……って、なんか眼前のおっさんが私の前に立っていきなり自己紹介を始めていた。

「あ、……ええありがとうございます。」

 とりあえず差し出された名刺を見て、心中でため息。

 名乗ったらまず間違いなくめんどくさいことになることは必死だろう。

「お名前を伺ってもよろしいですかな」

 よし、ここはさらっと流そう。

「お前に名乗る名などない」

「…………は?」

 ……間違えた。そうではなく、

「……いえ。このような小娘には関わらずに、どうぞパーティを楽しんできてくださいな」

 顔いっぱいに『お断りします』と書いた社交スマイルを向けて、角が立たないようにやんわりと拒否するが、

「そうは行きません。この場でお会いしたのも何かのご縁。せめてお名前だけでも」

 うっわー女の子目当てかこのオッサン。これ絶対、紳士面しながら腹ん中で若い子ハァハァとか言ってるタイプだよ。

 もうやだぁ……

「すみません、正上様。お嬢様はご気分が優れないようなので……」

「ふむ、それほど顔色は悪くないようにお見受けしますが」

 メイドがフォローしてもなお食い下がる好色ジジイ。

 仕方ない。苗字を教えた上で、下がれ無礼者、とか高慢ちきなお嬢様演じてドン引きされましょうか。

「いいわ真里奈。……失礼しました。私、黒田敦史の次女、黒田茜と申します」

「黒田……茜……」

 うん、当然のように驚いた顔。

 まあ常識で考えて、自分のグループの創業者一族の娘が、何の挨拶もなくひっそりと会場に紛れ込んでるとは思わないだろう。

 よし。このまま畳み掛けてさっさと追い払おう。

「ええ。ですから――」

「ふん。そうか……君はあの金の亡者の娘か」

 しかし返って来たのは、完全に私の予想外の返答だった。

「……は?」

 おかしい。こういう時はだいたい平伏したのち気持ち悪いほどゴマすってくんのが常道じゃないの?

「どうです。こうやって下々の者が茶番を踊る様は。お嬢様にとってもさぞ愉快なものなのでしょう」

 私の予想を完膚無きまでに裏切るかのように言葉を続け、嫌味な笑みを浮かべてくる正上とやら。

 その態度に感じるのは、腹が立つ以前に不可解という疑問。

 子供ならばまだしも、いい大人が、自分の会社の社長令嬢と知った上であえて敵対的行動を取るなど、常識からして考えられない。

 いったい……どういうこと?

「ですが、それもこれまでです。もし可能ならば父上に伝えておいてください。――もう、貴様は終わりだ、とね」

「それは……どういう意味で?」

「娘の君もいずれ知ることになる。……せいぜい今のうちに庶民の食べ物の味に慣れておくといいですよ……」

 私の疑問をよそに、そう言って笑いをかみ殺しながら、正上は行ってしまった。

 その後ろ姿を訝しげに見ながら、真里奈は首をかしげながら言う。

「なんですかねアレ? おかしい人ですか?」

「芯までおかしかったら出世なんてするはずはないわ……何かあるんでしょうね、きっと」

 私はそう答えながら、何故か無駄に誇らしげに去って行く彼の後ろ姿を見て、私は妙な引っ掛かりを感じていた。


    *


 そして、宴もたけなわらしい時――つまりついにデザート類が並べられ、私がケーキやらアイスらを一心に貪っていた時、それは起こった。

「ちょっと、どうしたの!?」

 老女の驚いたような声が響いた直後、にわかに会場の談笑がどよめきへと変わったのが分かった。

 そして、漏れ聞こえる言葉の端々から、どうにも誰かが倒れたらしいことが伝わってきた。

 私は側に控えていた倉崎の方を見て、

「倉崎」

「は、状況を確認して参ります」

「よろしく」

 短いやり取りで指示をすると、騒ぎを周囲からぼんやりと眺める。

 倉崎が人混みの中に紛れていくのを見とどけて、なんとなく独り言のように言葉を発する。

「心臓発作かしら」

「さぁ……もしかしたらお酒の呑み過ぎかもしれませんよ」

 それに、同じく人の群れを見ながら真里奈が答える。

「殺人事件だったりして」

「まさか、そんなことあるわけ――」

「そのまさかのようです」

 いきなり背後から倉崎の声がした。

「うわびっくりした」

「どうにも症状が、毒物の中毒症状に似ていると」

「痙攣して泡吹いた、みたいな?」

「概ねそんな感じで」

「へぇ……」

 ベタベタとはいえ……リアルでこんな事件に鉢合わせるとは。

「やりましたねお嬢様。お見合いに続いて事件の匂いですよ」

「……と言っても人が一人死んだだけじゃ、なにか面白いわけでもないわよね」

「お嬢様。人としてちょっとあるまじき本音がダダ漏れですよ」

「おやうっかり」

 そんな気の抜けた会話をのんびり繰り広げていた時、突然張りのいい男の声が、その場のざわめきを抑えて響き渡った。

「皆さん、落ち着いてください!」

 放たれた言葉に、客は不信のざわめきも上げるが、やがて不明の状況を解決する糸口にでもなるだろうか、という一抹の期待も手伝ってか、間もなくほぼ全員が口をつぐんだ。

 そして静かになった所を見計らって――私たちからは見えない位置で何らかの動作があった後、再び男が声を上げた。

「私は……探偵です」

 その声が紡いだのは、――世にも胡散臭いあの職業の名だった。

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