逢魔が時 --水無月--
動物 -黒柳蓮太郎の話-
◆語り手:黒柳蓮太郎
201×年 6月1日(火) PM 15:22
んじゃ、話始めるけどさ……おい、実無の兄ちゃん。
相変わらずシケたカオしてんな。寝れてんの?
それにしても、今回で二回目かあ。
あんまり話したくないヤツだけど、この話にすっか……。
なあ、実無のにいちゃんは、動物は好きか?
俺は好きだよ。どの動物も好きだけど、俺は断然犬が好きだな。
俺も家でジャックラッセルテリアを飼っているんだ。
ちょっと気が強くて、時々ゴミを散らかしたりするんだけどな。
でも、いるだけで、癒されるっていうかなんていうか……いいよな。
魚でも生き物がいるってだけで、なんか安心するんだよ。
あっ、もちろん動物好きならそんなことしねーと思うけど、苛めるんじゃねえぞ。
今から話すヤツみたいにな。
何年か前に俺のクラスに、
成績もよくてスポーツも得意っていうオトナ受けがいいタイプ。
でも、それは全部イチバンってわけじゃないんだよな。
テストの点数も二番目か、三番目。程々よりちょっと上にいる系の……それでも存在感あって友達も人望も多い。
実無の兄ちゃんも、篠田みたいなタイプは見たことあるんじゃねーの?
大して珍しいもんじゃないだろ。がり勉とかオタクと線を引いててさ、体がデカくて体力自慢なヤツより敵に回せないヤツってさ。
多分、俺のクラスだけじゃなくても、どこにでもいるんじゃないのかな?
っつーわけで、篠田は非凡のフリしてソツなくこなすヤツなんだけどさ。
それでも、篠田もやっぱりヒトの子で、苦手なものがあった。
アイツは、動物が大の苦手だったんだ。ヤツ曰く「ニオイが無理」らしくてよ。
犬も猫もウサギも鳥も、見かけるたびに顔をしかめてやがったんだ。
動物だけじゃなくて、飼育委員とかもからかったりしてたんだよ。もちろん先生が見えないカゲでな。
「飼育委員はダサイ」なんて言って……ほんっと、ヤナヤツ。
だから、おれ、アイツの家通らないように犬の散歩してたぐらいだもん。
当たり前だろ。篠田に「犬をかわいがっていてダサい」なんて言われてもみろよ。俺の教室でのポジションがおかしくなっちゃうじゃないか。こう見えて、俺は一応、可もなく不可もない位置にいるんだからさ。
クラスメイトをいじめたりするのは、勝手にしてろっていうカンジだったんだけどな……篠田のヤツは、動物も直接的にいじめてたんだ。庭にいる犬や、スズメとかカラスに石投げたり、猫のしっぽをふみつけたりさ。うさぎの耳元でリコーダーを吹き鳴らしたとも言ってたな。
ったく……ほんと、神経どうかしてんじゃねえのかってカンジだよ。
でも、おれはヤツに歯向かう気は起きなかった。
学級会に持ち込んで「篠田が動物をいじめてた」って糾弾すりゃよかったのかもしれない。あるいは先生を通してチクるかだな。
だけど、そんな勇気なかったんだ。裏切り者にされるのがこわくてよ。さっきも言った通り、おれはメンツをとりつくろうことしかアタマになかったんだ。
クラスからハブされることは死ぬことより怖いことなんだよ。
ハブにされるってことはよ、今後の未来や将来の傷跡になっちまうだろ……たとえ、それが正しい行いだとしても世間はハブられた規格外の子供として認定するんだよ。
だから、おれは篠田と一線を引きながらヤツを様子見してた……結局は、取り巻たちと同じご機嫌取りの位置にいたってわけだ。
なあ、バカだと思っただろ?
お前の代わりにハッキリ言ってやるよ、おれはクソヤロウだ。
だって、おれが止めていたら、きっと今から話すことは起きなかったわけだからな。
その悲劇が起こったのは去年の六月だ。
いや、その悲劇そのものを持ちかけたのは、篠田自身だったんだ。
掃除の時間が終わった後に、アイツはおれの机に出向いてきてよ。
「放課後にゲームやろーぜ。ヒマだろ?」……って言ってきたんだ。
ゲームっていうより、ヒマだろのほうがおれはドキッとさせられたぜ。
なんせ、ヒマだってことが知られてるわけだからな。もしも、ヒマじゃねえのに断わったら……そういう言葉が見えていたんだ。
だから、おれは渋々だけど篠田の話にノったのさ。
まあ、いやになったら、てきとうに理由つけてとっとと帰ればいいってそん時は思ってたからな。
そんでもって、放課後に橋の下……そう、ちょうど話しているここで、クラスの男子どもは集まったのさ。もちろんおれも集団からは一歩離れて篠田を待っていたよ。
「いったい、なんのゲームなんだよ?」
そう聞いても、他のヤツらはにやにやしてたり、首をかしげてたり。
意味がわかんないまま、おれたちは橋の下で待っていたんだ。
そしたら、例の篠田はどかどかと砂利を鳴らしながらやって来た。
しかも、小さな紙箱をいくつか持ってたんだよ。
やって来た篠田はおれたちに見せびらかすように箱の中から取り出したのは……じゅうっというけたたましい鳴き声が聞こえたと気付いたときには、おれは後悔していた。
小さなゴールデンハムスターだったんだ。
なあ、知ってるか? いま、ハムスターなんて、500円程度で買えちゃうんだぜ?
特に古くさくて小さい町なんだ。服と同じ感覚で売り出してる店が裏道にあってもおかしくないんだよ。
もぞもぞと篠田の手の中でハムスターが動いていたけど、ヤツは乱暴にハムスターの心臓なんておかまいなしに握っていたんだ。にやにや気持ち悪い笑みを浮かべながらさ。ヤツはハムスターを片手にランドセルから筆箱を引っ張りだして、はさみを取り出した……なにをするかは、なんとなく予想はついた。
実無の兄ちゃんだったら……もし、アンタだったらどうする?
ハムスターの薄桃色の足を、はさみで切ったヤツを見た時。
実無の兄ちゃんだったら、どうするんだ?
おれは…………なにも、できなかった。
「おえ、気持ちわるっ。こんなんトラウマになるわ、オレ」
泡を吹いているハムスターを片手に篠田のヤツは適当なことを抜かしてやがった。
そして、篠田は自分だけじゃなくて、他のヤツらにも強要した。
しばらくぼーっとしていたヤツらも篠田にハムスターを押し付けられると、バカみたいに慌ててはさみ出しやがるんだよ。
束でかかれば篠田なんてすぐに倒せるのに……ヤツら、へこへことしながらハムスターをもらってたんだよ。ほんっと、バカ。
「クロ、おまえもやれよ」
でも、おれも、バカみたいに固まってたんだ。
握りしめられた足の切られたハムスターと、開封されたばかりの黒いハムスターを鼻先に押し付けられていた。「早くとれよ」と言わんばかりに、篠田は笑っていやがった。
「おまえクロだから黒な。おそろいのヤツやるからよ」
黒って名前についているから黒。
服や帽子を勝手に決められた感覚に似ていたよ。
「うっせえ。わかったから、早くよこせよ」
「急かすなよ、クロ」
おれは苛立ちながら「早くしろ」って言った。
おれの手にあれば、あのハムスターは死ぬことはないって思ったからさ。
篠田は「ほらよ」と黒いハムスターを渡そうとしたんだ……そう、ヤツは渡そうとしたんだよ。篠田の手からハムスターが離れたのはアイツが笑った瞬間だった。
あの音はなんだったんだろうな。
なにかが潰れる音とは違う……もっと柔らかいゴムボールが地面に落ちた時の音に似ていたな。おれの手をすり抜けて、砂利道に、その黒いハムスターは、叩きつけられたんだ。
……人ってほんとおかしいよな。
ほんとうになにかがキレたときって、なんも言えないんだよな。
おれは篠田から足の切れたハムスターを叩きとって、地面に落ちた黒いハムスターも一緒に取り上げて走ったんだ。
篠田もアイツらもなんか言ってたような気がするけど、おれは全部無視して走って逃げたんだ。おれはワケがわからないまま逃げた。逃げるべきじゃなかったと思いながらもそれでも逃げた。そうするしかなかったんだ。
おれはなんとか走りきって自分の家までついた。
母親も兄貴も仕事とか学校で帰っていなかったから、おれは一人で手当てをしたんだ。黒いハムスターはもうダメだった。足の切れたのは少し息があった。
だから、なんとかして介抱したかった……したかったんだ。
だけど、どんなに頑張っても血も止まらないし、呼吸も弱くなって、俺の手の中でどんどん冷たくなっていって……ご、ごめん、ちょっと時間をくれ。ちょっと、息つかせて。レコーダー、止めて。
…………ワリぃな。話、続けるよ。
足を切られたほうもダメだった。両方とも助けられなかった。
おれは庭にハムスターを埋めた。
おれの犬が顔を舐めてくれたのが、なおさら悲しかった。
この時に、おれはようやく決めたんだ。先生に報告しようって。
篠田のヤロウが動物を虐待をしてたことをな……もちろん、おれも参加していた。
だけど、なにを言われたとしても、絶対に後悔しないと思ったんだ。
メンツなんてどうでもいい。きちんと報いを受けなきゃダメだ……おれ自身も。
そう、決心したんだ。
だがな、それどころじゃないことが起きたんだ。
次の日、学校に行くとやたらと騒がしくてな。
クラスだけじゃなくて先生も落ち着かない様子でさ……聞くと、篠田が行方不明になっていたんだ
おれが逃げた後、橋の下では他のヤツらはすっかりハムスターに手をつけなかったんだ。篠田だけがハムスターをいじめてたんだ。足で潰したり、カッターで切り裂いたり……だけど、篠田は周りの冷めた様子に気づいたようでイラついたみたいだ。
彼はパフォーマンスと称して、最後の一匹をボールを投げるみたいに川に投げ入れたようだ……想像したくない光景だけどな。
だけど、奇妙なことが起こったんだ。
川に投げ入れたはずのハムスターが、まだ篠田の手の中にいたんだと。
もちろん、篠田も驚いたんだろうな。
「はあ? なんでいるんだよっ!?」って怒ったらしいぜ。
そんでもって、もう一回、篠田は投げたみたいだけど、また手の中にハムスターはいたらしいんだ。投げても、投げても投げても、投げても投げても投げても投げても、ハムスターは篠田の手の中にいたんだって……傍から見たら、ボール投げの練習をしているように見えたんだろうな。
「おいっ! 誰か捨てろよっ!」
篠田はそう叫んだらしいけど、みんな尻込みして、だれもハムスターに触りたがらなかったんだってさ。
そしたら篠田はそのハムスターを持って川の中に入っちまった……自分の手から洗い流すためとかだろうな。ここの川って溺死できるほど深くないからな、流れもそうそう早くない。川んなか入ってもせいぜい腰が浸かるぐらいだ。それでも「川に入るな」って先生にも注意されてたから、みんな冷や冷やしたらしいぜ。
もちろん止めたヤツもいたみたいだけど、篠田は聞く耳持たずで、川で手を浸しながらじっとしていたらしい……そのまま、なにも言わずに動かず川に浸かったままだったんだと。あまりにも長い時間そうしてたらしい。五時のチャイムが鳴ってもずっといたから、みんな篠田を置いてそのまま帰ったそうなんだ。
「篠田もキリがよくなったら帰って来るさ」
そう、みんな思ってたらしいんだ。
だから、みんなが帰った後の篠田がどうなったかは誰も知らなかったワケだ。
ハムスターの件といい、とにかく嫌な予感がしないだろ?
そこで、おれは、ある場所を先生に教えた。
ここの橋の下だ。取り巻きのヤツらと一緒におれたちは教師とここに来たんだ。
そしたら、ちょうど……そうだな。
今ちょうど兄ちゃんの立っているところに、ぽっこりと盛り土があったのさ。
その盛り土には木で作られた十字架が刺してあった。
木の断面には汚い文字で『 の おはか』って書かれてた。
案の定さ、そこには篠田が埋められてやがったよ。
たくさんのネズミの死骸が彼に纏わりついていた状態でな……。
ネズミのフンとか毛が顔中や唇だけじゃなくて剥き出しになった歯茎にもびっしりこびりついちゃっていたよ。
ゾンビ映画なんて可愛いものに見れるぐらい、見るに堪えないものだった。
通報するときの先生も吐きそうになってたぐらいだもん。
おれは思うんだ。
篠田が投げようとしたのはハムスターじゃなくて、怨霊だったんじゃないのかな。
川に捨てようとした篠田がじっとしていたのも……きっと、怨霊がヤツの手を握っていたからじゃないのかな。
あるいは、怨霊に魂が抜き取られていたとか?
まあ、いまとなってはわからないけれどな……。
篠田が殺したのはハムスターだった。でもおれは思うよ……アイツは人殺しよりも下劣な野郎だって。怨まれてもおかしくないんじゃないかな?
だけど、みんな大人たちは篠田の事件を「不審者のせいだ」って騒いだよ。
あれから、おれは先生や大人たちに、篠田が動物を虐待をしていたことを告白した。でも、誰もこの話を聞き入れてくれなかったんだ。ハムスターを殺した、犬を苛めてた、って言っても、「篠田は被害者だぞ」って怒られて終わっちゃった。
ところで、動物殺したときって「器物損害」って言うんだって?
なんで動物って下方に追いやられてしまうんだろうな。
そうやって、動物をバカにするヤツは、バチが当たってしまえばいいさ。
まあ、おれが言えたことじゃないな。
おれが止めていれば――なにか変わったんかな。
……後悔したところでも、なにも変わらないし、戻っても来ないだろうけどよ。
そうだ、実無の兄ちゃん。最後に一つだけ。
アンタの立っている場所……そこに立ったヤツは、近いうちに野良ネズミに噛まれて生き埋めにされる悪夢を見るって言われてるぜ。
兄ちゃんの家、戸建て? なら、気をつけておけよ。
……だからと言って、篠田みたいに潰すんじゃないぞ?
んじゃ、これで今日のオレの話はおしまい。
* * * * * * *
【動物の怨霊】 語り部:黒柳 蓮太郎
動物を嫌い続けた少年の末路。
虐待を繰り返し、動物の命を嬲るように捨てていた篠田少年は自らの命も捨ててしまった。
しかしこの話で恐れるべきは、怨霊などではないのかもしれない。
いまのところ、ネズミには噛まれていない。
ただ、駅前で野良ネズミが目の前を通り過ぎたときは、さすがに肝が冷えた。
ネズミ捕りを仕掛けようかと悩むところだが、この話を聞いてしまうとネズミを排除しにくいものだ。
忘れず来たれ 鍛冶屋 @sikanoko_90810
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