僕は幽霊に会いました -松籟仁義の話-

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         オカルト研究装本 語り手

         FILE No.5:松籟しょうらい 仁義じんぎ

         園神大学三年 文学部史学科

         忘来歴:18年(3歳まで他県在住)


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 松籟仁義――わたしが語り手探しに困っていると、部室にいた三年の犬神いぬがみ先輩という人が勧めてくれた。どうやら犬神先輩のおにいさんの友達で大学生だという。大学生を紹介されたわたしは不安そうな顔をしていたのか、犬神さんはわたしを見て、カラカラと笑い声をあげた。


「オレも会ったことあるけど悪い人じゃないよ。それに悪い人だったらかわいい後輩に勧めないぜ?」


 そう言って、先輩は舌を出して、下手くそなウィンクしてくれた。


 金曜日の四時半頃。授業中なのか、やたらと閑散とした大学創立者の銅像の前に立っていると、その人は顔色一つ変えずわたしに歩み寄ってきた。

 彼はすっきりした短髪にギンガムチェックのカッターシャツ。それに地味なズボンを着ていた。正直なところ、ファッションセンスはいまいちな学生だった。

 彼は年下のわたしにも敬語を使っている変な人で、彼曰く「自分の癖ですので」とのことだった。

 松籟さんは幽霊部員ならぬ幽霊サークルこと『園神大学 オカルト研究部』の部室に招き入れてくれた。こじんまりとしていて埃っぽく、本棚にはたくさんの怪談本や怪しげな都市伝説のまとめ本が入っていた。

 彼は怪談のムードたっぷりでしょうと茶化してくれたけど、あんまり笑えなかった。錆びついたパイプ椅子に座りながら、彼は静かに息を吐いた。



「与太話に聞こえるかもしれませんが、これは本当にあったことなんです」



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 201×年 5月21日(金) PM 16:43


 改めて、僕の名前は松籟仁義しょうらいじんぎ

 園神そのがみ大学文学部史学科の三年生です。どうぞお見知りおきを。


 早速ですが、あなたは幽霊を見たことがありますか?

 

 ――そうですか、ありませんか。

 気づいていないだけかもしれませんけどね……まあ、いいでしょう。

 しかし、霊勘があるという話は、あまり信用できませんよね。

 実際に大抵の方の「霊を見た」と言った時の幽霊というのは、その人の気のせいだったりするんですよ。

 言いかえれば、想像力豊かで妄想が激しいんでしょうね。


 早い話、僕は幽霊を見たことがあります。

 七歳の時にお墓参りで墓石に水をかけた際に、「つめてえよ」と亡くなった祖父の声が聞こえた時から、僕は見えてはいけないものが見えるようになったのです。

 つまり、僕も想像力豊かで妄想が激しいヤツなのかもしれません。

 信用できるかできないかは……あなた次第ということにしましょう。


 まずは幽霊の宝庫でもあるトイレの話からいきましょうか。

 二年前の夏休みに僕は清掃員のバイトをしていました。

 場所はちょうど半年前に廃業になった鳥越とりこしデパートです。

 花押さんは知っていますか。かつては老舗の一流デパートだったところですが、それは過去の話……潰れる直前は施設に年季が入っているので空調の調節もあまり上手ではないことで有名でした。

 デパートの愚痴はさておき。そんな古いデパートは人気もなく、夕方でも食品売り場は閑古鳥が鳴いてまして、どこのフロアも暇を持て余したご老人がぽつぽついるぐらいなんです。全フロアの照明が目が悪くなりそうなほど薄暗くて、なかでも断トツで暗いのがトイレでした。人の出入りが少ないからごみはないものの、電気のせいであまり清潔なところではありませんでした。

 あるシフトの日に、僕は男子トイレの清掃のために扉をゆっくりと開けると、個室のトイレの前でたたずんでいる青年がいたんです。彼は青白い肌で黒い学ランを着た男子生徒でした……眉間に皺をよせて、じっ、とトイレの個室を凝視していたんです。ちょうど彼の真横に鏡があったのですが、彼の顔は映っておらず。さらに電球に照らされた男子生徒には影がありませんでした……そう、まさしく彼は幽霊でしたよ。

 しかし、彼が凝視しているトイレは少し特殊でしてね。


 それは中に人が入っているトイレ――つまるところ使用中だったんです。


 しばらくして扉が開くと、ゆっくりとご老人が「はあ」と息を吐きながら出てきたので、男子生徒はすーっと、中に入って行くんです。

 僕はトイレを覗き込もうとしましたが、すぐに男子生徒の幽霊がトイレから出てきました。そしてさっきの陰気な顔が嘘のように清々しい顔でそのまま消えていったんです。


 ねえ、怖いでしょう? 

 きっと彼はトイレに行けずに亡くなってしまったのが心残りだったのでしょう。一番怖いのは、どうやって水を流したかですよ、本当に怖いですよね。

 ……あれ、怖くありませんか?

 そうですか……でも、大丈夫です。怖くなくとも話はまだありますので。


 それでは、夕方の公園の話でもしましょうか。

 実はここでも幽霊を見たことがあるんです。

 僕が小学校三年生の頃に友だちと下校時に横切っていた公園があったんです。

 そこには、風もないのにブランコが動いている噂があったんです――いえ、動いている、というのは語弊ですね。そのブランコの動きはまるで漕がれている、という表現が似合うぐらい、ぎぃこ、ぎぃこ、と大きく規則正しく揺れているんです。

 実際、それを見た時、僕の友達は怖がって逃げてしまいました。

 だけど、僕は漕いでいる幽霊が見えたので正体が分かりました。


 それは、七十歳ぐらいの立派なひげをたくわえたおじいさんでした。

 ええ、とても楽しそうに漕いでいらっしゃいました……立ち漕ぎで。そのまま、一回転しそうな勢いでね。

 ねえ、怖いでしょう? 何故、おじいさんがブランコを漕いでいるのか、あのバイタリティはどこにくるのか。そして、おじいさんがそのままブランコから落ちないか……思い出すだけで、嫌な汗が出ますよ。


 ……なんですか? えっ、これも怖くない?

 困りましたね――ああ、でも大丈夫です。まだ話はありますので。


 あれは、かれこれ二ヶ月前のことでしたね。

 二ヶ月前に流星群が見えると話題になったでしょう? だから僕はベランダで星を見ていたんです。そしたら、隣に幽霊がいたんです。

 えっ、いきなりすぎますか? でも、いたんだから仕方ありませんよ。

 そう、黒髪の三十代半ばほどの女性の幽霊が立っていたんです。

 「なんで幽霊が?」と思ったと同時に、彼女は僕の首に急に絡みついてきたんですよ。幽霊だから痛みはないと思ったんですが、声帯がぎゅうって締め付けられる感覚に陥って吐き気がこみあげました。

 でも、とにかく、なにか声を出すべきだ。そして幽霊の手を離させるには驚かすべきだと思い、僕は咄嗟にこう言いました。

「僕と付き合ってくれませんか」と。

 すると、幽霊は悲しそうな顔をして消えてしまいました。

 「ごめんなさい」という言葉を残してね。

 後で分かったんですが、彼女は生涯独身のまま、あの個室で亡くなった女性だったそうです……結構、彼女の顔立ちは好みだったんですよ?

 でも、愛に生死は超えられませんでした……悲しい話ですね。

 ただ僕も咄嗟に脅かすためだったので、もしも本気にされたらと思うと……やはり、ゾッとします。


 ……そうですか、これも怖くありませんか。

 あなたは肝が据わっているんですね――もちろん、褒め言葉ですよ。

 なので、そんなあなたには、僕が今までであった幽霊の中で一番怖い幽霊の話をしてあげましょう。


 実は、僕は樹海に行ったことがあるんですよ。

 ああ、自殺志願者じゃありませんよ。メンヘラでもありません。

 最近樹海に行くのがブームと聞いたことがあったので、一度ぐらいはと思って行ったんです――そんなブームは聞いたことがないって? これは飲み会で先輩が話してくれたから嘘ではないですよ。悪いイメージばかりが横行していますが、木々がたくさんあって空気が澄んでいて、とても気持ちいいところでした。

 しかし、やはりここにも幽霊はいましたよ。


 その幽霊は化粧っ気のある若い女の方で、僕にデートを誘ってきたんです。

 これは幽霊だと気づいて、僕はあまり刺激をせず彼女の話に付き合おうと思ったんです。だから彼女と一緒に樹海を歩きました。手も握りましたよ。ええ、とても冷たい手でした……でも、写真は撮らせてくれませんでしたね。写真を撮ろうとすると、すごい形相で睨みつけてどす黒いオーラを発するんです……だから僕は手をつないで彼女と樹海を歩きました。

 幽霊と手を繋いで樹海を歩く――恐怖というよりも幻想的かもしれませんね。


 しかし、問題はその後です。

 樹海に出た後も彼女は僕の車の助手席に、あたかも連れてって行ってほしいと言わんばかりに乗り込んできたんです。

 僕はどうしても断り切れず、車を走らされ小さなホテルに止めさせられました。さらには、財布の万札もあっさりと吹っ飛ぶほどの高級ディナーを奢らされたうえに、僕は気がつけば眠らされ、金銭をくすねられていたんです。

 ええ、本当に……この時ばかりは身震いしましたよ。最近の幽霊は金もとるとは。

 実際に僕に対して被害を及ぼした幽霊はこれが初めてですからね。携帯電話を盗まれなかったのが救いでした。


 これも怖くないですか?

 そもそも、幽霊じゃないって? いえ、そんなことはありませんよ。

 だって、彼女は自分が幽霊だと自覚していたのですから……。

 

 怖くないならまだ話はありますよ。

 そうですね、プールにいたおじさんの話でも……あっ、もういいんですか?


 花押さん――でも、これで分かったのではないでしょうか?

 幽霊というと負の一面が大きいと思いますが、案外そうでもないんですよ。

 もちろん、理不尽に殺され、命を奪われ苦しむ幽霊もたくさんいるんです。

 でも、幽霊全てが悪い存在ではありません。今日はそのことをあなたに教えたかったんです。もちろん、これは僕の持論なので、意見まるごと全てあなたに押し付けるつもりはありませんけれどね。

 

 今回のお話はこれで終わりです。聞いてくれてありがとうございます。

 そろそろ六時になりますね。大学の正門まで送りましょうか? ……そうですか、ではここでお開きですね。

 どうか幽霊に攫われないように、お気をつけて。


* * * *


 【幽霊談義】 語り部:松籟仁義

 霊感が強い彼はありとあらゆる場所で幽霊に出会った。

 トイレや公園、ベランダ、はたまた樹海にまで……。

 何故彼らが死にその場に居付いたのか。

 全ては彼の霊感もしくは憶測でしか語られることはないのだろう。


 それにしたって、どうして犬神先輩はこんな人を紹介したのだろう。

 今回の話は全部怖い話に向いていなかった。

 彼曰く「幽霊は悪い存在だけではないんです」と真面目に言っていたけど、企画を潰すつもりなのだろうか?

 そうだとしたら、彼の存在のほうが恐ろしい。

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