第47話 Devil's Way, Cross with Demons/2



    †



「ねぇ、聞きたいことが―――あの、いいかしら教えて欲しい―――あー、ちょっといい? ねぇ―――もう! なんで誰も話を訊いてくれないの……現代の人間って、ちょっと他人に冷たすぎる!」


 街中、繁華街の交差点。

 脇の小道から忽然と現れたその女性は、小さなキャリーをからころと転がしながら、通り過ぎていく人々に声を掛けるも無視されるという行為を繰り返していた。

 彼女が人々から相手にされない理由は3つほどあった。


「なんで無視されるのかしら……私の格好、どこか変なところある?」


 そう言って腰に手を当て、首を傾げたり腕を捻ったりして自分の格好を見下ろしてみる。彼女にとっては普段着とも言える、医者にも科学者にも見える白衣を、今は着ていない。緑を基調としたパンツスタイルに、ワインレッドのシックな外套を身に着けている。多少の「異国情緒感」はあると思うが、それはあって当然のものなので敢えてそれに則った格好を自分ではしたつもりだった。

 『魔女』様式に倣った鍔広のとんがり帽子も、この格好ならミスマッチはしないと思ったのだが。


「……やっぱりあんたたちが原因かしらね」


 振り返って見上げる(ムカつくことに彼女はこの集団の中で一番背が低かった)と、彼女に従って付いて歩くだけの四人は揃ってきょとんとした顔をした。


『何を言うんだアラストル。君のその燃えるように赤い髪の色が原因ではないのかね?』


 呆れたような口ぶりで言うその女性は、夜だと言うのにまるで自ら光を放つかのようにキラキラしている白銀の髪をぱさりと無駄に艶かしく払った。


『うーん……確かに、私たちの中では目立つ色かもしれませんね』


 彼女と同じく銀色の髪をした無駄に露出の多い女性もまた、自らの髪先を指で弄びながら言う。残った二人も自分の金色の髪や白い髪を手に取って、他の三人と見比べてみている。


「いやいやいや……比較する対象がおかしいでしょ? 私と比べてどうするのよ……! 周りにいる他の人たちと比べてみなさいよ! あんたたちの髪だってよっぽど目立つわ!」


 というよりもむしろ、四人の長身に四方向から囲まれてしまった場合、彼女の赤色は殆ど周囲からは見えなくなってしまうのだった。

 そんな主に金色と銀色からなる人でできた小高い山に、近寄る影がふたつあった。

 それは濃い青の制服を着た若い警官と、くすんだグレーのコートを着た髭面の男であり、彼らは金銀に近づくと、「あー」とか「えー」とか、最初に掛けるべき言葉をしばらく逡巡した。


「失礼、あー……お嬢さん方? 何か、揉め事……えーと、と、トラブル? ですかな?」


 男は額に汗を浮かせながら、コートのポケットから手帳を取り出して相手に見せた。彼もまた警察官、刑事である。


「あら……えーと、なんて言うんだったかしら、けーさつ? の方? よね? よかった、丁度困ってたところなのよ、この辺りは全然来たことないもんだから道に迷っちゃって」


「あー……アラストル? 早口過ぎて聞き取れていないみたいだよ。あと、恐らく話してる言語が違う気がする。たぶん「けーさつ」しか通じてないんじゃないかな」


 事実その通りであった。刑事の男たちは「警察」という自らを示す言葉の響きに頷きはしたものの、そこから先はよく意味の分からない異国の言葉をまくし立てられて呆気に取られていた。


「おい、今の何て言ったか分かるか……?」


「いえ、まったく……英語でもないですよね? どうしたらいいんですかね……」


「俺が知るかよお前、俺は殺人課の刑事だぞお前……こういうのは生活安全課とかだろ? 帰っていいか?」


「こ、困りますよ! ほかに手が空いてる人、いないんですから……!」


「手ェ空いてるったってお前、俺ァ仮眠取ってただけだろうが!? それをお前叩き起こしてお前引っ張って来たんだろうが!」


 男たちが小声でどつき合いながら話し合うのを真正面で盗み聞きした彼女は、ひとつ咳払いをして、改めて男たちに話しかけた。


「こほん。あー……ごめんなさいね、ちょっと取り乱していたものだから。私たち、道に迷って困っていたところなの。助けてくださる? おじさま」


 先ほどまでよく意味の分からない外国語を喋っていた女性の口から、自分たちにも聞き取れる言語が淀みなく流暢に発せられたことに、男たちはまた呆気に取られることとなる。


「あ……あ? あ、ああ、迷子か! そうか迷子か、ああいや、こんな立派な女性を前に"迷子”はおかしいか? ハハハ、えーっと、それで……あー、何処に行きたいのかな?」


「ヤナト村のジャラというご夫婦にお会いしたいのだけれど」


 女性の口から、聞き取れる言葉で、聞き慣れない名前が飛び出し、男たちは三度呆気に取られる。


「……あー、ヤナト? 村……? おいお前知ってるか?」


「いや、ぜんぜん聞いたことないです……そもそも「村」が付く地区なんてこの辺にはありませんけど」


「だよなだよな? えぇー……じゃどうすんだよお前この人たち。分からないですねーそれじゃーって帰ってもいい?」


「それは……いや、僕もそうしたいのは山々ですけど駄目じゃないですかね?」


「当たり前だよお前駄目に決まってるだろお前」


 刑事が肘で警官を小突き、彼らの(丸聞こえな)小声の押し問答は終わったらしい。


「えーっとそれじゃあのー、立ち話もなんですから、よかったらうちの署のほうに寄ってってください。ね、あのー、地理に詳しいやつ、見つけて連れて来ますんで」


「そうね……じゃあ、そうしようかしら。よろしくお願いね、おじさま」


 女性はにこやかに微笑むと、踵を返して先導する男たちに続いて、キャリーをからころと転がしながら付いていく。


『―――いいのか? あんなを並べて彼らに取り入って』


『そうですよ……ヤナトの村は此処からかなり遠いですよ? たぶん、地図にも載っていないと思いますし……』


 彼女に続いて歩く女性たちが、男たちには通じない言語でひそひそと声を落とす。

 彼女は振り向かずに前を向いたまま、彼女らと同様の言語で返す。


「いいのよ。言ってたでしょう? 彼は「殺人課の刑事」だって。私たちは”道に迷った外国人"、彼の管轄の存在よ。適当にあしらおうとしても、結局なんだかんだ理由を付けて警察署に連れて行かれるのよ。自分じゃどうにもできないから、どうにかできそうな相手に押し付けるためにね……」


「その口振りだと、以前にも似たような目に遭ったことがあるんだね?」


「ええそうよ……警察ってのは何処の国でも一緒ね。一般人よりも頭が固いっていうか……良く言えば信念が強いのね」


『なるほど。悪く言えば融通が利かないか、信じる心が強いということは、疑う心もまた強いというわけだ』


「そういうこと。私たちが《魔女》や《魔王》だと言ったところで、彼らはそれを信じたりはしないでしょう。だって言葉からくるイメージと全然違うもの。……人々に避けられていたのはそれも原因かしらね。彼らには「おかしな人たち」として認識されていたのかもしれない……」


 周囲に視線を飛ばしてみれば、確かに人々は彼女たちを奇異の目で見ていた。恐らくは制服姿の警官が共にいることもあって、注目を集めているのかもしれなかった。

 ……しかしよくよく観察してみると、珍しいものを見る目というよりは、驚きを顕わにしているとか、欲しいものを前にして息を呑んでいるというような表情にも見えるのは何故だろうか。

 答えは単純だ。


「……或いは、あんたたちの格好がだからじゃないかしら? 特にあんたね!」


 ついに振り返ってズビッ!と指を突き刺した相手は、まるで意味が分からない、というように首を傾げて見せた。


『はぁ、私、そんなに変な格好ですか?』


「ちょっ―――回るな! 捲るな!―――ハァァ!? ちょっとなんで下着も付けて―――分かったもういい、いいからあんたは大人しくしてろ私の正常値が下がる!!!」


 唯一良識を持ち合わせている金髪の女性と一緒になって、見えてはいけないところが見えてしまいそうになるすっ呆けた女性を周囲の視線から遮る様子を、もう一人の女性と白髪の青年は笑って見ているだけであり、また背後で女性たちがまた聞き取れない言語でやいのやいのやり出したことを、刑事と警官の男二人は戸惑いの眼差しで見るのだった。



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