第17話 Wake up, Ms.Lateriser/4

 トーヤが目覚めたとき、既に日は高く、時刻は午後に入ったところだった。


「…………」


 何故自分は寝ていたのだろう。普段ならとっくに目が覚めている時間で、コンビニでブリトーでもつまみながら夕飯を何にするか思案しているようなタイミングだ。


「ぅぅ~~~……」


 頭が重い。思考が働いていない。二日酔いに似た倦怠感が全身を包んでいる。

 昨日は何があった? 眉間に手首を当てて考えるが、何も思い出せそうにない。


「んん~~……シャワー……」


 とりあえず、この気だるさを何とかしなくては。

 重たい体をどうにか起こして、夢遊病者のようなおぼつかない足取りで部屋を出る。


    ・

    ・

    ・


「―――っぷぁー!」


 温めのシャワーでとりあえず覚醒した。

 洗面台の前で髪を梳きながら、もう一度昨日のことを思い出そうとしてみる。


「う~ん……昨日は確か、シンと仕事に出て……それから……――」


 そうだ。結局、臣也を狙った襲撃は起こらなかった。

 その代わりに、黒猫を一匹拾ってくる破目になった。


「まったく。キヨばあってば、あんな猫のことより、シンを狙った相手を探しだしてとっちめるべきなのに……!」


 思い出したらだんだん腹立たしくなってきた。これは私から何か一言言ってやらねばなるまい。

 浴室の扉を乱暴に開け、居間へと向かう。


「ちょっとシンー! ―――あれ、シン……?」


 居間を見回す。そこには誰もいなかった。


「おっかしいな……何処に隠れてるんだろ。おーい、シーン!」


 呼びかけても、返事はない。

 それどころか、物音ひとつ返ってこなかった。


「みんなで出かけてんのかな……? ンだよ私ゃ留守番かよ……」


 おそらく臣也のことだから私を起こそうとはしたはずだが、起きなかったから仕方なく置いていったんだろう。もしかしたら私が寝惚けて断ったのかもしれないが、憶えてないので関係ないノーカン


「ん~……お、あったあった」


 きっと臣也のことだからどこかに書き置きでもあるだろうと思えば案の定、冷蔵庫にメモが貼り付けてあった。


「なになに、『子猫のための色々を買出しついでに買ってきます』、か。それで皆いないわけね……」


 やはり自分は留守番というわけだ。ここはキヨばあの持ち家であるが、私たちにとっては事務所や社務所の役割も兼ねているため、“もぬけの空”にするわけにはいかないので、外出する用があるときは基本的に誰かが居残っていなければならない。

 いつもならキヨばあが居残り組だが、今日は私が眠りこけていたので置いていかれた。


「まぁ、紫緒ガキ坊やショウの御守をさせられるよりはマシか……」


 個人的な意見を言わせてもらえば、あの二人の相手は苦手だ。聞き分けがないし、整合性も足りてない。

 まぁ、これはこの〈家〉に住む者全員に言えることだが、頑固だし、頭が固い。


「ま、“家族”なんてそんなもんか」


 自分たちは上司や部下といった“会社”ではなく、頭領と下っ端といった“組織”でもない。ただひとつの家に集まって、それぞれがそれぞれにしかできない仕事を請け負いながら暮らしているだけだ。

 それが周辺地域の地主や酋長に功績を認められて、キヨの執り成しで外面的にひとつの組織として成り立っているに過ぎない。


 元々は他人同士の集まりでしかなかったのだ。


「……ひとりになると昔を思い出すのは歳食った証拠かね」


 はーぁ、やだやだ。人間、歳だけは取りたくないものだと思い、軽く頭を振って冷蔵庫を開ける。ドアポケットにストックされている缶チューハイを一本取って、その場で開けて口をつける。


「―――っぷぁー!」


 昼過ぎまで寝て、起きたら早速酒を呷る。なんと贅沢なことだろうか。罰当たり上等、怠惰万歳。


「休日最高―――!!」


 リビングのど真ん中で両腕を掲げてそんなようなことを口にした矢先のことだった。


―――ピンポーン


「……む」


 玄関のチャイムが鳴らされた。家人のものたちは皆鍵を持っているから、こんなことをする必要はない。彼らが帰ってきたというわけではないのは確かだ。

 つまり客だった。


「…………」


 今この家には私しかいない。ここで静かにしていれば居留守を使えるかもしれない。そう考えたが、


―――ピンポーン、ピンポンピンポンピピピピピンポーン


 すごい勢いでチャイムが連打され、ドンドンと激しく扉を叩く音もついてきて、さらには切羽詰った男の声で、


長柄谷ながらやのモンですが、誰かいらっしゃいやせんか! すいやせーん!」


 と近所中に響き渡る怒声がついてきた。おそらく相手は誰かが出てくるまで止めないだろう。中に誰かいることを確信しているのだ。

 さっきの、聞かれたかな……。


「ハァ―――」


 缶チューハイを一呷りして、扉を叩きながらしきりに呼びかける男に応対するため、玄関に手を掛けた。

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