第16話 Wake up, Ms.Lateriser/3

    †


 甘い匂いがした。


『…………』


 それは赤い果実。

 薄い表皮の下にはぷるんとした果肉が詰まっていて、深紅の蜜が滴となって零れ滴る。


『――――』


 私はそれが欲しい。甘く蕩ける真っ赤な果実が。

 涎が絶え間なく溢れ、口の端から垂れ流れるのを、最早抑えることもできずに。


『    』


 もうダメだ、がまんできない。

 私はその果実を両手で掴み、大きく口を開いて――


    ‡


『―――ハッ!?』


 がばり、勢いよく身を起こす。

 寝てた……? 今のは夢……?


『…………』


 口元を手で拭う。ぐじゅり、垂れていた涎が音を立てる。

 夢だった……落胆と安堵が同時に押し寄せる。

 だってあれは……あのは――


『……あっ、そうだ!』


 人を待たせていたんだった。

 周囲を確認すると、集めた木の実が散らばっている。

 もしかして、と思ったが、幸いどれにも齧りついた跡はなかった。


『ふぅ……じゃなかった、急がないと』


 私は空腹でも平気だけど、あの人は違う。

 早く食べ物を持っていってあげないと、本当の本当に死んでしまう。

 散らばった木の実を一つ残らず掻き集めて、私は一目散に駆けていく。


    †


『お待たせしました……!』


 バン!、廃教会の扉を、両手は木の実を抱えているので腰を使って押し開き、私は息も絶え絶えに無事戻ってくることが出来た。


『あ、あれ……?』


 ところが、返事がない。遅くなりすぎたのだろうか……?

 嫌な予感を心に、長椅子に座る影に急いで近づく。

 正面に回りこむと、その人は目を閉じていて、眠っているように見えた。


『―――いやいやいやいや! そんなはずないでしょう私……!』


 訂正。気を失っているようだ。


『えと、ど、ど、どうしよう……!? あ、そうか!』


 抱えていた木の実をどさりと彼の膝上に落とす。

 衝撃に首がかくんと上を向くが、目を覚ます気配はない。


『えぇい……!』


 私は木の実の山から一番瑞々しい果実を一つ掴むと、彼に馬乗りになる形でそれを口元に押し付ける。


『ちょっと失礼しますよ……っと』


 もう片手で彼の顎を引いて口を開かせ、掴んだ果実を力いっぱい握り締めた。


『ふんっ!』


 ぐじゅり、果実が潰れ、果汁が弾ける。

 こちらの腕や彼の顔に掛かるが、気にしている場合ではない。

 流れ落ちる果汁を僅かに開いた彼の口に流し込む。


『飲んで……飲み込んで、ください……!』


 彼の眉間が苦悶に歪み、喉が嚥下に上下する。

 彼のが見開かれた次の瞬間、私は突き飛ばされた。


『きゃぁ!?』


 腰と背中に鈍い痛みが走る。どうも壁に打ち付けられてしまったようだ。


『いたたたた……』


 腰を擦りながら立ち上がると、咳き込んでいた彼も丁度落ち着くところだった。


「けほっ、けほ……あぁ、死ぬかと思った……」


『目が覚めたんですね、よかったぁ……』


 彼はまだ痛むのか、喉元を擦りながら、ようやくこちらに気付いたようだ。


「あぁ、君か……いつまでも戻ってこないから心配してたとこだったんだ……」


『え、えへへ、すみません……』


 まさか寝こけていたなんて言ったら彼は怒るだろうか……?

 その場は愛想笑いで誤魔化して、今はとにかく腹ごしらえだ。


『で、でも、おかげで沢山採ってこれましたよ。食べましょうそうしましょう』


「……食べても平気なの?」


『え?』


「その、毒とか」


『ああ! それなら大丈夫です。ちゃんとしながら集めたんで!』


「毒見……?」


『あ……』


 もしかして、途中で寝ちゃったのってそれが原因……?


「……どうしたの?」


『えっ!? あ、いえいえっ、何でも、何でもないですよっ!?

 さ、さぁ食べましょう! ほらほら、これなんかとっても熟してて美味しそうですよ!』


「……うん」


 そうして、二人はようやくの食事となった。

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