第11話 White room/3
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「ドクター。これは“交渉”なんだよな?」
彼は私の顔を凝視したまま問うた。
視線は揺らがない。表情も変わらない。こちらが差し出した右手に見向きもしない。実に素晴らしい。
「如何にも。今は私の“要求”を伝えたところだ」
「だったら、こっちからも“要求”できるよな?」
そうだ、これは“交渉”。ただ“要求”を通すだけの“要請”や“指示”ではない。
お互いの関係は未だ対等。彼が動かないのなら、私に動かす権利はない。差し出していた手を下ろし、私は彼の問いに答える。
「然様。何なりと訊いてくれたまえ。君はまだ死の淵より目覚めたばかり。分からぬことも多いだろう」
「死んだ人間の“蘇生”なんてどうやったんだ?」
間髪を入れずに訊ねてくる。これはおそらく本命の疑問ではない。まずはこちらの知能レベル――同じ“常識”という土俵の上で会話を成立させられるのかどうかを窺うつもりなのだろう。
不明な状況を呑み込むためには、状況を知る人間に訊ねるのが近道だ。
「それは私の専売特許、最重要秘匿事項というやつだ。教えることはできんよ。私はわざわざタネを明かしてしまう《手品師》ではない」
己の現状について訊ねるということは、同時に己の現状の無理解を提示していることになる。こちらの言葉のどこまでが、真に己の現状を表しているのか。そこに齟齬が生じるようなことがあれば、彼はこちらの言葉に一切耳を貸さなくなるだろう。
これは私から情報を引き出すための“交渉”。さて、どこまでを知らせたものか。
†
「フン……そうかよ」
こいつは厄介だ。何なりと訊いてくれ、などと言いながら、こちらの疑問の全てに答えるつもりがない。
俺が今仕入れられる情報源は、目の前にいるドクターと名乗る男か、背後にいるタナトスだけだ。タナトスはこのドクターの子飼いのようだから、ドクターが答えない疑問をぶつけても答えてはくれないだろう。俺が“交渉”出来る相手は、実質ドクターだけと言える。
情報の取捨選択権を、相手に握られている。
「俺のほかにも、“生き返った人間”はいるのか?」
まだ本題にはいかない。マシな答えが返ってくるという確信を得られない限り、“それ”を訊ねるわけにはいかない。
「……その質問に答えるわけにはいかない。“契約”に反するのでね」
「いるんだな?」
「君の想像に任せるさ」
先ほどと違い、はぐらかされたとは感じない。これは本当に答えることができない質問だったのだろう。蘇生者が他にもいるとは驚きだが、他の奴のことなんか今はどうだっていい。
「どうして俺を選んだんだ?」
これもまだ本題ではないが、それに近い部分ではある。ここでもまだ納得できる答えが出てこないなら、この“交渉”は決裂だ。
「君にはある“素養”がある。君自身気がついているかは分からないが。私はその“素養”を持つものを集めている。――ある“目的”のために」
これだ。
俺が聞きたかった本題。この“交渉”の意義を決める最初の一手。
「……あんたの“目的”とやらを聞かせてくれないか」
さぁ、どんな答えが返ってくる?
†
『…………うーん……これは…………』
迷ったな……。ヒュプノスは確信した。
こんな雑踏を彼が歩いているはずがないと、どんどん寂しいほうへ寂しいほうへと歩いてきたのが、まさかこんな結果になるとは。
『うーん。いつもは基点があったからなー……』
黒いぶかぶかのロングコートの袖口から細い腕を伸ばして、後ろ頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
頼るもののない人探しとは、思っていたよりも困難なんじゃないだろうか。ひょっとして、ハーデスに一杯食わされているとかではなかろうか。
『タナトスだって、頼るものなんかないはずだけど……』
そもそも、彼は死神としての力そのものを失ってしまっている。今はただの人間のようなもののはずで、移動なども満足に行えないはずなのだ。
『せめて、彼がこっちの何処に出たのかでも分かればいいのに』
ダメで元々という気持ちで、しばらく気にしていなかったタナトスの“気配”を、久しぶりに探ってみる。
すると、
『……おや?』
ある。
タナトスの気配がある。
『……あれあれ? どういうことだろ』
今のタナトスには、死神としての力はない、はずだ。彼の力は、こうしてヒュプノス自身が借り受けて使っているわけだから。
じゃあ、このタナトスの力の気配は……なんなんだ?
『いや――誰なんだ?』
予感がしていた。
『なんか……嫌な感じだな』
兄弟として、自分の知っている
†
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