「爽」

あれから三日が経った。

生徒達が登校する中、俺は制服にも着替えず坂道の前のベンチに座っている。なんとなくここに来たくなっただけだ。

そのまま目を瞑って風を感じていると、誰かの足音が聴こえてきた。それはだんだん近づいてきて、もうすぐそこのところで止まった。

「制服も着ずになんでこんなところに座ってるんですか」

誰なのかはすぐにわかった。なんとなく、また会う気がしていたからだ。

「別に、なんとなくだよ」

付け足して、ほら早く行け。と言う場面だけど、なんだかそんな気分じゃなかった。

「私、遅刻しちゃいますね。どうせだから少しゆっくりして行きます」

そう言いながら、彼女は隣に腰掛ける。

「私、さやかっていいます。爽やかの爽でさやかです」

珍しいと思った。まあ俺も他人ひとのことなんて言えないけど。

「俺はブロンズ・シルバー・金子かねこだ」

そう言って、ドヤ顔で爽の方を見る。爽は何も無かったような表情でただ前を見ていた

「ブロンズ・シルバー・金子だ」

もう一度ドヤ顔で言ってみたけど、なんだか虚しくなったので諦める。

「桜田俊だ」

「よろしくお願いします。俊さん」

ようやく本名を名乗ったと思ったのか、彼女はわざとらしく挨拶をした。よし。

「残念、嘘だ」

こちらもわざとらしく、今世紀一のドヤ顔で真実を告げた。爽は顔を赤らめ、悔しそうな表情をしている。俺は心の中でガッツポーズをした。非常に痛快だ。

「俺の名前は小春こはるだ」

爽はそっぽを向いた。

「本当だって、ほら」

俺は携帯電話のユーザーネームを見せる。

「あ、よろしくお願いします、小春さん」

爽は仕方なさそうに挨拶をする。

まだ不機嫌みたいだけど、やっと信じてくれたみたいだ。

「じゃあ俺はもう行くよ」

俺は腰掛けていたベンチから立ち上がる。

「待ってください」

「なんだよ」

「あの猫、小春さんに似てませんか?」

爽は桜の木の下の方を指差した。そこにいた猫は花を撫でていた。俺は不思議な気分になる。その猫は愛される猫ではなく、愛する猫だった。

「そうかもな」

俺はそう呟いて、そのままその場を去った。

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