第四夜 雨/ウニ

 濃緑色の広葉、ツタの絡んだ樹の枝。南国ならではの複雑な形の花弁やまだ青い果実、頼りの樹皮ごと吹き飛んだ、毛糸状の着生植物。樹上生クモヒトデたちの千切れた腕。それら全てが雨と風に混ざり、立ち尽くすトウに降り注いできます。紺色と白の棘皮鎧キョクヒヨロイの表面、骨片を腱と結合組織で綴り合わせたオドシの溝を絶え間なく雨水が滴り落ちます。生牡蠣ナマガキ色の髪は濡れて頬に貼りついています。目を開けていられないほどの強さの雨ですが、湯は目を見開いています。骨の串を並べたカチューシャ、武装ホワイト・ブリムが額に非物質障壁を形成し、雨滴を遮っているのです。棘皮鎧のスカートから打ち出した管足カンソクで体を固定し、前方を凝視しています。前後に伸びたドーム型の棘皮動物が、横倒しの姿勢で土と草のスープを断続的に飛び散らせます。生き物のものとは思えない、機械の駆動音に似た唸り声。棘皮鎧の蓄光灯に照らし出される、煌めく緑の構造色。お屋敷近くの林縁で窪みに嵌り、もがいているのはウニの一種の陸生ブンブク類、キョジンノドウカです。上から見ると長い丸い形で、青緑色をしているためにその名があります。錆びた銅貨のように曇った色合いなのは若い個体だけで、成長するに従い体は金属光沢を帯びるようになります。全長は二・四メートルほどで、棘が変化した鱗と藪々しい棘に覆われています。左半身は泥に埋まっていますが、体型や棘の配列が左右相称なのが見てとれます。ブンブク類は左右相称の体を持つ、棘を用いた移動に長けるウニです。棘を根元から動かすことで、効率よく砂を掘ったり体を前進させることが出来ます。凝澪島コゴリミオトウでは海生種同様に地面に潜る種と、歩行棘が発達した徘徊型の種が見られます。ブンブク以外の陸生ウニにも見られる適応ですが、棘は鱗状になっています。乾燥に耐えたり、二次的に外骨格化させて自重を支えるためだと言われています。キョジンノドウカは徘徊型の中でも大きな種です。体の前端は身を屈めた肉食獣を思わせる、平たいくさび型をしています。障害物の多い環境で走るための適応で、食性そのものは草食寄りの雑食です。背中の棘が灯りに照らされ、濁流に長い影を落としているのが見えます。

「シグさん、迷いガゼでしょうか?」

 湯はこの棘皮がなぜここ、凝澪島北西部にいるのか分かりませんでした。キョジンノドウカは島の中央部、ウミユリ森林に分布しています。人類の侵入を許さない深い森で暮らしている、神経質な動物だと湯は図鑑で読んだことがありました。島の陸生棘皮の多くが写真で説明されているその図鑑にも、絵しか載っていなかった珍しい動物です。

「嵐で流されてきたのかしら。大物ねぇ」

 左胸から棘皮鎧のシグさんの声。嵐の後は海辺にも森の周りにも、ふだん見られないものが転がっています。海辺なら外国の文字が書かれた瓶、貝殻、クラゲ、海藻、流木、潜水艦や浮遊機雷の破片。森の外なら樹上生のクモヒトデやヒトデ、蜂の巣、鳥の羽、遺跡の石組みの一部、銃火器の部品。湯はシグさんやオーメさんとともにそれらを拾いに出かけることもあります。珍しいものを拾って売ることを副職にする人もいるほど、嵐の後の地面は賑やかです。

「はい、こんなに大きいなんて」

 湯は複雑な刻印のある鱗と、微細な凹凸のある湾曲した棘を見つめます。

「それに、とても綺麗です」

 湯が感嘆の溜息を吐きます。キョジンノドウカが甲高い音とともに泥水を噴き、縁が刃になっている鱗を体の前から後ろへ、波立たせるように震わせました。よく観察して書き記し、ご主人様にも報告しよう、湯は蓄光灯の光量を上げます。


 一時間前のことです。嵐が吹き荒れても、地下のお屋敷はいつも通り静かでした。

 オーメさんはお屋敷の中で湯を探していました。台所や寝室にいないので書庫にゆこうとすると、廊下の彼方から音楽が聴こえてきます。オーメさんの星形の体が逆さに映る床を、変化のついた細かな振動が走り抜けます。空調や水循環を担う棘皮機械が出す音ではありません。オーメさんは角を曲がり分かれ道を通って、音楽が鳴る方へ管足を進めました。音が扉のすぐ内側から聴こえる場所、そこは物置でした。右前腕を持ち上げてノックします。砂利をまぶした硬質ゴムで叩くようなノックの音。演奏が止みました。

「どうぞ」

 中から湯の声がしたので、オーメさんは扉の下にあるイエガゼ専用の小さな扉から入室します。木箱や布の袋が雑多に積んである、少々埃っぽい部屋です。その壁の近くに干したエイのような楽器を持った湯が立っています。オーメさんは湯の近くの木箱に登り、管足を四本伸ばしました。湯の楽器が気になるようで、管足を手元に向けしげしげと動かしています。オーメさんがあまり物珍しそうな態度をとるので、湯はくすくすと笑いました。

「オーメさん、これは骨堤琴コツテイキンですよ。危なくないですよ」

 湯は骨堤琴を左肩に乗せ、音を鳴らしました。骨堤琴は扁平で尖った陸生ウニ、オカカシパン類の殻骨を加工して作られた、擦弦楽器です。広い体腔と複雑な凹凸は音を反響させるのに適しており、無数の点刻と細かい棘のある外見とは裏腹に繊細な音色を奏でます。オカカシパン類は商業取引が国際的に制限されているため、骨堤琴は他の土地では滅多に手に入りません。

「そっか。これを弾くの、久しぶりですものね」

 オーメさんの態度は骨堤琴を警戒しているのではなく、その音色を聴くのが二年ぶりだから驚いているのだと、湯は考えを訂正しました。湯の言葉を肯定するように、オーメさんは腕を腹側に畳み木箱に座りました。次の曲を待っているのだと推測した湯は、目を細め集中し、骨堤琴を弾き始めます。手の動きに合わせ、岩や砂、水に染み通る音が流れ始めました。

 演奏が終わり、オーメさんが皮膚の骨片を満足気に動かしたのを見て、湯は骨堤琴をケースにしまいました。オーメさんが木箱から降りて足元を通り、また木箱を登って、湯の胸の前にある開かれた木箱を触っています。中にあるのは、湯が海鼠水工カイソスイコウにいた頃の私物。怪我で休職したときに寮からお屋敷に送ったものです。

「少し怖かったんですけど、開いてみたんです」

 説明を求められたような、或いは黙ってはいられないような気持ちで、湯はためらいつつ口を開きました。物置には骨堤琴の手入れに度々訪れていましたが、私物の木箱は運び込んでから一度も触れていませんでした。

「まるで二年前を境い目に、時間が止まっているようです」

 湯が一歩木箱に近寄ると、オーメさんは両前腕を縁にかけて立ち上がり、中を管足で触り始めました。苦笑し、そんなに面白いものはないですよと言おうとしたときでした。オーメさんの管足が円い突起のある紙板を取り出し、湯に見せました。皮膚には疑問の表情が映っています。これは何か、と問いかけているようです。湯は手元に口を当てました。

「ジグソーパズルのピースです。『れいにー☆ろんろん』の」

 湯は困惑し、眉を寄せました。荷物をまとめるときに紛れ込んだのかもしれませんが、そのときのことはよく思い出せません。

 れいにー☆ろんろんは、サブカルチャー産業の盛んな、巣織という国で作られたアニメ作品です。雨を降らす龍の神話を題材にし、一人暮らしの男子学生の家に雨龍の化身である美少女が同居するという内容でした。四年ほど前に巣織で流行した作品で、海外にも多くのファンが存在します。湯は鑑賞したことはありますがジグソーパズルを購入した記憶はありません。しかし、思い当たることがありました。

 これは煎塚イリヅカ先輩のものかもしれない、口には出さず海鼠水工の同僚、つまり一人の戦友のことを思い出します。立場上は戦友ですが、湯と煎塚先輩は所謂背中を預けて戦ったという仲ではありません。海鼠水工警備部に編入するにあたり、湯のご主人様が指名した子守役の人物です。湯より六歳年上で、彼女にアニメや漫画のことを教えてくれました。

「大変です。返さないと」

 オーメさんから受け取ったピースを、湯は複雑な表情で見つめました。二年の間、思い出すことのなかった記憶が、ピースの輪郭から外へ拡がってゆくような思いに駆られます。藪で捕まえた無毒の蛇を持って煎塚先輩を追いかけ回したこと。黒と赤のゲル状インクを使って煎塚先輩の部屋でライブ・ペインティングを行ったこと。そのインクがまだ乾かないうちに、ご主人様の前で纏う予定の勝負下着をつけ、評価を求め部屋に突入したこと。いずれも煎塚先輩の悲鳴に彩られた、大事な思い出です。当時のことを思い出して昔は無邪気だったと笑いそうになりましたが、すぐに目を伏せ口を固く結びました。昔のことを一切思い出さないようにしていた自分自身が、まるで過去の自分を埋葬しているかのようで不気味に思えたのです。湯はピースを握りました。煎塚先輩に会って、挨拶せずに去ってしまったことを詫びようと誓いました。

 爪先を何か尖ったものがつつきました。下を向くとオーメさんが管足に何か持っています。ピースを木箱に戻してしゃがみ、それを受け取りました。暗い青緑の光を放つ、掌ほどの長さの棘です。ウニの棘のようですが、こんな色の棘を持つウニは限られます。

「オーメさん、これは何処で?」

 湯に訊かれ、オーメさんは三本の管足で上を指しました。オーメさんが自分を探していたのは、これを見せるためだったのだと分かりました。

 棘皮鎧の仕組みは板金鎧とは少し異なるものです。水管や神経を含む骨と皮のシートが、一次構造です。このシートで装着者の全身を包んだ状態が棘皮鎧の基本型となり、骨が組み合わされた装甲をこの上に着重ねます。湯の着るシグさん、つまり第七世代型は、爪先から膝上までが推進器と補助筋肉、それらのカバーで覆われ、堅固な骨のブーツとなっています。お屋敷中央シャフトのワイヤーを伝い降り、湯はシグさんの部屋にやってきました。オーメさんが拾った棘の持ち主を確認するため地表に出る、そのことは廊下でシグさんに送話済みです。服を脱ぎ、厳重に施錠された衣類収納室の扉に手をかけます。四重の鍵と生体認証が開き、内部のシグさん側からも解錠が行われます。渾水コンスイの霞が漂い、壁面にお屋敷内外の映像が映る収納室の中で、既に骨ブーツが揃えられています。シグさんと二言三言言葉を交わし、湯が骨ブーツに足を入れます。中で骨同士が噛み合う音が鳴り、骨と皮のシートが、波打ちながら自律的に脚を這い上がります。内側にも管足があり、吸盤で装着者に貼りつけるのです。そのままでも自動で着用が完了しますが、湯は手を貸して持ち上げ、袖を通しました。首輪にも見える装甲襟と、枝状の可動肢で構成された腰のロングスカート型装甲がロックされます。棘皮鎧の内側と肌の隙間に、衝撃緩和と抗菌作用を持つ粘液が充填されます。指先まで粘液に包まれると、棘と皮が新たな皮膚となった感覚に包み込まれます。

「シグさん、調子はいかがです?」

 湯は目を閉じて数回深呼吸。薄い潮のにおいと、それに混じり微かな石鹸のにおい。瞼を開き、両手を胸の前まで上げます。乳白色の掌を閉じて開きました。棘皮鎧に包まれた五本の指の内側に、縫い閉ざしたような溝があります。腕と掌に力を込めると溝が開き、透き通った黄色の管足が十列押し出されてきました。

「問題ないわ。今夜もビンビンよぉ」

 シグさんの調子もよさそうなので、湯はお屋敷の真上に開く第二玄関へ向かいます。

「ねぇ、湯ぉ」

「なんでしょう?」

 湯はシグさんの部屋から出て扉を閉めました。桃色と紅色のチェック模様のハート型名札が扉にかけられ、シグルドリーヴァと丸文字で書かれています。

「嵐の晩に様子を見に出ることの危険さは、分かっているわね?」

「もちろんです。ただ」

 湯は一旦言葉を切り、もう一度扉の名札を見ます。三日前にきたときは橙色と黄色のストライプ模様でした。

「すごい珍種のブンブクが屋根の上にいるんです。じっとしているなんて無理ですよ」

 困った様子で眉根を寄せ、でも口元には笑みを浮かべて湯が答えます。少し間が空いて、シグさんが笑い出しました。

「そういうところ、ご主人様にそっくりねぇ。いいわ、いきましょう」

 湯は歩き出します。カメラを持ってゆこうとしましたが、シグさんに止められたので諦めました。中央シャフト前でオーメさんが待っていたので、湯は帰ってきたときの着替えを用意してもらうことにしました。棘をペン代わりにし、骨パテの板切れに何か書きつける素振りをするオーメさんが、廊下を静かに歩いてゆきます。


「起こすのは無理でしょうか?」

 金属彫刻を思わせる姿を目に焼きつけながら、湯がシグさんに尋ねます。

「難しいわねぇ。助けてあげたいのは分かるけど、触っただけで大怪我しそうだわぁ」

 シグさんは困りつつも答えます。

「いえ、助けたいのではなく、全身を見たかったのですけれど。腹側に行ってみましょう」

 スカートの中から管足を伸ばし体を固定し、ヒトデそっくりの移動方法でキョジンノドウカに接近します。湯の後ろから流れてきた泥水が足元で渦を巻きます。キョジンノドウカの嵌り込んだ窪みは、水流で刻々と形を変えてゆきます。回り込んでゆくと平たい頭部の先に腹が見え、湯は息を呑みます。背側に比べると黄色味が強く明るい色です。巨体を支え歩む太い棘が、平たい腹一面に生え揃っています。数十本ずつが固まって並び、めいめいが別の向きに反復運動し空気と水を掻いています。

「まるで、棘じゃなくて歯みたいですね。場所によって形が違いますし」

 湯が背を丸め、蠢めく棘を覗き込みます。頭の近くには口があるはずですが、開口部は見えません。板になった棘が重なり合い、蓋をしているようです。

「そうねぇ、横に並んだ臼歯みたいので前進するのかしら」

 シグさんがやや低い声で答えました。丸みのあるものや円錐形に尖ったもの、角張ったものや波型の溝が刻まれたもの、一匹の動物が持つ棘とは思えない、多様な形で溢れています。何種類もの動物の歯の標本を金属皮膜で包み、規則的に並べて作ったモザイク画を思わせる光景です。

「歯車で一杯の機械にも見えます。色も金属のようです」

 腹側の棘は形だけでなく、部位によって動く向きも速さも違います。腹の縁では先端の平たい棘が数列ずつ、交互に出たり引っ込んだりを繰り返しています。激しく水を掻く短い棘や、数回動いては静止する長い棘もあります。

「えぇ、空回りしているわ」

 湯は泥水がかかるのも気にせず、観察を続けました。右掌に文字を書き込んでシグさんに記憶してもらいます。

「ふう、シグさんのおかげでとても興味深いものを見られました。ありがとうございます」

 立ち上がり、伸びをします。

「いいのよぉ」

 もともと雑音の混ざっているシグさんの声に、いつもより雑音が増しているように湯には聞こえました。

「シグさん?具合が悪いのですか?冷えてしまいましたか?」

 つい観察に夢中だったことを反省し、左胸の発声器に声をかけます。

「ううん、体は平気よぉ」

 シグさんの声はいつもの調子に戻りました。

「ただ、細かいものがゾワゾワ動いていると、ちょっとねぇ」

 シグさんは以前、巨大な巻貝の渦巻き状の肉も苦手だと言っていました。生理的に苦手なものがあるようです。

「まあ、気づかずに申し訳ありませんでした。もう帰りましょう」

 管足を動かし、湯はその場から離れようとしました。しかし、足元に妙な手応えを感じます。

「湯ぉ、泥が抉れてる!動こうとしているわ」

 声と同時に、首や手首に、シグさんからの警告を表す振動。湯が長時間同じ場所に立っていたために水流で土が抉れ、キョジンノドウカが嵌っている窪みが変形したのです。水の音と飛沫の立ち方が変わりました。歩行棘が足がかりを得たようです。巨体が湯の方へ傾ぎます。湯は思わず体を竦めました。あらかじめ離れて観察していたので下敷きになる恐れはありません。ですが、闇に紛れていた背側の長い棘がありました。正常な姿勢へ復帰する勢いで釣竿のようにしなり、湯の頭を打ちます。

「んぎっ!」

 頭の武装ホワイト・ブリムに棘が命中します。湯の短い悲鳴、頭に衝撃。咄嗟に利き腕を守ろうと腰を捻り右肩を前に出します。続いて硬い何かが頭上で破断する快音。キョジンノドウカは自らが嵌っていた窪みの泥水を押し出し、姿勢を回復。湯の腰の高さまで水面が持ち上がりました。地面と棘が噛み合い走行可能な状態に戻ったキョジンノドウカは、猛烈な水飛沫を上げて窪みから這い出します。湯のことはまるで意識しない様子で、鱗を震わせこびりついた泥を弾き飛ばします。棘が打ち鳴らす音の音階が変わり、濁った水に複雑な波紋を拡げて旋回。湯は絶え間なく飛んでくる飛沫から右腕で顔を守ろうとしますが、口に泥の味が広がります。キョジンノドウカは徐々に増速し前進。軽く身震いをすると、鱗と棘の向きが揃いました。構造色の残影を引き、曲がりくねった軌跡を描いて森の奥へと消えてゆきます。波が収まり、湯は体勢を立て直しました。

「行っちゃったわねぇ。湯ぉ、水を飲んだりしてない?」

 湯は口に飛び込んできた小石を掌に吐き出してから、後ろへ放りました。

「一口、飲んでしまいました。シグさんを着ていなかったら、お腹一杯飲んでいましたね」

 顔を拭います。丸砂利を敷き詰めたような、手を包む棘皮鎧の質感。冷たいけれど、どこか温もりが感じられました。首と襟の隙間に入った土くれが気になりましたが、取ろうとするのを止めて湯は抉れた泥の先へ視線を向けます。

「雨」

 湯がぽつりと呟きました。

「雨の龍。ろんろんみたい」

 連なった棘が刻んだ軌跡は、のたくる龍のようにも見えます。湯はキョジンノドウカが走り去った方向を見つめ続けていました。東。海鼠水工のある方角です。

「湯ぉ、ちょっと、頭に何かついてるわぁ」

 シグさんの声で我に帰り、頭を触ります。細長いものが武装ホワイト・ブリムに絡まっています。両手で外すと、それはキョジンノドウカの長い棘でした。中ほどで折れていますが、地面に刺しても湯の顎に届く長さです。

「まぁ〜、棘だけでも綺麗ねぇ」

 光り物に興味がなくもないシグさんが、冷たい光を放つ棘に反応します。

「私のホワイト・ブリムでへし折っちゃったんですね。体ごと捻りましたから。ふふっ」

 思いもよらないお宝に、つい笑みがこぼれます。これは煎塚先輩へのお土産にしよう、でも渡すまではシグさんに預けておこう、湯は棘を矯めつ眇めつ眺めます。腰の右横、スカートの基部を掴んで隙間を作り、差し込んで固定しました。骨提琴で弾いた曲を鼻歌で歌い、泥水の流れを渡ります。潜望鏡のように地面から突き出した第二玄関に、明かりが灯りました。泥と水を払い落としてドアノブを捻ります。眩しさに目を細め中に入ると、オーメさんが敷物に座っています。隣には着替えと、柔らかい、乾いたタオルが用意してあります。



おわり

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