中谷秀樹と郡山春奈の平々凡々な従兄妹関係

どくどく

中谷秀樹の日常

 朝、俺を起こす声がする。

「ねえ。起きて……お兄ちゃん起きて」

 ゆさゆさと俺を揺するのは、妹の千春の声。意地悪な俺はもう少し妹に構ってほしいため、起きていないフリをする。

「もう。早く起きないと遅刻しちゃうよ……きゃあ!」

 激しく揺さぶる千春を抱き寄せて、布団の中に引きずり込む。抱き寄せた千春の顔が赤い。そのまま顔を撫でてやれば、怯えるように震えながら目を閉じた。これから何をされるのかわかっているのだろう。だが千春はその全てを受け入れてくれ――


「いや、ねーから」

 俺を現実に戻すのは従兄妹の春奈だった。

「はっ! ベットは!? 千春は!? R18な展開は!?」

「ただの妄想だから。あんたに妹なんていないし。登校中に妄想に浸るのはやめれ」

「……くぅ、夢のない! 健全な高校生男子の夢をあっさり砕きおって!」


 そんないつもと変わり映えしない通学。だが今日は違った。

「遅刻しちゃうよー……きゃん!」

「うわっ! あいたたた。大丈夫かい?」

 角を曲がった瞬間に誰かとぶつかった。どこか知らない学校に制服を着た少女だ。見れば結構可愛い。口にパンを咥えて尻餅をついている。そして俺は倒れた彼女に手を伸ばす。その視線の先には純白の――

「ひゃあああ! 見,見ましたね!」

「見、見てないデスヨ!」

 だが彼女は俺の言葉を聞かずに頬にビンタをかました。派手な音が響く。

 そんな最悪の出会いだったが、もう会うことはないだろう。犬に噛まれたと思ってあきらめていたが、奇妙な時期にやってきた転校生の顔を見た時に俺は驚きの声をあげてしまう。

 そう、俺と絵美里の恋愛はこうして始まっ――


「始まらないから」

 春奈の声が現実に戻す。ならば。


 彼女は地上1万2千メートルの場所から降ってきた。

 西欧にある小国レベストキシアの王女様カチュア。待機の精霊と会話ができる王女様は、その気になれば空を自在に飛ぶことができるという。

 その力を悪用するフォーデリア王国の追撃をかわしきれずに、俺の元に落下する。驚く俺をよそにフォーデリア王国の追撃隊がやってくる。

「……逃げてください、ヒデキ。あなたには関係のない話です」

「関係ない? はっ、女を無理やり攫おうとするやつを許しておけるか!」

『なんだこの力……まさか、この男も風の力を!?』

 カチュアの愛を受けて風の精霊を操る力に目覚めた俺は、カチュアの為に天空の覇権をかけた戦いに身を投じるのであった。


「ないから」

 じゃあこれならどうだ!?


「貴方、中谷秀樹さんですね」

「キミは……誰だ?」

「私は中谷静香。貴方のお父さんの娘……つまりあなたの姉です!」

「そんな、格闘家として家を捨てたはずの父さんに娘が! 父さんは今どこに!?」

「それを知りたければ、私に勝ってからに――」

 その日から、俺の世界をめぐる戦いの旅が始まった。これが後に世界を揺るがす大事件につながろうとは、この時の俺には予想すらできなかった。

 それはそれとして静香姉さんは意外とドジッコで可愛い。


「話が突然すぎるから。大体叔父さん普通のサラリーマンじゃない」

「ああもう! 夢がないな、お前は!」

 そんなことを言いながら学校にたどり着くのであった。そんな日常。


 学校に憑いた途端、後輩の瑞樹早苗に抱き着かれた。

「せんぱーい! 今日もにおいです……」

「おいおいやめろよ。皆が見てるじゃないか」

「え、きゃあ! すみません、私ったらつい……」

「はっはっは。早苗は可愛いなぁ」

「あ。頭を撫でられると……その……ふみゅう」


「ちょっと何やってるのよ!」

「む、君は風紀委員の里山恵。ええと、これにはいろいろとわけが」

「風紀を乱す行動は許しません! 早く離れなさい!」

「そんなことを言う里山さんだって、この前俺に抱き着いてきたじゃないか」

「あ、あ、あ、あれは雷が鳴っていたから……その、抱きしめてくれてすごく安心したけど……ともかく禁止です!」


「もう、皆落ち着きなさいよ」

「生徒会長の田代真由美さん。ごめんなさい。俺のせいで……」

「あら。そう思うのなら私の仕事を手伝ってちょうだい。今度はあんなことしちゃ、だめよ。皆に誤解されちゃうから」

「え……あの……はい。でもあの時の生徒会長は嫌がってなかったというか」

「ふふ。そうだったかしら?」


「まとめて言うわ、ないから」

 ああもう、この従兄妹はいつも俺を辛い現実に戻すんだから!


「駄目よ中谷君。こんなことが分からないんじゃ、先生困っちゃうわ」

「はい、すみません大塚先生」

「あら、二人きりの時は冴子って呼んでっていったじゃない」

「あ……はい。冴子……先生」

「いいわ。先生が教えてあげる。男と女の授業を……」


「私……手術を受けたくない」

「そんなこと言うのはやめろよ、真理! 希望はきっとあるんだ!」

「手術の可能性は三割……目が覚めたら秀樹君に会えないんじゃないかって……ずっと思ってたの」

「勇気を出すんだ。……俺も、勇気を出して君に――」

「秀樹君……んっ……」

 そのまま二つの唇は重なって――


「まさか魔法少女カルナの正体が景子ちゃんだったなんて……」

「そんな……秘密がばれちゃった……。掟に従って、魔法の国に帰らなくちゃ」

「待ってくれ! キミと別れるだなんて耐えられない!」

「だってほかに方法はないの。唯一の抜け道は、貴方をマスコットにすることだけ。だけそれは……」

「いいよ。俺は君のマスコットになる。そして君のそばに居るよ」


「追い詰めたぞ、怪盗ヒデキ!」

「ふ。素晴らしい推理でしたよ名探偵モモコ。……どうして私を捕まえないのですか?」

「……できない。私は……私は怪盗ヒデキに心を盗まれてしまった!」

「なんと……世界に散らばる虹色宝石レインボウ・ジュエルよりもはるかに価値のあるものを盗んでしまったのか。此れでは私もこれ以上の物を盗むわけにはいかない」

「ヒデキ……」

「私の胸には、君以上の宝は必要ない……」


「世界を守るために佳奈美が犠牲にならないといけないなんて!」

「仕方ないんだ……。これ以外に、世界を守る方法はない」

「やめろ! きっとある。方法はきっとあるんだ……それまで待ってくれ!」

「キミは若い……。だが、その若さに賭けてみたくなってきた」

「おっさん……」

「娘を……佳奈美を頼む。秀樹君」


「そろそろ戻って来い」

「ええい、どうしていつもいい所で邪魔をするかな!?」

「邪魔も何もいないから。そんな女居ないから」

「そんな現実は聞きたくない!」

「あー、もう。毎回毎回言ってるけど、」

 飽き飽きした顔で春奈は言う。もう何度言ったかわからないセリフだ。


「朝起こしてくれる妹も、ぶつかってくる転校生も、空から降ってくる女の子も、腹違いの格闘姉も、犬のような後輩も、クーデレな風紀委員も、お姉さん風な生徒会長も、アダルトな先生も、病弱な少女も、魔法少女も、少女探偵も、最終兵器な彼女も、箱に入った人形も、異世界から来た女騎士も、有名アイドルも、悪魔的な双子小学生も、祖父が契約していた悪魔娘も、遠い異国のメイドも、妖怪と人間のハーフ娘も、機械仕掛けの女の子も、大学の先輩も、ゼミの女教授も、会社の女上司も、取引先の可哀そうな女営業も、行きつけ先の酒屋の親娘も、町をさ迷う家出娘も、喫茶店のお客さんも、雀荘に働く一人娘も、旅行先の女将も、たまたまであった同級生も、偶然出会った幼馴染も、臨終に迎えに来た女死神も、そんな女はいないから」

「え? そこまでは俺は言ってないけど……」

「貴方は普通に学校を出て、普通に就職して、四〇歳ぐらいで会社を辞めて喫茶店を始めて、でもうまくいかずに私にお金借りながらなんとか経営して、誰とも結婚できずに昇天するような人生なのよ」

「いや、そこまで言われる筋合いは……」

「日々妄想に耽って、宿題を忘れる人がなにをいうか」

「……はい、すみません。春奈様にはいつも感謝してもしきれません。いつもお世話になってます。なので宿題写させてください」

「よろしい」

 春奈は言って会話を打ち切った。秀樹もこれ以上怒らせてはいけないと、妄想を止めて春奈のノートを書き写す。


 中谷秀樹、この世に生を受けてまだ十七年の若人。

 そんなどこにでもいる少年の日常。

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