第1話 ザジオンという男



広い広い空間だった。


広すぎて、深すぎて、絶えず不安を抱く。

広がる世界には音がある気がしたが無音である。


無音なので、不安なので、誰もが音をつけたい気分なのだ。


何もない宙空が広がる暗い深い闇の中、二つの像が漂流していた。


否、一つは漂流していたが一つはそこに只あるだけであった。



只あるだけの像が音を始めた。

『クロノスの木馬とはぬかったわ・・・これであの娘は私の理から外れた。今後手を出せぬ』

「・・・・そうかよ」


『だが貴様はそうはいかぬ。ココは狭界モンテマロ、魂の理が存在できぬ宙竜の胃袋だ。肉体は不滅なれど貴様の魂は一刻も保たずに散り逝くだろう』

「・・・・・・・」


『散り逝く者よ。なるほど貴様は騎士ではなく学者であったか。貴様の宿星は魔典ガンボーマに刻もう。我が主も久しく楽しむだろう。愚王に忠義を尽くした結果輪廻から外れ虚しく散った愚か者の話だ』


「・・ココに来て饒舌に語るものだ。貴様のそんな顔が見れて俺は満足だ・・・・」


『・・・・』

『・・・・』

『・・・・さらばだ愚か者』



狭界モンテマロの宙空から怪物は去り、やがてザジオンの屍だけが残されたのだった。






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とある山の中、黒焦げの四角い木馬に抱えられ少女は目を開けた。


「っ・・・」

仕方の無い事だった。

世界の表面は今日も等しく恒星の光にさらされるのだ。


本当はずっと前から目を開けることが出来たが暗さが名残惜しく、上瞼は下瞼が恋しいのか中々離れようとしない。そんな二人を引き離す横暴を自分はしなければならないのかとバカなことを考える。


朝だから起きる。あたりまえの事だ。少女クロケットはいつもの様にあたりまえに起きるしかなかった。


寝起きのクロケットは木馬の角で両足を抱え込み物思いに耽る。この木馬がなんなのか何も知らないが絶望を垣間見たあの時クロケットを助けるため父が遣わした何かなのだ。

考えたくないが考えなければいけない事ができ苦痛に苛まれる。


・・・・父は多分死んだのだ。


不死身とはどういうことか怪物が言っていた。『死も不死も人の理と知れ』と。

そしてあの世界だ。あの暗く深い恐ろしい空間・・・あそこではダメだ。理が違う。


感覚で構造を理解し、いらぬ情報を知ってしまった。

クロケットは頭が悪い娘ではない。否応にも正解がわかってしまう。

奇跡とは希望という要因がないと生まれることはない。



でも、それでも唐突な父の死を受け入れることは出来なかった。

「覚悟完了してますからダイジョブです」みたいな都合のいい切り替えもできず、苦しいし悔しいし悲しいし苦痛だ。

この胸糞悪い嫌な気持ちが無くなるまでいったいいつまでかかるのかわからない。


こんなものいつもやっていた修行にはない苦行だった。


現実逃避というか逃避できないので他のことを無理くり考えて気を紛らわせるしかなかった。





・・・・まず考えるのは父の名前のことだ。

父の名はゼベットだと周りの者が言っていた。

乞食のゼベット、ものこいゼベット。

しかしいつからか父は自分の本当の名はザジオンだと名乗った。

【シャム王ザジオン】それが本当の名であると。


ザジオンの伝説は子供も知ってる有名な話だ。

シャム王国は滅んだが不死身の大王ザジオンは生き延びて仙人や隠者の類になり、乞食のふりをして世を欺きココぞという言う時に民を助ける・・・・そんな話だ。



世の乞食の殆どが行う恒例のような習わしで「自分はザジオン縁のものだ」とか「自分はザジオンの子孫だ」とか言う中で「俺がザジオンだ」と言ったのは父だけである。ザジオンはそもそも800年前滅んだシャム王国の王であるのにソレが俺だと。



あたりまえの話で、周りは変わった感性を披露する事もなくあたりまえの反応しかできない。悲しいかな至極あたりまえな事なのだ。

周りの者に指を指し笑われる中で「俺は不老不死だから800年生きることが出来た」と堂々と言ってのけた。


父はクロケットに語った。

「一番わかり易い嘘が真実なのだクロケット。浮浪人の俺の話なぞ誰も信用しないが、これはコレでより世を欺く事ができる。俺は嘘をつかない王様だったのだ。これからはゼペットなどと偽名を使い嘘つきになる事も無くなる」と。


コレは娘であるクロケットしか知らないことだったが、父は間違いなく不死身であったし優れた武人であった。ザジオン伝説の筋書き通り、その力を巧妙に隠し乞食の身なりで世を欺き本当に巨悪を討ち民を助けていたのだ。


誰も知らない自分だけが知る事実があるからクロケットは父を本物のザジオン大王だと盲信していた。



・・・・だが思い出す。

怪物が言っていたのだ【ヒデカズ】と。

ソレが本当の父の名であるらしい。


ヒデカズとは・・・・父は結局何者だったのか。・・・・・わからない。


わかっていることは父は嘘を言っていたということ。

そして浮かぶのはあの怪物に言っていた事。

「語り続ければ誰もが忘れることはない。忘れなければ亡くならないのを俺は知っている!」


父の行動も言葉も真に理解するには情報が足らなかった。




しばらく考えていると妄想の父が現れて放屁を垂れ鼻をほじる。


幾分か気が紛れたクロケットはヨタリともシャンともしない体で立ち上がり、地面に顔を埋め誰かの墓標の様に在る木馬の亡骸から身を下すと世知辛くともこんな時でもしなければならない事をするためヤブの中で身を潜めるのであった。

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