第9話 レミル姉さんの楽しい訓練
森の中を悠然と歩く、霊機人の群れ。その中に霊王機が一機加わっており、真紅の霊機人を守るように付き添っている。
『カイトさま、イレギュラーが起きた場合は、わたしが対処しますから、安心してくださいね』
「それもなんだか情けない話だが、仕方ないな。今はお言葉に甘えるよ」
『うふふ、はい』
コックピットの中で、ため息を吐くカイト。守るべき存在であるはずの彼女は、自分よりも遙かに強い。それを超えるのは、容易ではないだろう。聞けば、霊王機の存在を差し引いても、ミリルはレミルに次ぐ程の、高い操縦技術を誇っているらしい。
霊王機の演者となった今では、紛れもなくアイフィオーレ最強とのことだ。生身の場合はレオンの方が数段強いらしいが。
『そこの夫婦~、イチャイチャしてないでさっさと来なさい。一番遅れてるわよ~』
『お、お姉さまっ! わたしとカイトさまは、夫婦じゃありませんよ! まだ』
「最後にボソッと付け足したな」
『まったく、あたしはまだ彼氏の一人すらできたことがないってのに、この子ときたら……』
「え、そうなんですか? 意外ですね。レミルさん、かわいいのに」
『カ、カイトさま!? まさか、お姉さまの方が好みなのですか!?』
『ほら、義弟クン。嫁が妬いてるわよ? そういうことは簡単に言っちゃダメよ。まあ、悪い気はしないけど』
和気藹々と通信をしながら歩く。周りの新兵たちは緊張しているのか、皇族相手に畏れ多いとでも思っているのか、全く割り込んでくる気配はない。ただ黙々と霊機人に乗って歩いているだけである。
『……ん、本番みたいね。みんな、右上にある円形の画面を見て。それが“レーダー”で、味方の位置や数、そして、敵の位置や数がわかるわ。青い点が味方、赤い点が敵ね』
「了解です」
『ちなみに、味方の判別はどうしているのかというと、霊機人が製造し終わってロールアウトした際に、特殊なマーキングがつけられるの。それが、レーダーに反応して青い点を表示させているのよ』
「ふむふむ」
レミルに教えられた通り、レーダーを見ると、自機の近くに群がる青い点と、少々離れた場所にある赤い点が確認できた。どうやら敵は単独で行動しているようだ。
『先頭の子たち、偵察をよろしく。ああ、勝手に戦闘を始めちゃダメよ? 向こうに気付かれた場合も、どうしてもっていう時以外はこっちに戻ってきなさい』
『はっ!! では、行ってまいります!』
『ん!』
無言を保っていた新兵の一人が声を発し、先頭にいた三機の霊機人が走っていった。レミルたち本隊は一旦停止し、身を隠す。
そして、ここでレミルお姉さんが呟いた。
『んー、微妙ね。わかるでしょ、ミリル』
『はい。先ほどの新兵の行動は、よろしくありませんね』
『はい、義弟クン! 何が“よろしくなかった”のか、わかるかしら』
「相手がこちらに気付いていてもいなくても、偵察しに行くのにあんなに音を立ててはダメです。自分の位置を大声で叫んでいるも同然ですから」
『正解よ。霊機人の巨体でも、慎重に歩けば音を殺す事ぐらいはできるわ。それをしなかったあの子たちは、減点ね』
突然問題を振られたカイトだったが、特に考えることもなくスラスラと答えた。彼自身、先ほどの新兵たちの行動に首を傾げていたのだ。
そうとは知らず、やはり走って偵察から帰ってくる、銅色の霊機人。更に減点である。
『レミル様! 大型の魔物が彷徨いていました。餌を探し求めているようで──』
『はい、減点』
『えっ?』
『大型の魔物、なんていうアバウトな言葉じゃなく、種族名を言うとか、わからないならせめて姿形の特徴を言うとか、それぐらいしなさい。わかった?』
『は、はいっ! 失礼しましたッ!!』
まだ優しい雰囲気を残してはいるが、少々声色が変わっていた。聞いているだけでプレッシャーを感じさせる程だ。
『で、どんな魔物だったの?』
『え、ええと、それは……霊機人の全高と同じぐらい太く、とてつもなく長い胴体と、九つに分かれた首があって、黒い魔物、でした……』
『この森でそれに当てはまるとなると、アシッドヒュドラでしょうか』
『でしょうね。冴えてるわよ、ミリル』
「アシッドと言うことは、強酸性の息でも吐くんですか?」
『ん、義弟クンも冴えてるわね。その通りよ。で、霊機人とは相性が悪すぎるわ。撤退するわよ』
「了解です」
『あ、あれがアシッドヒュドラ……』
『バレてないでしょうね、新兵クン?』
『お、恐らくは』
『こういう事があるから、静かに動くことはとても大事なの。わかったわね』
『は、はい』
霊王機はわからないが、霊機人は大部分が金属製だ。強酸性の吐息などを食らえば、溶けて綺麗さっぱりなくなってしまう。新兵を大勢連れた状況で戦うには、分が悪い相手であった。
すぐさま撤退を決意し、実行に移すレミル。あくまで静かに、音を立てずに、だ。まぁ、ミリルのシヴァが単独で飛び出せば、充分に倒せる相手ではあるのだが。
しばらく歩くと、レーダーから赤い点が消えた。無事に逃げ切れたようだ。
『しっかし、アシッドヒュドラね……』
『そのうち、大討伐を実施する必要があるかもしれませんね、お姉さま』
『そうね。レオン兄様に相談しておくわ』
「大討伐、ですか?」
『ん。ま、簡単に言うと、この森の大掃除をしようっていう話よ。今は置いておきなさい』
「はい」
会話の内容からすると、どうやら厄介事が起きているようだ。それまでには、せめて霊機人ぐらいはまともに動かせるようになっていなければならないだろう。カイトは、そっと右手を握りしめた。
『進行方向を変えましょう。ヤツと出会したら面倒だわ』
『そうですね。お姉さま、先導を』
『ええ』
新兵を追い抜き、先頭に立つ銀色の霊機人。そして、向きをぐるりと変え、静かに歩き始めた。カイトたちも、それを追っていく。
『レーダーに反応あり。複数いるわね。それじゃ、ちょっと待っててちょうだい』
「はい」
大方、偵察に行くのだろう。先ほどのように新兵にやらせない辺り、かなり真剣になっていることが窺える。
間もなくして、彼女が戻ってきた。
『サイクロプスが四体。まぁ、手頃な相手よ。叩いておきましょ』
「ということは……」
『いよいよ本番ね。訓練とはいえ実戦なんだから、油断しないように。危なかったら、あたしとミリルが助けに入るけど、だからと言って手を抜いてはダメよ』
「ええ、わかっています」
いよいよ、実戦が始まる。しかし、相手は魔物だ、手加減をしてくれるはずもない。カイトは、少し緊張していた。
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