第8話 アイフィオーレ流戦闘術


 王城を離れ、敷地内を五分ほど歩いたところにある、第一教練場。そこで、カイトが汗を流していた。ハラハラしている様子のミリルに見守られながら。


「甘い、甘いぞ義弟よ! いいか、今は俺のことを、ミリルに襲いかからんとしている暴漢だと思え! 殺す気で来いッ!!」

「はいっ!」

「カイトさま、頑張って!」

「おう!」

「余所見をするな、バカが!」

「す、すいません!」


 実戦形式での手合わせ。その相手は、ミリルの兄である、レオン皇子だ。しかし、自衛隊で鍛え上げられたはずのカイトをもってしても、この武闘派皇子には、傷一つ付けることすら叶わない。


「うわっ!?」

「ふん、ひとまず休憩にしておいてやろう。しっかりと休め! 一時間後に再開だ!」

「あ、は、はい。ちょっと長すぎる気も……」

「なんだと!? では30分後に再開してやろう! いいか、ちゃんと休むのだぞ!」

「はい!」


 ものすごく厳しい人物に見えるが、実際は甘々であった。口は悪く、とんでもなく強い事は確かなのだが、できる限りカイトを負傷させないように気を使っている事がわかる。

 支給された剣を腰に差し、ミリルの元へと歩いていくカイト。時折レオンから差し出されるドリンクのおかげか、疲れはほとんどない。


「どう、ですか?」

「レオンさん、めちゃめちゃ強いな。てんで歯が立たないよ」

「お兄さまは、霊機人に乗るより、生身で戦った方が強いというデタラメな方ですからね」

「マジか……どこのファイターだよ……」

「あはは……」


 汗をミリルに拭いてもらいながら、握りしめた右手を見つめるカイト。小銃の扱いには慣れているが、支給されたロングソードを始めとする“直剣”に関しては、彼は未熟である。

 剣道を嗜んではいたが、竹刀を用いて独自の振り方をする剣道と、直剣を用いた“アイフィオーレ流戦闘術”とではワケが違うのだ。


「ニーナも、ああやって戦えるのかい?」

「もちろん。というか、成人した国民全員が、アイフィオーレ流戦闘術を身につけていますよ。義務教育ってヤツですね」

「大人全員て、すごいなそれ……」

「レオンお兄さま程ではありませんけどね」

「あはは」


 聞いたところによると、この国、というかこの世界では、15歳で成人とみなされるそうだ。つまり、そこらをほっつき歩いている若造でも、ある程度以上は戦える、と言うことになる。恐ろしい国家である。


「じゃ、悪いんだけどさ。ちょっと付き合ってくれないか? じっとしてるのは性に合わないんだ」

「あら、お兄さまに怒られますよ? 訓練が終わった後ならいくらでも構いませんが、今はしっかりと休んでいてください」

「そっか、そうするよ」

「はい」


 休みすぎていて怒られるならまだしも、自主練習をしていて怒られるというのは、なかなかに不条理だ。内心、カイトはため息を吐いた。


(後でレオンさんにかけあってみよう)


 早く、ミリルを守ってやれるような強さを手に入れたい。カイトは、焦っていた。何故ならば、訓練が始まる前に、見てしまったからだ。彼女が、この国の屈強な兵士たちをなぎ払っていく姿を。

 兵の一人に曰く、『この国では皇族が一番強い』とのことだ。なかなかの武闘派一家である。


 そして、本日の“生身での戦闘訓練”は終わった。次に受けるのは、“霊機人での戦闘訓練”である。せっかく乗れる機体があるのだから、それを腐らせておくのは勿体ないと思い、カイト自らが志願したのだ。




 生身での戦闘訓練とは違い、霊機人での戦闘訓練における教官を務めるのは、ミリルの姉であるレミル皇女だ。

 第二教練場にたどり着くと、とても若々しく、女子高生ぐらいにしか見えない、長いサイドテールの彼女が笑顔で迎えてくれた。尚、当たり前のようにミリルも同伴し、部屋の隅で待機し始めた。暇なのだろうか。


「いらっしゃい、義弟クン! ミリルから話を聞いたけど、キミって26歳なんだって? レオン兄様と同い年とは、驚いたわ」

「レミルさんは、俺より年下なんですね。道理でお若く、可愛らしいはずだ」

「あはは、ありがと。でもまぁ義弟クンであることに変わりはないわね」

「はい。こちらとしてもそのつもりです」

「うんうん、よろしい! そんじゃ、始めるわよ!」

「始めるって……えっ!?」


 この何気ない会話により、レオンの年齢が判明した。アイフィオーレ一家は揃って美形なため、年齢の判別が付きにくかったので、カイトとしては少し助かった思いだ。少しだけ。年齢がわかったから、それがなんだ、という話である。

 突然床が割れ、綺麗になった真紅の霊機人が、下から現れた。あまりにも変わりすぎていてわかりにくいが、恐らくカイトが乗り込んだあの機体だろう。


「じゃーん」

「も、もう修理が終わったんですか!?」

「整備士たちが一晩でやってくれたわ!」

「んなアホな……あんなにボロボロだったのに……」

「ミリルがボコボコにした霊機人を連れ帰ってくるなんてのは、よくあることだからね。まだ演者になってない新兵を連れて、墓場によく行ってたのよ、あの子」

「墓場?」

「義弟クンが居たっていう、あそこの事よ」

「へぇ……」

「ま、それはさておき。さっさと乗り込みなさい。確か、何もわからないのよね?」

「はい。情けないですが」

「情けなくないわ、仕方ないじゃない。新兵用の訓練メニューをこなしてもらうから、気楽にやってちょうだい」

「はい! よろしくお願いします!」

「ん!」


 威勢良く返事をし、真紅の霊機人から垂れ下がっている梯子を駆け上り、コックピットハッチのボタンを押し、その中に滑り込むカイト。すると、何もしなくてもハッチが閉じ、相棒が起動した。

 それを見届けたレミルも、用意されていた銀色の霊機人に乗り込んだ。更に、広い第二訓練場の中で、次々と霊機人が起動する。兵士たちが乗り込んだのだろう。


(本当に、霊王機に乗れるのはニーナしかいないんだな……レミルさんのも、ただの霊機人みたいだし)


 ふと、のんきなことを考える。だがしかし、レオンの超人的な強さが、彼の脳裏を過ぎる。更に、とある兵士が言った『この国では皇族が一番強い』という言葉も。


『義弟クンに新兵たち。操縦の仕方の前に、まずは、そこに表示されている各画面の事を教えるわね』

「はい」


 レミルの声が、通信機越しに響く。その声に従い、眼前に光るウインドウたちを眺めた。


『一番大事なのは、左上にある“幽力”ってところよ。新兵たちは知っているかもしれないけど、ソレが霊機人の動力源であり、機体の総合性能を示す指標であり、生命力よ。ソレが0になったら、その霊機人は死んで壊れるわ』

「ふむ」


 “幽力”と書いてあるウインドウを見る。デジタル表示で数字が出ており、確認しやすい。表示されている数値は、3500だ。


『確認したわね? 参考に教えておくと、あたしの“スノウディーヴァ”の幽力は、60000よ。まあ、演者の腕次第で差を覆す事もできるんだけど、基本的には幽力が上の相手とタイマン張ろうとするのは、相当な凄腕演者か、バカのする事ね』

「えっ、60000……!?」

『はい、義弟クン、いいリアクションよ。更に教えておくと、ミリルのシヴァは、205000ね。霊王機ってのは桁違いに強いの』

「にじゅ……」


 思わず愛機の幽力を二度見するカイト。レミルの機体がすごいのか、この機体がヘボいのか。周りの新兵たちにも聞いてみたいところだ。


『一般的な霊機人の幽力は、まぁ低くても5000ぐらいかしらね? 義弟クンのはいくつ?』

「3500です……」

『……ひ、低いわね。ドンマイ義弟クン。ハズレを引いちゃったらしいわよ』

「そ、そうですか……」


 どうやらこの機体がヘボいらしい。コックピットの中で、人知れず肩を落とした。こんな有様では、とてもニーナを守るどころではない。


『さて、次は右側の中央辺りにある“選択兵装”ってところを見て』

「空白になっていますね」

『うん。今は素手だからね。じゃあ、武器を取りだしてみましょうか。頭の中で、腰に付いてるナイフを手に取るようにイメージしてちょうだい』

「イメージ……?」

『そうよ。霊機人も霊王機も、演者がイメージした行動に沿って動くの。基本中の基本だから、覚えておくのよ?』

「はい。イメージ、イメージ……」


 確かに、 カイトが乗る真紅の機体には、腰の左右にナイフが備え付けられていた。他の機体も同様である。今回は、それを取り出す絵を頭に思い描くわけだ。

 そして、演者のイメージに従い、霊機人たちが静かにナイフを取り、構えた。一番素早かったのはカイトの機体である。


『うんうん、上出来よ! 特に、義弟クン! 身内贔屓でもなんでもなく、いい動きしてたわ。才能があるのかもね!』

「そ、そうですか?」

『ええ! さて、じゃあ、さっきの“選択兵装”を確認してみて。ナイフの絵と、“量産型十二式短剣”っていう名称が表示されてるはずよ』


 声に従い、ウインドウを注視する。確かに、言われたとおりになっていた。


(なるほどな)


『今回はまだそのナイフしか無いけど、実弾火器や霊弾火器を使う場合、そこに残弾数も表示されるわ。ふとした隙に確認する癖をつけておくと、いざという時に弾切れでパニックを起こさなくて済むわよ』

「レミルさん、質問をいいでしょうか?」

『何かしら?』

「実弾火器はわかりますが、霊弾火器とはいったい?」

『この世界に生きる者が持つ、超常の力……“霊力”を弾として消費する武器の事よ。詳しいことはミリルかレオン兄様に聞きなさい』

「超常の力……わかりました、ありがとうございます」


 要は魔法……というか魔力を弾にした銃火器という事だろう。カイトはそう解釈し、一旦頭の隅に追いやることにした。今はレミルの“授業”に集中すべきだ。


『まぁ他の計器類は見ればわかるでしょうけど、“速度計”は機体が現在出しているスピードを、“温度計”は、上が外部の気温を、下が自機内の温度を、それぞれ表しているわ』

「この中央にある四角い枠は何なのですか?」

『ん、ロックオンサイトよ。各銃火器を使う場合、その枠の中に入れることで“ロックオン”してから撃つの。そうしないとまず当たらないから、気をつけておきなさい。まぁ、ナイフみたいな格闘兵装を使う時は関係無いけどね』

「なるほど」


 各画面についての説明が終わった。これらは恐らくとても大事なことなので、後でメモしておく必要があるだろう。


『大体わかったわね? それじゃ、早速霊機人を動かしてみましょうか。まずは歩く事から始めて、慣れてきたら、走ってみたり、飛び跳ねてみたりするといいわよ』

「了解です」


 レミルはとても優しく、訓練は終始和やかなムードの中行われた。このまま平和的に終わるかと思われたが……。


『みんな、基本は大丈夫みたいね。明日は早速実戦を経験するために帝都の外へ行くから、今日はしっかりと休んで、疲れを残さないようにすること! まだ若いのに死にたくないものね? ふふっ』

「えっ、いきなり実戦ですかッ!?」

『ええ、そうよ。ミリルもシヴァに乗ってついてくるらしいから、よっぽどドジらなければ死にゃしないわよ。リラックスしていきましょ』

「は、はぁ」


 やっぱりレミルも武闘派であった。機体の動かし方を教わった後は即実戦と言う辺り、レオンとの血の繋がりを強く感じさせる。いや、あくまで王城の敷地内で行われる“実戦形式の手合わせ”である分、レオンの方がマシかもしれない。

 少なくない不安を覚えつつ、霊機人での戦闘訓練も、無事に終わった。今日の分は。

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