第6話 そのお部屋、写真館
「はぁ、疲れた」
「ご、ごめんなさい。まさか、あんなにはしゃぐとは思わなかったので……」
「いや、嬉しかったしありがたいからいいんだけどさ。久しぶりにああやって人と触れあったから、少し疲れただけだよ」
「そう、ですか。でも、これからはどんどん騒がしくなっていきますよ。親族もたくさんいますしね」
「お、おう」
アイフィオーレ一家は、それはもうフレンドリーな皇族であった。完全にカイトとミリルが婚約する体で話を進めており、皇族としての心得やら、この世界のことについてやら、戦闘技術の教練の予約やら、ミリルがどのようにして育ったか、そして、彼女がどれだけカイトの事を家族たちに話して聞かせていたか。それらを、ものすごい勢いで語りまくってきたのだ。
「おかげで色々とわかったしな。まだ知らないことの方が多いんだろうけども」
「はい。この世界は複雑ですからね」
「みたいだな」
意外だったのが、“異世界の存在”そのものは、誰一人として疑っていなかった、ということだ。理由を聞くと、どうやら異世界人が結構な頻度で現れているらしく、他でもないこの国自体が、異世界人によって建てられたのだという。
それと、『神』が実在するという事も聞かされた。人間を保護する存在らしい“正なる神々”と、それをまとめる『光神帝』グローリア。そして、この世に蔓延る魔物たちの黒幕だという、『暗黒神』。この国は宗教関連とは縁遠いらしいが、それでも『神』たちについて、ある程度の知識を持っておくのが常識らしい。何故なら、うっかり彼らの怒りに触れ、神罰が下っては困るからである。「知りませんでした、ごめんなさい」では済まないのだ。
「この国は、他とは距離を置いてるって言ってたよな」
「はい。アイフィオーレの科学力は、他国とは比較にならない程に高レベルですからね。余所に頼らずとも、充分にやっていけるのです」
「なんでそんなに、差がついたんだ?」
「この国に転生、あるいは転移してくる異世界人が、他国と比べて圧倒的に多いからですね」
「ふーん……?」
「彼ら、いえ、わたしやカイトさまも含めた異世界人の中には、特異な才能や能力を持った者が居るんです。元の世界の知識があるだけでも充分貴重ですし、高度な文明出身の方が、凄まじいオーパーツを持ち込む事もあります」
王城の中を歩きながら、仲良く会話をする二人。その内容はともかく、傍目からは、仲睦まじい恋人同士のように映るだろう。それほどに距離が近い。そのまま口づけを交わしそうな程だ。
「なるほどね……ニーナはどうなの?」
「わたしの場合は、霊王機……つまり、シヴァを操ることができるという点ですね。椅子が空いてさえいれば、誰でも乗り込める霊機人とは違い、霊王機は選ばれた人間にしか操縦できないんですよ」
「へぇ~。選ばれた人間か。なんかカッコいいな」
「そ、そうですかね?」
「ああ。そういえば、霊王機ってなんなんだ? 霊機人も、どうやって生まれたのか気になるけど。この国はそんなに高い技術を持ってるのか?」
外国の話を聞いた限りでは、文明レベルはそれほど高くはない。街と街を移動する際、馬車が使われているというぐらいだ。なのに、霊機人や霊王機という、未来的すぎる“兵器”が存在するという異質さ。明らかにおかしい。
「うーん、そこは、部屋に着いてからお話しますね。一応は演者として登録された以上、カイトさまにも知っていただく必要がありますし、ちょうどよかったです」
「あ、おう。立ち話も何だしな」
「はい」
豊かな胸をたゆんと揺らし、“犬と男が仲睦まじく戯れる絵”が織り込まれたタペストリーがかけられた部屋に止まる、ミリル。どうやらここが彼女の部屋のようだ。
「おかえりなさい、カイトさま。今日からここが、わたしたち二人の部屋ですよ」
「ただい……えっ?」
扉を開け、中に駆け込んだかと思うと、すぐに振り向き、両腕を広げて歓迎の意を示すニーナ。笑顔で応じかけたカイトだったが、思わぬ言葉にフリーズした。
「ど、どうしました?」
「えっ、一緒に住むのか?」
「え? はい。前からそうだったじゃないですか。わたしが生まれた時から、ずっと」
「前世は、キミが犬だったからな。でも今は人間同士なわけで。しかも男と女なわけで。更に言うなら今のニーナは皇族なわけで」
「問題ないですよ。陛下からもお許しを頂いていますし」
「そうなの!? あの皇帝様、会ったばかりの俺を信用しすぎだろ……っつーかいつの間にそんな話を?」
「毎日話して聞かせていましたからねっ! もはや他人の気がせぬわ、とおっしゃっていましたよ。ああ、カイトさまがお兄さまたちに囲まれている間に、ですよ 」
「……毎日か……」
前世で家族だったとは言っても、ミリルは犬だったのだ。毎日聞かせられるほど、エピソードが豊富だとは思えない。少し皇帝に申し訳なく思う、カイトだった。
「さぁ、カイトさま。おいでくださいませ」
「あ、ああ……」
尻尾を振る愛犬を幻視し、苦笑いしながらも部屋へと足を踏み入れた。
(この子、こんなに積極的だったのか)
着実に土台を固めてくる元愛犬、現皇女殿下の押せ押せぶりに、少し戸惑う。だが、せっかく再会できたのだし、以前のように生活を共にできるのは、素直に喜ばしかった。
「うおぉ、なんだこれ!?」
「うふふ。素敵でしょう?」
部屋に入ったカイトが見たのは、無数に貼られた自分の写真だった。軽くホラーである。
「なんでこんなもんが!?」
「記憶を現像できるカメラがあるんです。それを使って、前世のご主人さま……いえ、カイトさまのお姿を、片っ端から写真にしまくりました!」
「こえぇよ! こんなところで生活できないぞ!」
「えぇ!? じゃ、じゃあはがします!」
何故か予想外だったらしく、慌てて写真たちをはがしていくミリル。この子、もしかしたらヤンデレの気質があるのでは? と、疑惑が浮上した瞬間であった。
(今も変わらず慕ってくれてるのは嬉しいんだけど、さすがにこれはやりすぎだ……)
作業を終え、汗を拭うミリルを眺めながら、乾いた笑いを浮かべるカイト。というか、こんな部屋に誰かが入ってきたら、大変なことになるのではないだろうか。
「こ、これで大丈夫ですか?」
「ああ、そうだな。こうしてみれば純朴……な……」
「……? ああッ!!」
おぞましい写真館から、女の子らしく、それでいて清楚な雰囲気の漂う部屋になった。と思っていたのだが、とんでもないものを見つけたカイト。
「…………」
「だ、だだだだだダメです!! 見ないでください~!! い、いま捨てますからぁ!」
「まぁ、その、なんだ。女の子って言っても、そういうこともあるよな。仕方ないさ」
「あうぅ~……」
簡単に言うと、夜に一人でフィーバーするために用いる棒状のアレである。ミリルも女の子なんだな、と深く実感する、カイトだった。その横で、顔を真っ赤にしてへたり込んでいる彼女が居るが、そっとしておこう。
(っていうかこの世界にもあるんだな。異世界人が持ち込んだんだろうか)
カイトの考えが当たっているとしたら、いったいどんなタイミングで転移したのか、という疑問が残る。まさか転生したら“アレ”を持っていました、と言うわけでもないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます