第4話 機械帝国


 しばらく互いに泣き続けた後、状況を把握するため、質問を繰り返すカイト。ミリルも、それを丁寧に返していく。


「やっぱりここは異世界なのか」

「はい。母なる女神“グローリア”様がこの世界をお作りになったらしいのですが、あちらとは違い、霊術という超常の力が存在し、エルフを始めとする亜人類や、ゴブリン、オーク、ドラゴン、果ては魔王といった、危険な“魔物”もいるのです」

「魔王、か……となると、勇者も居るのか?」

「はい。お会いしたことはありませんが、“ディアルド”という方だそうです」

「まるっきり、ファンタジーだな……この国の名前は何て言うんだ?」

「機械帝国アイフィオーレ、ですね。人間は魔物と比べて力で劣りますから、対抗策として“機械”、そして戦闘用の機械である“兵器”を生み出したのです。そこに立っている物も、“兵器”の一つですよ。まあ、アイフィオーレは世界一機械に関する技術研究が進んでいますし、他の国ではコレはなかなか見られないようですけどね」

「兵器、か」


 短い質問でも、とても丁寧に、詳しく、ハキハキと答えてくれる。一番気になる巨大な人型ロボットは、他の国ではかなり珍しい物だとのこと。恐らくは技術の問題なのだろう。

 魔物やら魔王やらが闊歩しているというのなら、たしかにこういった兵器が生み出されることは必然だろう。地球と同じで、単純な身体能力では他の動物に劣る人類は、生き残るために知恵を付け、銃火器を生み出した。この世界でも、それと同じ事が起きていると思われる。


「これ、何て言うんだ?」


 白い巨大ロボットを見上げながら、呟くように問う。全高10メートルほどだろうか。全体的に細いフォルムだが、よくこれで胴が折れないな、と不思議に思う、カイトだった。


「“霊機人”です。ちなみにこの白い子はわたしの愛機で、“霊王機”っていう特別な存在の一つなんですよ。名前は『シヴァ』です」

「霊機人に、霊王機、ねえ」


 ファンタジーなのか、SFなのか。これだけのサイズなら、人間など一捻りにできそうだ。


「じゃあ、隣のは?」

「“暴走”した霊機人です。さっきまで暴れていたんですが、わたしが鎮めたので、また人が乗り込めるはずです」

「暴走? 鎮めた?」

「あ、はい。 実は霊機人には欠陥があって、中 の“演者”、つまりはこれを操る人間が死んでしまった場合、その方の魂を吸い取って、凶暴な自我を持ってしまうんです。他の国では、暴走した霊機人は魔物として処理されるのですが、この国では、霊王機の演者が、荒ぶる魂を鎮め、成仏させることで、その暴走を止めることができるのです」


 真剣な表情で語るミリルの言葉に、やはり真剣に耳を傾けるカイト。つまりは、この霊機人というロボットも、良いこと尽くめというわけではないらしい。


「そんな事が……? ニーナ、立派な仕事をしてるんだな。誇らしいよ」

「そ、そうですか? 皇女として、霊王機の演者として、当たり前のことをしているだけですよ?」

「当たり前だなんてとんでもない。充分すぎるほど立派な……ん、皇女?」


 前世での家族として、飼い主として、彼女の活躍を喜ぶ。が、しかし。聞き捨てならない言葉があった。

 はっとした表情を浮かべ、少々恥ずかしそうに俯くミリル。そして、小さな声で呟いた。


「えっと……今のわたし、実は、このアイフィオーレの皇女で……つまりはまぁ、皇帝陛下の娘なんです」

「……皇帝陛下、娘……えぇっ!? そうなのかっ!?」

「は、はい。でもでもっ! 別に婚約なんてしてませんし! 破棄しましたし! ご主人さまと再会できたんだから、わたし、ずっとご主人さまと一緒にいますっ!!」

「婚約破棄したのか!? って、婚約!? うおぉ、なんだか急に遠い存在に思えてきた……って実際遠い存在なのかっ!」

「そ、そんなに距離をとらないでください! 別に、皇女といっても、普通の女の子ですよ? ちょっと、こうやって霊機人を鎮めて回ってるぐらいで……」

「お、おう」


 まさかの事実に、再び混乱するカイト。自分が飼っていた犬が転生し、あろうことか皇族になっていようとは、誰が予想できるというのか。とりあえず、どう接すればいいのか。こんなに馴れ馴れしくしていたら、不敬罪などにならないだろうか? いやでも、ミリルは……と、延々とループする。


「とりあえず! 陛下に紹介します!」

「えぇ!? 俺みたいな馬の骨が、そんなこと許されるのか!?」

「馬の骨じゃありませんっ! わたしのご主人さまです!」

「あの、せめてその呼び方やめないか? 皇女殿下からご主人さま呼ばわりって、色々とまずいだろ……」

「そ、そうですね。では、カイトさまとお呼びします」

「……わかった……」


 上目遣いで迫る愛しいミリル元飼い犬の前に、あえなく陥落したカイト。前世そのままの従順な性格に、この美しさが合わさると、それはもう強力な兵器であった。

 そして、彼女が放つ次の一言に、仰天することとなる。


「では、この赤い霊機人に乗ってください。生憎、わたしのシヴァは演者しか乗れないので……」

「俺がこれを操れと!? まだ転生したばっかで何もわからんのにか!?」

「あれ? そういえばカイトさま。どうして、前世での姿そのままに、こちら側へ?」

「ん? そう言われてみれば、そうだな。あれか、ニーナは赤ん坊からだったのか?」

「はい。前世での記憶を思い出したのは、五歳ぐらいの頃でした」

「そうなのか。きっとかわいい子供だったんだろうな……」

「写真見ますか? 王城の部屋にありますよ」

「いいのか? いや、王城か。本当に皇女殿下なんだな……信じられん……」


 いつの間にか続いてしまっている会話を楽しみつつ、思う。“転生”なのに、大人の身体のままというのはどういうことだろうか。まあ、今更幼児プレイなどさらさらごめんなので、結果オーライではあるのだが。


「なぁ、ニーナ」

「はい?」

「これ、どうやって乗るんだ?」

「ああ、霊梯子を……あっ、壊れてますね。とりあえず今回はわたしが運びます」

「えっ、運ぶって……うおぉ!?」


 10メートルの巨体に、どうやって入ればいいというのか。いや、ミリルの愛機が、胸のハッチを開けているので、そこに乗り込めばいいのだろうが、そこまで上がる術がない。

 どうしたものかと首を傾げるカイトだったが、なんとミリルに軽々と放り投げられたではないか。自衛官であった頃から継続して鍛え上げられた彼の肉体は、とても華奢な女性が持ち上げ、放り投げられる程の重さではない。

 信じがたい体験をしながら、カイトはすっぽりと、真紅の霊機人のコックピットに収まったのだった。そして間もなく、彼女の声が聞こえてきた。通信機のようなものが備わっているのだろう。

 コックピットの中は、まるで全周囲が吹きさらしになっているかのように透明で、外の様子がばっちりと見えた。一応正面には様々なウインドウが表示されているため、機内であることは間違いないが。


「……何がどうなってんだ……」

『これも、わたしが霊王機の演者だからです。短時間の間ではありますが、シヴァを通して爆発的に身体能力を上昇させることができるのですよ』

「霊王機ってヤツ便利すぎだろ」

『ちなみにですが、カイトさまの愛機となるその霊機人には、この機能はありません。霊王機だけの特権です』

「え、これが俺の機体になるのか? っていうかこれからもお世話になるのか? いや、いいんだが。そういうもんなの?」

『すいません、急いでいたもので。演者がいない霊機人に誰かが乗り込んだ場合、自動的にその人物が新たな演者として登録されてしまうのです。そうなれば、霊機人そのものが壊れない限り、登録を解除することはできず、他の霊機人に乗り込むことはできません。あるいは、その新たな演者が、何らかの原因で亡くならない限りは』

「つまり、紐付けシステムってわけか。ま、いいや。とりあえずコイツを動かす練習を……」

『ごめんなさい、練習している暇もないのです。暴走した霊機人の群れが接近しています。わたしがその子を抱いて移動しますね』

「えっ!? ちょっ」


 よほど急いでいるのか、はたまたカイトと再会できてテンションが振り切れているのか、有無をいわさず実行に移すミリル。

 結果、カイトが乗る霊機人は、彼女が乗る霊王機、シヴァに、お姫様抱っこされながら移動する事となった。白い巨体が疾走し、鉄クズの山を越える。ふと辺りを見回すと、たしかに、大量の霊機人が彷徨っていた。


「普通逆だよなぁ、これ」

『わたしはうれしいですけど?』

「そ、そうか。それに、霊機人って、見た目の割に柔軟なんだな。お姫様抱っこなんてできるのか」

『はい。我が国の技術者たち曰く、人間とほぼ同じ動きができるそうですよ』

「マジか……」

『あ、カイトさま。ちょっと飛びますので、舌をかまないように注意してください』

「えっ、飛ぶ!? 目的地までそんなに遠いのか!? っつーか飛べるのかよ、コレ!」


 驚愕するカイトをスルーし、背にある白い翼を広げる、シヴァ。そして大きく羽ばたき、大空へと舞い上がった。


「本当に飛んでらぁ……」

『霊王機は伊達じゃないのです!』

「お、おう」


 ふんすと鼻息を荒くしているのが、通信機越しにもわかる。きっと、後で褒めてほしいのだろう。尻尾を振るゴールデンレトリーバーが、カイトの脳内を過ぎった。

 スーパーハイテンションな元ペット、現皇女殿下に、ロボット越しのお姫様抱っこをされながら、王城へと向かう。

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