第3話 再会


 思わず絶叫してしまったはいいものの、誰かが反応を返してくれる様子は無かった。少なくとも、周囲に人はいないようだ。いくらか落ち着いたカイトは、改めて状況を確認する。


(まず、ここは俺の部屋じゃないし、そもそも屋外だ。普通に考えてこんなところで寝るわけないし、やっぱり俺は死んだはず。となると、まさかこれって……)


 以前、妹に勧められて“Web小説”というものを読んだことがある。『カクヨム』というサイトがあり、そこに投稿されている様々な作品を自由に読めると聞き、随分と驚いたものだ。

 そして、その中に、今のカイトと似た状況に、主人公が陥っている場面から始まる作品があった。所謂、“異世界転生”というやつだ。

 とはいえ、何をバカな。そんな事、現実で起こるわけ無い、と思ってはいる。だが、だがしかし、不思議と、確信めいたものが脳内を駆けていた。


(何か、何かないのか)


 ひとまず身体を起こし、辺りを探索してみる。しかしあるのは、鉄クズ、鉄クズ、鉄クズ。なんとか足の踏み場はあるが、信じられないほどに、鉄クズのようなものばかりだ。


 そして、ようやく開いた場所に出た。そこでカイトが目にしたのは……。


「ロボット……?」


 現実世界では存在し得ない、真紅のスマートなボディに、ヒロイックなフォルムを持つ、巨大な、しかしボロボロになっている、人型ロボット。

 その隣に佇む、錫杖のようなものを携え、翼の形をした鉄塊を背負う、白をベースとし、所々を煌びやかな金色のエングレービングで彩った、巨大で、美しい人型ロボット。

 そして、白い巨体の足元で、何かを探しているのか、キョロキョロと辺りを見回す、女性が見えた。顔はまだよく見えないが、そのスタイルは遠目からでもかなりのものだと確認できる。


(どう考えても、地球じゃないよな……)


 普通なら、もっと混乱するべきだろう。しかし、カイトは何故か安心し、納得していた。ここは、異世界に違いない、と。


(転生って奴か。まさか実在するとはな)


 妙に冷静な自分自身に戸惑いつつ、吸い寄せられるように、二機のロボットと、女性の元へと歩いていく。

 向こうも、カイトに気付いたようである。目を見開き、口を大きく開け、実りに実った二つの果実を、たゆんたゆんと揺らしながら、駆け寄ってきた。


「あ、失礼ですがお嬢さん。ちょっとお聞きしたいこと……がっ!?」

「ご主人さまっ!!」


 ついに相対した女性は、なんと急に抱きついてきた。それも、“ご主人さま”という、ちょっと魅惑的な言葉を叫びながら。

 当然、戸惑うカイト。しかし、女性はがっちりと彼の身体をホールドしており、離してくれない。その柔らかな感触が、カイトのハートを攻撃してくる。


「ちょ、ちょっと落ち着いて! ご主人さまって、どういう……!?」

「ご主人さま、ご主人さまっ! わたしがわかりませんか!? わかりません、よね。今はこんな姿ですし……あの、あのですねっ!」

「は、はい? いや、初めてお会いしたと思うのですが……」

「違うんです! 確かに、この世界では初めてなんですけど、違うんですよ!」

「えぇ!?」


 軽くパニックに陥るカイトだったが、“この世界”という言葉に、はっとした。そうだ、自分はさっき、ここが異世界だと確信したばかりではないか、と。

 改めて、自分に抱きついた女性の姿を確認してみる。

 アイドルやモデルよりも遙かに美しく、それでいて少し幼さも残っており、しかしそれとは対照的に魅惑的な身体。微かに香る、甘いニオイ。

 そして、クリーム色の長髪。


(クリーム色? まさか……!!)


 もしもこの女性、というより少女が、カイトの前世……つまり地球での知り合いだというのならば、思い浮かぶ存在が居る。いや、既に彼は、ほぼ確信していた。


「ん……」


 意を決し、彼女の顎の下を撫でる。すると、彼女は目を細め、気持ちよさそうに、艶やかな声を上げた。


 ……やはり、間違いない。


「ニーナ、なのか……?」


 前世で自分より先に死んだはずの、しかも人間ですらない彼女が、今世で、自分と同じ世界に、それも人間に転生したなど、到底信じがたいことだ。しかし既にカイト自身が、転生という奇妙な奇跡を体験している。


「あ……! はいっ!! ニーナです! えっと、この世界では“ミリル・ニーア=アイフィオーレ”っていう名前なんですけど……あなたのペットの、ニーナなんです、わたし!」


 ばっちり当たっていた。まさか、こんなことがあるのだろうか。全てを失い、無念の内に命を落とした自分が、こうしてまた愛しい家族と再会できるなんて。


「きゃっ……!」

「ニーナ……!!」


 カイトは、思わず彼女を抱きしめていた。甘い香りが鼻孔をくすぐり、柔らかな感触が、この奇跡が紛れもない現実だと教えてくれる。


 涙が、止まらなかった。


「会いたかった……! ごめんな、ニーナ。寂しかったろ、痛かったろ、辛かったろ……! ごめんな、ごめんなぁ……! 守ってやれなくて、本当に、ごめんよ……!」

「ご主人、さま……」


 顔をくしゃくしゃに歪め、だらしなく泣いた。鼻水を垂れ流し、彼女の美しい身体を包む、綺麗なショートドレスを汚してしまった。しかしそれでも尚、抱きしめることは、止めない。


「わたしも、会いたかったです。こうしてまた会えるなんて、それに、こうやっておしゃべりできるなんて、夢みたいで。うれしくて、うれしくて……! な、涙が……!」

「会いたかった、会いたかったよ、俺も……! あの日から、君が、君だけが、俺の生き甲斐だったんだ……!」

「うぅ、ご主人さま……ご主人さまぁ……!」


 一人と一匹……いや、二人の男女は、世界を越えた再会に、様々な想いが入り交じった涙を流した。流し続けた。


 鉄クズの山という、ムードもクソもない場所だという事実は、置いておくとして。

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