第2話 復讐、死、転生


 最愛の妹が亡くなってから、神宮家は変わった。笑顔が消え、両親は狂ったように仕事に打ち込み、カイトが実家に帰っても留守、という事が多くなってしまった。


「わふ?」

「……どうして、こうなった」

「わん……」

「っとと、ごめんなニーナ。せっかくの散歩なのに、こんな辛気臭い顔してちゃダメだよな」


 かくいうカイトも、以前と比べて実家に帰る頻度が減り、両親同様に、仕事に激しく打ち込むようになった。だが、それでも、皆が愛し、妹が愛した、ペットのニーナとの時間を大事にする事は、決して忘れない。


「わん」

「よしよし、いい子だ。今日は久しぶりの休みだから、うんと遊ぼうな」

「わふっ!」


 顎の下を撫でてやると、ニーナは大層喜ぶ。目を細め、尻尾を振り、ご満悦だ。


「……はは」


 彼女の愛らしい仕草に、思わず笑みを浮かべるカイト。彼にとって、ニーナこそが唯一の癒しとなっていた。それほどに、妹の存在は大きかったのだ。

 妹を、イブを殺した犯人は、未だ捕まっていない。それどころか、例の指輪以外、何の手がかりも掴めていないらしい。正直、腹立たしい思いではあるが、こればかりは待つしかない。

 歯がゆい思いをしながら、神宮家の新たな日常は過ぎ去っていく。




 そして、ある日。



 両親と、ニーナが殺された。



 現場である実家には、イブの時と同じように、“磔にされた女神”が彫り込まれた指輪が、残されていたという。





「許さねぇ。絶対に、許さねえ」


 カイトは、神宮家の誇りであった自衛官を辞めた。心が持たなかったのだ。


「どこにいようと関係ねえ。絶対に見つけだしてやる」


 彼は、警察には頼らず、自分の手で復讐を遂げることを決めた。それもそのはず、唯一残されていた手がかりである“磔にされた女神”の指輪を見て、同一犯による犯行だと、確信していたからだ。

 指輪だけではなく、傷の付き方も全く同じだった。まるで日本刀のように長く、鋭利な刃物で、心臓を刺され、失血死。それが、妹と、両親の死因だ。いや、ニーナも同じだった。人も犬も見境なく、心臓を刺し貫く、非情極まりない凶悪犯。


「ここは、イブと歩いた場所」


「ここは、ニーナと散歩した場所」


「ここは、両親を連れて行った場所」


「そしてここは、実家があった、場所……」


 涙が、止まらなかった。

 何故。妹が、両親が、ニーナが、いったい何をしたというのだ。どんな理由があって、こんな目に遭わなければならなかったのだ。


 全てを失ったカイトは、更地となった実家の跡地で、ひたすらに泣き続けた。



「えっ……?」



 グサリ。心臓を一突き。



「……指輪、男……。く、そ……てめぇが、犯人、かよ……」



 神宮カイトは、殺された。



 現場に残されたのは、やはり、“磔にされた女神”が彫り込まれた指輪。

 地球における彼の人生は、こうして、悲劇的に幕を閉じた。





「……夢?」


 彼は目覚めた。自分が刺殺される夢を見るなど、よほど疲れているのだろう。


「ふぁ~あ。今、何時だ? バイト、行かなきゃな……」


 自衛官を辞めてしまった彼の生活は、かなり苦しかった。なんとか日雇いのバイトで食いつないでいるものの、以前のような贅沢はできず、ペットを飼えるほどの余裕もない。

 本当に、妹が生きていた時では考えられない程に、最悪だ。乾いた笑いを浮かべ、スマホで現在の時刻を確認しようと手を動かす。

だが。


「あ、あれっ? あれ?」


 ない。ない、ない、ない。どれだけ貧乏になろうと手放さなかった、愛用のスマホが、どこにも無い!!


「嘘だろっ!? お、落としたのか!?」


 慌てて周囲を確認する。



 そしてようやく気付いた。


「ここ、俺の部屋じゃねえじゃん!! つーか屋内ですらねえ! 思いっきり外だこれ!?」


 神宮カイトは、鉄クズのようなものが山のように積み重なった、見知らぬ地に、横になっていたのだ。まるで、放置された死体である。


(どうなってる!? まさか、誘拐された? いやいや、俺みたいな奴をさらったところで、誰が得するってんだ)


 頭をフル回転させ、状況の把握を試みる。しかし、何があったのかは思い出せない。あの、夢のこと以外は。

 まさか、と思い、胸に手を当てる。


「あ、穴が……空いてる、わけねえよな」


 思いっきり健康体であった。やはり、あれはただの夢だったのだろう。だがしかし、そうなるとこれはいったいどうしたことだろう? と、一人首を傾げるカイト。

 そして、何となく自らの身体に目を向けた。


「げっ、服に穴空いてる!」


 先ほど触ったときは気付かなかったのだが、洋服のちょうど“夢で刺された部分”に、穴が空いていたのだ。


(あ、あれ? どういうことだ? 服に穴が空いてて、でも身体は何もなくて……)


 まるで、夢と現実が混在しているかのような、気持ち悪い感覚を覚え、混乱する。

 そして、ついに、彼は叫んだ。


「誰か、何がどうなってんのか、教えてくれ~!!」


 鉄クズのようなものが積み重なった山に、全てを失った男の絶叫が響いた。絶望に包まれたあの日以来、ここまで大きな声を出したのは、久しぶりの事であった。

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