第2話 復讐、死、転生
最愛の妹が亡くなってから、神宮家は変わった。笑顔が消え、両親は狂ったように仕事に打ち込み、カイトが実家に帰っても留守、という事が多くなってしまった。
「わふ?」
「……どうして、こうなった」
「わん……」
「っとと、ごめんなニーナ。せっかくの散歩なのに、こんな辛気臭い顔してちゃダメだよな」
かくいうカイトも、以前と比べて実家に帰る頻度が減り、両親同様に、仕事に激しく打ち込むようになった。だが、それでも、皆が愛し、妹が愛した、ペットのニーナとの時間を大事にする事は、決して忘れない。
「わん」
「よしよし、いい子だ。今日は久しぶりの休みだから、うんと遊ぼうな」
「わふっ!」
顎の下を撫でてやると、ニーナは大層喜ぶ。目を細め、尻尾を振り、ご満悦だ。
「……はは」
彼女の愛らしい仕草に、思わず笑みを浮かべるカイト。彼にとって、ニーナこそが唯一の癒しとなっていた。それほどに、妹の存在は大きかったのだ。
妹を、イブを殺した犯人は、未だ捕まっていない。それどころか、例の指輪以外、何の手がかりも掴めていないらしい。正直、腹立たしい思いではあるが、こればかりは待つしかない。
歯がゆい思いをしながら、神宮家の新たな日常は過ぎ去っていく。
そして、ある日。
両親と、ニーナが殺された。
現場である実家には、イブの時と同じように、“磔にされた女神”が彫り込まれた指輪が、残されていたという。
◆
「許さねぇ。絶対に、許さねえ」
カイトは、神宮家の誇りであった自衛官を辞めた。心が持たなかったのだ。
「どこにいようと関係ねえ。絶対に見つけだしてやる」
彼は、警察には頼らず、自分の手で復讐を遂げることを決めた。それもそのはず、唯一残されていた手がかりである“磔にされた女神”の指輪を見て、同一犯による犯行だと、確信していたからだ。
指輪だけではなく、傷の付き方も全く同じだった。まるで日本刀のように長く、鋭利な刃物で、心臓を刺され、失血死。それが、妹と、両親の死因だ。いや、ニーナも同じだった。人も犬も見境なく、心臓を刺し貫く、非情極まりない凶悪犯。
「ここは、イブと歩いた場所」
「ここは、ニーナと散歩した場所」
「ここは、両親を連れて行った場所」
「そしてここは、実家があった、場所……」
涙が、止まらなかった。
何故。妹が、両親が、ニーナが、いったい何をしたというのだ。どんな理由があって、こんな目に遭わなければならなかったのだ。
全てを失ったカイトは、更地となった実家の跡地で、ひたすらに泣き続けた。
「えっ……?」
グサリ。心臓を一突き。
「……指輪、男……。く、そ……てめぇが、犯人、かよ……」
神宮カイトは、殺された。
現場に残されたのは、やはり、“磔にされた女神”が彫り込まれた指輪。
地球における彼の人生は、こうして、悲劇的に幕を閉じた。
◆
「……夢?」
彼は目覚めた。自分が刺殺される夢を見るなど、よほど疲れているのだろう。
「ふぁ~あ。今、何時だ? バイト、行かなきゃな……」
自衛官を辞めてしまった彼の生活は、かなり苦しかった。なんとか日雇いのバイトで食いつないでいるものの、以前のような贅沢はできず、ペットを飼えるほどの余裕もない。
本当に、妹が生きていた時では考えられない程に、最悪だ。乾いた笑いを浮かべ、スマホで現在の時刻を確認しようと手を動かす。
だが。
「あ、あれっ? あれ?」
ない。ない、ない、ない。どれだけ貧乏になろうと手放さなかった、愛用のスマホが、どこにも無い!!
「嘘だろっ!? お、落としたのか!?」
慌てて周囲を確認する。
そしてようやく気付いた。
「ここ、俺の部屋じゃねえじゃん!! つーか屋内ですらねえ! 思いっきり外だこれ!?」
神宮カイトは、鉄クズのようなものが山のように積み重なった、見知らぬ地に、横になっていたのだ。まるで、放置された死体である。
(どうなってる!? まさか、誘拐された? いやいや、俺みたいな奴をさらったところで、誰が得するってんだ)
頭をフル回転させ、状況の把握を試みる。しかし、何があったのかは思い出せない。あの、夢のこと以外は。
まさか、と思い、胸に手を当てる。
「あ、穴が……空いてる、わけねえよな」
思いっきり健康体であった。やはり、あれはただの夢だったのだろう。だがしかし、そうなるとこれはいったいどうしたことだろう? と、一人首を傾げるカイト。
そして、何となく自らの身体に目を向けた。
「げっ、服に穴空いてる!」
先ほど触ったときは気付かなかったのだが、洋服のちょうど“夢で刺された部分”に、穴が空いていたのだ。
(あ、あれ? どういうことだ? 服に穴が空いてて、でも身体は何もなくて……)
まるで、夢と現実が混在しているかのような、気持ち悪い感覚を覚え、混乱する。
そして、ついに、彼は叫んだ。
「誰か、何がどうなってんのか、教えてくれ~!!」
鉄クズのようなものが積み重なった山に、全てを失った男の絶叫が響いた。絶望に包まれたあの日以来、ここまで大きな声を出したのは、久しぶりの事であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます