「絶対に外さない!おすすめBL小説100選」ランクイン御礼SS★

「え? 何のランキングだって?」

「だからね、しょうてんがいなかよしごふうふらんきんぐだってば」

 ふみの言葉がちっとも頭に入ってこなくて、佐知さちは思わず「なかよしごふうふらんきんぐ?」と繰り返す。

「そう。さっきいせざきさんがほいくえんのおむかえにきてくれたでしょ? でね、かえりみちでさちがおとうふかってきてってでんわでいったからしょうてんがいによったの。そしたら、おにくやさんのまえにおっきなかみがはってあったんだよ?」

「えっと、それは分かったんだけど、そこに俺の写真が貼ってあったって?」

 佐知としては、頼むから嘘でありますようにと願いながら問うたのだが、無情にも史は満面の笑みで「そう!」と興奮した様子で頷いた。

「あのね! ごきんじょのみなさんがえらぶなかよしごふうふらんきんぐ、ってかいてあるっていせざきさんがいってたよ? いせざきさんがそれよんでおっきなかみやぶっちゃったの! だからさち、いせざきさんにごめんなさいしてきなさいっていって!」

 伊勢崎の偉業を称えたい。よくぞ破った。ご近所の皆さんが選ぶ? どこの誰が推薦したのかを問い詰めたい。

 今すぐ商店街の人達のところへ駆け出したい気持ちを押さえ、佐知は史に「伊勢崎はごめんなさいする必要ないだろ?」と言って諭そうとした。だが史はむっとした顔で首を振る。

「おみせのまえにはってあったかみをかってにやぶっちゃったんだよ? おとなでも、わるいことしたらごめんなさいしなくちゃだめでしょ?」

「そ、それは……」

 伊勢崎の味方をしたい気持ちは山々だが、史の言い分にも一理ある。勝手に破るのはよくない。だがやはり、破ってくれてありがとうと、いう気持ちしかない佐知は、どのようにして史に言い聞かせようかと迷いながら口を開きかけたのだが、それを遮るように居間に顔を出した男が声を上げた。

「史坊ちゃん、謝らないといけないのは俺ではなく商店街の方々のほうですよ?」

 伊勢崎はそう言って不愉快そうな顔をしながら、手に持っていた大きな紙を史と佐知の前に掲げた。

「よく見てください。仲良しご夫婦ランキングに載っているのは、佐知さんと……俺です」

「え? 伊勢崎なの?」

 自分が載せられているのだから、相手は当然賢吾けんごだと思っていた。いや、別に自分達を仲良しご夫婦だと思っている訳ではないのだが、たとえ冗談でも賢吾以外の誰かと夫婦なんて言われたことはなかったからだ。

「俺と佐知さんは夫婦じゃありません。ということは、この紙に書かれたことは間違いなんです。ですので、俺にはこの紙を破く権利があります。分かっていただけますよね?」

「え? う、うん、そう……なのかな?」

 伊勢崎に笑顔で押し切られ、史は首を傾げつつも頷いた。子供相手に、いくら何でもおとなげないぞ、伊勢崎。

「他人事みたいな顔をしていますがね、佐知さん。こんなものがもしどこかの誰かさんの目に入ったら、とんでもなく面倒臭いことになると分かっていますか?」

「あー、なるほど……」

 伊勢崎と佐知、同時に頭に浮かんだのは同じ顔だっただろう。伊勢崎が持っている紙に視線を移すと、そこには先日佐知が買い物に出かけた際に撮られたらしい写真が載っていた。

ごくまれにだが、史のお迎えで伊勢崎と出くわすことがある。お互いの連絡ミスで、どちらも自分が史のお迎えに行く日だと勘違いした時や、警備上のことなど、理由はその時によって様々だが、いちいちヤキモチを焼いて鬱陶しいことになるから、賢吾には話していない。

「でも、男同士なのに夫婦だなんて、どうなってんだよ」

「それが、どうも佐知さんのことを女性と間違っている方がいるらしいですね」

「はあ⁉」

 自分で言うのも悲しいが、佐知は筋肉がつきにくく細身の体型ではある。だが、さすがに女性と間違えられるほど華奢ではないと思う。

「おそらく、佐知さんのことを遠目でしか見たことがなく、尚且つ、商店街の店主達の『奥さん、今日の夕飯は何にするんだい?』などのからかいを真に受けたものと思われます。後は、俺に当然のように荷物を持たせてこき使っているところを、夫婦だからこその気安さ、と勘違いされたようですね」

 荷物を持たせてること、思ったより根に持ってるな。今度から気をつけよう。

「絶対皆、分かってて面白がって採用したな……肖像権とかどうなってんだよ。今時は、保育園の写真の取り扱いとかも結構慎重な時代なんだぞ。本人の承諾もなしに勝手に写真を使うなんて――」

「それが、組長と姐さんから許可を貰っていると言われまして」

「は?」

「ここを見てください」

 伊勢崎が指差した場所に視線を移す。

「京香さん……」

 エントリーナンバー1と書かれた写真に仲睦まじく写っている二人には、いやというほど見覚えがあった。賢吾の両親である。

「なあ、東雲組ってほんとにやくざだよな?」

「……時々自信がなくなりますが」

 そういえば、京香さんは昔からこういう順位を決めるものに熱くなるタイプだったよなあ、と思い出す。小学校のアルバムの『好きな男子ランキング』で賢吾が三位だった時は、どうして一位を取ってこないんだと賢吾を怒鳴っていた。佐知に言わせれば、あの無愛想男が三位に入っただけでも奇跡だと思ったが。

「組長と姐さんの許可が出ている以上、我々のエントリーを消すことはできないようです。ですので佐知さん、これからしばらくは絶対に若を商店街に連れていかないようにしてください」

「わ、分かった」

「え? ぱぱとおかいものいけないの? ぼく、ぱぱにさちのしゃしんみせてあげようとおもったのに」

 史の無邪気な質問に、佐知と伊勢崎は真顔で答える。

「駄目だ」

「駄目です」

「えー?」

「何が駄目なんだ?」

「何がって、そりゃもちろん商店街に――」

 反射的に問いに答えかけた佐知の肘に、伊勢崎の肘がつんと当たって我に返った。今の声は――。

 恐る恐る振り返る。そこにいたのは予想通りの賢吾だった。

「商店街がどうしたって?」

「え? あれ? は、早いお帰りだなっ」

「帰るって送ったのに既読にもならなかったからな。俺からの連絡に気づかねえほど忙しいのかと思ったが、何をしてたんだ?」

 うわ、嫌だ。あの笑顔は完全に感づかれてる。そもそも俺、こいつに嘘吐くの下手なんだよな。

 早くも諦めムードになりかけた佐知に代わって、素早く紙を隠していた伊勢崎が笑顔で答える。

「佐知さんがスーパーの安売りで大量に買い物をしてきたので、これは当分買い物に行く必要がないですね、という話をしていただけですよ」

「ほう……俺はてっきり、お前らが仲良しなことを俺に隠してんのかと思ったが」

「それはとんでもない誤解ですね」

「伊勢崎はこう言ってるが、佐知はどう思う?」

 賢吾に視線を向けられ、佐知は素直にお縄につく覚悟をした。

「ごめんなさい」

「佐知さん?」

 伊勢崎が不服そうな顔をしたが、佐知には分かっていた。もう全て賢吾にバレていることが。

「伊勢崎、残念ながら手遅れだ。もう全部バレてる。だって、そういう顔してるもん」

「そういう顔ってどういう顔ですか」

「ああいう顔」

 佐知に指差された賢吾がにやりと笑う。あれはもう完全に全部分かった上で、佐知を追い詰めてやろうという気満々の時の賢吾の顔だ。間違いない。

「お前らが仲良しご夫婦ランキングとやらにノミネートされてるのは、くそじじいから聞いたから心配するな」

 伊勢崎はちっと舌打ちしてから、即座にいつもの伊勢崎の顔に戻る。今の舌打ちは確実に吾郎に対してだろう。組長を組長とも思わない態度はさすがだ。

「まあ、今回は佐知が素直に白状したから勘弁してやる」

「それはどうもありがとうございます」

「礼は明日一日の休みでいいぞ」

「は?」

「俺は今晩、佐知とじっくり話さなきゃいけねえからな」

 寄ってきた賢吾が佐知の肩を抱く。ここで叩き落としたらお仕置きがより長引くので、賢明な佐知はじっと我慢した。

「え、ぱぱ、あしたおやすみ? ぼくほいくえんなのに、ずるい!」

「まあそう言うな。その代わり、明日は俺がお迎えに行ってやるからな」

「ほんと? ぜったいだからね?」

「ああ」

 すぐ隣で微笑ましい会話が聞こえているのに、佐知の背中には冷や汗が伝う。それってあれですか? 明日お迎えに行けないほどのお仕置きが待ってるってことですか?

「えっと……俺、明日仕事なんだけど……」

「座れる体力は残しておいてやるから大丈夫だ」

 笑顔で恐ろしいことを言わないで欲しい。

「若、嫉妬深い男は嫌われますよ?」

「分かってねえなあ、お前。そういうのも嬉しいのが愛だ。佐知、そうだよな?」

「ソウデスネ」

 ……時々、賢吾の愛が重すぎて困る。まあ、そういう重い賢吾が好きなんだけど。

「夜が楽しみだな」

 耳元でそう言った賢吾が、史から見えない角度でぺろっと佐知の頬を舐めた。

「味見」

 子供みたいな嫉妬の仕方をするくせに、大人の顔で佐知を誘惑する。どちらの賢吾も大好きだから、佐知は白旗をあげて降参するしかない。

 せめて少しぐらいは寝られますように、と祈りながら。

 


 商店街の仲良しご夫婦ランキングで吾郎と京香夫妻が一位を取ったのは、佐知が賢吾の重い愛をいやというほど実感させられた一週間後のことである。

 もちろん、ノミネートされていたうちの一組がランキングから消えていたのは言うまでもない。

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