異世界の王に溺愛されています番外編「シロ視点」

 俺の名はプライド。誇り高き銀狼だ。弟のジョイと共に群れから離れたところを捕まり、今は人間達のもとで暮らす羽目になっている。

 花の芳香に包まれて庭で昼寝をするのは、最近の俺の趣味だ。花の匂いのお蔭で自分の匂いも紛れるから、ジョイに見つかる心配もない。

「あ、シロ。こんなところにいたんですか?」

 花の陰に隠れた俺を、ひょっこりと覗く者がいる。

こいつはユウリ。俺が唯一主と認めた男の大事な伴侶だ。ひと噛みで仕留められそうなほど見るからに弱そうだが、俺はこいつをなかなか気に入っている。俺達が檻から出ることができたのも、ユウリのお蔭だ。シロなどと頭の悪そうな名前をつけられても許しているのだから、俺も大概丸くなったものだ。

 だが今だけは会いたくなかった。にこにこと笑いながら近づいてくるユウリから逃げようと立ち上がって踵を返した俺だが、振り向いた先には主が仁王立ちしていた。

「シロ。お前、ずっと湯あみから逃げ回っているそうだな?」

 不覚だ。俺の匂いが紛れるということは、近づいてくる者の匂いも紛れてしまうということ。こんなに至近距離に来られるまで気づかなかったとは。

 湯あみという言葉に、俺の耳がぺたんと下がる。べ、別に怖い訳ではない。ただ誇り高い銀狼である俺がそのようなみっともない恰好を晒すなどということが許せないだけだ! 断じて水が怖い訳ではないからな! 

 銀狼は知能が高い。人間如きの言葉を理解するのはたやすいことだ。

「クロはすんなり入ってくれるのに、シロは本当に水が怖いんですね」

 ユウリの言葉に「がぅ!」と抗議をする。ジョイなんかと一緒にされるのは不愉快だ。あいつには銀狼としての誇りが足りないのだ。

「シロ。湯あみの時間だ、ついてこい」

 主に非情な宣告をされ、俺は仕方なしにとぼとぼと主の後ろをついて歩く。主の命令なら、たとえどんなに嫌なことでも従わねばなるまい。

 広い浴場に足を踏み入れる。体にもわっとした空気が纏わりついて、自慢の銀毛がみっともなくへにゃりとした。これだから湯あみは嫌なのだ。

「よし、じゃあお湯をかけますよ?」

 桶を持ったユウリに抵抗したいが、すぐそばでこちらを睨んでいる主の視線に、縫い止められているように動けない。

渋々ざばりと湯を浴びたら、跳ねた湯がユウリにかかり、ユウリが着ていた服が濡れた。その途端、主の視線が俺から離れて鋭いものになる。ユウリは自分が主に見つめられていることにも気づかず、着ていた服を脱ぎ捨てた。

「どうせ濡れるなら、俺も一緒に……あ」

 脱ぎ捨ててから主の視線に気づいて、ユウリはしばし固まった。あまり深く考えずに脱いでしまったらしい。

「いい脱ぎっぷりだな、ユウリ」

「え、えーっと、やっぱり服を着てたほうがいいかなあ、なんて……はは、ははは……」

「いいや、せっかくだから俺も一緒に入るとしよう」

 そう言った主がばさりと服を脱ぎ、俺は密かにチャンスだと思った。主とユウリが二人共服を脱ぐ時は、大抵交尾を始める。人間も魔物も、交尾をしている時は注意力が散漫になるものだ。

「い、いや、あの……あ、バルド……っ、だめですってばっ」

「何が駄目なものか。自分から服を脱いで誘ったのはお前のほうだ」

「さ、誘ってなんか……っ、や、ぁっ、あ」

 ユウリを捕まえた主が、立ったままでユウリの体を撫で回す。あえかな声を上げるユウリは、銀狼である俺の目から見てもなかなか色気がある。まあ、だからといって俺はオスと交尾をしたいと思わないが。人間というのは不思議な生き物だ。

「ん? 嫌なのか? ここをこんなにしたままで出られるのか?」

「あ、あっ、やだ、さわら、ないでっ」

「触るな? 自分で処理をするのか? それならここで見ていてやろう」

「ち、ちが……っ」

「ではどうする?」

「……っ、もう! バルドの意地悪っ!」

 ユウリがぺちりと主の胸を叩くと、主はくくくと笑ってからユウリにくちづけた。

「うんと善くしてやるから、そう怒るな」

「すごく、善い……?」

「ああ、すごく、な」

 くちづけでとろんとしたユウリに、主は機嫌よさそうに答える。二人はそのまま仲良く睦み始めて、俺はこれ幸いとそっとその場を立ち去ろうとした。……だが。

「シロ」

 名前を呼ばれて、俺はびくりと動きを止める。

「すぐに済むから、お前はそこで待っていろ」

「……がう」

 こちらを見てもいないのに主にそう告げられて、すごすごと浴場の隅に引き下がり、ぶるぶると体を振って水を弾いてから待機する。

「バル、ド……? なに? あ、あっ、ねえ? なに? ぁっ」

「何でもない。お前は気にせず俺に愛されていろ」

「あ、んっ、や、ぁっ……バルド、すごい、やだっ、しんじゃうっ」

 一瞬だけ正気に戻りかけたユウリは主の手管に篭絡され、俺の存在を忘れたまま主との交尾に夢中になった。

 そして俺はといえば、主の言葉通り、いつ終わるかもしれない交尾の終了をここで待つしかない。

 俺の名はシロ。主に忠実な銀狼である。


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