素晴らしい召喚がありますように
かくして僕は魔王軍の一員となった。
当時、魔族の存在は知れ渡っていたが、魔王なる存在は知られていなかった。人族は世界のほとんどを支配しており、すぐに対抗する戦力を起こす事は不可能で、魔王は裏でばれないように細々と戦力を蓄えていたらしい。
魔王の目的は人族を徹底的に滅ぼし、代わりに世界を支配する事であった。魔王軍には僕と僕の連れてきた国民たちを除いて他に人族はおらず、僕は度々針のむしろに立たされ、ダークマターをけしかける羽目になった。
僕の目的は召喚をする事だけである。妻と僕が生き延びて召喚をし続ける事ができれば人が滅びようが魔族が滅びようが構わない。だが、その観点で考えた場合、人族が滅ぼされるのは非常に困る。魔法石の採掘にも加工にも技術がいるのだ。プライドの高い魔族がそのような仕事をしてくれるとは思えないし、力づくでどうにかなるようなものでもない。
僕は一番初めの幹部会議で人類の殲滅という大義に異議を申し立て、更なる針のむしろに立たされた。
幸いだったのは、魔王が人の思考を読む力を持っていたことである。僕の思考に、同じ人族だから助けたいなどという慈愛の精神がない事を読み取り、魔王は僕の願いを聞き入れ最低限の人間を残す事を決定した。僕は、僕に従わない他の幹部たちに如何に合法スライム液を仕込むか考え、魔王から注意を受けた。
僕は魔王軍に下る寸前、まだ残っていた魔法石のほぼすべてを持ち帰っていたが、魔法石の在庫はちゃくちゃくと減っていた。
魔族に召喚魔導師という職はなく、魔法石の需要もないため、魔法石を手に入れる術がなかった。もし魔法石が切れ、召喚ができなくなったらと考えると怖気が奔る。
僕は魔法石の鉱山を多く持っている国をピックアップし、幹部会議で攻め入る優先度の高い国として上げた。魔族のほとんどは生来の能力値の高さにかまけた脳筋ばかりであり、僕の述べるそれっぽい理由に丸め込めそうだったが、僕の思考を読める魔王によりその案はお取り潰しになった。魔法石は戦略物資であり、その鉱山を多く持つ国々は人族の治める国でも屈指の大国ばかりだった。僕は魔王に如何にして合法スライム液を仕込み説得するか考え、激しいつっこみを受けた。
僕はどうしても魔法石が欲しかった。
その頃、色々試してみて、僕はスライムの更なる合成の必要性にかられた。合法スライム液はあくまで人間を対象にして開発したものであり、身体の構造の違う魔族に対しては効きが薄い事がわかったのだ。僕は残った魔法石をスライムにしてパーフェクトスライムに更なる改良を加えた。僕は必死であった。魔法石の残りが僕の寿命と等価のような気さえしていた。
果たして、僕は新たなスライムを作り上げた。その名も――ヒュプノスライム。魔族に寄生し、その思考や感情を操る恐怖のスライムである。僕は躊躇いなく、それをいかにして有効活用するかの計画を立てた。
できれば下っ端から徐々に仕込んで魔王軍全体に行き渡らせたかったが、いかんせんヒュプノスライムは総数が少なかった。僕は仕方なく魔王軍の幹部である第一の側近にそれを仕込み、それがバレて魔王から半殺しを受けた。しかし、一度仕込んでしまえば魂の重要な部分を侵してしまうため、スライムの支配者である僕にも解除は不可能であった。僕は魔王からお前を仲間にしなければよかったと詰られた。
ここに至っても僕がまだ処分されなかったのは偏に僕に魔王に対する害意がなかったからであった。僕にあるのはただ召喚がしたいという感情だけであった。そして、夫に尽くすように教育を受けていた妻はそんな僕を愛し続けてくれていた。僕は前に進むことに躊躇いを持たなかった。
そして、僕は度重なる陳情の末、とうとう魔王から人族の国に攻め入る許可を得た。事情を知らない周りの他の幹部たちは、僕が魔王から信頼を受けていると勘違いして憎々しげな視線を向けた。魔王の僕への感情はただうんざりであった。そこにあったのは味方に毒を仕込まれる位ならば敵に仕込んでくれという思考だけであった。
僕は早速、鉱山を持つ大国の王都に致死毒を持つ毒スライムをけしかけ、水と大地と空気を侵してその中枢を物理的に全滅させた。その隙に魔王軍の一部を使って加工済みの魔法石をごっそりと奪い取り、僕に与えられた城に運び込んだ。取り敢えず何をするにしても魔法石が必要であった。僕は魔王から言っている事とやっている事が違うと頭を抱えられた。
時間がなかった。戦争で大量に消費したせいでスライムの在庫も減っていた。戦力を増やすにしても、当たりを引くにしても、回転率をあげるのは急務であった。
僕はごっそりと奪ってきた魔法石を使い研究を重ねて、新たな召喚魔法を編み出した。その名も十連召喚。それまで召喚の際は一匹ずつ召喚しなければならなかったが、この画期的な魔法はそれの十倍の回転率を叩き出す事を可能とする。出てくるのはやっぱりスライムのみであった。
僕がしでかした人族への侵攻により、世界は再び戦火の渦に包まれた。
魔王はもう少し力を蓄えるつもりだったらしいが、僕の与えた被害は想定以上に甚大であり、戦いを開始せざるを得なかった。
そんな中、僕の毒スライム戦法はやたらと戦果をあげた。
鍛えられていない民たちは生きる毒物に容易く侵され、守るべき者たちが死んだのでそれを守っていた戦士たちも気勢を失い倒れていった。僕は悲劇を量産しながらスライムも量産していった。大国を同じ戦法で五つ滅ぼしたところで、僕は魔王軍の中で盤石の地位を手に入れていた。
僕は誰よりも敵に与えた被害が大きかったので、魔王軍から一目置かれる存在になった。反面、こそこそと陰口も言われていたが、別に僕は評価して欲しかったわけではなかったので気にしなかった。
初めは敵と同じ人族ということで信用されていなかったが、容赦のない攻勢に他の幹部たちも僕を信用し始めた。僕はその信用を有効活用して、幹部たちに片っ端からヒュプノスライムを仕込んだ。僕の危険性を知っているのは思考を読める魔王だけであった。僕は魔王から度々半殺しにされた。魔王はヒュプノスライムを仕込まれた幹部たちをどんどん交代させていったが、僕がヒュプノスライムを仕込む速さの方が早かった。また、ヒュプノスライムを仕込んでも何か命令しているわけではないので、本当に仕込まれているのか、本当にその効果が有効なのか知るすべはなかった。魔王はとても用心深かったが、年月が過ぎ問題が何も起こらないのを知ると、徐々にその状況に慣れていき警戒を薄めていった。
戦争を続けながらも、僕はひたすらに召喚を繰り返した。
いくら引いてもやはりレアは引けなかった。僕はスライムと魔王軍の指揮を取りながら、スライムを召喚し続けた。それは一種の地獄のようであった。
妻が召喚をやりたがったので、僕は召喚魔導師の教本を与え、やらせてみた。妻は僕の目の前でたった一回の召喚で竜を引いてみせた。妻は申し訳なさそうな顔をしたが、僕のメンタルはダークマターだったので特に気にしなかった。妻への愛も変わらなかった。妻はその晩、夕食に僕の大好物を作ってくれた。僕はただ涙した。
十連召喚は結果こそ残せなかったが、凄まじいまでの回転率を叩きだした。幾つもの鉱山が枯渇したが、滅ぼした国の方が多かったので問題なかった。
僕のスライムは更なるパワーアップを重ね、ついに人並みの知性と人型を持つ神々しい輝きのスライム(?)を作りだした。スライムは合成完了と同時に人語を話し始め、僕の事を『人の子』と呼んだ。僕はそれにゴッドスライムと名付けた。ゴッドスライムはあらゆる魔法を操り魔族を超える身体能力を持っていたが、僕に竜を引かせる力はなかった。僕は死ねばいいのにと思った。
§§§
僕の人族侵攻はすこぶる順調だった。
しかし、全てに終わりは来るものだ。
やることはやっていたので、子供ができた。そして妻は初めて僕に我儘を言った。
世界は既に七割がた闇に包まれていた。
魔族の猛攻に人族もようやくそのままではまずい事を理解したらしく、国同士が結束して何とか対抗していたが既に状況は決していた。このままでは近く、人族全てが魔族の奴隷となる世界が来るであろう。
申し訳なさそうな表情で、妻は情操教育に悪いと言った。僕はただそれに頷いた。別に魔族に特別な感情があるわけでもない。僕の優先度は妻が第一であった。僕と妻は数年経ってもラブラブだった。
魔王と顔を合わせると思考を読まれてしまう。
僕は幹部会議をぶっちして、人の国に一人向かった。僕は遠くからスライムを操っているだけで、顔は知られていなかったし、魔王軍にいるはずのない人間だったので容易く国に入る事が出来た。
僕は数年ぶり、人間の国同士で戦争していた時ぶりに従兄弟と接触を取った。従兄弟は元英雄と呼ばれていた。彼の息子は勇者の称号を得ており、銀の竜と金の竜を擁していた。僕はそれを見て、持つ者はいるもんだなあと思った。
僕は従兄弟に殺されかけた。しかし、殺されなかった。僕と彼はもともと、仲が悪くなかった。僕はランダム召喚の闇に飲まれモラルを捨て去ったが、召喚で成功ばかりしていた従兄弟にはモラルが残っていた。
僕は従兄弟と取引をした。僕は魔王を滅ぼす事を条件に、新たな戸籍と立場を貰えるよう手はずを整えてもらった。
§§§
僕は魔王を滅ぼした。すでにその周囲のほとんどはヒュプノスライムに侵されていた。魔王に匹敵する幹部たち、強力な魔族たちは既に僕の手駒であった。僕がすべき事は命令だけであった。
僕はリスクを考慮し、その場にいなかったので魔王の断末魔を知る事はなかった。
世界はまるでその戦禍が悪夢だったかのように一夜にして変わった。魔王を旗印として集っていた魔族たちはその崩御に伴い瓦解し、一気に散っていった。
僕は手元にいるスライムたちを皆、野に放った。毒スライムたちには毒を出さないように命令し、パーフェクトスライムとヒュプノスライムには秘境に去るように命令した。
僕の配下にいた国民たちは皆、難民として様々な国に流れ、僕は魔王軍幹部からただの美人の奥さんを持つおじさんに変わった。
それは僕にとっても夢の終わりであるかのようであった。
僕は久しぶりに単発召喚を試みて、ブルージェリースライムを召喚した。
僕は妻の方を向きそれを指さし、大笑いした。
§§§
そして僕は、情操教育に悪いため、召喚するのをやめた。
僕は召喚魔導師を引退し、スライムの危険性を訴える会を設立し、その会長となった。
僕は今まで召喚してきたスライムの情報を一冊の本に認め、久しぶりにそれを出版した。
スライムについて、僕はまさしく世界の一歩も二歩も先を行っていた。倫理に邪魔されて並の人間では出来ない人体実験もおおよそやり尽くしていた。神の作り方さえ知っているのだ。
毒スライムの危険性は戦争で散々知れ渡っていたので、僕の本はあっという間に市井に広まった。僕は一流のスライム学者の称号を取得し、軍部や学校に呼び出され何度も講義を行う事となった。僕の生み出した毒スライムの解毒方法はあらゆる毒スライムのそれを網羅しており、僕は人類に貢献したという事で栄誉ある賞を貰った。
僕の召喚運は悪かったが、その他の運はかなり高いようだった。
僕の今までの経歴を知る者も何人かいたはずだったが、僕のスキャンダルは結局表に出る事はなかった。
僕の生活は大富豪だった頃とは比べものにならなかったが、普通の生活を送るだけならばかなり余裕のある生活であった。
僕は妻と一緒に子供を育てながら日々を過ごし、あっという間に数年の月日が過ぎ去った。
§§§
そして、僕は久方ぶりに触る魔法石の感触にかつての日々を思い出し、ため息をついた。
息子は既に大きくなり、召喚魔導師を目指し始めていた。妻は血は争えないものだと笑っていた。僕に息子がそれを志すのを止める権利はなかった。僕はただ、親としてその方法を教える事にした。
僕は輝く石を息子の目の前に掲げ、お手本として召喚陣を描いてみせた。既に十年以上召喚していなかったはずだが、身体がその描き方を覚えていた。
僕は眼を輝かせる息子の目の前で久方ぶりに召喚を実施してみせ――
ブルージェリースライムを召喚してみせた。
スパンをあけても変わらない結果に、僕はため息をつけた。
これが血のせいであるのならば、息子もまたスライムしか引けないはずである。しかし、例えスライムしか引けなくても召喚は素晴らしいものだ。僕の人生は召喚に翻弄されたものであったが、その事実に異議を唱えたことも後悔した事も一度もない。
僕の前で、息子が教本を見ながら覚束ない手つきで召喚魔法陣を描いた。その眼の奥に見える輝きに僕は、かつて僕が召喚する直前に何を考えていたんだったかな、と思った。
そして、息子が目の前で召喚してみせた。
放出された光は僕が今まで何年かけても出てこなかった、そして僕が召喚魔導師を志すきっかけになった原風景にある『金色』であった。
そして、息子は竜を召喚した。
身の丈はそれほど大きくない。お伽話の竜は山の如く、砦の如く巨大と言うけれど、目の前に現れた竜の大きさはせいぜい、まだ九歳である息子と同じくらいだった。
その翼はまだ幼く万全に広げても自身を持ち上げる事すらできないだろう、その滑らかな鱗は柔らかく引っ張れば剥がれそうだ。
だけど、それでもその存在はただただ美しく、言葉を発する事も出来ずただ立ち竦む僕の前で息子がこちらを向き、あどけない声で言った。
「お父さん、何か召喚魔法陣の描き方、少し変じゃない?」
§§§
そして、僕は新たな召喚魔法の生みの親として、召喚魔導師の歴史に名前を刻む事となった。
その名もスライム召喚。
本来の召喚で使う召喚魔法陣の一部の記載に、癖とも呼べる極僅かな変化をつける事で、召喚する対象をスライムに限定する事ができる。召喚できるのはスライムのみとはいえ、本来ランダムである召喚の結果に指向性を持たせるというのは画期的であった。問題だったのは、僕がその事実に数十年間気づかなかった事だけであった。今まで誰も気づかなかった、違和感を指摘しなかった、その程度のほんの僅かな差である。おそらく、悪魔を召喚したあの時は手が震えていたので、いつも出ていたその癖が出なかったのだろう。
僕は生涯召喚したスライムたちのその全てを図鑑に認めた。その一番初めのページは当然、全ての発端となったブルージェリースライムだが、そのゼロページ目――表紙の裏には僕の心の叫びが記されている。
『必要なのは根気ではなく、回転数でもない。自身に問題がないか見つめ直す覚悟である。召喚そのものが目的になっていないか、それが本当に必要なものなのか冷静に考え、召喚する事。これを読む全ての者に素晴らしい召喚運が訪れん事を願う』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます