当たりさえ出ればそれでいい

 ずっと、僕には運がないものだと思ってきた。

 召喚運が最低なのだと思ってきた。

 例え一生引き続けたところでスライムしか出ないものだと思ってきた。


 これまで召喚した回数を、僕はもはや覚えていない。


 いつからか、半ば召喚する事それ自体が目的になっていた。


 魔法石を魔法陣に配置する際に感じる、ランダム召喚に対する期待は強い陶酔感を伴っていた。

 配置する指が震え、呪文を唱えると同時に脳内に奔る強い快楽。


 半ば、それは娯楽であった。


 だから、諦められた。諦められると思っていた。


 スライム以外が絶対に出ないのならば、結果が既に見えているのならば。


 僕は足元でふらふらと佇む、召喚したばかりの小型の悪魔を見て、確かに神の声を聞いた。




 今までの召喚では試行回数が足りなかっただけ、頑張れば報われる。

 もっと召喚を、更なる召喚を、地獄の炎のように激しい召喚を。




 出る。次こそでる。否、次に出なかったとしても近いうちに念願の竜を引けるに違いない。

 引きが来ていた。ここまで来て諦めてしまえば僕はただの道化である。逆に言うのならば、結果的に竜を引ければ今までスライムしか出なかった事実も全て帳消しに出来る。そう思った。


 前に進まねばならなかった。今まで無駄に使ってしまった魔法石のためにも。合成し続けたスライムのためにも。



 ――召喚がしたい。




 天が燃え、地が鳴動する。滅びかけた国、月明かり一つない夜の下で、僕は召喚をする決意をした。

 一分でも、一秒でも長く、一回でも多く召喚したい。


 とうとう確率が収束し始めたのだ。召喚出来るのならば例え世界が滅んでも構うものか。





§§§




 僕は妻を屋敷に残し、戦線に参加した。



 僕が欲しかったのはスライムではなく竜である。だが、それは決して強いからと言った理由ではない。レアだからである。僕はレアが引きたかったのである。


 僕はただの召喚魔導師だった。そして、珍しい事に軍人ではなかった。その眷属の戦闘能力にも興味はなかった。

 ずっと商売と召喚ばかりしていた。武闘大会で勝利したのも一重に八百長あってのものだ。だがそれは、決して僕の眷属が弱いという事を意味しない。


 召喚魔法とは魔法石を媒介に別世界からエネルギーを召喚し、それを元に眷属を生み出す術である。決して、別世界から竜やスライムを引っ張ってきているわけではない。

 ならば、そのような理論で眷属が生み出されるのならば、竜とスライムの差異が何かというと、魔法石に定着するエネルギーの多寡によるものだとされていた。定着するエネルギーが多ければ強力な竜になり、少なければ最弱のスライムになる。


 その理屈で言うのならば、合成に合成を加え何万匹ものスライムのエネルギーを合体させて作った僕のスライムが弱いわけがない。


 僕は王から許可を得ると、ダークマターを連れて前線に出た。突然現れたスライムらしからぬ理解不能の生き物に、敵軍は困惑した。


 勝たねばならなかった。


 相手は連合国軍で、そもそも兵の数が違う。

 向こうには強力な竜を率いる従兄弟もいる。別に身内だから手を抜くとか、そういうつもりはないが、スライムの一匹や二匹で覆されるような戦況ではない。だが、僕の手元には数えきれない程のスライムがいた。例えその場にいなくても、召喚魔導師は眷属を操る事ができた。


 召喚したい。僕の中に燻ぶるのはその感情のみだった。勇気はいらなかった。恐怖もモラルももはや何の意味もなかった。ずっと召喚し続けてきた。そのためならば悪魔にでも修羅にでもなろう。


 何もやらなければ壊滅するのだ。どうせ壊滅するのならばやって壊滅した方がいい。


 勝利するのは難しいが、戦線をかき回すのは簡単だった。


 戦争は一方的な虐殺から理解不能の地獄絵図に変わった。


 僕はダークマターに敵軍が困惑している隙にプール五個分の在庫スライムを片っ端から様々な種類の毒スライムに合成し、それを進軍させた。時には大砲で打ち上げ空から雨のように毒スライムを降らし、広範囲の大地が毒に侵され、敵も味方もバタバタと倒れた。強力な鎧も盾も、空を、大地を、水を侵す毒スライム群には無意味だった。僕は、僕の知る限りあらゆる毒スライムを使ったため、治療方法の短期確立は困難であった。スライムに関しては、誰もが僕の足元にも及ばない。


 僕はプール五個分の在庫スライムでパーフェクトスライムを無数に合成し、その合法スライム液を密かに軍の中に蔓延させた。快楽物質に支配された軍には恐怖も痛みも効かず、生ける屍のような軍に、戦線は大混乱に陥った。

 王がその現状を知り、頭を抱えたが、僕にあるのは現状を何とかくぐり抜けただ召喚したいという意志であった。合法スライム液は戦場を通じて連合国軍側にも伝わり、謎の成分の恐怖を思う存分思い知らしめた。


 僕は諸外国に輸出していたペットスライムの全てに命令し、破壊の限りを尽くさせた。敵国はその軍に大きく力を割いている。チャンスであった。

 輸出されていたスライムの数は相当数に達していたため、敵軍は突然国元で発生した凄惨な事件の数々に顔色を変え、士気が大きく下がった。戦線を放棄して帰国しようにも、前線も同じくらい混乱の渦にあり、指揮系統は乱れに乱れた。今まで無害だと考えていたスライムに対する対策はどこの国でもなされていなかった。


 最前線をかき回していたダークマターが戦死した。僕はプール五個分の在庫スライムを合成して新たにダークマター数体を生み出した。


 ――勝たねばならなかった。


 死者数は当初の想定を大きく超えた。一方的だと思われた戦争は完全な泥仕合になった。戦争の期間は三日を遥かに超え、一月経っても三月経っても終わる気配を見せなかった。もはや勝っても負けても損害が莫大過ぎるのは誰の眼にも明らかであった。だが、もはや引っ込みは付かなくなっていた。


 僕の国の軍の殆どが敵軍の攻撃と毒スライムの毒とパーフェクトスライムの麻薬により倒れた。だが、連合国軍の被害はそれ以上であった。それはまるで疫病のようだった。尽きる事のないスライムはまるで大海の如くであった。毒スライムにより侵された大地は草木も生えぬ不毛の地になった。


 勝たねばならなかった。ただ召喚をしたかった。


 僕はスライムたちが大暴れしている間、在庫の魔法石を使って召喚し続けた。戦時だったので既に魔法石の採掘は行われていなかったが、在庫は大量にあったので特に召喚に滞りはなかった。

 スライムしか出なかったが、もうそんなので気勢が削げたりはしなかった。スライム以外が出るという事はわかっているのだ。ならば僕はただ召喚を続けるのみ。そんな僕を、まだ戦況を詳しく知らない世間知らずの妻は心配そうに見ていた。


 義父であり、国王が長きに渡り続く戦争のストレスで亡くなった。既に王子たちは皆戦死していたので、僕が繰り上げで王になった。だが、もはやその称号に意味などなかった。豊かな大地はすでに毒に汚染され、例え和睦がなった所で元には戻らない。僕は全てを連合国軍の愚かなる行いのせいだと発表し、徹底抗戦を謳った。


 皆が皆、疲弊していた。だが、僕は手を止めなかった。

 誰もが死に物狂いだった。僕がやったのは命令だけであり、奇しくもそれは召喚魔導師の得意とする戦術と一致していた。


 やがて、連合国軍から停戦のための使者が訪れた。僕はそれを取り合わず、合法スライム液中毒にして追い返した。


 戦争が終わったところで僕の国の体力は既に壊滅的であった。既に味方はいない。戦争の終了は国の終わりをも意味していた。既に国は死んでいた。一度足を止めれば二度と立ち上がれない事を、僕は知っていた。残された道は勝利のみであった。人の在庫は既に空だったが、毒スライムもパーフェクトスライムもダークマターもまだまだ在庫があった。僕は毒スライムやダークマターの効率的な合成方法を見つけ、それを書物にしたためた。


 やがて、僕の国の国民の七割が死に、連合国軍の大部分が戦えない状態になった。豊かだった地は死体で埋まった。

 戦争は下火になった。死傷者数は今まで発生した如何なる戦争のそれをも大幅に超え、生存者も殆どが使い物にならない状態であった。


 自然消滅的に戦争が終わりかけたその時、僕の下に一人の使者が訪れた。


 連合国軍からの使者ではない。それは魔族と呼ばれる人類の天敵である種からの使者であった。

 僕は性格とスライムを操る能力を認められ、魔王と呼ばれる魔族の王からスカウトを受けた。


 魔王からの使者は僕の事を、同じ種族の命を顧みない途方も無い残虐性と称したが、僕はそうは思わなかった。

 僕は勝たねばならなかった。次、次の瞬間こそ、当たりが出るかもしれないのだ。僕は全ての犠牲者にかけて、当たりを引かねばならなかった。図らずも屍山血河を築いてしまった。既に後戻りはできない。


 どうせこのまま戦争を続けても止めても未来は見えないのだ。

 僕は世界中の魔法石と残された僅かな国民の生存を条件に、魔族の王の配下となる事にした。


 僕はその瞬間から、スライムマスターから魔王軍幹部の一人、スライムの支配者ロード・オブ・スライムとなった。

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