次だ。次こそ出るかもしれない!

 僕に与えられた爵位は男爵位だった。

 一代限り、世襲も認められず土地も与えられない名誉職のようなものだ。国から雀の涙のような給金が出るが、せいぜい魔法石四、五個分にしかならない。国に長く仕えていた騎士団長ならばまだしも、僕のような外様のぽっと出に与えられるのはせいぜいそんなものなのだろう。事前に予感していたとはいえ、あまりのしょっぱさに僕は舌打ちした。一般人や騎士の感覚ならば兎も角、僕は大富豪だったのだ。一年分の給金は早速魔法石四個になり、既定路線でスライム四匹へと変わった。


 無駄ではない。僕は夢を、可能性を買っているのだ。


 僕は画家を雇い、四匹のスライムと、最近は増えすぎて倉庫を借りて預けてあるスライムたちをスケッチしてもらった。僕はそれを僕のビジネスの看板にした。

 もはやこの国に僕の名前を知らない者はいなかった。そして、その名にはああ、あのスライムの、という風評がついてまわる事は言うまでもない。


 優勝祝いに武器商人を始めとした商人たちが祝儀品をくれた。彼らは賢かったので祝儀品は魔法石であった。僕はそれを使ってまるで呼吸でもするかのようにそれでスライムを召喚した。


 次にターゲットに定めたのは魔法石の理想郷アルカディア、魔法石の眠る鉱山である。

 ただし、魔法石は戦略物資であり、その採掘権は当たり前だが国が保有していた。特に最近では魔法石の値段が高騰している事もあり、魔法石の鉱山は貴族からの注目の的だった。

 そこには大きな利権が存在し、例え王国の武闘大会で優勝した今現在もっともホットな英雄である僕にも付け入る隙は存在しない。


 僕は迷った。手法は二つ。正攻法か外法か。正攻法では時間が掛かり過ぎるので当然その選択肢はないに等しいのだが、外法にしても方法があまりにも思いつかない。鉱山を手に入れるには流通を担う商人は勿論の事、元締めである貴族を潰さなくてはならないし、後腐れなく貴族を潰す事などただの召喚魔導師である僕なんかには出来はしない。


 僕は迷いに迷い、取り敢えず国の中での知名度を上げる事にした。

 無理はしない。魔法石の鉱山が手に入らなくても、僕は今や英雄だ。ある程度の供給は受けられるはずだ。今は雌伏の時である。


 僕は王家御用達のスライム商人の立ち位置を利用してスライムカンパニーを設立した。例によって競合はいなかった。毎年、新たな召喚魔導師が現れているはずだが、どうやらスライムばっかり引くのは僕だけらしい。僕は死ねばいいのにと思った。


 その頃、僕と武器商人の関係は危ういものとなっていた。僕が教えたメタルシード精製方法が彼に出来ない代物だったからである。僕は嘘などついておらず、実際に目の前で生成してみせたのだが、彼はまるで僕を詐欺師であるかのように罵った。しばらく定期的にメタルシードを納品するという内容で結局手を打ったが、両者の間に溝はできたままだった。武闘大会の出来レースというこの上ない弱みを握られているので、さっさと潰さなくてはいつか問題になるだろう。僕は召喚したいだけなのに面倒な事になったなと思った。


 英雄の名とスライム物販の利益を元に、僕はどんどんスライムグッズを展開していった。その頃ようやく気づいたのだが、どうやら僕には商才があるらしい。武闘大会でPRしたのも良かったのだろう。ミレニアムなフェスティバルで国民たちの頭と財布の紐は緩みまくっており、発売したグッズはまさしく飛ぶように売れた。僕はどうせならば商才よりも召喚運が欲しかったなあと思った。


 僕はスライムグッズの売上で更なる飛翔を目指した。薄利多売でばらまいたスライムグッズにより国民たちの意識にスライムの存在は身近なものとして染みついていた。

 既存のルートが使えないのならば新たに道を作らねばならない。ガチャを引く度に感じる陶酔は尽きることのない燃料だった。僕は新たに貴族たちに賄賂を送り、一つの法案を通させた。


 即ち、スライムのペット化である。



 ――全ては魔法石のためであった。



§§§



 ペットスライム。


 従順でコケティッシュ。ファンシーでポップ。餌などは何でもよく残飯処理にも使え、蚊や蝿などの害虫もとってくれる。召喚したスライムなので危険性はない。


 僕の売りだしたペットスライムは爆発的なブームを巻き起こした。僕は同時期に商人と手を組みメディアミックスに手を出した。スライムを主人公とした漫画、小説、観劇に至るまで。国は僕とスライムの手の平の上で踊った。皆がスライムに熱狂している中、僕はただ一人、ずっとスライム以外を求めて召喚し続けたがブームと同じく出てくるのはスライムだけであった。


 利益第一じゃなかったのが良かったのだろう。金銭を湯水の如く賄賂と宣伝に使ったのも良かったのかもしれない。王室に第一にスライムグッズのサンプルを捧げていたのが影響していた可能性もある。

 僕は経験から知っていた。掛けた金など世論を支配すれば容易く取り戻せる。


 僕は大々的な宣伝後、スライムをペットとして売りだした。種類と大きさによって値段は変わるが、基本的に高級志向。一匹で屋敷が一つ建つほどの値段をつけたが、ペットスライムは飛ぶように売れた。貴族たちは自分のステータスの一つとしてスライムを飼うようになった。僕はそれにかこつけて亜種を大量に生み出し始めた。

 カッパースライム、シルバースライム、ゴールドスライム、プラチナスライム。レア度とか全然関係なしに僕は色でグレードを分けた。最上の価値とされるロイヤルスライムは第三王女にプレゼントとして献上した。あらゆる贅沢を味わっているはずの大国の姫君は、そのスライムのプレゼントに大喜びして僕に抱きついた。僕は何をやっているのだろうと虚しくなった。


 ペットスライムはバブルを巻き起こした。その利益率はあろうことかメタルシードを越えた。

 後に言う大スライム時代である。その時、猫も杓子もとにかくスライムであった。


 スライムマスターである僕の名前は国内は勿論、国外にまで爆発的に広がった。僕はカリスマになった。

 本末転倒な事に、召喚魔導師の中には僕のようにスライムを召喚したいと望む者まで出てきた。だが、誰にも出来なかった。スライムは所詮外れなので、スライムを召喚する召喚魔導師も時たま出てきたが、競合にはならなかった。眷属をコントロール出来るかは術者の実力に掛かっている。十年以上の間スライムを引き続けそれらを全て操作して実力を磨いた僕に敵うわけがないし、質だって合体を繰り返した僕のスライムの方が上だ。僕は他の召喚魔導師が召喚したスライムをまぁまぁ頑張っていると評価し、裏でメディアを操ってそのスライムたちに模造品のレッテルを張った。


 僕の下に弟子入りしてきた召喚魔導師も何人かいたが、スライム以外を召喚したのですぐさま破門にした。中には僕が焦がれてやまない竜を召喚した者までいた。僕は何も言わずにふて寝した。


 僕は商売と同時に裏でスライムの配合を研究し始めた。邪魔者を片付けるためである。

 毒スライムはもう使えない。あれを使ったことを、僕を武闘大会で勝たせた商人たちは知っている。毒スライム対策は万全である。


 実験材料はいくらでもあった。一回召喚しても十回召喚しても百回召喚してもスライムスライムスライムスライム。スライムのペット化といっても、全てのスライムを売れるわけじゃない。従順で可愛らしいペットとするためにはある程度の硬さが必要であった。

 僕が新たに建てた屋敷には巨大なプールが存在し、そこには売り物にならないスライムが大量にびちゃびちゃしていた。


 やがて、他の国からもスライムの噂を聞きつけた連中が続々と入ってきた。莫大な外資の投入により、スライムバブルは白熱化した。その段階に至っても競合が出なかったので、僕の元に入ってくる金は右肩上がりであった。ただし、僕の資産に貨幣はほとんどなかった。僕の目的は大金持ちではなく、竜を引く事なのだ。金は投資と魔法石で消えたので、僕はいつも質素な身なりだった。メディアはそんな僕を清貧と呼び称賛した。


 中にはそんな状況に警鐘を鳴らす者もいたが、大多数の熱狂の渦に埋もれていった。


 スライムの安全性と品質は担保していた。害虫は食べるが、生きている動物や人間の死体などは食べないので犯罪に使われる危険性も大きくない。

 が、担保するまでもなく、皆が皆、スライムが最弱の魔物で、やろうと思えば何時でも簡単に処分出来るものと思っていた。事実、どの書物にも研究資料にもジェリースライムの弱さについては書かれていたが、その危険性についてはほとんど書かれていなかった。

 火にも冷気にも雷にも物理衝撃にも弱い哀れな生き物。皮肉なことに、スライムなんてもう見たくもない僕が一番スライムについて詳しかった。


 その情報は勘違いであった。いや、野生のジェリースライムの弱さは本当だったが、スライムマスターの僕が合成して作ったスライムは実は既に十分人間を殺傷しうる域にまで達していた。

 安全性は担保されていたが、その理由は僕がそう命令しているからにすぎない。従順になるよう、害虫以外は食べないよう、人の死体は食べないよう、命令していたからに過ぎない。


 スライムたちは売られていった後も僕の忠実な下僕であった。


 そして、その事実に気づいている者は誰一人いなかった。




§§§




 僕は日夜、召喚と合成を繰り返し、竜は召喚できなかったがやがて一体の画期的スライムを生み出した。

 今まで誰一人見たことがない薄白く発光するジェリースライム。僕はそれにパーフェクトジェリーと名付けた。


 そのジェリースライムが分泌する液は人の脳内に快楽物質を過剰分泌させ、人を堕落させる。


 僕は魔法石の鉱山に手が届きかけている事を悟った。

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