神は賽を振らないが僕はガチャを引く
僕は久しぶりに召喚以外に頭脳を注ぎ込み、第三王女攻略作戦を開始した。
手法は二つである。即ち、正攻法か、それとも外法で行くか。
既にランダム召喚という闇に魂を売り払った僕にモラルなんて存在しない。だから、そのどちらを取るか決定するのは倫理などではなくリスクとリターンだけだった。
僕は商人の仲間に助けを求めた。洗濯王とスライム風俗、メタルシード、これで助けを求めるのは四度目なので、商人たちに今度は何をしでかすつもりだという目で見られたが気にしなかった。僕が召喚の鬼であるのと同じように、彼らは金の鬼であった。僕は金の亡者より召喚の亡者の自分の方がまだマシだと思ったが、多分他者から見たらどっちもどっちだっただろう。
僕は初めて自分の住みついた王国について調査を始めた。
商人は僕の味方だ。隙があれば付け込める。スライム風俗をやっていた頃の顧客名簿もある。風俗を経営していた当初は別に脅すつもりはなかったが、それは地位のある者にとって弱みと呼べるだろう、異種姦とは業が深いものなのだ。
調べた結果、僕は国に隙がない事を知った。
戦争が起こる気配はなく軍備も整っている。王はそこそこの善政を敷いており、経済も上手いこと回っている。今の所、弱点は魔法石の供給が少ない事くらいだが僕にはつけこめそうもない。
スライム風俗顧客名簿の力はそれ単体では殆ど効果がないし、継続的に脅しが成功するとも思えない。あっという間に僕は捕まってしまうだろう。ただでさえ僕はスライム風俗元締めの最重要容疑者なのだ。捕まっていなかったのは分を弁えたからというただそれだけの理由である事を僕は知っていた。
僕は安宿の一室でリスクとリターンを天秤にかけ、舌打ちした。付け入る唯一の隙は僕のターゲットが第三王女――王室的には優先度の高くない存在だということ。財政難だったら金で買える可能性もあったが、景気がいいんじゃそれも無理。その理由の一端を、メタルシードが市場に出回った事が担っている事を知り、僕は絶望した。
小さな隙はいくつもあったが、ただの一召喚魔導師の僕が切り込むのは危険過ぎる。僕は召喚以外については慎重だった。
仕方なく僕は正攻法で挑む事にした。幸いな事に、手段はあった。
建国一千年記念という事で、皆の頭のねじはかなり緩んでいた。フェスティバルの一環で頭のおかしい大会が行われる事を僕は知っていた。
そう。王国主催の武闘大会。
手段や流派を問わない武闘大会で、優勝者は可能な限り願いが適うという、学生が遊び半分で考えたかのような企画である。
§§§
コネを使い、僕は短い時間を最大限に使って参加者を徹底的に精査した。最善を尽くすのが僕のモットーであった。
僕はコネで手に入れた他のメンバーにはまだ公表されていない参加者リストを確認して舌打ちした。なるほど、さすが優勝賞品が優勝賞品だけあって錚々たるメンバーである。
武闘大会とはその名の通り、トーナメント形式で武技を競う大会である。対戦相手の死か戦闘不能で勝利、決着がつく。脳筋御用達の大会で、大衆娯楽の意味もあり、伝統という付加価値まで付いている。そもそも、武闘大会自体歴史の節目節目で度々行われてきた。何でも願いを叶えるなんていう頭のいかれた大会は今回が初めてで、今回程規模の大きいものは滅多にないとはいえ、参加者の半分は常連であった。
殆どの時間を召喚に費やした僕ですら知っている名前がつらつらと並んでいる。
正攻法では勝ち目はない。そもそも、魔導師の本領は遠距離からの攻撃である。一定範囲内で戦う武闘大会で流派問わずの場合、魔導師よりも剣士や騎士などの近接戦闘職が断然有利と言われている。強力な魔法を使うには長い詠唱が必要とされるためだ。
そもそも時間はなく、おまけに眷属はスライムしかない。僕はあっさりと正攻法で勝ち抜く事を諦めた。
いくら頑張ってもこんなの無理だ。相手はプロの戦争屋である。片や僕は召喚魔導師だが軍人ですらない。召喚魔導師の99%は軍属になるので、学校で一通り立ち回りは学んだが所詮、学生のお遊びの域を出ていない。
しかし、自分の中でその結論が出たその瞬間、僕は思った。
僕は無駄な事はしない。それでも、しかしそれでも竜が出ればまだ万に一つ勝ち目はある。
僕はお守りにしていた十個の魔法石を見下ろした。今までずっとスライムを引き続けた。だが、今回こそ、この大一番でこそ竜が出るような気がする。神は僕を見捨てないはずだ。
僕は十個の魔法石を震える指先で召喚陣に置き、神に祈った。
そして、いつも通りスライムを十匹召喚した。
僕はライバルに毒を盛ることにした。
§§§
盤上で戦うライバル、盤外で戦う僕。
僕は召喚魔導師にして商人であった。商人が武闘大会に出るなど前代未聞である。そこに付け入る隙があった。ぶっちゃけ金であった。
僕はメタルシードを納品し続けた武器商人と手を組んだ。一番初めにメタルシードを納品した際は王国で三番手の規模であったその武器商人は、メタルシードの力でライバルをごぼう抜きしていて、今や王国軍に武器を卸す立ち位置となっていた。
僕はメタルシードの生成方法をネタに商人の力を借りた。
参加者にも諸々の事情はある。武器商人はその商売相手である戦士についても詳しく、それぞれの事情も独自の伝手で知っていた。
曰く、この大会は出来レースらしい。僕はその時、初めて優勝候補筆頭の存在を知った。
王国騎士団の団長である若き英雄。卓越した剣技を持ち、王国最強の剣士の称号である剣聖の名を得るのも時間の問題だろうとされる男である。その男が、あらゆる魔法攻撃や物理攻撃に最上の耐性を持つメタルシード製の鎧と剣を使い出場してくるらしい。言うまでもないがその鎧と剣は僕が供給したメタルシードを元に作られた逸品であった。僕は死ねばいいのにと思った。
あらゆる攻撃を完封出来る装備を持っている以上、その男の勝ちは揺るがない。
武器商人は僕に警告したが、僕の弱点は『最強』ではなく『ランダム』だったので気にしなかった。
僕は参加者の名簿を四つに分類した。強者と弱者、金でどうにか出来るものと出来ないものである。
奇跡は起きないから奇跡と言うのだ。起こせたとしても一回だけである。不戦勝で優勝は多分無効試合にされるだろう。僕は首を傾げ、参加者の名前を色々と組み替えた。
王国の出来レースと巷で噂された武闘大会は僕の出来レースになった。
トーナメントは大きく分ければツーブロックである。僕は四つに区分したメンバーを二つに分けた。Aブロックにその優勝候補の筆頭と金でどうにもならない奴ら、Bブロックに僕と金でどうにかなる奴ら。
金でどうにかなる強い奴らには金で取引を持ちかけ負けてもらう。ついでに金でどうにもならない弱い奴らとぶつけ倒してもらい、金銭取引の人数を減らす。
商人たちは僕の味方であった。というより、金の味方であった。これは僕のビジネスであり、彼らのビジネスであった。
僕の作った不正なトーナメント表は様々な伝手を辿り、武闘大会運営の手に渡った。あからさまに偏りがあったらそれでも正式に扱われる事はなかっただろう。だが、僕が灰色の脳細胞をフル回転させて作ったそのトーナメントは一見、強者が分散されていた。
僕は、商人が裏から仕入れてくれた魔法石を使い一縷の望みをかけてスライムを召喚し続け、その日を待った。結局奇跡は起こらず、竜が出る事はなかった。やはりこの世界に神などいないのだ。ならば、僕が神になるしかない。
神は賽を振らない。必要なのは必然だった。
そして、僕はトーナメントに出場した。
僕はアナウンスでスライムマスターと紹介された。僕は既に皆の中で召喚魔導師ですらなかった。僕の傍らではジュエルスライムがぷるぷると震え、参加者一同に僕がスライムマスターである事を印象づけていた。
僕は一回戦と二回戦を不戦勝で勝ち抜いた。対戦相手に毒スライムの毒を盛ったのだ。といっても、最下級の毒スライムの毒だったので命に別状はない。毒殺してしまえば対戦相手の僕が疑われる。
スライムマスターの僕は毒スライムについても詳しかった。僕は異なる毒スライムを使い、一回戦と二回戦の相手を別の症状で倒した。盤外では既に熾烈な争いが繰り広げられていた。アナウンスは僕の事を大会一幸運な男と呼んだ。僕は、一体自分は何をやっているんだろうと虚しくなった。
三回戦と四回戦と五回戦の相手は別の武闘大会でも上位の成績を残している強豪の戦士たちであったが、偶然にも調子が悪かったらしく、僕はあっさりと勝ち進んだ。大金が裏で動いていたのを知っていたのは商人と僕くらいであった。アナウンスはそれを大番狂わせだ、奇跡だと仕切りに連呼した。それらの奇跡に観客たちは皆熱狂していた。Aブロックでも熾烈な争いが繰り広げられていたが、Bブロックの熱気はそれ以上であった。
僕は数万の目が降り注ぐ会場で一人、奇跡は起こるものじゃない、起こすものだと嘯いた。
六回戦はなんという事か、予定とは違う相手が勝ち進み立ちふさがってきた。が、その相手はこれまでの激戦で全身ぼろぼろであり今にも倒れそうであった。僕は重さだけは竜に迫るジュエルに命令し、そいつを上から押しつぶして六回戦を突破した。優勝賞品は莫大であり、武闘大会は予定よりも苛烈なものになっていた。無傷なのは出来レースで勝ち進む僕と実力で勝ち進むAブロックの騎士団長くらいであった。
連続で起こる奇跡に、しかし観客の視線は悪くなかった。
男女問わずそれらの多くは僕のスライム風俗の元顧客であった。また、ぷるぷると震えるジュエルの姿はコケティッシュで、老若男女問わずコアな人気を博していた。そこまで展開を予想していた僕は、兼ねてから準備していたスライムグッズの物販を始めた。スライムグッズは卓越した売上を上げ、僕は商人たちからスライムの魔術師の二つ名で呼ばれるようになった。僕はもうスライムはいいよと思った。
そんな調子で僕は予定調和の奇跡で決勝まで進んだ。対戦相手は兼ねての予定通り、騎士団長であった。
聖剣や聖鎧などの製造材料としても知られるメタルシードの装備は強力であった。だが、それ以上に騎士団長は武神に愛されているかのような男であった。
決勝戦の前夜。僕は一個の魔法石に願掛けをした。これでレアが出れば僕は決勝で勝利出来る。
祈りを神が聞き届けたのか、その魔法石は比較的レアなスライムに変わった。僕はそういう意味じゃねーよと思った。
決勝戦の大舞台。僕はジュエルを連れずに舞台にあがった。いくら合成に合成を重ねたスライムでもプロの軍人には敵わない。一端の商人として、唯一の財産とも呼べるジュエルを危険に晒すわけにはいかなかった。
アナウンスはそんな僕を血迷った男と呼んだ。対戦相手は全身を白銀色に輝くメタルシード装備で固め、大剣を背負った騎士団長。軽装の僕との対比が映え、エンターテイメント大好きな観客たちは大いに盛り上がった。
インタビューで、騎士団長は相手が誰であれ油断するつもりはないと言った。僕は次に発売予定の新作のスライムぬいぐるみのPRをした。
僕は片手剣を抜いて見よう見まねで構えた。王国一の武器商人が味方だったのでそれなりの業物であったが、メタルシードにはるかに劣る。必要なのは軽さであった。貧弱な僕には鉄の剣すらろくに振れないのだ。
騎士団長はそんな僕のなんちゃって剣術を見て鼻で笑ったが、僕は貴賓席に座る第三王女の手の中に僕が物販で販売したスライムグッズがあるのを見てちょっと笑った。
そして、決戦が始まった。
メタルシードは現在最強の金属の一つとされていた。だが、それは最強の金属の一つであっても、所詮はスライムでしかなかった。
僕の召喚したスライムでしかなかった。
僕は片手剣を振りかぶり、打って出るのではなくこちらを迎え撃つ事を選んだ騎士団長に振り下ろした。振り下ろすと同時に、武具の形に変えられてもまだ生きているメタルシードスライムに命令した。
最強のはずだった装備は、掠ってもいない僕の剣によって粉々になった。会場は阿鼻叫喚に包まれた。
僕はその現象を僕が開発した秘剣によるものだと言いはった。身体を粉々にしなかったのは手加減したからだと言いはった。
僕は優勝者として認められた。
§§§
そして、僕は優勝賞品を使い、王家御用達のスライム商人の座と爵位を貰った。
初めは王女様を貰おうと思ったが、実際にやってみてわかった。地位があればそれを足がかりに王女様も手に入るし魔法石も手に入る。そもそも、賞品として王女を望めば僕は王家の反感を買う事になるだろう。
僕は慎重な男だった。武闘大会の喝采と熱気は僕を英雄にした。その評判に泥を塗る訳にはいかない。
僕は第三王女に恋する男であると同時に、召喚魔導師であった。
ちょうどその頃、祖国から、竜により武功を積みあげた従兄弟が貴族の令嬢と婚約したという知らせを受け取っていた。
竜を手に入れられれば富も名声も可愛いお嫁さんもついてくるという証左であった。
武闘大会の経験は僕に奇跡が存在しない事を教えてくれた。ならば試行回数を更に増やすしかない。
神は賽を振らない。僕は当たるまで召喚し続ける。
僕は次のターゲットを魔法石の鉱山に絞り、商人たちの領域をじわじわと侵す事を決意した。
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