第12話

「あ~、死ぬかと思った」


 ラグエル達に救出され、俺が魔王城に帰りついたのは陽も落ちかけた夕方のことだった。

 ただでさえおどろおどろしい見た目の上に、夕日が差し込み血のように赤く染まったその出で立ちは中々に迫力があるんだが、今はとても懐かしく安心する場所のように思える。


「そうっすかねぇ?俺は気持ちよかったっすよ。初めて空飛んでみて」

「お前は背中だったからな!?俺は咥えられてたんだぞ!?」


 行きも帰りもディアに咥えられて常に落ちるんじゃないかという恐怖と戦いながら大空を旅したんだぞ?トラウマもんだわ。


「すまないゲド、あまりにうれしかったもので、つい……」

「うれしいと咥えるって犬かおめぇは!」


 ったく、喜ぶたびに咥えられてたら寿命が一週間とかになっちまうわ。


「……ごめんなさい」


 それにしても、これが本当に俺の命狙ってた四天王なのかね?凹んで子犬みたいになってんぞ?

 まあ、実力はあるんだろうな、実際戦ってみて強かったし。城出てくるときに大人一人じゃ到底持ちきれないような量の荷物背負って出てきたし。

 結局、荷物はサバスチャンが「女性に重い荷物を持たせるわけにはいかない」って言いながら背負ってるけど。


「おかえりなさいませ皆様」


 留守を守っていたエルピナが城の入口まで駆けてきて背筋を正し頭を下げる。その後ろにはイリナとエレナが横に並び、同じように頭を下げていた。


「おう、ただいま」

「おかえりなさいませ、ゲド様。そちらは?」


 エルピナの視線の先にはディアがいた。

 バツが悪そうに視線を避け、下を俯いてるのは……まあ仕方ないわな。あんだけ派手に城攻撃しといて、合わせる顔もないだろ。


「会うのは初めて……ぽいな?四天王の一人のメルディアだ。今日からここに住むことになったから。部屋用意してくれるか?」

「かしこまりました」


 俺に丁寧に頭を下げた後、エルピナはディアの前まで来るともう一度頭を下げた。


「私、この魔王城のメイドを務めておりますエルピナと申します。この者がイリナ、こちらがエレナです」


 後ろに控えていた姉妹はエルピナに紹介されると静かに頭を下げた。

 さっきとは違いどこかぎこちないのは、相手が四天王だからか?それとも城を攻撃されたことで警戒してるとか?


「私はメルディアだ。先日まで先代様の御子息の側についていたが、今はこの通りだ。それと……その……この度は大変失礼した。許してもらいたい」


 姿勢を正し、ディアが最敬礼の形で頭を下げる。

 あ~、またか。さっきもラグエルたちに同じことしてたよなコイツ。まったく、気にしなくて良いって言ってんのによ。律儀なのか融通が利かないのか。


「そのことでしたらお気になさらないでください」


 エルピナは笑みを浮かべるとメルディアに頭を上げるよう促した。

 その笑顔は子供を許す母親みたいに見える。たぶん本当に気にしてないんだろうな、アレ。

 ディアの方は納得してないみたいで、眉間に皺が寄ってるけど。


「しかし!」

「我が主が共に住むとおっしゃった。つまりはそういうことです。歓迎いたしますわ。四天王の方がいらっしゃるなど大変光栄です」

「ここに来る前に、ラグエル達にも同じことを言われた……。あなた方はよほどゲドを信頼しているのだな」

「それが従者というものです」

「しかし一つ訂正させてくれ。すでに私はご子息側から離反した身、四天王ではない。今は……魔王の伴侶だ」

「マジで!?」


 その言葉に初めに反応したのはイリナだった。元々大きな目をさらに大きく見開き、先ほどの澄ました態度はどこへ行ったのかと言わんばかりに顔をほころばせ、ディアに詰め寄っていく。


「メルディア様、今のホント!?ゲド様の伴侶って、奥様ってこと!?」

「お姉ちゃん、お客様に失礼だよ。でも……メルディア様、もう誓いを立てたんですか?」


 おいおいおいエレナ、姉ちゃん止めてくれるんじゃなかったのかよ?


「二人とも失礼ですよ」


 そんな二人を窘めるようにエルピナの鋭い声が響く。それがよっぽど効いたのか、興奮気味だった二人は後ろに下がって背筋を伸ばしている。


「大変失礼いたしましたメルディア様。この者たちには厳しく言い聞かせておきますので。お部屋は……ゲド様とご一緒の方がよろしいですか?」

「いや、部屋は分けてもらいたい。夫婦とは言っても、やはりお互いの空間は必要だろう。だ、だが、し、寝室は一つでも良いかな?な、なあゲド?」


 なぜか分からんがディアが顔を赤くしながらこっちを振り返ってくる。

 寝室一つってことはベッドも一つか?狭いから嫌なんだが。


「ほら、聞かれてますよ旦那」

「なあスラ公、さっきからディアは伴侶とか言ってるが、何のことだ?」

「なんのことって、そりゃ、聞いた通りでしょ?」

「聞いた通りってお前、なんでそうなる?」

「いや、逆に聞きたいんすけど、あそこまで言っておいてその気が無いってのはどうなんすか?」

「その気って?」

「いや、それはアレっすよ」

「アレってなんだよ?」

「いや、だから、それは~その~愛してる、とか?」

「言ってて恥ずかしくないのか?」

「うるせぇよ!ったく、そんで、どうなんすか?メルディアさんにそういう感情あるんすか?」

「無いよ?」

「即答か!」

「いや、アレだぜ?良い体だな、とは思うけど?」

「アンタやっぱ最低だな!?」


 なぜそんなこと言われなきゃならんのだ?

 だってこの前会ったばかりの奴だぞ?いきなり恋愛感情とか湧かんだろ?


「ゲド、先ほどからどうしたんだ?」


 ディアが不思議そうな顔をこちらに向けてくる。

 いや、改めて言うけど、コイツかわいい顔してんな。味方になったせいもあってか角が取れて、愛嬌があるっていうか、無性に頬っぺたとかつねりたくなるな。怖いからやらんけど。

 まあ、俺としてはそっちよりも下の方に興味があるんだが。


「ん?あぁ、コイツとな、ディアが良い体してるって――」

「うぉぉぉ!黙れこの野郎!」

「え?そ、そんな、こんな所で求められては困るな。そ、その、夜まで待ってくれ」

「まさかの好印象!?嘘でしょ!?」


 ディアの顔がより一層赤くなっていく。

 まあ、夜まで待ってくれって言われても今日は疲れてるからなぁ。


「ねぇ姉さま、求めるって何?なんで夜なの?」


 意味がよく分かっていないのか、イリナがエルピナの袖を引っ張りながら答えをせがんでいる。対照的に、一人顔を赤くしているエレナは恐らく意味が分かってるんだろうな。


「あなたにはまだ少し早いわよ。メルディア様、お取込み中の所恐縮ですが、寝室はどうされますか?」

「そうだった。ゲド、寝室はどうする?」

「あ~、別で良いんじゃねぇか?」


 せっかく魔王になったんだ。窮屈な思いはしたくない。

 そういう時になったらそれはそれで別の部屋使うとかあるしな。


「え?あ、そ、そうか……そう、だな。まだ、出会ったばかりだしな……。エルピナ、寝室は別々にしてもらえるだろうか」


 なんで凹んでんだコイツは?

 あ、そういや確認しておくことがあった。


「そういや聞いてなかったけど、魔王って一夫多妻制?」

「はっ倒すぞくそ野郎!?」


 なぜかスラ公が小うるさいが俺は気にしない。

 だって魔王だぜ?一番偉いんだよ?そんなの、好き放題するに決まってんじゃん!

 手始めにディア、次はマリア、そしてゆくゆくは綺麗どころを集めてて……ぐへへ。


「一夫多妻制かは分からないが、私は構わない」

「メルディアさん?」

「魔王になる男だ。それくらいの気概が無くては。それに、私は愛しき人の足枷にはなりたくない」

「お!わかってんなディア!」

「メルディアさん……」

「まあ、最後には私の元に帰ってくると信じているがな。さもなくば……」

「うぉ!?」


 なんだ?一斉に森の方の鳥が飛び立った!?ていうか、ちょっと肌寒くなったか?

 ん?おいスラ公、なんで俺の足に手(?)を置いてんだ?


「承知いたしました。ではそのようにお部屋をご用意させていただきます。皆様、お食事はいかがなされますか?」

「あ~、俺は今日はいいや。疲れたからもう寝たい」

「ゲド殿、休む前に一つ確認しておきたいことがある」

「あぁ?」

「これからどうするのだ?」

「だから、疲れたから寝るって言ってんだろ」


 いろいろありすぎてクタクタなんだよ俺は。同じこと言わすなよ。


「そうではない!メルディア殿を下したことはおそらく瞬く間に広がるだろう。そうなれば他の四天王が黙ってはいないはずだ。こちらも対策を練らなくては」

「あ~、めんどくせぇから今度な」

「何を悠長なことを!敵はすでに眼前に迫っているのかもしれないのだぞ?それに、四天王を全て手中に収めると言っていたな?いったいどういう意味だ?」

「言った通りだ。ディアと同じように全員俺の配下に置く」

「無茶だ!そんなことが出来るわけが!」

「じゃあどうする?邪魔する奴は全員殺すか?四天王なんていうくらいだ、本人の実力は相当高いだろうし、部下だってそれなりにいるんだろ?対してこっちは反感買ってるせいもあって戦力といやこの城の連中だけだ。正面からぶつかって勝ち目あるか?」

「それは……」

「それに、俺たちが潰しあって何の得がある?せいぜい勇者が喜ぶくらいじゃねぇの?」


 魔王が同士討ちで自滅なんて前代未聞だろ。

 ある意味後世まで残っちまうぞ? 


「へぇ~」

「なんだよスラ公?」

「いや、意外だなって。だって前に『邪魔する奴は叩き潰す』って言ってたから」

「あのな、俺もバカじゃないんだよ。確かに邪魔する奴は許さん。だけど、今回は叩き潰すのはもったいない。なんせ、実力ならかなり上の奴らだろ。利用できるに越したこたぁない。それに、そんなの相手にしたってロクなことねぇ。そんなことしても時間と労力の無駄だ」


 盾突かれるのは嫌いだが、苦労するのはもっと嫌だ。しかも、その苦労が無駄になるってわかってるならなおさらだ。


「じゃあ、先代様の御子息も仲間に引き入れるんすか?実力って意味じゃかなり上っすよ、たぶん」

「いや、それはしねぇよ」

「なんで?」

「集団に頭は一つで良い、だろ?」


 頭を複数持った集団の結末ってのはいつも決まってる。

 面倒事の種は早めに刈り取るに限るし、こう言っちゃなんだが、周りへの警告にもなるだろ。


「ではどうする?」

「そんなこと知らん。お前らで考えろ」

「それはあまりに無責任すぎるだろう!」

「そうかぁ?俺の部下は優秀だからな、何とかしてくれる、だろ?」

「――ッ!」


 ラグエルはそれ以上何も言わなくなった。

 どうやら俺の言葉が効いたらしい。

 ラグエルは真面目だし、馬鹿じゃないからな。俺の言葉の意味を十分すぎるくらい理解したはずだ。


「あ、ちなみに、明日は俺何もしないから」

「は?」

「いや、だから俺、明日は魔王休むから。何かあってもお前らだけで何とかしろよ?」

「何を言っているんだゲド殿!正気か!?」

「何怒ってんだ?魔王の募集要項にも書いてあっただろうが、『シフトは週三日から』って。ディアの件も含めて今回は働いたからな。明日は何があっても休む。誰も邪魔すんなよ?魔王命令だからな?」


 それだけ言い残して俺はさっさと魔王城の中へ入った。

 あとはゆっくり寝るだけだ。

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