第7話
「先代様の御子息から宣戦布告されただと!?」
謁見の間にラグエルの声が響き渡る。
俺宛に届いた手紙を読んだスラ公が大慌てで俺を叩き起こし、城の奴等を集めて回ったのだ。
ちなみにガッドは鍋に火を入れてしまったので目が離せないということで欠席らしい。
俺はと言えば、寝不足気味で玉座に腰かけていた。
「そんなに焦ることなのか、これ?」
「焦ることっすよ!先代様の御子息ってことは、相当の実力者、そんな方に宣戦布告されてるんすよ!?」
「つ~か、おい生首」
「なんだゲド」
「なんで息子がいるのに後継者の選抜なんてやった?大人しくそいつに継がせればよかったじゃねぇか」
魔王の血を継いだ奴がいるんなら、そいつに継がせた方が周りからの不平不満も少なくて済んだだろう。
「確かにそういう声もあった。しかし、それではダメなのだ」
「なんで?」
「お前が選ばれた時も言っただろう。わしらには足りないモノがあった。だから勇者に負けたのだ。その足りないモノはグラークでは埋められん」
生首魔王が真剣な顔で言うもんだから俺は何も言わなかった。だが、あと一つ疑問が残る。
「なんで今更お前の息子が俺にケンカ売ってくんだよ?俺、ちゃんと選抜で選ばれただろうが。選抜やるって言ってあったんだろ?」
「あ~、それなんだが……」
伏し目がちに視線を逸らす生首魔王。
とてつもなく嫌な予感がする。
「アイツに選抜で後継者選ぶって伝え忘れてた――てへっ」
「そうかそうか。伝え忘れてたのか……おい誰かその瓶叩き割れ!燻製にしてあと二百年ほど眠らせてやる!」
「し、仕方ないだろうが!自分探しの旅とか訳の分からん理由でどこにいるかも分からんかったのだから!」
「うるせぇ!もっともらしい理由付けてたけど、考えてみればそもそも選抜やることになったのだってテメェが中途半端な状態で先走って宣戦布告なんてしたからだろうが!」
「あぁ!そういうこと言う!?そのおかげで貴様は今、魔王になっているんだろうが!」
「それと同時に恨み買うことになっちまったけどな!どうしてくれんだよこれ!?」
「落ち着いてください、先代様」
「ゲド殿も、今更言っても状況は変わらん」
ラグエルとサバスチャンがそれぞれ間に割って入る。
二人がいなかったら俺は瓶を叩き割っているところだった。
「くっ――た、確かに今回の件はわしに責任がある。ついては、この件はわしの方で処理させてもらう。サバスチャン、どうにかしてバカ息子に連絡を取ってくれ。四天王を動員しても構わん」
「それなのですが、先代様……」
今度はサバスチャンがバツが悪そうに視線を逸らす番だった。
「先ほど各四天王方より連絡があり、我々はグラーク様に付く、と……」
「なに!?」
「ちょ、どういうことだそれ!?」
「詳しくはわかりませんが、これ以降ゲド様の命令は受けない、と」
おいおいおいおいおい。かなりまずいことになってんじゃねぇか。俺が魔王になること自体納得している奴の方が少ないのに、四天王なんていう偉い奴らが全員反旗を翻したら離反する奴が出てくる可能性がある。ましてや、相手は先代の息子、そっちが正当な後継者だと考える方が自然な流れだろ。
「……そうか」
目をつむって何やら考えている生首魔王の次の言葉をその場の全員が待った。
何か作戦があるんじゃないか、そう信じていたんだが……。
「ゲドよ、後は今の時代の者に任せた」
その言葉に合わせるように生首魔王を抱えるシャドーが一歩下がった。
これは見覚えがある!おそらく、瞬間移動で姿をくらますつもりだ!
「てめ!全部放っぽり出すつもりだな!?」
逃がすわけにはいかない。逃げるなら俺も連れていけ!
「これも新しい魔王への試練だ。では、さらば!」
「待て――ッ?」
俺がシャドーに飛びかかろうと立ち上がったその時だった。
地震でも起きたかのような揺れが城全体を襲い、視界が揺れた。あまりの衝撃に俺は玉座にしがみついてしまう。
「なんだ!?」
辺りを見回すが状況は分からない。魔界のことはまだよく分かっていないが、地震などもあるのだろうか。
――と、再び激しい揺れが訪れる。
「一体どうなってんだよ?」
「見てこよう」
ラグエルに確認を頼もうとしたが、その言葉より先にすでにラグエルは動き出していた。そして、三度目の揺れが俺達を襲う。
「スラ公、ちょっと……」
「なんすかゲドさん?――ちょ!」
スラ公を呼び寄せ、そのまま抱え上げるようにして頭の上へ掲げた。
「な、何やってるんすか!?」
「いや、今の衝撃で上から何か振ってきても大丈夫なようにと思って」
「ヘルメット替わりかこんちくしょう!」
「ご安心をゲド様。仮に何かが落下してきたとしても、このサバスチャン、この身を懸けて御身をお守りいたします」
「そっか。それなら安心……かな。スラ公、お前もう用済みだ」
「こんのっ……く……まあいいっす。それより、一体何があったんすかね?」
まだ確認に行ったラグエルは戻ってこない。ここから確認しようにも、窓は天井近くにあるだけでとても普通の人間が届く高さじゃない。そして、今現在も小刻みに城が揺れている。
「大変だ!」
確認に向かったラグエルが戻ってきた。息を荒げ、信じられないものでも見たかのように目を見開いている。
「何があったラグエル?」
「ドラゴンだ!ドラゴンの大群がこの城を襲ってきている!」
「ドラゴン?なんでそんなもんが攻めてくんだよ?」
実物は見たことがないが、確か巨大なトカゲに翼の生えたような、とても凶暴な生物だったはずだ。そんなもんがなぜ大群でこの城を攻めてくる?
「メルディアだ」
先ほどまで逃げようとしていた生首魔王が突然会話に入ってくる。
「メルディア?」
「四天王の一人だ。奴の種族は竜人(ドラグレス)というやつで、普段は人間と同じような姿だが、自らの意思で自由自在にドラゴンに姿を変えることが出来る。青い瞳とこめかみのあたりから生えた角が特徴だ。メルディアには西の大陸の統治を任せていてな、女だてらに血の気の多い奴で、逸って部下を連れて攻めて来た、といった所だろう」
「落ち着いてねぇで何とかならないのかよ、生首!?」
こうやって話している間にも、城は激しい揺れに見舞われている。
このままでは城が崩れて自分たちが生き埋め、という最悪の展開もありうる。
「ふむ、仕方がない。シャドウ、行くぞ」
シャドウが生首魔王を抱えたまま闇に消えていく。おそらく、外へ瞬間移動したのだ。
姿が消えたその十数秒後、先ほどまで小刻みに揺れていた城の振動がピタリと止まった。
やったのか――
再びシャドウが姿を現した時、俺は生首魔王を誉めてやろうと思った。やれば出来るじゃないか、と。
「いや~、無理だったわ」
そして響き渡る轟音と激しい震動。
「は?」
「説得を試みたんだが無理だった。いくらわしの言うことでも貴様に付くことは出来んとさ。いや、ホント人望ないなお前?ドンマイ!」
「ドンマイじゃねぇよ生首!」
スラ公の代わりにコイツをヘルメット替わりにしてやろうか!?
「落ち着けゲド殿、先代様を責めても何も始まらん」
「そうっすよゲドさん、ゲドさんが人望無いのなんて今更じゃないっす――あああああ、核は、核はダメ」
「くそ、生首でも説得できないとなると……」
どうしたらこの状況を打開できる?現在の敵の数は?こちらの戦力は?
「ラグエル、敵の数は?」
「およそ二十。しかし、相手が四天王ともなると配下はそんなものじゃないだろう。さらに数が増える可能性はある」
「サバスチャン、この城の防衛手段は?」
「残念ながらほぼ無しです。そもそもこの場が襲われることなど想定しておりません故」
なるほど。数は圧倒的に不利。加えて対抗策も無し。状況は最悪――そうだ!
「ラグエル、サバスチャン、すぐに外に行って応戦しろ。なるべく派手にな。生首、一緒に行ってもう一回説得を試みてくれ。エルピナ達は侵入されないように城の戸締りを」
「承知しました。ゲド様」
「こちらも承りましたわ、ゲド様」
俺の指示に誰一人異論をはさまず、それぞれ自分の役目を果たすべくその場を離れた。
「さて……」
指示を出し終わった俺は玉座を立った。この後の準備のためだ。
「ゲドさん、どこ行くんすか?」
「俺もやることがあるんだよ」
そうだ、
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