第5話

「あっぶねぇ」


 立ち上る砂煙が視界を遮る中、俺は自分の体を見回した。

 うん、傷などは無い。どうやら、ラグエルは当たらないように加減したらしい。


「な?え?どういう――?」


 両目を見開いたラグエルと視線がぶつかる。

 まるで幽霊でも見たような顔してるな。

 ま、無理もないかもな。


「どうした?信じられないものでも見たような顔して?」

「な、なぜ君が?」

「何言ってんだ?俺がいるのは当たり前だろ?俺の試合なんだから」

「違う!なぜ二人いる・・・・・・!?」


 ラグエルのその言葉に合わせるように、俺はもう一人の俺・・・・・・と顔を見合わせた。

 今、俺の目の前には鎧を纏った俺がいる。さっきまでラグエルと剣を交わしていたのはコイツだ。

 俺の方はと言えば、ゴーレム、死神戦と同じ、軽装の姿。

 どこにいたのかは、これから種明かしするとしようか。

 

「いや~、考えてたより早くバレちまったな」

「だから無茶だって言ったんすよ~。おかげで俺死ぬかと思いましたよ」


 鎧姿の俺が泣きそうな顔になっている。まったく、俺なんだからもっとシャキッとしろ。


「まあそう言うなって。にしても、結構簡単に解けちまうもんだな」

「ゲド・フリーゲス、君は一体何をやったんだ?」


 事情を知らないラグエルが俺に詰め寄ってくる。

 仕方ねぇ、そろそろ教えてやるか。


「俺のことに気付いた景品ってことで教えてやるか。変身解いて良いぞ、スラ公」

「はいっす」


 鎧姿の俺の体は返事とともに見る見るうちに液状に変わっていく。そして、段々と小さくなっていき、姿を消した後にスラ公が姿を現した。


「ゲドさん、これ」

「おう、うえっ、これベトベトじゃねぇか」

「仕方ないじゃないっすか。鎧の中に入れてて、変身解くときに交じっちゃったんすから」


 スラ公から返してもらった杖を掴むと、その表面は奴の体液でベトベトだった。

 前もそうだったが、なんでコイツは他人に渡すもんをこうベトベトにするかね?


「さて、ラグエル、種明かしだ。これ、何だから分かるか?」

「杖、のように見えるが?」

「正解。それじゃ、これが何の杖か教えてやろう。これはな」

変化へんげの杖っす」

「あ!スラ公!先に言うんじゃねぇよ!」


 せっかく言って驚かそうと思ってたのに!空気の読めねぇスライムだ!


「変化の杖……そうか、君はそのスライムを自分の姿に変えて戦わせていたのか」

「そういうこと。そんで、俺はこの地面とそっくりに変化して隠れてたってわけだ」


 変化の杖ってのは対象を任意の姿に変える魔法を使えるようにする杖で、俺が家を放り出される際に母さんが使った杖と同じ種類のものだ。回数制限はあるものの、その効果の程はラグエルを始め会場中が変化したスラ公に気付かなかったことからもよく分かるだろう。

 この試合が始まる前から、俺は何か自分に使える武器はないかと探し回ってた。そんな矢先に貸し出し武器の中から見つけたのがこの杖だ。

 さて、この状況をラグエルはどうするかな?


「正面と足元からの連携、考えたなゲド・フリーゲス!では、続きといこう!」


 騙されてたのに何で嬉しそうなんだ、コイツは?

 まあいい、やるっていうなら次の作戦に移行だ。


「ちょっと待った!」


 ーーなんだ!?


 俺とラグエルの間に飛び込んできた影、それは進行役兼審判の狼のモンスターだった。奴は俺の方へと一度顔を向けると、今度はラグエルの腕を掴みそれを高々と上げてこう宣言した。


「勝者!ラグエル選手!」

「は?なんで!?」


 いったいどういうことだ!?俺はギブアップなんかしちゃいないぞ!?

 ラグエルも事態が飲み込めないようで、手を挙げたままキョトンとしている。


「反則負けだ。ゲド・フリーゲス、君は自分以外の者に戦わせていた。これは明らかなルール違反だ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ルール違反って!」

「諦めろゲド・フリーゲス。なんと言おうと君のルール違反は明白だ」

「なんで?」


 言ってる意味が分からない。俺はルールを破っちゃいないはずだ。


「なんでだと?君は変化の杖を使ってそのスライム君の姿を変え、自分の代わりに戦わせていただろうが」

「そうだけど、それが問題なのか?」

「言い訳とは情けないぞ、ゲド・フリーゲス。君は確かにこれまでの試合、格上の相手にも正面から挑み勝利してきた」


 本当は正面から戦いたくないために毒を盛ったりしたんだが、それはまあ、今は良いだろう。


「今回も万全の準備で挑んだつもりなのだろうが、そうはいかない。ルールの中で戦っていればそれは作戦と言えるが、君はルールを破ったんだ。それでは――」

「だから、俺ルール破ってないじゃん」

「まさか、君は代理で出場させるのが明確に禁止されていないから問題ない、とでも言うつもりか?」

「違う違う。俺、道具使って戦っただけじゃん?」

「は?」

「だから、スライム使って戦っただけだろ?」

「何を言って……」

スライム道具使って戦って何が悪いの?」


 いったい何が問題だって言うんだ?道具使うのはルールで認められてるだろうが。

 ……なんだよラグエル、そんな驚くことか? 


「ゲド・フリーゲス、君は代わりに戦ってくれた者を道具呼ばわりするのか?」

「何驚いてんだ?」


 変なこと聞くやつだな。スラ公は俺の下僕なんだから道具も同然だろうが。

 

「いや、これが普通の反応っすよ。てかゲドさん、ある程度予想してましたけど、悪魔のラグエルさんの方が人間らしい反応するってどういうことっすか」

「俺が悪魔を超越してるってことか?」

「黙れ腐れ外道。それより、どうするんすか?あちらさん、納得してなさそうっすよ?」


 確かにスラ公の言うとおり、狼のモンスターはこの説明で納得している様子は無い。

 だが、俺としては道具を使ったという認識しかないし、引くつもりは毛頭ない。


「何と言おうと事実は変わらん」


 狼のモンスターは引こうとしない。めんどくせぇ。どさくさまぎれにコイツもどうにかしてやろうか。

 ラグエルに攻撃するふりして野郎の頭に……


「待て」

「――ッ!ま、魔王様!?」


 混迷を極めた試合会場に再び生首魔王が現れた。

 このおっさんもポンポンよく出てくるな。暇なのか?


「人間、そのスライムはお前にとって道具なのだな?」

「ん?あぁ、そうだな」

「ゲドさん、即答って……」

「そうか。道具ならば問題はあるまい」

「やった!」


 さすが話が分かる!伊達に魔王なんてやってないなこの生首は!


「魔王様!?」

「と、言いたいところだが。人間、お前の言うその道具とやらはわしの配下だ。出来る限り便宜を図ってやるとは言ったがな、流石に配下を道具扱いされるのを黙って見ているわけにもゆくまい」

「魔王様……」

「人間、ペナルティだ。これから、貴様はその男の攻撃を一度受けろ」

「はぁ!?」

「魔王の部下をこき使ってタダで済むと思うなよ?それに、今まで代理で戦わせていたんだ。それくらいしなければ不公平だろう」

「なるべく協力するって言ったのはそっちだろうが!」


 そもそも普通の人間と悪魔が同じルールで戦ってること自体不公平だろうが!

 これくらい大目に見やがれ!


「ごちゃごちゃぬかすな。悪魔の男よ、お前もそれで良いか?」

「はい、魔王様。彼と勝負を続けられるよう取り計らっていただきありがとうございます」

「良い。さて、当事者二人は納得したようだが?」

「俺は納得してねぇ!」


 俺の抗議など耳に入っていないのか、魔王は狼のモンスターへと視線を送る。

 さっきまで頑だった狼のモンスターが視線を下げてなにか思案し始めた。そして、ため息を着くと俺とラグエルを中央へと促す。


「では、ラグエル選手の攻撃を再開の合図とし、試合を再開する」

「ちょっと待て!俺はまだ!」

「ゲド選手、指示に従わないようであれば、棄権とみなすぞ?」

「ぐ……」


 くそっ、さっきまで人を反則負けにしようとしてたくせに。

 あ~足が重い。ラグエルの一撃を必ず受ける?その自信が無いから俺は代役を立てたのに。これじゃあ本末転倒だ。


「ゲド・フリーゲス、今度はどんな作戦を考えている?私はこの一撃に全力を懸けるぞ?」


 懸けんじゃねぇよ。そんなことされたらただでさえ命が危ないのに完全にアウトじゃねぇか。


「ふふふ、この一撃をどのように凌ぐのか、見せてもらうぞ、ゲド・フリーゲス」


 ラグエルが両手で剣を上段に構える。今までの構えとは明らかに違う。全力を懸けるとか言っていたが何をするつもりだろう。


「フー」

「なんだ?」


 ラグエルが息を吐くのに合わせて、空気が俺の顔の横を通り過ぎていく。まるでラグエルの剣に吸い込まれているみたいだ。

 何をしているのかは分からないが、一つだけわかることがある。


 これは食らったらヤバい――


 普通の攻撃でさえただの人間の俺にはキツいのに、一撃必殺など受けようものなら一瞬で体が吹き飛んじまう。


「こうなったら……」


 俺はスラ公の体液まみれでヌメヌメとしている杖を強く握りしめ、ある姿を思い浮かべた。

 頑強な肉体を持ちどんな攻撃にもビクともしないゴーレム、どんな攻撃もすり抜けてしまうというゴースト、伝説として名高いドラゴン、いや、どれもダメだ。ラグエルと戦うならあの姿しかない。

 俺の体が淡い光に包まれる。

 発光を続ける体の輪郭が、段々と周りと同化していく。そして、光が形を成し、姿を露わにしていく。

 今の俺の変身した姿は見たまま人間の姿。

 髪は腰まで伸びた金髪、肌は雪のように白く、両目はエメラルドのような緑色、年は十五、六のその少女・・はどこかラグエルに似ていた。


「な、なぜここに?いや、違う!」


 狼狽えるラグエルの姿から判断するに、この作戦は予想通りの効果を発揮したようだ。

 さっきまでのただならぬ雰囲気は掻き消え、空気の流れも止まっている。


「ゲド・フリーゲス!なぜマリアの姿を!?」

「まあそう慌てるなよラグエル」

「――ッ!声までも!」


 俺の今の姿はラグエルの妹、マリアである。

 俺はこの試合の前、ラグエルのことを調べているうちにコイツが妹のマリアをとても可愛がっていると知った。そこで、モンスターの力を借り、その姿と声を確認しておいたのである。

 もちろん、変化の杖で変身するために。


「しかし、君がどのような姿になろうと関係ない!ましてや、マリアは戦闘など不慣れだ。戦いに有利になるなど――」

「本当にそうかなぁ?」

「なに?」


 俺は笑みを浮かべるとある作戦に出た。

 その作戦とは――


「兄さん、もう止めて!私を傷つけないで!」

「――くっ!」


 愛する妹そっくりの顔と声が懇願してくる姿に、流石のラグエルも動揺を隠せない。

 よし、効果あり!このまま畳み掛ける!


「兄さん!剣をしまって!」

「よ、寄るな!」


 剣を握りしめた腕を掴もうとする俺の手をラグエルが振り払った。

 そこまで力は入っていなかったが、俺はわざとその場に転んだ。

 これを待っていた!


「あっ、すまないマリア!いや!君は敵で……」

「かかったなラグエル!」

「何!?」

「審判!今のは確かにラグエルの一撃だったよな!?試合再開だ!」

「え?今のが?」

「なにボーっとしてんだよ!こっちはちゃんと攻撃されて、今、弾き飛ばされたんだぞ!」

 

 俺はオオカミの審判に詰め寄って、地面にぶつけた肘を持ち上げて攻撃を主張した。袖をまくり、少し赤みがかった肘を見せる。確かに攻撃を受けてただろ?


「う、う……」


 判断に困っていた狼のモンスターだったが、俺とラグエルの顔を交互に見ると、意を決したように右手を挙げて高らかと宣言した。


「し、試合再開!」


 よし!作戦成功!


「ゲド・フリーゲス!卑怯だぞ!」


 まんまと俺の策に嵌ったラグエルは怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。

 おそらく、この会場にいる誰もこんな風に感情を露わにしたラグエルは見たことないだろうなぁ。

 だけどこれで終わりだと思ってもらっちゃ困る。サービスでもっと見たことないラグエルを見せてやろう。


「い、痛い、兄さん」

「――ッ!」


 俺の振り返った姿を見てラグエルが狼狽える。今、俺は両目に涙を溜めているのだ。

 今の俺は傍から見れば純真な少女が痛みに涙を浮かべているようにしか見えないだろう。この迫真の演技は、俺が今までの人生であらゆる面倒事を避けるために磨いてきた嘘泣きの技術の賜物だ。


「これ以上私を傷つけるの、兄さん?」

「そ!そんなことはないマリア!いや、違う!ゲド・フリーゲス!卑怯だぞ!その姿を止めろ!」


 止めろと言われて素直に止める馬鹿がどこにいる?

 それどころか目の前の弱っている相手にトドメを刺す絶好のチャンスじゃないか!


「う!腕に絡みつくなゲド・フリーゲス!」


 俺はすぐさまラグエルとの距離を詰めると、その腕に抱きつくように自分の腕を絡ませた。先ほどのことがあるためかラグエルは腕を振りほどけずにいる。


「そんなこと言わないで……お兄ちゃん」

「!!!!!!!!!」


 思わず守ってあげたくなるような弱々しい声に上目遣い!そしてトドメの「お兄ちゃん」呼び!

 どうだラグエル!?この怒涛の畳み掛けにお前は正気を保っていられるか!?


「ぐ、ぐぐ、マリアのような甘い香りが……ち、違う!これはマリアじゃない!」


 ほう、やるじゃないか。しかし、これは耐えられるかな?


「お願い、棄権して。お兄ちゃんと傷つけ合いたくない。だって……」


 ――くらえラグエル!


お兄ちゃんのこと・・・・・・・・大好きなんだもん・・・・・・・・!」

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 今まで小刻みに震えていたラグエルの動きが止まった。

 この瞬間、俺は勝利を確信した。 


「……する」

「え?何?」

「私はこの試合を棄権する……」


 沈黙が会場を支配する。

 そのまま時間が止まってしまったかのように、誰も一言も発しない。ただただ時が静かに過ぎて行く。

 と、狼型のモンスターがいち早く現在の状況を理解し、慌てて俺達の元へと走り寄った。

 そして――


「さ、最終試合!勝者!ゲド選手!」


 俺の腕を高々と掲げ、そう宣言したのだ。

 この瞬間、次期魔王選抜の全試合が終了した。そして、俺は恐らく史上初となる人間の魔王となった。


 * * *


「まず、この結果に不満の残る者もいるだろう」


 全ての選抜が終わり、残された会場内の中心で生首こと現魔王がその場にいる全員に語りかけていた。

 人間が勝ち残るなど、誰が予想しただろう?いや、誰も予想していなかったに違いない。それは、今のこの殺伐とした、ともすれば乱闘でも始まってしまいそうな張り詰めた空気が物語っている。

 本当に人間が自分たちの支配者に?

 その場にいる誰の表情からも同じ言葉が感じ取れていた。

 俺はと言えば、今は控室に居て、会場の様子を映した水晶玉で生首の演説を眺めていた。

 今はその場にいない方が良いという、生首の判断だ。

 

「しかし、わしは一度言ったことを曲げるつもりはない。この時より、全世界のモンスターの長はわしから、あの人間の男、ゲド・フリーゲスへと代わる。異論は認めん」


 会場がざわついた。頭を抱えたり、苦虫を噛み潰したような顔をしたり、受け取り方はそれぞれだが、どの態度を見ても好意的に受け取っていないということだけはよく分かる。


「わしは、勇者に敗れてからずっと考えていた。なぜあの時我々は敗北したのか。そして、わしはこの選抜を見てある答えに至った。わしは甘かったのだ。復活を果たした今、もっと非情にならなければ、我々は再びあの時と同じ轍を踏むことになる」


 皆の表情を見れば、何を言いたいのかはよく分かる。 

 それと人間が魔王になることとどういう関係があるのだろう、だ。

 おそらく生首の次の言葉にその答えがあると考えているのか、誰も一言も発しない。生首はその光景に満足そうに頷くと、一呼吸溜めてからこう切り出した。


「あの人間は、わしが必要としているモノを兼ね備えている。自分の安全のためならば他人を利用することに何の躊躇も無く、揚句その相手を道具呼ばわりまでする非情性。すでに戦意を喪失した者に対してまで無情に攻撃を続ける残虐性、そして、力を持たないが故に非常に狡賢い。わしはこういった人材を探していた。まさにわしの跡を継ぐにふさわしい!」


 傍から聞くとただのクズの評価なんだがモンスターから見るとそれは中々の高評価らしい。

 こうして、俺が正式に魔王として迎え入れられることが宣言された。


「ついになっちまいましたね~ゲドさん、あ、今は魔王様って言った方が良いんすかね?」

「あ?良いよ別に。いきなり呼ばれ方変わってもこっちも慣れねぇし」


 ここまでは予定通り。後はこの地位を利用してひたすら楽をするだけだ。

 いや、それだけじゃない、魔王ってことはもっと好き放題できるってことじゃね?


「ぐふ、ぐふふふふふ」

「うわっ、気持ちワル!」


 これはいい!魔王っていう肩書があれば誰もかれも俺の言うことを聞くじゃねぇか。

 俺の人生安泰だな!


「ゲド・フリーゲス。いや、魔王様」

「ん?あぁ、アンタか」


 俺を至福の時間から引き戻したのは決勝戦の相手、ラグエルだった。

 ちっ、人がせっかく人生の素晴らしさを謳歌していた時に邪魔しやがって。


「なんだ?結果が不満でやり返しに来たのか?」

「いえ、私も誇り高き悪魔の端くれ。過ぎたことを蒸し返すつもりもありませんし、あの戦い方を卑怯というつもりもありません」


 とは言うものの、試合を思い出して若干思う所があるのか、ラグエルの右眉毛はピクピクと痙攣していた。


「言ってたじゃん、試合中に」

「そ、それは――い、今はそれはいいのです!それより、私は一言挨拶しに来ました」

「挨拶?」

「えぇ、出来るうちに。魔王になってしまえば、もう気軽に会うことも出来なくなるでしょうから。その前に一言、私を破った人物に挨拶を、と思いまして」

「あぁ?別にすぐに会えるよ」

「次期魔王様にそう言ってもらえるとは光栄です」

「いや、ていうか毎日会うことになるからな?だって、お前、俺の側近にする予定だし?」

「そうですか、側近……はぁ!?」


 今聞いたことが信じられないといった感じで両目を見開いた後、ラグエルの顔から一切の表情が消えた。

 人間というのはあまりに予想外の事態に陥ると感情がついてこないことがあると聞いたことがあるが、悪魔も同じなんだな。


「ちょ!ゲドさん!側近って?」

「なんだ?側近って知らねぇの?偉い奴の横についていろいろ働く奴のことだよ」

「いや、知ってますけど。良いんですか!?いきなり側近とか任命しちゃって!?」

「良いに決まってんじゃん。俺が一番偉いんだから」

「ちょ、ちょっと待ってください魔王様。魔王様の側近とは確かに光栄ですが、私にはやらなければいけないことが……」

「妹の病気だろ?」

「――ッ!ご存じだったのですか」

「お前を調べてる時にたまたまな。お前の妹、ずいぶん重い病気みたいじゃねぇか。大方、今回ここに来たのも魔王選抜ってより、世界中からモンスターが集まるから、その病気に詳しい奴がいないか探しに来たってとこだろ?」


 再び目を見開いて驚くラグエルの表情が、俺の予想が大当たりだと物語っている。


「そこまで見抜かれていたとは……。魔王様はご聡明でいらっしゃる。しかし、ご存じであればなおのこと、私が貴方様と共に行くわけにはいかないと――」

「お前の妹も一緒に連れてこい」

「え?」


 ラグエルの表情が変わる。見開いていた眼が鋭さを増し、俺の言葉の意味を確かめるかのようにこちらを見返してくる。

 今まで混乱して思考を追いつけるのに精いっぱいだったのが、一気に吹き飛んだんだろう。

 コイツは俺の言葉を待っている。


「俺は魔王だ。俺が命じればそれこそ世界中からその病気に詳しい奴を探し出せる。なんなら、俺の一言でそいつを呼び出しても良い」

「魔王様……お心遣い、なんと感謝の言葉を述べて良いかわかりません」


 ラグエルは下を俯いたまましばらく顔を上げなかった。

 ポタポタと地面に水滴が落ちていたが、それを指摘するのは野暮ってもんだ。


「アンタ、ホントにゲドさんっすか?」

「あ?何言ってんだスラ公?」

「いや、だってあのゲドさんが他人のためにここまでするなんて。変なもんでも食ったか、頭ぶつけておかしくなったとしか――イタイイタイ!核はダメだって!」

「バカ野郎。俺を誰だと思ってんだ。誰がタダでここまでするか」


 俺はスラ公を俺の背に隠すように手繰り寄せると、そっと耳打ちした。もっとも、耳がどこにあるかはわからんけど。


「じゃあなんで?」

「これでアイツは俺に逆らえなくなるだろうが。側近として一生こき使って、俺に文句がある奴はアイツに相手させりゃいいんだよ」


 溺愛してる妹の命の恩人だからな。これ以上の恩はないはずだ。それに、おそらくあいつはかなり義理堅い。恩のある俺に牙を剥くことはないだろう。


「それに……」

「それに?」

「アイツの妹かなりの美人だからな。命の恩人とありゃ、それこそ好き放題に……ぐへへ」

「安心した。やっぱりいつものクズ野郎だ」


 クズ野郎とは失礼な!俺は善意で人助けしてんだぜ!?ちょっとお礼が欲しいってだけの話だ。


「ゲド様。試合会場までお越しください」


 控室に狼のモンスターが入ってきた。さすがに相手が次期魔王ということもあって、接し方が今まで以上に丁寧になっている。


「あん?」

「現魔王様が皆の前で貴方様を魔王に任命されるとのことです。そこで一言挨拶もお願いいたします」

「え~、めんどくせぇなぁ」

「魔王様、始めが肝心かと」


 さっそくラグエルが側近らしく俺の忠告してくる。


「ラグエル、さっきスラ公にも言ったけど、呼び方変えなくていいよ、今までと同じように呼び捨てにでもしろ。あと、敬語もいらん」

「しかし……」

「魔王命令だ」

「わ、わかった。ゲド……殿」


 だから呼び捨てで良いって言ったのに。ホントにお堅い奴だな。


「にしてもめんどいな。ラグエル、代わりに行ってきてくれよ」

「ぬぅ……流石にそれは……」

「ほら、ラグエルさん困ってんじゃないっすか。ごちゃごちゃ言ってないで早く行ってきた方が良いっすよ、ゲドさん」

「ちっ、じゃあ、側近の紹介もするから一緒に来いよ」

「そう言うことならば……」


 ラグエルは律儀に俺の半歩後ろについてきた。

 さて、めんどくせぇけどやるしかねぇか。最初で舐められると後々まで引きずるからな。いっちょガツンと――あれ?俺の足元にいつもいた奴がいないな? 

 あたりを見回すと、スラ公がさっきまでの位置でぷよぷよ揺れていた。

 何やってんだアイツは?


「おい、何やってんだスラ公、早く来い」

「え?」

「何が『え?』だ。早く来いよ」

「良いんすか?だって、俺、ただのスライムだし……」

「なに言ってんだお前?お前は俺の側近兼下僕だぞ。一緒に来るに決まってんだろうが」


 何を気にしてやがんだコイツは?


「側近兼下僕……」

「下僕の分際で主様を待たせるとは良い度胸だ」

「ハハ、なんすかそれ?側近兼下僕って、側近だけでいいでしょ。ちょ、てか、核突かないで下さいって!」


 なんだ?突然元気になったな?核つつかれて喜んでんのかコイツ?


「仕方ないっすね。じゃあ、側近としてゲドさんがサボらないように目を光らせるとしますか」

「……なあ、やっぱり出るのめんどくせぇから、変化の杖使ってお前かラグエルが代わりに出てくんね?」

「だからダメだっつってんでしょ!」

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