第4話

「皆様、大変お待たせいたしました。出場可能選手の整理が終わりましたので、これより選抜を再開いたします」

「待ちくたびれたぜ~!」

「早くしろぉ!」


 司会の狼型モンスターの声と会場の罵声の声が混じり合う中、俺は会場へと続く廊下の途中で頭を悩ませていた。

 なぜかって?それはな、今回は対戦相手が誰か分からないからだ。

 対戦相手を減らす目的で食事に毒を盛ったんだが、その作戦が裏目に出ちまった。成果は俺の予想をはるかに超えるものだったが、如何せん、突然の出来事に運営側が対応しきれず、対戦カードが発表されないまま選抜が再開されてしまったんだ。前の試合は対戦相手が事前に分かっていたからこそ対策を立てることが出来たが、今回は状況が違う。


「あ~、めんどくせぇことになった。どうすっか……」


 正直な話、すでにヤル気を半分ほど失っていてどさくさまぎれに逃げようとしたのだが、ご丁寧に運営側が選手の出場可否を判断する名目で選手一人一人にヒアリングをするとか言い出して、逃げる機会を失ってしまった。

 しかも、体調不良を理由に棄権しようとしたら、運営側が頑なに出場を促してきやがった。おそらく、あの生首魔王のせいかと思うのだが、こんなことになるならあの時あんな大きな口を叩くんじゃなかった。


「人間族!ゲド選手!」


 あ~、名前呼ばれた。ちくしょう、サボりてぇけど、そういうわけにもいかないのか。


「アイツ、無事だったのかよ」

「ちっ、今度こそ死んでくれねぇかな」


 あからさまに聞こえるように陰口をたたく観衆を俺は横目で確認する。

 トカゲ頭とブタ顔のモンスター、顔と声は覚えた。


「死神族、ヴァルフィス選手!」


 死神?死神ってのはあの死神のことか?

 俺は反対方向から入ってくるモンスターに視線を向けた。

 一言で言えば、宙に浮いたボロ切れ。その体は全身真っ黒で、そこまで大きくは無く、俺と同じくらいだろうか。おそらく顔らしき位置に浮かび上がっているのは人間の頭蓋骨のような骨で、眼窩の奥に血のように赤い色が見て取れる。

 小さい頃に絵本で読んだ死神の姿そのまんまだな。手に鎌は持ってないが、持っていたらさぞ絵になったんだろうな。


「では、第六試合、始め!」


 試合開始が告げられたが、俺は一歩も動かなかった。相手の出方が分からない以上、下手に動くわけにはいかない。

 死神の戦い方とはいったいどのようなものなのか。まさか、いきなり殺されたりはしないだろうな?

 表情を読もうにも髑髏からは何も読み取れない。宙に浮いたまま特に動きを見せないその様は、見た目も手伝ってかなり不気味だ。

 と、不動を貫く中で闇に浮いた頭蓋骨が微かに口を開いた。


「人間、お前の魂はどんな味がするんだろうな?」

「は?――ぐっ!」


 何が起きた!? 

 突然胸に激しい痛みが走って、とてもじゃないが立っていられない。

 俺は胸を押さえて膝をついた。


「がっ、ぐっ」


 胸の痛みは呼吸すら困難にさせる。

 意識が飛びそうになる中、また言葉が聞こえてくる。


「このままお前の心臓を握りつぶして、その魂を貰い受ける」


 その声はとても不愉快な音だった。ガラスを引っ掻いた時のような高音の下地に石同士を擦り合わせたようなザリザリとした音が混じっている。これが目の前のボロ切れの声なのか。


「人間の魂を食うのは久しぶりだ。じっくり味わうとしよう」


 魂を食べる?そんなことされたらどう考えても即死だろうが!そんなこと冗談じゃない!

 痛みに飛びそうな意識の中で、俺は生にしがみ付くために懸命に考えを巡らせた。

 だけどこんな状況だ、すぐに答えが出てくるほど今の俺に余裕はない。

 となればすることはただ一つ、一時的ではあっても、この状況から脱出しなければ。


「おいアンタ、俺と、取引しよう」

「なに?」


 胸の苦しみが解けた――

 俺の一言に相手が興味を持ったようだ。


「――ッハァ、ハァ、ハァ」


 苦しみから解放された胸を押さえ、俺は精いっぱい酸素を取り込んだ。だが、これで安心は出来ない。あの謎の攻撃の原因は分からないこの状況は、あくまで一時しのぎだ。


「人間、取引とは?」


 そら来た。苦し紛れに言ってみたものの、その実、何の考えも無い。

 考えろ、どうすれば生き残れる?


「それは……」

「なんだ、出まかせか、では」

「がっ――ちょ、ちょっと待って!今から話す!だから!」


 ちくしょう、なんてせっかちな野郎だ。もう少し待ちやがれっての。

 動け俺の脳細胞。ここまでで得られた敵の情報はあまりに少ないが、ある情報で何とかしなきゃ、今度こそ命は無い。


「アンタ、俺の魂を食うのか?」

「然り」


 一点の曇りも無し。そんなことをされれば確実に死ぬ。どうにかして代わりを……代わり?


「一つ提案があるんだが、アンタ、俺の魂だけで満足か?」

「何?」

「こんな若造の魂1つで満足かって聞いてんだ」

「何が言いたい?」

「もっと沢山魂を食いたくないか?俺がもっと沢山魂を食える場所を教えてやる!」


 これでどうだ?

 奴の言動から、おそらく魂は食料みたいなもん。

 だったら、より量が確保できる方法を提示してやれば。


「必要ない」

「がァっ!」


 交渉決裂。再び胸に激痛が走る。

 くそっ、ダメか。


「別に貴様に聞かなくとも、そこらの村を襲えば人間の魂などいくらでも食らうことが出来る。魂などよりも、今は次期魔王としての地位の方が大事だ」


 確かに。魔王が倒される前ならまだしも、今はどこにでも人間がいるからな。わざわざ聞くまでもないか。

 量ではダメ。なら――


「分かった!じゃあ、取っておきの情報だ!勇者!勇者の魂を食いたくないか!?」

「勇者の魂?」


 再び攻撃の手が止まる。さっきよりも長い沈黙。今度の交渉は上手くいったのか?


「どういう意味だ?」

「言った通りだよ。俺の魂を食うのを止めてくれたら、勇者の居場所を教えてやる!」

「貴様、魔王様と死闘を演じた、あの勇者の居場所を知っているのか?」

「そっちじゃねぇよ。まだ新米の、成りたての勇者の方だ」


「それはどういうことだ?」

「うぉ!急に出てくんじゃねぇよ、生首!」


 その言葉に食いついたのは思わぬ人物、いや、思わぬ生首だった。

 俺と死神の間に割って入るように現れた魔王――正しくは魔王を抱えたシャドー――は謎の液体が満たされた瓶の中でこれでもかという位、目を見開いている。

 そんなに俺の放った一言が気になるかね。


「貴様!魔王様に何たる口のきき方を!」

「良い。それより人間、貴様の言葉は本当か?新しい勇者が現れたというのか?」

「ホントだよ。俺の幼馴染が勇者の剣を引っこ抜いちまったんだ。俺が抜くはずだったのにな。そんで、次期勇者ってことで旅に出た」


 今思い出しただけでもムカついてくる。あの泣き虫シャーリーなんかに先越されちまったなんてよ!


「ふむ、死神、ヴァルフィスと言ったな?」

「――ッ!我が名を――」

「試合を棄権し、今すぐにその新しい勇者とやらの魂を食って来い」

「し、しかしそれでは!」

「わしに逆らうのか?」

「――めっ、滅相もございません!」

「安心するがいい。新しい勇者の魂を食ってきた暁には、お前に相応の褒美をやろう」

「そ、それは!?」

「そうさなぁ。ふむ、世界の半分をやろう」


 世界の半分とは大きく出たもんだ。

 だけど、天敵の勇者を葬ることができるなら、世界征服なんて簡単なことなのかもしれないな。


「人間、その新しい勇者とやらはどこにいる?」

「村を出たのが昨日だろ、アイツのことだから、道草食い続けてうろちょろしてるだろうから、どうせまだクリュにいるんじゃねぇかな」


 クリュっていうのは俺の故郷の村から一番近い町で、大抵の生活用品はそこで揃うようになってる。旅に出たばかりの奴が準備を整えるのならあそこが一番手っ取り早い。

 何を隠そう俺も最初はクリュに向かい、そこで家から持ち出したものを売っ払って生活の足しにしようとしてたんだからな。


「そのクリュというのはどこだ?」

「ここから南東に真っ直ぐ行けば着けるよ」

「よし。ヴァルフィスよ、クリュへと向かい、勇者を亡き者にするのだ」

「僭越ながらこのヴァルフィス、勅命承りました」


 それだけ告げると、死神は闇の中へと姿を消した。

 争う相手のいなくなった会場は途端に静かになる。審判も観客も、目の前の状況についていけてないんだろ。もちろん俺だって、こんなことになるとは思ってもみなかった。


「どうした審判、試合結果を告げよ」

「はっ!え~、これは……試合放棄ということで、勝者、ゲド選手!」


 いろいろ予想外のことが起きたが、俺の勝利という形で勝負は幕を閉じた。


 * * *


「あ~、おめでとうございます?」

「なんで疑問形なんだよ」

「いや、だって……」


 試合を終えた俺の元にやってきたスラ公は、開口一番疑問形で俺の勝利を祝ってくれた。いや、祝ってるのかこれ?


「実力で勝ったわけじゃないし」

「何言ってんだ。作戦だ、作戦」

「それに、勇者とはいえ幼馴染の魂売るとか……」

「いいんだよ。アイツのせいで俺は今こんなことになっちまってんだから」

「それは逆恨みってやつじゃ……まあいいか。それで次の対戦相手、見ました?」

「いや、まだだけど?」

「はぁ~。まったく、俺が言うのもなんですけど、次の相手、かなり苦戦しそうっすよ」

「誰?」

「ラグエルさんっすよ」


 * * *


 質問1、ラグエルとはどういった人物なのか?


「あぁ?ラグエル?そうだなぁ、アイツ、確か悪魔族でも有数の豪族の生まれで、父親は剣の強さなら魔王様にも並ぶって言われたほどじゃなかったか」


 質問2、ラグエルの性格は?


「ラグエル様の性格ですか、清廉潔白と言いますか、悪魔なのでそう言うのも変なのですが、どの身分の者にも分け隔てなく接されますし、物腰も柔らかく、とても丁寧な方ですよ。私どもただの受付係にも敬語を使ってくださるくらいですしね」


 質問3、ラグエルの弱点は?


「ラグエル様に弱点なんてあるわけないでしょ!あの方は最強で最高なのよ!あぁ!ラグエル様ぁ……」


「以上が簡単にラグエルさんをリサーチした結果っすね。剣の腕はピカイチ、人望もあって、性格も良し、正直、ゲドさんとは比べもにならないっていうか、比べるのが失礼っていうか、万に一つも勝ち目があるとは思え……いだいいだい!核はダメ!核は止めて!」


 俺が初めて奴と会ったのは受付でのこと、一目見た時から何か只者ではないような雰囲気を感じてはいたが、こうやってスラ公に聞き込みをさせただけでも、あれよあれよといううちに次々と奴を称える言葉が並び立った。

 てか、なんだこの結果は、完璧超人か何かかアイツは?


「ったく、アイツには盛った毒も効かなかったみてぇだしな。どうすっか」

「アンタ、さらりと怖いこと言いますね」

「とにかく、何か対策を考えないとヤバい」


 聞いただけでも剣の腕は相当なものだというし、清濁問わずいろいろな戦いに身を投じてきたみたいで戦闘慣れもしているという。しかもイケメンだ。

 イケメン……絶対負けたくないな。

 しかし、ただの人間の俺が何の策も無しに挑んで勝てるわけがない。


「それで?他に情報ないのか?」

「あ~、そうっすねぇ、あ、そう言えば、ラグエルさんには妹さんが一人いるらしいっすよ。それがすげぇ美人だとか。いや~、美男美女の兄妹ってやつっすかね?」

「ふ~ん、美人の妹ねぇ。そりゃ大層可愛がってんだろうな」

「そりゃもう、たった一人の妹ってことで、目に入れても痛くないほどの溺愛ぶりらしいですよ」

「へぇ。興味沸いたわ。その妹ってここに来てんのかな?」

「え?何?ゲドさん狙ってるんすか?身の程を弁えた方が良いっすよ?」

「余計なお世話だゲル野郎。それより、その妹ってのはここにいるのか?」

「いや、それがですね――」


 * * *


「最初にお伝えさせていただきます。先にお伝えした通り、選抜出場可能な選手が極端に減ってしまったため、これより発表いたします組み合わせが事実上の決勝戦となります!まず、人間族!ゲド選手!」


 名前を呼ばれ、俺はゆっくりと試合会場へと入った。

 まだ一日も経っていないのにここに来るまでの道のりがすごく長く感じるぜ。わずかな間に二回も死に掛けたが、それもついに終わりだ。この試合が終わった時、俺かアイツが魔王になってる。

 ま、魔王になるのは俺だけどな。そのための準備もしてきた。


「なんだアイツ、鎧なんて着てるぜ?」


 一匹の観客が俺の方を指差した。

 人に指差すんじゃねぇ!というのは置いておいて、俺は今、頭以外の全身を鎧に身を包んでいる。

 アレは何かの作戦か?また何か仕掛けを施しているのか?

 そんな声が漏れ聞こえてくる。

 へっ、楽しみに待ってろよ、お前らの度肝抜いてやるからよ。


「決勝ってことはよ、アイツが勝ったらホントに魔王様になっちまうのか?」

「嫌だぜ俺、アイツが支配者なんてよ」

「まあアイツが勝つってことはないんじゃねぇか?だって相手はあの――」

「悪魔族!ラグエル選手!」


 司会がもう一人の選手、対戦相手の名前を読み上げる。


「ラグエル!頑張ってくれぇ!」

「頼むぞラグエル!」


 姿を見せた途端これだよ。俺とは対照的に大歓声で迎えられやがんの。ま、いいけどね。モンスターに持てはやされたところで別にうれしくもないし。


「ラグエル様ァ!」


 野太い声に交じり、黄色い声援が飛び交った。声の主は若い女のモンスター、ある女は両手を千切れんばかりに振り、他の女は視線が合ったと興奮気味に叫んでいる。 

 ……この試合だけは、絶対に負けん。

 とても羨まし――もとい、魔王の選抜とは思えないような声援に囲まれて、ラグエルはゆっくりと中央へと歩を進めてきた。


「やあ、ゲド・フリーゲス。その姿は、決勝にかける意気込みということかな?」

「まあそんなとこだよ」


 答えながらゆっくりと鎧に備え付けられた剣を引き抜いてみせる。

 そして、その切っ先をまっすぐにラグエルへと向けた。

 どうだいこの動き、なかなか堂に入ってるだろう?ありがちだが、宣戦布告ってやつだ。


「わかった。では、私も全力で迎え撃つとしよう」


 俺の剣に合わせるように剣を抜いたラグエルの切先が俺の剣の切っ先と交差した瞬間、それを待っていたかのように狼型のモンスターが声を上げた。


「最終試合、始め!」

「せい!」


 開始の合図と同時に、俺は振り上げた剣をラグエルに向かって振り下ろした。

 まあ予想はしてたが、その攻撃はやはりラグエルに効くはずもなく、難なく奴の剣で弾かれてしまう。

 だがそこで攻撃の手を緩めることはしない。弾かれた剣をそのままに、力で無理やり軌道を変えて、再度ラグエルに振り下ろす。

 ラグエルも甘くは無く、先ほどのただ弾くだけの防御ではない、腰の入った反撃で俺の剣を弾き飛ばし、仰け反った俺の喉元にその切先を向けた。

 ……なかなかやるじゃないか。


「闇雲な攻撃に当たるほど私は甘くないぞ、ゲド・フリーゲス」

「そいつはどうかな!」


 だが俺は怯まない。ラグエルを睨み返すと、直前と同じように剣を振り上げた。


「見ろよ!あの人間、攻撃が効かないからって自棄になってるぜ!」

「ざまぁねぇな!」


 どっかの観客が笑ってやがる。

 確かに傍から見たら自棄に見えるんだろうな!笑いたきゃ笑え!これも俺の作戦だよ!ついでにラグエルの奴も油断してくれると助かるんだけどな!


「これが君の戦い方かゲド・フリーゲス!?」

「そうだよ!文句あっか!?」


 俺は攻撃の手を緩めない。戦い方なんて習ってきてない俺にはこれしかやりようがないからな!


「君には……失望した」

「――ッ!」


 ちっ、剣がはじかれて前の防御ががら空きに――ダメだ!やられる!

 俺はとっさに目を閉じて前方からの攻撃を覚悟した。

 が、いつまで経っても攻撃の痛みどころか、何かが当たる衝撃すらない。恐る恐る目を開いてみると、そこにはただまっすぐこっちを見据えるラグエルの姿があった。


「私は、内心この戦いを楽しみにしていた。人間の、しかもそれほど年を取っているようには見えない者が、ゴーレムと死神相手に勝利を掴みとったのだ。その勝ち方を卑怯だと言う者もいたが、私から言わせれば、ゴーレム戦は相手を研究して編み出した戦法だし、死神戦は相手の興味を惹く精神攻撃の一種だと解釈している。君は最善の手を尽くしたに過ぎない」


「あ、あぁ、まあね」


 アレしか手がなかったとも言うが。


「私にとって、君は未知の相手だった。今まで私が戦ってきた相手は、皆自分の力を何より信じ、全力を持ってその力をぶつけてくる者たちばかりだった。対して君はどうだ?自分の力などほとんど使わず、効率を求めて戦っている。会場の整備のために試合の時間がずれた時、私は君がこの機会を逃すとは思えなかった。その予感が、あの食事に手を付けることを拒ませた。食事が振る舞われたことはただの偶然だったのかもしれないが、結果的に食事に手を付けた他の出場者はそのほとんどが倒れてしまった。これを偶然と呼べるほど私は楽天家ではない。アレもすでに君の術中。今度はどんな手を持って私に挑んでくるのか。それが楽しみで仕方がなかった。それがどうだ?私が期待を寄せた相手は、ただ闇雲に切りかかるばかり。その攻撃に考えなどありはしない。私が望んだのはこんな戦いではない!」


 長々とこの試合にかける想いを語ってくれるのはいいが、そんなこと言われても俺から返す言葉はこれしかない。


「ふ~ん、それで?」

「なっ!」

「だから、それがどうしたってんだよ?お前、自分の思い通りにいかないと機嫌が悪くなるタイプか?勝手に相手に期待して、その通りにいかなかったらキレるって、お子様かお前?」

「くっ、侮辱まで!」

「残念だったな、生憎俺は相手の思い通りになるのが一番嫌いなんだ。それに相手が嫌がることをするのが大好きだからな!だからっこうだ!」


 俺はもう一度剣を振り上げた。


「だから闇雲な攻撃は無駄だと――ッ」


 瞬間、ラグエルが体のバランスを崩した。

 今だ!

 俺はさらに勢いを増してラグエルに剣を振り下ろした。バランスを崩した今、満足に防御はできないはず!


「くっ」

「ウソだろ!?」


 予想に反して俺の剣がアイツの体に触れることはなかった。

 なんと、奴はバランスを崩しながらも剣の腹で俺の攻撃を受け止め、それを払いのけてきやがったのだ。

 防がれるとも思ってなかった俺は弾かれた拍子に後退して尻餅をついちまった。


「一瞬ヒヤリとしたが、なんとかなったな」


 よく言うぜ。完璧にこっちの攻撃を防ぎやがって。


「どうしたゲド・フリーゲス?早く立ち上がれ」


 ラグエルは剣を構えなおすだけでこちらに攻撃してこようとはしない。


「どうしたラグエル!やっちまえ!」


 さっきのことといい、俺のことを舐めてんのか、それとも正々堂々と戦いたいってのか、どっちなんだ?

 まあ、おそらく後者なんだろうが。


「いいのかよ。俺が立ち上がるの待ってて」


 剣を杖にして何とか体を起こす間も、ラグエルは攻撃してこなかった。


「気にするな。私個人の問題だ」

「そりゃ……どうも!」


 相手がどう戦ってこようと俺には関係ない。俺は構え途中の横っ腹に剣を振り抜いた。

 だが、こんな奇襲攻撃にもラグエルは冷静に対処して攻撃を受け切ってしまう――と誰もが思っただろう。

 だけど、世の中そう上手くはいかないんだなぁ。


「キャァ!」

「おいおい、マジかよ!」

「ちっ」


 俺の剣はラグエルの右腕をかすめた。

 人間の攻撃で傷が付くほど悪魔の体は脆くはないみたいだが、それでも袖を切るぐらいの威力はあったみたいだ。

 さっきまでかすりもしなかった攻撃が当たったことで観客たちはざわついている。

 ラグエルもおそらく同じだろう。

 へへっ、どうやら作戦が上手くいってるみたいだな。


「ゲド・フリーゲス!これも君の作戦か!」

「ん?なにが?」

「しらばっくれるな!今、正面から受け止めようとした時に私の足が何者かに掴まれて動かなかった。先ほどもバランスを崩した際に何かに躓いたかと思ったが、確信したぞ!何かがここにいる!私たち以外の何かが!」

「さ~てねぇ」


 どうやら勘付いたようだがそのままネタばらししてやるほど俺は優しくない。このまま正体がバレる前に押し切ってやる。


「良いだろう。その策を看過し、勝利を掴んで見せよう!」


 なんだ?ラグエルの奴、突然目を閉じて、一体何のつもりだ? 


「そこだぁ!」

「――ッ!?」


 ラグエルの攻撃がこちら目掛けて飛んできた。

 いや、その攻撃は俺を狙ったものじゃない、俺の足元――まさか気づかれたか!?

 ラグエルの一撃は空気を纏い、その風が俺の足元に直撃した。衝撃に砂煙が立ち上がり、視界を遮る。

 立ち上った砂煙が薄れ始め、そこに一つの人影が写る。


「君は!」

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