第2話
「着きました。ここがグウェイウェイ洞窟です――痛い!止めて!核は」
「何嘘ついてんだ。ただの岩壁じゃねぇか」
今俺たちの目の前にあるのは巨大な岩壁で、そこには穴どころか岩の割れ目一つ見当たらない。これが洞窟じゃないことぐらい子供が見ても明らかだ。このスラ公、まだ俺のことを騙す気だな。
「嘘じゃないですよ~。ほら、ちょっと見ててください」
そう言いながらスラ公が岩壁に迫っていく。
そんなことしたって俺は――ウソだろ!?
スラ公の姿が岩壁にぶつかる直前で消えた?
どこに行ったんだ!?
「どうなってんだ!?」
「ほら、ゲドさんも早く」
「うぉ!」
消えたと思ったスラ公が突然岩壁から顔を出しやがった。
早くったって俺にどうしろってんだ。こちとらただの人間だぞ。
「ここ通れますから」
「いや、どう見たってただの壁だろ」
「ビビってんですか?」
「ビビってなんかいねぇよ。くそっ」
こうなったら腹くくってやる。
出てきた壁にもう一度姿を消したスラ公に続いて、俺も壁に手を当ててみる。
どうせ固い壁が押し返してくるんだろ……
「え?」
岩壁の硬い感触を掴むと思った手が素通りして手首まで壁の中にめり込んじまった。
まるで岩に吸収されたみたいに。うわっ、気持ち悪いなこれ!
「どうなってんだ!?」
慌てて手を引き抜いてみたが、どこも異常なし。手のひらを裏表にひっくり返してみても、別におかしくなってない。
「ホントは洞窟なんですけど、魔術でカモフラージュしてるんすよ。ほら、早くしないと」
早くしろって言われたってよ。目の前で見た今でも信じられねぇ。今度頭から突っ込んだら壁に激突するんじゃねぇか。
ええいくそっ、考えても仕方ねぇか。
俺は覚悟を決めて岩壁に突進した。予想に反して俺の体は吸い込まれるように岩壁に入っていき、数秒後、思わず閉じた目を開けば、そこは大人三人が両手を開いて横に並んでもまだ余裕があるほどの広さの通路だった。洞窟ということで暗い場所を想像していたが、これも何かの術なのか、通路はまるで昼間のように明るく、かなり先の方まで見渡せる。
「あ~、ゲドさん、なんとなく連れてきちゃいましたけど、大丈夫なんすかね、人間連れてきて?」
「まあ何とかなるだろ。最悪、イケメンのゴブリンですとか言って誤魔化す」
「いや、アンタゴブリンは分かるけどイケメンって」
「なんか言ったか?」
「いえ、なんでもないです」
そんな取り留めのない話をしながら歩くこと数分、ただでさえ広かった通路が一気に開き、巨大な空間が広がっていた。見上げるような高さの天井、壁際には高い壁がそびえたち、俺達が今いる場所から左右に伸びた階段で登ることが出来るようになっている。そこは昔本で読んだことがある、闘技場のような形をしていた。
「ここ、本当に洞窟かよ」
「魔王様が昔作ったらしいですよ。なんでも、外の世界から隔離された空間だとか」
井戸端で話す噂話みたいに言ってるけど、外の世界から隔離されたとか人間の俺からしたら想像もできねぇな。魔王ってそれなりに凄いのか?
「は~い、魔王選抜の出場者はここで受付しますので申込用紙に記入をお願いしま~す」
「あ、あそこが受け付けみたいっすね。ゲドさん、行きましょう」
「お、おう」
岩で作ったような長テーブルに腰かけた巨大モグラのようなモンスターがこっちに声をかけてくる。
「はい、じゃあここに種族と名前書いてください。あ、ペン持てない場合は体液とかで書いてもらっても結構ですので」
モグラのモンスターは手慣れた様子で記入を促してきた。見た目がまるで人間なのにも眉根一つ動かさない所を見ると――モグラなので眉がどういう形をしているのか知らないが――、俺みたいなまるっきり人間の姿のモンスターは珍しくないのかもしれない。
それにしても――
「なんで読めんだろ、俺」
記票を促された台帳には、ビッシリと出場者の名前が書いてあった。見慣れぬ記号の羅列にしか見えないはずなのに、一度も習ったことも聞いたこともない文字なのに、スラスラと頭の中に入ってくる。
それだけじゃない。ここに書いてある言葉で、俺の名前をなんて書けばいいのかも分かっちまう。
「どうかされましたか?」
「え?あ、いや」
まさか人間なのにこの字が読めるのが不思議ですなんて言えるわけがない。
覚悟を決めて、ここは堂々と書いてやる。
「ゲドさん!ちょっと!」
「ん?なんだよ?」
ペンを持ち今まさに名前の一文字目を書き出そうとした俺の手をスライムが絡め取るようにして止める
力はそこまで強くないんだが、その独特のベタベタした感触に思わず手が止まっちまう。
「だから、さっき言ったアレですよ!アレ!」
「アレ?あ~、アレね」
アレというのはもちろん俺が人間だということだ。さっきは上手く誤魔化すって言ったが、実際こうなってみると上手く言い訳できるか自信が無くなってきたな。
「う~ん」
「あの、どうかされましたか?」
まずい、また書く手が止まったら疑われちまう。ここは上手く誤魔化す手を考えなきゃ。
だけど、どうやって?
「失礼、先に良いだろうか?」
その声に振り返った時、俺は一瞬にして考えていたことが頭から飛んだ。
そこに立ってたのは綺麗な金髪の男で、年は俺くらいに見えるんだが、宝石のように綺麗な緑色の瞳に、初雪のように純白の肌と中性的な顔立ちで、女だって言われても騙されてしまいそうだった。
まあ、端的に言えばかなりのイケメンだ。
「おぉ、ラグエル殿、あなたも選抜に出られるのですか?」
「えぇ。栄えある魔王様の後継者となる資格を得られるということですから、己の力を試す意味も込めて参加してみようかと」
「ハハハ、ラグエル殿なら魔王様も何の憂いも無く後を任せることが出来るでしょう」
モグラのモンスターの口ぶりから推測するに、このラグエルは相当の実力者らしい。選抜に出るってことは俺のライバルってことだよな。
「いえ、私よりも優れた者はいくらでもいますよ。それに、実を言うと私は魔王様の後継者の資格より、世界中のモンスターが集まっているから来たようなものなのです」
「と言いますと?」
「あるものを探していまして。ここに来た者の誰かがそれを知っていれば良いのですが……」
一瞬、ほんの一瞬だが 宝石のような瞳が光を濁した。
何か他人に言えない悩みでもあるのか?
「探し物ですか。確かにこの選抜はここ百年ほどで最大の催事ですから、もしかすると知っている者がいるかもしれませんね」
「そうであることを祈るばかりです」
「では、選抜での武運と探し物が早く見つかることを祈ってますよ」
「どうもありがとう」
モグラのモンスターに軽く会釈すると、ラグエルはそのまま立ち去ってしまった。
くそっ、最後の振る舞いまでイケメンじゃねぇか。
「お待たせしました。そちらの方、記入をどうぞ」
ふん、別にアイツが俺と当たるって決まったわけじゃねぇし。それに、イケメンと魔王になることとは関係ないし……たぶん。なによりアイツ自身興味ないって言ってたしな……。
「えーと、ゲド・フリーゲス。種族、人間っと」
「ちょっとゲドさん!?」
「あん?あ、やべ」
やべぇ、あのラグエルってやつのこと考えてたら正直に書いちまった。
まだ消せば間に合う……あ~、無理だこれ。モグラのやつガン見してる。
「あ、あの!この人、あ、いや、人じゃなくてモンスターなんですけど、ちょっとジョークが好きで。こういう時にはふざけるなって言ってるんですけどね!?」
スラ公、頑張ってるところ悪いんだが、全く効果なしだぞ。だってモグラのやつ明らかに眉間に皺寄ってるもん。目細めてるもん。
「ちょっと待っててください」
あ~、奥行っちまったよ。
これアレか?仲間のモンスター引き連れて戻ってくるパターン?人間の俺は袋叩きに遭う感じか?
どうするこれ?このままここにいたらヤバいんじゃねぇか?
よし、こうなったら――
「仕方ない……」
「ゲドさん、何か考えが?」
「……後は任せた!」
「待てぇぇぇぇぇい!逃がさんぞォ!絶対逃がさんからな!」
「うわ!ベタベタする!足に絡みつくな!放せよオイ!」
「誰が放すかァァァァァ!もし人間連れてきたのがバレたらただじゃ済まないんだ!こうなりゃ道連れだァ!」
「きったねぇぞお前!人として恥ずかしくねぇのか!」
「人じゃありません~!モンスターですぅ!」
「こ、この野郎!」
「お待たせしました」
俺が本気でスラ公にトドメを刺そうと決意した瞬間、背後から声をかけられた。
「やべ!もう戻ってきやがった!」
「皆さァァァん!ここですよォォォ!やるならコイツも一緒にお願いしまァァァァす!」
「あの……」
「ふっざけんなァ!」
「観念しろやくそ野郎!」
「あの!話を聞いてもらえますか!」
恐る恐る振り返ってみれば、そこにはモグラのモンスター一匹。あれ?お仲間はいらっしゃらない感じですかね?
「え~、結論からお伝えしますと、ゲドさん、あなたの出場は受理されました。頑張ってください」
「マジで!?」
「はぁ!?受理!?何考えてんですか!?」
二人そろってその返答に驚いてしまったが、スラ公よ、お前さっきバレるのビビってたくせに何考えてんだって……。
「誰ですか許可出したバカ野郎は!?」
「わしだよ」
「あ、あなた様は!!!!」
あなた様と呼ばれたそれは、半透明の瓶に収まった生首だった。
濃い青の肌に真っ赤な瞳、こめかみのあたりから伸びた角は牛のように太く、ゆるい曲線を描きながらも上に伸びていた。首が収められた瓶にはなんだか分からん透明な液体で満たされている。
その瓶を持っているのは、俺の半分ほどの身長しかない、全身をローブで身を包んだ人物だった。フードを被った顔はまるで洞穴のように暗く、表情はおろか顔の輪郭さえ窺い知ることは出来ない。
……俺はこの生首を知っている。そして、この声を知っている。
三十年前、世界を恐怖で支配して、今再びその恐怖を世界中に広めた存在、幼馴染のシャーリーが旅に出る切っ掛けになり、回りまわって俺も家を追い出されることになった元凶。モンスターたちの支配者、魔王だ。
「ほう、そいつか、選抜に申し込んできたという身の程知らずの人間は」
その、一見すると首だけの存在に誰もが居住まいを正した。首だけになっても、たとえ人間相手にアホな宣戦布告をしても、魔王は魔王。姿形は問題じゃない、その存在そのものが畏怖と敬意の対象なんだろう。
俺もなんかわからんが、こう、プレッシャー?みたいなもんを感じる。
が、それで屈する俺ではないのだ。
「あんたが魔王?首だけじゃん」
「ゲッ!ゲドさん!なんて口のきき方を!?」
「いや、だって魔王って言っても人間の王じゃねぇし。てか、例え人間の王でも俺はこういう態度だけどな。俺は誰にも屈しない。従うのは……自分の信念にだけだ」
――ふっ、決まった
「全然かっこよくねぇからな!?ま、魔王様、気にしないでください。この人間、礼儀ってものを母親の腹の中に置いてきてしまっているようでして。おまけにちょっとお頭の方に問題がありまして」
「礼儀のこと言われたくねぇよ、お前だってさっきバカ野郎呼ばわりしてた――」
「シャァァァァラァァァァプッ!」
おうおう、スラ公がこれでもかっていうくらい激しく動きながら抗議しとる。
すげぇな、スライムってこんな風に伸びたり縮んだり出来んのか。
「確かに今は首だけだがな、それでも貴様程度、瞬きする間に殺すことが出来るぞ」
「『瞬きする間に殺すことができるぞ』って首だけで凄まれてもなぁ」
俺は生首の収まった瓶を上から下までよ~く観察してみた。
うん、特に何の変哲もないただの瓶っぽいな。
「うぉぉぉい!何してんのアンタ!?」
「いや、魔王っていうくらいだしすげぇ瓶に収まってんのかなぁって思って。それよりスラ公、魔王が収まってるあの瓶、たぶん安物だぜ?」
「何耳打ちしてんだ!俺を巻き込むんじゃねぇ!聞こえてるからね?今、魔王様眉毛ピクってしたから!ダダ漏れだから!魔王様違うんです!俺……僕とこの人間は無関係です!」
「おいおい無関係って酷いな。俺をここまで案内してくれただろぉ?友達……いや、親友の間柄じゃないかぁ?」
「なにニヤついてんだァァァ!」
さっき俺を巻き添えにしようとした仕返しだスラ公。せいぜい寿命を縮めるがいい!
「そろそろ話しは終わったか?」
「ヒッ!」
あらら、スラ公の奴すくみ上がっちゃって。そんなにこの生首が怖いかね?
「確認だが、死にたいのか、人間?」
「止めときなよ。優秀な後継者が消えることになるぞ」
「な!?」
俺は不敵に答えてやった。
おぉ、驚いとる驚いとる。
「後継者?貴様がか?」
「なに睨んでんだよ?そうに決まってるだろうが」
「それは一種の侮辱か?」
「逆に光栄に思ってもらいたいね。俺が後継者になってやるんだから」
お!瓶の中の魔王がピクピクしてる!アレか!?変身でもすんのか!?
「ゲ、ゲドさん!謝って!すぐ謝って!」
「え?なんで?」
「いいから謝れよォ!調子こいてすいませんでしたってよォォォ!」
「うわ!顔に引っ付くんじゃねぇ!気持ち悪いな!」
「死にたくねぇよォォォ!こんな馬鹿に付き合って死にたくねェェェ!」
「プッ」
「あん?」
「魔王様?」
なんだ?今この生首笑ったか?
「――ハッハッハ!人間!貴様なかなか面白い奴だな!気に入ったぞ!」
「ま、魔王様?」
「魔王として生きた二百数年、憎き勇者に体を滅ぼされてから三十年、今までわしにこのような口を利いた者は初めてだ。ましてや人間が!おい、出来るだけこの人間を手助けしてやれ。もしかすると、矮小な存在でも良い所まで行くかもしれんぞ」
「てかさ、アンタ、キャラ違くない?宣戦布告してきた時はもっとアホっぽかったっしょ?」
「ゲドさん!?」
「あぁ、あれか。実はな、あの後シャドー――シャドーとはわしを持っているこの者のことだ――にこっぴどく叱られてな。威厳を保つためにこのような雰囲気と喋り方をしている。いや、ホントはあの時みたいにラフに話したいんだ。考えてもみろ、堅苦っしい言葉使って偉そうにしてるのもホントに疲れて――あぁ、分かったよシャドー、戻す、戻すからそうガミガミ言うな。ウオッホン……先に言っておくが、このことはくれぐれも内密にな」
「へぇ~」
魔王をやるにもいろいろとあるんだな。
そんな魔王の裏側を垣間見た俺たちをおいて、魔王はさっさと奥の方へと引っ込んでしまった。もちろん自分の手足は無いので、その首が収まった瓶を持ったローブの人物、もといシャドーが運んで行ったのだ。
「し、死ぬかと思った……」
「おいおい大丈夫かよ」
「今更ですけど、ゲドさん、よく平気でしたね?殺されるとか考えなかったんですか?」
「いや、だって出場認めたのにいきなり殺すことはしねぇだろ」
「わかんないじゃないっすかそんなの。それこそ魔王様のさじ加減ひとつっすよ。それにあんな殺気に当てられたら普通動けなくなりますよ」
「あ~、それは慣れだ、慣れ」
あれくらいなら本気で怒ったうちの母親の方がよっぽど怖い。
正直アレの分類が人間であることが不思議でならんよ、俺は。
「あ~、というわけで、選手控室はこちらになります」
「う~っす」
「あ、ちょっと!待ってくださいよ!」
職務に忠実なのか、俺たちの会話が一段落ついたのを確認してモグラのモンスターが選手控室へと案内してくれた。
「ここが選手控室です。食事は出せませんが、飲み水ぐらいならあちらの水場で飲めますので。トイレは、人間用ではないですがここを出てまっすぐ行った所の突き当りを左です。魔王様の命で我々は出来るだけあなたをサポートしますので。何かあればお申し付けください。では」
案内された選手控室は流石モンスター用と言うべきか、相当な広さがあった。
そこに所狭しとモンスターがうろついている。トカゲ頭に中身が空の甲冑、宝箱から舌だけ飛び出しているのすらある。まさにモンスターの見本市と言ったところか。
「スラ公、ここで水飲めるって聞いたけど、水なんてないじゃん?」
モグラのモンスターが言っていた控室の端にある水場へ行ってみると、そこには俺の体ほどの大きさの壺が置いてあるだけだった。中はすっからかん。水なんて一滴もねぇじゃん。
「あぁ、これはこう使うんすよ。『出ろ』」
「おぉ?おぉぉぉぉ!」
スラ公の声に反応するように壺の底から見る見るうちに水が湧きあがり、あっという間に壺をいっぱいに満たした。すげぇなこれ。
「便利だなこの壺、これさえありゃ水路も井戸も必要ねぇな」
「そんなことよりどうするんすか?なんだかんだでここまで来ちゃいましたけど」
「なんとかなんだろ。選抜に勝ち抜けばいいんだからさ」
「勝ち抜くったって、どうやって競うのかも分からないのに?」
「クイズとかじゃ……ないよな?」
周りを見てみると、明らかに皆腕に覚えのありそうなのばかり。これでまさか知識勝負ってことはないよなぁ。
「選手の皆さん、これより開会式を始めます。会場に集まってください」
先ほど受付をしていたモグラのモンスターが控室の入口で声を上げると、ぞろぞろとモンスターたちが移動を始める。
俺はと言うと、全く動く気が起きん。
「ほれゲドさん、行ってきなさい」
「あ~?めんどくさいからサボっちゃダメかな」
昔っから開会式とか苦手なんだよ。
ずっと突っ立って話聞くのって体力の無駄みたいな気ぃしない?
「ダメに決まってんでしょうが!」
「んだよぉ、お前俺の母親かよ」
「ゲドさんのお母さんがどれだけ苦労したか容易に想像できますよ」
スラ公に無理やり背中を押されて、不本意ながら俺は開会式に出ることになってしまった。
* * *
「え~、諸君、良く集まってくれた。わしが魔王だ」
会場の壁を背に、液体漬けの魔王が目の前の出場者たちに向けて威厳たっぷりに声を張り上げる。
みんなその様子を真剣に聞いている中、俺は欠伸交じりで半分聞き流していた。
「この魔王選抜会はわしが魔王となって以来、初めての試みとなる。ここで選ばれた者は名実ともにモンスターの頂点となり、王となる。皆、存分に力を発揮してもらいたい。以上だ」
魔王が言葉を終えるとともに、魔王入りの瓶を抱えていたシャドーが後ろへと下がり、そのまま姿を消した。おそらく、魔術でどこかへ移動したんだろう。
「それでは、本選抜会のルールを説明します。トーナメント形式での戦闘を行い、相手を戦闘不能にするかギブアップさせたら勝ち。時間は無制限、武器などの持ち込みもOK、なお、希望者にはこちらから武器の貸し出しも行わせていただきます。会場はこの場所で、上空含めリングアウトなどはありません。対戦相手は、先ほど記入いただいた名簿から無作為にこちらで選ばせていただきました」
受付のモグラのモンスターが再び姿を現し、キビキビと説明を進めていく。
はぁ、予想通りやっぱり戦って決めんのか。猛烈にやる気がなくなってきた。
「組み合わせはこのようになっております」
モグラのモンスターが手を挙げた先で会場の壁面に巨大なボードのようなものが浮かび上がり、枝分かれしたトーナメント表がそこに記されていた。そこには種族名と共に出場者の名前が刻まれている。
「おぉ、えらく手が込んでるな。流石次期魔王選抜ってところか。どれどれ、俺はっと……第四試合か」
俺が自分の名前を確認して対戦相手を確認しようとしたその時だった――
「おい!あの第四試合の奴!人間って書いてないか!?」
「嘘だろ!?――ホントだ!人間がなんでここに!?」
会場の誰ともなく、ボードに記載された人間の字を見つけ騒ぎ出した。
まあ確かに、魔王選抜に滅ぼすべき人間の名前があったらそうなるわな。
「人間がここに居ていいはずないだろうが!」
誰かが叫んだその声がその場の全ての者の気持ちを代弁していた。
そして、会場のざわめきがそのまま明確な殺意に変わり、招かれざる出場者、人間である俺を探し始めた。
「おいコイツじゃねぇか!?」
俺のすぐ隣の蛇頭のモンスターがこっちを指さして叫ぶ。
くそっ、余計なことを。
モンスターたちの視線が一斉にこちらに集まる。その視線はどれも殺気に満ちていて、下手をすれば今すぐ飛びかかってきかねない。
「人間」
「人間だ……」
ジリジリこちらに迫ってくるモンスターたち。前もモンスター、後ろもモンスター、おまけに左右もモンスター。もちろんこっちに武器なんてもんはない。
これは絶体絶命ってやつじゃなかろうか。
「殺せぇ!」
「やっちまえ!」
「おい!止めないか!まだ選抜は始まっていない!」
「うるせぇ!」
興奮したモンスターを止めようとモグラのモンスターが駆け寄るが、相手の勢いは止まらない。それどころか余計火に油を注いでしまっている感すらある。
本格的にまずいんじゃねぇか?
「静まれ!」
今にも暴動が起きそうな空気を一つの声が一喝する。
突然会場の中心の上空に表れた人物は頭からすっぽりとフードを被っていた。
しかし、その場の誰もがその声の主はフードの人物ではないということを理解している。
その声の主は半透明の液体に満たされた瓶の中でプカプカと浮かびながらそのシュールな光景とは相反し、眉間に深いしわを寄せていた。
「貴様ら、何をしている?」
魔王が俺の周りに集まったモンスターたちを睨み据えた。
その視線に恐れをなしたのか、最も俺に近づいていた蛇頭のモンスターが肩を震わせながら小さな声で答える。
「ま、魔王様、いえ、ここに人間がいると聞いて、そいつを殺そうと」
「ほう?出場選手であるにも関わらず、か?」
「し、しかし、そいつは人間で!」
「わしに意見するのか?」
「ヒッ――!め、滅相もございません!」
魔王の一睨みにすくみ上った蛇頭は二歩ほど後ずさるとその視線から逃れるように身を小さくした。
どうやら、威厳を保つために行った口調と雰囲気の改善は上手くいっているらしいな。
「他の者も同じか。わしの後継者探しというこの一大イベントをぶち壊そうとしているわけだな?」
誰もが逃げるように視線を逸らす。まるで、視線を合わせた瞬間、命が消えてしまうとでも感じているようだった。
スラ公の時にも思ったが、やっぱりこの魔王ってのは絶大な支配力があるんだな。
「まったく……だが、お前たちの気持ちも分からんではない。人間は我々の滅ぼすべき宿敵だからな。事実、わしはその宿敵に野望を阻まれた」
「だったら!」
「だが、その人間はこの選抜の出場者だ。自分の後継者になる可能性がある者は平等に扱う。例え、人間であってもだ」
その宣言に異論を唱える奴はいない。
だけどまあ、納得している奴がいないのも、誰の目から見ても明らかだ。
さて、どうすんだい、魔王さん?
「とは言っても、それでは不満が残る者がいるだろう。そこでだ。もしその人間が選抜で負けた時は容赦なく殺して良い。その代り、もし選抜を勝ち抜いたら、自分たちの主として迎え入れろ」
「――はぁ!?」
ちょっと待て!今、あの瓶詰生首はなんて言った?選抜に負けたら殺していい?冗談じゃない!そんな生死をかけた勝負などできるか!
「魔王様がそう仰るなら」
魔王の言葉に納得したのか、モンスターたちが一人、また一人と離れていく。
おいおいおい、何勝手に収まってんだ!?抗議しろよ!
「これで片付いたな」
その結果に満足したのか、魔王はシャドーを伴うとその場からスッと姿を消してしまった。
待て待て待て待て待て、全く片付いてないだろうが!むしろ事態が悪化しただろ!なんだよ殺しても良いって!?
当初の予定とだいぶ違ってきちまったぞ?俺は出来るだけ苦労せずに魔王になって、今後の人生を楽するつもりだったはずなのに!ふたを開けてみれば生死を賭けた勝負、しかも戦闘なんて、無理にもほどがあるだろ!
「ま、まあ、まだ死ぬと決まったわけじゃないし……そう、相手がスラ公みたいに弱そうなやつなら」
「おい見てみろよ、第四試合の組み合わせ」
「お、うわ~、ありゃ試合終わる前に死ぬかもな、人間」
何やらとてつもなく不吉な話し声が聞こえてきた気がした。
そういや、さっきまでのいざこざのせいでまだ対戦相手を確認していなかったが……。
「え~、第四試合、種族、ゴーレム!?」
ゴーレムというのはまさか……
「ウオオオオオオオ!オレガニンゲンコロス!」
彼方の巨大な影がこっちに向かって殺害予告を叫んでる気がするが聞かなかったことにしよう。
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