経験値0で魔王になる方法

hideki

第1話

 人にあだなす存在、モンスターを率い世界を恐怖の渦に陥れたモンスターたちの長、魔王。だが、魔王は勇敢な人間によって倒され、世界に平和が訪れた。

 しかし、魔王は死の間際、自らの復活を予言する言葉を残しこの世を去った。

 その言葉とは以下である。


『いや、あれだからね、今日はちょっと寝違えて首痛めてたから。いつもの調子だったら左手一本で余裕だったから、いやホントに。あ?その顔信じてない?あ~、これアレだわ。本気で頭キタ。リベンジしないと気ぃすまないわ、わし』


 魔王討伐から三十年、この言葉の通り、魔王は復活した!

 ちなみに、復活した魔王からの人間たちへの再度の宣戦布告は以下のとおりである。


『やあ下等生物諸君、元気だったかね?わしが誰だか分かる?そう、魔王だ。わしの言った言葉を覚えているかな、そう、リベンジだ。アイルビーバック?アイシャルリターン?まあ、何でもいいや。とにかく、貴様ら下等生物である人間を滅ぼし、我らモンスターが世界を支配する。顔を洗って――え?違う?顔じゃただの洗顔?あ、そう。――ウォホン。首を洗って待っているがいい』


 こんなアホみたいな宣戦布告が全世界の大空に映し出されたのであった。


 * * *


「ゲド~、朝だよ~、起きな~」

「う、ん~」


 俺は朝の布団っていうのは特別な魔力を持ってると思ってる。その魔力はさながら天国へいざなう呼び声の如く人を絡め取って放さず、しかし、その魔力に魅了された者には例外なく地獄が待っている。

 布団の中でこの世の幸せを謳歌していた俺も、その魔力に魅了され地獄を見るひとりである。


「グッド……モーニングスター!」

「うぉぉぉぉ!」


 まさに動物的勘と言える感覚で、俺はベッドから転がるように跳び起きた。

 完全に目を覚ました時、俺は柔らかいベッドの上ではなく、硬い床の上に転がっていた。そして、その隣では、俺の頭ぐらいの鉄球が先端に付いた棒をベッドに振り下ろした母親の姿があった。

 ベッドは……買い替える必要がありそうだ。


「殺す気かババア!」

「――ちっ」


 狙いを外したことが気に食わないのか、母さんがベッドの足を蹴飛ばしていた。


「ちっ、じゃねぇよ!実の子供にモーニングスター振り下ろすとか、鬼かテメェ!」

「無職に今日を生きる資格は無い」

「無職じゃねぇ!俺にふさわしい仕事が無いだけだ!」


 俺の名はゲド。一昨日十六になった。

 最初に言っておくが、俺は無職じゃない。周りの同い年の奴らは家業を継ぐ準備をしたりしているが、俺から言わせりゃそんなもん無駄な努力という感じだ。

 勤労は美徳?労働の対価?下らない。働きたい奴は好きなだけ働くと良い、俺は働かないけどな。

 そもそも世の中には得手不得手ってもんがある。俺は十六年生きてきて悟った。働くのに向いてない。コツコツとか地道にとか、そんなもん性に合わん。合わないものを無理にやっても無理が祟って体を壊すか精神的に参っちまう。

 だったら最初からやらないに限る。幸いなことに、今の世の中ある程度は仕事を選べる時代だ。選ばない自由があってもいいだろう?

 両親は俺に働けなんて言うが、そんなもん知らん。俺ももう子供じゃない。自分のことは自分で決める。 奴らにはせいぜい俺のために働いてもらおう。俺の役に立てるんだから奴らも本望だろうからな。

 ま、そんな俺を周りの奴らは「無職の外道」なんて呼ぶが、俺は気にしない。他人は他人、俺は俺だ。

 もう一度言っておく。俺は無職じゃない。働かないことを選んだだけだ。


「はぁ~、幼馴染のシャーリーちゃんは勇者の剣抜いて魔王討伐の旅に出たってのに、あんたって子は……」


 母さんが言ってる勇者の剣ってのは三十年前に魔王を倒した人間、勇者が使ってたって言われてる剣だ。 魔王討伐後、どういうわけか俺の住む村のすぐ近くに安置された。

 魔王を倒すために必要な武器らしく、魔王が復活した時に何人かの力自慢が抜こうとしたけど結局抜けず、どういうわけかうちの村の平凡な女、俺と同い年のシャーリーが抜いちまった。

 ちなみに、シャーリーが剣を抜いた時、俺は自宅で母親の作るうっすい味付けの昼飯を食ってた。


「アレはホントは俺が抜いてたはずだったんだ。俺が今週の水曜に抜きに行こうと思ってたのに、シャーリーのやつが先に行っちまったから俺は未だにこの生活に甘んじてんだ。あ~あ、せっかく俺にふさわしい役割だったってのによ」


 もし俺が剣を抜いてたら、働かない以外の選択肢を選んでたかもしれねぇのに。まったく、余計なことしてくれたもんだ。


「ゲド……」

「な、なんだよ?」


 なんでか分からねぇが、母さんの俺を見る目が優しい。正直、怒られると思ってたから不気味で仕方ない。


「現実見よう。アンタじゃせいぜい家の周りの雑草抜くのが関の山だよ」

「ほっとけババア!」

「とにかく、着替えてさっさと降りてきな」


 母さんはそれだけ言って俺の部屋を出て行った。最後のあの目、まるで捨てられた子犬を見るような憐れんだ眼だった。くそっ、憐れむなら最後まで面倒見やがれってんだ。


「ちっ、クソババアめ。いつかそこら辺のゴブリンと一緒にまとめて退治してやる。あの顔だしゴブリンと間違えたって言えばバレないだろ」


 母さんが出て行った後、俺は普段着に着替えることにした。

 決して言われたからじゃない。俺がそろそろ着替えないとまずいと思ったからだ。

 着替え終わった俺は部屋を出て一階のリビングに向かった。左手に曲がって廊下を少し歩けば階段、そこを降りれば目の前はリビングだ。


「……だきま~す」


 テーブルに腰かけて今日の献立を確認する。――ちっ、品数が少ねぇな。手抜きか。


「ゲド」

「あ~?」


 相変わらず薄味だな。ま、これがおふくろの味ってもんかね。


「アンタ旅に出なさい」

「は?」


 俺は母さんが何を言ってるか理解できなくて思わずそっちの方を見た。今は皿を磨いてるみたいでこっちを見やしねぇ。


「血迷ったかババア?ボケるにはまだ早いんじゃない――うぉ!」


 こめかみからわずかにズレた場所を風が切る。

 振り向けば、良く砥がれた包丁がまっすぐに壁に突き刺さっていた。

 あんだけ食い込むって、どんな馬鹿力で放り投げやがったんだ?


「――ちっ」

「やっぱり俺のことを殺す気だなババァ!?」


 振り返ったと思えばこれだ!

 いつか奴とは決着をつけなくちゃいかんな。


「避けられちゃ仕方がない。アンタ、やっぱり旅に出なさい」


 母さんは何事もなかったかのようにまた炊事に戻る。

 これだけのことやっておいてよく平然と家事に戻れるもんだ!一体どういう神経してやがんだッ?


「仕方ないってなんだッ?当たったらどうするつもりだったッ?」

「……不良債権が消える」

「テメェ!」

「まあ冗談は置いておいて……」


 一日のうちに二度命を狙われてなんだ冗談かと笑い飛ばせるほど俺もお人よしじゃない。

 いつか本気で殺る。奴の目はそういう目だ。


「仕事を手伝わせればサボる。かといって何か夢があるわけでもない。目標も何も無く毎日ダラダラと惰性で生きている。母さんは考えたの、なんでこんな風になってしまったのか、と」

「お、このカブ美味いな……あ?何?聞いてなかったからもっかい言ってくれる?」


 なんか拳握りしめながら力説してるとこ悪いんだが、そんな暇があるならもう一品ぐらいおかずを追加してほしいもんだ。


「時たま時間を溯る魔法がつかえたらって思うよ。そしたらアンタを産む直前まで戻って、全力で止めに入るわ」

「過ぎたことを考えても仕方ない。今を全力で生きようぜ?」

「生まれてから一度も全力を出したことが無いアンタにだけは言われたくない」

「失礼な。俺は楽して生きるために全力で生きてる」


 う~ん、哲学。俺、そっちの才能があるかもしれんな。


「今日の母さんは本気よ」

「ハッ、何言ってんだ。本気だろうとなんだろうと、俺は何言われても働かないし出て行かないからな!」


 俺はフォークを高々と掲げてそう宣言した。

 言ってやったぜ!そうだな、この勢いで、今日は今後の人生設計についても――


「すいませ~ん」

「あ、来た来た。は~い、今行きま~す」


 玄関の方から誰かの声が聞こえて母さんが急いでそちらに駆けて行った。

 ちっ、誰だよ。せっかく人が今後の壮大な計画を語ろうとしてる時に。

 しばらくすると、母さんが若い男二人を引き連れて戻ってきた。そのまま三人は二階へ――待てよ、とてつもなく嫌な予感がするんだが!?

 俺は大急ぎで二階へ駆けた。

 一目散に俺の部屋へと向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。


「一体なんだって――オイ!何やってんだッ?」


 俺の目に飛び込んできたもの、それは俺の部屋から、先ほど母さんが引き連れていた男たちが次々に俺の私物を運び出している姿だった。


「おいアンタら!なにしてんだッ?」

「落ち着きなゲド。母さんが頼んだんだ」


 男たちに詰め寄ろうとする俺の前に、部屋から出てきた母さんが立ちはだかる。

 くそっ、邪魔すんな!てか、その手に持ってんの、俺の大事にしてるボトルシップじゃん!


「呼んだって……母さん、何なんだこれッ?」

「さっき言ったでしょ、本気だって。だから、アンタが旅に出やすいようにアンタのもの全て処分しようと思って」

「処分?」

「この人たちは中古品を買い取ってくれる業者さんよ。アンタの部屋のものは全て引き取ってもらうことにしたから。あ、これもお願いします」


 あ!オイ!なに俺のボトルシップ渡してんだ!


「ふざけんな!そんなこと許すわけないだろうが!」

 このままでは俺の平穏な生活が!楽して生きるという目標が崩れ去ってしまう!

 俺は咆えた!そして自分の部屋へ駆けた!

 すべては俺の生活を!自堕落に日々を過ごすこの毎日を守るために!何者にも邪魔はさせない!俺は一生楽して生きるんだ!


「――いつまで甘えてんだこのダメ息子が」


 が、世界はそれほど甘くなかった――


「――ッ!」


 さっきまで俺の前方にいたはずの母さんの姿が突然消え、激しい風が俺の横を通り過ぎた。

 次の瞬間、その気配は背後に移っていた。

 そして訪れる鈍い痛み。腹部に広がるそれは、まるで巨大なハンマーで打ち付けられたかのように徐々に波紋を広げて、俺の意識を彼方へと飛ばす。


「では、買い取れないものについてはこちらで処分してしまってよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」


 消えかかる意識の中、俺はそんな言葉を耳にした。


 * * *


「ん……ここは?」


 俺が目覚めると、そこは見覚えの無い部屋だった。家具ひとつなく、窓から差し込む光から判断するに今は昼間だろうか?

 朦朧とした意識が覚醒するにつれ、段々と自分が何をしていたのか思い出してくる。


「嘘だろ?」


 入口の右手側、壁に付いた傷は俺が小さい頃にふざけておもちゃを投げてつけたやつだ。窓の左手側の壁は本棚があったから他の壁より日に焼けてない。

 俺はこの場所を知っている。記憶にあるものとずいぶん変わっているが、なんとなく直感でわかるんだ。

 ここは見覚えの無い部屋なんかじゃない。何も無いこの部屋は紛れもなく俺の部屋だ。

 そして、この状態、何も部屋に無いこの状態はつまり……。


「やっと起きたかバカ息子」

「ババァ!テメェ勝手に――ブッ」


 文句を言おうとした俺の顔面に何かが激突する。肌触りがゴワゴワしたそれは、俺にぶつかった後に床にボトりと落ちた。

 見れば、それは何やら荷物の詰まった麻袋だった。


「必要なものはそこに詰めてある。さぁ、どこへなりと旅に出るがいい!」

「何言ってんだ一体?」


 何が「出るがいい!」だ。両手広げて何言ってやがる。


「もうこの家にアンタのものも居場所も無い。旅に出て自分の居場所を見つけてきな!」

「ヤダよめんどくせぇ」


 誰がそんなめんどくさいことをするかっての。

 無くなったならまた作ればいいのだ。昔何かの本で読んだことがある、居場所は自分で作るものだってな。


「まだゴネるか。仕方ない……」


 あれ?もっと強く言われるかと思ったが、予想に反して母さんは大人しく引き下がって出て行っちまった。

 まあいいや、とりあえずどうやって売り払われたものを取り返すかだが。


「この手だけは使いたくなかったけど仕方ない」


 なんだ?もう戻ってきやがったのか。てか、何だよその手に持った棒切れは?小汚い枝をそのまま切り出した見た目のオンボロでどうする気だ?


「ゲド、最後の忠告よ。家を出なさい」

「断る」

「はぁ~、アンタが悪いんだからね」


 母さんがため息交じりに小汚い木の棒を振る。

 そんなことしたって何も――なんだ?先端が一瞬赤く光ったような――


「――ッ!?」


 次の瞬間、俺の真後ろの壁が轟音と共に吹き飛んだ!


「何が起こったんだッ?」


 いったい何が起きた?

 母さんが何かしたのは明らかだ。しかし、やったことと言えばあの汚い棒切れを振ったことぐらいだし、 俺が知る限り、母さんは魔法なんか使えない。だけど、目の前で起こったのは魔法としか言いようがない。くそっ、訳がわからねぇ


「この杖はね、魔力が込められてて、魔法使いじゃなくても魔法が使えるようになる。回数制限つきだけどね。昔、知り合いからもらったものさ」

「は?なんでそんな知り合いがいるんだよ?母さんただの主婦だろ?」

「女にはいろいろ秘密があんのよ」


 四十過ぎのババアが何言ってやがる。


「これでアンタの居場所は本当になくなった。こんな部屋じゃ生活できないだろ」

「い、良いのかよこんなことして。父さんがなんて言うか」


 下手なことは言えねぇ、今の母さんなら壁の次はこっちがターゲットになるかもしれねぇ。


「大丈夫よ、父さんにはアンタが出て行かないならこうなるって言ってあるから」

「なんだ今の音は?あァァァァァ!壁が!俺の家の壁がァァァァァァ!」


 外から絶叫する父さんの声が聞こえ、その直後に何かが倒れるような音が聞こえたような気がした。


「おい」

「……尊い犠牲だった」


 なぜ目を逸らす?


「オイ!」


 これ絶対父さん知らなかっただろ!


「とにかく!すぐに出て行きな!」

「わ、分かった!分かったから杖をこっちに向けんな!」


 こうして俺は快適なパラサイト生活に終止符を打ち、旅に出ることになってしまった。


 * * *


「ちっ、もうちょっと貯め込んでるかと思ったけど、シケてんなぁ」


 不本意ながら家を追い出されてしまった俺だが、ただじゃ転ばねぇ。家を出るときに金目のモノを拝借してきてやった。気付いたときの奴等の慌てる顔が目に浮かぶぜ。


「しっかし、売れそうなのはコイツぐらいか」


 俺の手の中には鉄のチェーンの中心に親指ほどの宝石を取り付けたネックレスがある。チェーンはあまり高級品ではなさそうだが、宝石の方は質屋に持っていけばそれなりの値段になるだろ。


「とりあえずしばらく食いつなげるだけの金は入りそうだな」


 ここから半日ほど歩けばそれなりに大きな町に出る。そこでこの宝石を売って金にして、あとはなんとかして働かないで済む方法を考えねぇとな。


「ったく、めんどくせぇなぁ。お?」


 何かが俺の目の前に飛び出してきた。

 俺の行く手を阻むかのように飛び出してきたそれは、人間の頭ほどの大きさの半透明に近い水色の物体、いや、生物だった。こいつは前に見たことがある。


「スライムか」


 スライムてのはゲル状の体を持ったモンスターで、虫やら小動物をその体でからめ捕って、溶かして食っちまう。比較的おとなしい部類のモンスターだけど、好き好んで遭遇したい類のものじゃない。


「にしても、こんなところいるなんて珍しいな」


 この道は舗装こそされてないが、それなりに人通りがある道だ。毎日ではないにせよ近くの村の自警団が見回りをしているし、なにより魔王討伐からモンスターの数自体がかなり減ってるはずなのに、こんな場所で出会うのは珍しい。これも魔王復活の影響ってやつか?


「見逃しては、くれないか」


 俺が横に移動するとスライムも同じ方向へ移動する。明らかにこっちを狙ってやがる。凶暴なモンスターってわけじゃないが、俺一人で何とかなるかな。


「ほれっ!」


 足元の石を拾い上げてスライム目掛けて投げてみたが、石はスライムの体に当たると、そのまま跳ね返りコロコロと地面に転がっていく。

 効いてる様子は全くない。てか、今ので完全に敵にまわしちまったっぽいな。こっちに向かってきやがる。

 少しずつ加速して俺の目の前まで――ッ!?


「ぐっ」


 この野郎、体当たりしてきやがった。しかも、結構重たいじゃねぇか。

 どうする?こんなやつ相手に丸腰で勝てるか?

 ……いや、待てよ、勝つ必要はないか?


「――ッ!また!」


 今の攻撃に勢いづいたのか、スライムが続けざまに二回、体当たりをかましてきた。

 だけど、俺は動かない。なぜかって?作戦通りだからだよ。

 このままスライムの攻撃を受け続けて、ある程度になったら一目散に村に帰って、怪我を理由にしてまた家に舞い戻ってやる。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、スライムは攻撃の手を緩めない。

 いいぞ、もっと俺にぶつかってこい。


「ぐっ」


 スライムの攻撃が膝に命中。少しふらつくが、別にヤバいほどじゃない。

 と、次は少し高さを変えて左わき腹。なんだコイツ、狙いを変えてんのか?


「そろそろいいかな」


 適度に体に痛みが蓄積してきた。これなら文句は言われないはずだ。さっさと村に戻って――


「ホントに弱いなこの人間」


 ん?


「一方的にやられてんじゃん、コイツ。このまま俺の餌にしてやるか」


 なんだ?誰がしゃべってる?

 周りには俺とこのスライム以外誰もいない。

 じゃあこの声は?まさか?


「さっきの石だってどこに当ててんだか。俺の弱点は中心の核だってのによ。これだから人間は愚かなんだ」


「嘘だろ?」


 俺は耳を疑った。今聞こえているこの声、もしかして目の前のスライムか?

 モンスターと遭遇したのはこれが初めてじゃないが、こんなことは生まれて初めてだ。いつから俺はモンスターの言葉が理解できるようになった?

 ――もしかして、ついに俺の隠された才能が開花したのか!?


「ボーっと突っ立って、もう動けねぇのか人間」


 やっぱり、間違いない。俺はモンスターの言葉が理解できる!

 俺は思わずニヤついた。

 モンスターの言葉がわかる奴なんてそうそういないだろ。上手くやりゃ楽して大儲け出来るんじゃね?

 そうと決まりゃ、こんなところで油売ってる暇はねぇ。さっそく村に戻って準備を――


「よく見りゃコイツ頭悪そうだな。人間の中でもかなり底辺の部類なんだろうな」


 ――あ?


「ま、ありがたく俺の餌になってくれ――どべっ!」

「黙って聞いてりゃ言いたいこと言ってくれやがって」


 ボールよろしく蹴とばしたスライムはコロコロと転がると、しばらくして止まった。俺は近づいていく途中で適度な大きさの木の枝を見つけ、それを拾い上げ、手のひらでその重さと感触を確かめる。

 うん、振りやすそうだし、当たったら痛そうだ。


「ベラベラ喋ってくれたおかげでよ~く分かったわ。弱点はここなんだよなぁ?」


 スライムの中心、一部だけ色が濃くなっている球状の部分へ思い切り枝を振り下ろす。


「お?」


 先ほどの石とは違って、今度は中心から波紋のように波が広がりながらピクピクと痙攣しだした。どうやら弱点というのは本当らしいな。


「な、なんで突然俺の弱点が?」

「オイ、スラ公!」

「――ッヒ!ハ、ハイ!って、あれ?なんで人間が俺達の言葉を?」

「お前、ずいぶん好き勝手言ってくれたな……覚悟は出来てんだよな?」


 弱点がわかって武器がありゃこんなやつ怖くもなんともねぇ。さて、どうしてくれようか?


「あ、あの、その……ゆ、許してください!あと一発でもやられたら恐らく死んじゃいます!」

「へぇ~?モンスターって確か倒すと金落とすよな?」


 スライムぐらいじゃあんまり高値は期待できないが、それでも無いよりマシだ。


「あ、あの!俺……じゃなくて、僕を倒してもそんなに金出ないです!体力の無駄です!」

「じゃあ他に金目のモノ出せ」

「あの、薬草……とか?」

「あぁッ?」

「ヒッ、すいません、じゃ、じゃあ、この木の剣――あぁ!止めて!素振りは止めてください!」

「あのさぁ、俺も暇じゃないんだよ。こう見えても忙しい身だからさぁ」


 薬草だとか木の剣だとか、俺を馬鹿にするのも大概にしてもらいたい。

 こっちは本来だったら家でゴロゴロしたり、日向ぼっこしなきゃいけないところをわざわざこんなところに来てるんだ。さっさと終わらせて、怪我のフリして家帰りてぇんだよ。


「あとは、その、これしかないです……」


 そう言いながらスライムが申し訳なさそうに――表情は窺えないのであくまで声色だが――取り出しのは一枚の紙切れだった。


「なんだこれ……うわぁ!ベトベトしてる!ったく、他人に見せるもんはちゃんと保存しとけっての」

「あの、元々他人に見せるつもりなかったっていうか、人に見せるなんてそもそも想定してなかったんで」

「ごちゃごちゃうるせぇよ。ん~、何だこの文字?」


 なんだこの紙、見慣れない文字がびっしり書いてあんな。

 こんなん読めるわけが……あれ?読める?


「なになに?『来たれ!次代のモンスターよ――』」


『来たれ次代のモンスターよ!君も次期魔王になって人間どもを支配してみないか!?この度、魔王城では次の時代を担う新しい魔王を募集します。モンスターを支配下に置いてこの世を恐怖に陥れるお仕事です。シフトは週三日からですが応相談ですので気軽にお尋ねください。初心者歓迎、周りの仲間や前任者が優しく指導します。職場は明るく、活気に満ち、フレンドリーな雰囲気です。衣食住、福利厚生完備、必要なのは丈夫な体とヤル気だけ!あなたのヤル気でこの世を闇に包んでみませんか?選抜はグウェィウェイ洞窟で○○月△△日に行います。あなたの応募お待ちしています!以下、前任者からのメッセージ「この仕事は確かに大変ですがすごくやりがいのある仕事です。1モンスターで終わりたくない、どうせなら他人の上に立ちたい、そんな野望を持った方にピッタリです。わし達と一緒に世界の覇権を握りましょう!」』


「――おい!」

「いてッ!な、なんですか?」

「なんだこのふざけた紙切れは?」


 週三からのシフトってなんだよ。そんな軽い気持ちで世界の覇権とか、どんだけ世界征服舐めてんだ。お手軽すぎるだろ。


「次期魔王募集のチラシで――痛い!止めて!核を突っつくのは止めて!」

「んなこと聞いてんじゃねぇよ。ふざけてっとお前の核目掛けてフルスイングするぞ」


 金目のもん出せって言ったのに出てきたのがこれって、完全に俺のこと馬鹿にしてるだろ。

 もういいわ、こいつはここで倒して金にする。


「ふざけてないっすよ~。これ、ホントに次期魔王の募集のチラシなんですって」

「嘘つくな。何が次期魔王だ。こんな簡単に魔王が決まってたまるか」

「ホントなんですって!なんでも、魔王様の復活が完全じゃなかったらしくて、周りが止めたのに勝手に人間に宣戦布告しちゃったから引くに引けなくなって、完全復活を待つくらいなら代わりの魔王見つけようってことになったらしくて」


 何ともアホらしい。

 しかし、あの時の宣戦布告のアホっぽさから見るに、あながちウソでもなさそうだ。


「バカらしいことこの上ないが、次期魔王か……うん?」


 魔王ってことは一番偉いよな。それに王の仕事なんてそんなにめんどくさいことなさそうだし。仮になれなかったとしても付け入ることが出来れば参謀くらいには……よし。


「おいスラ公」

「は、はい」

「○○月△△日っていつだ?」

「あの、今日です」

「今日!?」


 まいったな。モンスターと人間じゃやっぱり暦の感覚が違うのか。

 そうと分かればうかうかしてられないな。


「このグウェィウェイ洞窟ってのはどこにあるんだ?」

「あの、この先をまっすぐ行った所です」

「あ~、だから普段モンスターがいないような所でお前と出くわしたのか。なに?お前も次期魔王とか狙ってんの?」

「あ、いや、僕は力に自信がないんで選抜を見に来たんです」

「あっそ。ちょうどいい、お前、俺をそのグウェィウェイ洞窟ってのに案内しろ」

「へ?何するんですか?」


 誰よりも偉い立場で週三勤務でよし、おまけに衣食住に福利厚生完備とくりゃ、やることは決まってる。

 

「魔王になりに行くんだよ」

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