田中さんと阿子

 まさかこんなところで綴に会えるなんて思ってなかったから、正直ビックリしちゃったけど、やっぱりまだ真澄が引っ付いてたか。私のキスも、そこまで効力がなかったってことなのかな。


 人混みから外れた通路から、神社の裏手に回る。そこには来客用の仮設テントに机や椅子が置かれ、いつでも休める休憩所がある。

 家族連れや友達と団欒している人が目立つなか、そこで一人ポツンと不機嫌そうに待っているのは、私が転校する前の高校の後輩。真澄と同じ学年で、真澄にご執心になっているご令嬢、田中智恵だ。

 彼女が発する雰囲気が険悪だったのだろう、男連中が彼女を見て声をかけようとするが、雰囲気に押されて撤退していく。

 あいつ、美人なんだからもう少し愛想よくすれば、男も寄ってくると思うのに。


「おまた、智恵」


 智恵は嫌そうな顔で私を見上げた。


「こんなところに一人するなんて……もう少しちゃんとエスコートしてくれません?」

「ごめんごめん。そういえば、さっきそこで綴と真澄に会ったよ」

「なっ! 真澄が来てるんですか!? こうしてはいられません! 旧友の先輩など放っておいて、真澄のもとに向かわなくては!」

「ちょいちょいちょい! 切り捨てるの早すぎでしょ! せっかく焼きそば買ってきたんだから、ちょっとは話し聞いてくれない?」

「私、本来あなたと話すようなこと何一つないんですが?」

「そうだろうけど、来てくれたんだから話ぐらい聞けし。先輩思いじゃない後輩だな」


 智恵はわざとらしくため息を吐くと、「しかたないですね」と渋々上がりかけた腰を戻す。


「ありがと」


 プラスチックのトレー詰めされた焼きそばを手渡す。

 智恵は渋い顔でトレーの蓋を開け、割り箸を割った。


「それで? 本当になんの用ですか?」

「まあ……ちょっとね。真澄のことで相談」

「それはまた……珍しいですね。しかし不味い」

「そう? 屋台の焼きそばなんてこんなもんじゃない?」

「こないだのフードコートもそうでしたが、もう少し作り方を工夫できないものでしょうか?」

「なに? 真澄とデートの時でも行ったの?」

「……デートといえば、そうでしたね」


 珍しいく歯切れの悪い智恵に、その話題について深く言及しようとしたが、先手と言わんばかりに「私の話しはいいんです」と釘を打たれた。


「真澄のことですよね? なんの相談ですか?」

「うん。まあ相談というか、いい加減どうにかしないといけないなと思ってさ」

「どうにか……とは?」

「綴の妹離れ、そして真澄の兄離れについて」


 智恵の視線が鋭くなる。


「一緒に考えてくれないかな? 私が綴と付き合うために」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る