結局甘いのである

 風呂は真澄にゆずり、俺は体を拭いて服を着替えてリビングで真澄があがるのを待った。

 風呂からあがって、さすがに不味いと思ったのだろうか、ちゃんと服は来て来てくれた。

 リビングのカーペットの上でお互い正座をして向かい合う。


「真澄。今日はなんだか様子が可笑しいぞ?」

「……」


 少しふて腐れたように下を向き、真澄は黙る。

 ただ何となく。真澄の考えていることはわかっていた。こいつは昔から、恐いことや嫌なことがあると、俺にべったりくっついていたのだ。

 たぶん、何かしらのことがあったのだろう。


「言いたくないなら別にいいよ。でも、もういい年なんだから、さすがに風呂に突撃はやめような?」

「……一昨年くらいまでは許してたじゃん」

「ほとんど押し切られた形だったし、お前がこれで最後って駄々こねたからな」


 年頃の妹が兄と一緒に風呂入りたいっていうのは、さすがに可笑しいって俺も思ったからね? でも最後って言ったから許しただけなんだからね?

 真澄はプイッとそっぽを向く。呆れてものも言えないが、こういうところは可愛いと思ってしまっている自分がいる。卒業して欲しいとも、ちゃんと思ってはいるが。


 ふと、阿子に言われた言葉を思い出す。

 本当だったら、ここでキツク出るのが、真澄のためになるのかもしれない。それが今後の、真澄のためになるのなら、そうするべきなんだろう。


 けれど……。


「……おいで」


 腕を広げる。真澄はそれを見て、抱きついてきた。


「たく。これっきりにしてくれよ?」

「……嫌ですが」

「お前来年受験だろ? 大学生になるんだから、少しは大人にならないと」

「いいの。私にはお兄ちゃんがいるんだから」


 胸の中で額をぐりぐり押し付けてくる。痛い。

 俺がいるんだから、か。

 嬉しいのに、心の中で燻ってるものがあるのを感じる。きっと阿子に言われたことが、頭の中で巡ってるせいだろう。


「ゆっくりでいいから……」

「……うん」

「それまでは、ずっと一緒にいてやるよ」

「……うん」


 落ちつて来たのか、真澄は体を俺に預ける。力が抜けたためか、少し重さを感じる。けれどその重さが、なんだか愛おしい。


「お兄ちゃん……」

「ん?」

「ありがとう」

「……おう」


 今はこれでいいんだ。真澄はまだ守られるべき年齢だ。きっと気にしないでも、変われる時がきっとくる。どう足掻いたって、人間は大人にならないといけない時期がやってくるんだ。大学に入れば、真澄の意識も変わってくるはずだ。それまでは、俺が助けてやるないとな。


 完全に落ち着いた真澄は、眠くなってきたようで、先に部屋に戻ると言った。

 髪だけ乾かせと注意をして、俺はリビングで仰向けに倒れる。


「……なんか、本当に疲れたな」


 考えすぎた。今日はもう、寝てしまおう。

 その時、テーブルに置いたスマホが鳴る。バイブにしていたので、音がかなり響いた。


「心臓に悪い」


 起き上ってスマホを確認すると、送って来た相手は鈴木だった。


「なんだよこんな時間に」


 どうでもいい内容だったらぶっとばす。なんて思っていたら、どうでもいい内容じゃなかった。


『由美さんの好きそうなお店発見。予定聞いといて』

「マジか」


 相変わらず仕事が早いなと思ったことと、ぶん殴るとか言ってゴメンと謝りながら、明日の朝にでも由美さんに連絡をいれようと思った。


「了解」

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