後輩とのデート⑤

 状況に頭が追い付いていなかった。

 そもそも阿子が俺のことをそう思っていたことも、突然キスをしてきたことも、自分の処理できる許容量を軽く超えている。

 どうすればいいのか、とか。どうすることが阿子のためになるのか、とか。そんなことばかりが頭の中を巡った。

 そういうことじゃないだろうというのは、自分でも理解はできている。けれども現実、そういう場面に自分が直面してしまったら、思考というのはフリーズするものなんだ。


 阿子が離れ、複雑そうに顔を歪めながら「本当はしたくなかったんですけどね」と零した。


「初めてのキスは、もうちょっとロマンチックに行きたかったんですけど、現実ってそうも言ってられないんですね。結局不格好になっちゃった」


 自嘲する阿子に、俺はなんと声をかけるべきなのか悩んだ。

 いままで気付かなかったことを謝る? それともどうして俺なのかを聞く? 違う。もう少しちゃんと考えろ。俺がしないといけないのは、阿子にたいする態度はそうじゃない。


「阿子。俺は――」

「言わないでください。わかってますから」

「でも」

「先輩は。私のことを恋愛対象としては見てないですよね」


 眉を寄せて、視線を下げる。


「わかってますから。でも、私はそれで終わりたくなかったんです」

「……」

「先輩にとって私は、仲のいい後輩かもしれませんが、私は先輩が好きだったんです。でも今のままだと、私は後輩以上にはなれない。私はね、先輩。あなたに、女性として見て欲しいんです」


 実際。俺は阿子のことを、本当に仲のいい後輩ぐらいにしか思ってなかった。阿子が俺にたいして友好的なのも、その延長線上だと勝手に思っていた。全部、俺の自分勝手な考えだ。


「なので少し、意地悪をしました」


 阿子は自分の唇に指をつける。それを見て俺は、先ほどの光景が頭に浮かんで、自分の口を手で覆う。


「ようやくスタートラインなんです。ここから、私はようやく皆と対等になれる。だから先輩。答えはまだ先に取って下さい。これからは、一人の女として、を誘惑しちゃうから」


 つん、と。口元を覆っている俺の手を突く。その仕草が、まさに小悪魔と言える。絶妙に男心を擽る仕草に、視線を逸らした。


「さて。帰りましょうか。幽霊なんてでないですし、あんまり遅くなると、真澄ちゃんが心配しますしね」


 阿子は一人で先に、校門に向かっていく。行きとは違い。強引に手を引っ張ったり、腕を取ったりもしない。けれどそれが逆に、こっちのことを意識しているみたいで、なぜか俺が恥ずかしくなった。


 しかしまさか。阿子が俺をね……。これからどうすればいいのか、ちょっと今はわからないけど。もしまた阿子が告白してくるようなことがあれば、その時はちゃんと、真摯に、その気持ちに応えよう。それが俺に出来る、数少ないことだから。

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