夏は暑いから嫌いなんだよ

「暑い……」


 自分の部屋から抜け出た俺は、汗で張り付いた服を引っ張りながら、リビングに降りて行く。


「水、水……」

「あっ、お兄ちゃん」


 台所に入ると、麦茶を飲んでいる真澄がいた。暑さのせいか、服装がいけない。ダボダボティーシャツ一枚という、防御力があるのかないのかわからない格好だった。まあ、見えてないからセーフか。それで外出るとか言うなら止めるけど。でも一応、兄として注意はするか。


「だらしない」

「お兄ちゃんも人の事いえなくない?」

「俺はちゃんとシャツを着てズボンも穿いてる」

「確かに……でも私はこれを貫くのです。だって暑いから」

「だな……」


 家は基本的にエアコンは付けない主義だ。梅雨の時期に除湿を使う程度で、冷房や暖房はまずつけない。夏は扇風機と外から入る風。冬はガスファンで過ごす。ただ今日は風がなく、普段ならなんてことのない温度だが、空気が籠って非常に暑い。自分の部屋は蒸し地獄だ。

 扇風機は各自の部屋とリビングに一台ずつあるが、通気性の面からリビングに居る方が実は涼しかったりする。ただ今日は、自分の部屋で集中したいから、しかたなく部屋に戻るけど。


 冷蔵庫を開けて、麦茶のはいった瓶を取り出そうとしたら、その瓶がないことに気付く。


 真澄を見る。真澄は麦茶を飲んでいる。シンクの中を見る。麦茶の入っていた瓶がある。結論。飲まれた。


 今あるのは、浄水ポットで作った常温の水。仕方がないとはいえ、冷たいのがのみたかったな。


「真澄。瓶洗っとけよ」

「うへ~」

「麦茶作れって言わないだけありがたいと思え」


 うちはパックではなく沸かして作るので、夏場は結構キツイ。


「お兄ちゃん大好き」

「突然なんだ」

「麦茶つくってくれるから」


 安い愛だな。


 麦茶を飲み終えた真澄は、そのままソファにダイブして、こないだ図書館で借りた空間レイアウトの本を読み始める。


「おい」

「後で洗うよ~」

「たく」


 俺も水を飲み終えてコップをシンクの中に入れる。あの空間に戻るのは嫌だったが、今日中にレポートを纏めてしまいたいと思っていたので、しかたなく戻る。これが終われば、あとはグータラできるしな。


「ちゃんと洗ってお――」

「わかってるって~」


 リビングに出る寸前、俺は脚が止まった。見てはいけないものを見てしまったから、ということもあるが、その姿に兄として純粋に怒りを覚えたからだった。

 無言で真澄の横に立つ。俺に気付いた真澄は見上げるように見ると、ギョっとした風に見えた。


「何でしょう?」

「パンツ穿けよ」

「……暑かったから。蒸れちゃって」


 あろうことかこの妹。暑いからという理由で下着を着用していなかった。なんで俺は真澄の下着不着用を見抜けたかというと、先程のダイブが理由だ。ダイブをしたら真澄の服の裾が捲れたからだ。そしたら綺麗な桃尻が見えたのだ。

 なので俺は怒っています。家族間でも節度を持てと怒っています。お兄ちゃんだから安心とかじゃないです。怒ります。


「穿く」

「……は~い」


 服の裾を直しながら、真澄は二階に上がって行った。

 本当に……なんでこんな無防備に育ってしまったんだろう。


 育て方を間違えたのかと、俺は頭を抱えたのだった。

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